第2話 チュパカブラ時々王子様

​「う、わあぁぁぁっ!!」

​ 俺は悲鳴と共に、手に持っていた『クイック〇ワイパー』を無我夢中で振り回した。

​ ブンッ!

 鋭い風切り音。

 先端のラバー部分が、飛びかかってきた怪物の横っ面にクリーンヒットする。

​ バゴォッ!!

​『ギャッ!?』

​ 手応えあり。

 怪物は空中でバランスを崩し、ゴミ箱に突っ込んで無様に転がった。

すかさず『コロコロ』で怪物の頭を滅多打ちにする。

​「――え?」

​ 俺は自分の手と、頭の潰れた怪物を見比べる。

​ あれ? 意外といける?

 クイックルワイパーのリーチと、俺の火事場の馬鹿力が合わされば、これくらいの雑魚、勝てるんじゃないか?

​「なんだよ、ビビらせやがって……! こっちには『カビ〇ラー』もあんだぞコラ!」

​ 恐怖がアドレナリンで麻痺し、急激な万能感が俺を満たす。

 いける。俺は今日、路地裏のヒーローになる――。

​ ズズッ……ズルリ……。

​ 調子に乗って一歩踏み出した俺の耳に、複数の這いずる音が届いた。

 暗闇の奥から、光る目が四つ、六つ、八つ。

 同じ怪物が、ぞろぞろと五匹以上、壁を這いながら現れる。

​「あ」

​ 俺の万能感は、コンマ一秒で粉砕された。

 群れはずるい。それは聞いてない。

​「……っすいませんでしたァッ!!」

​ 俺は全力で謝罪し、回れ右をしてダッシュした。

 ワイパーを杖代わりに、なりふり構わず走る。

 背後から、複数の殺意が雪崩のように追いかけてくる。

​「ハッ、ハッ、誰か! 警察! 誰でもいい!!」

​ 肺が焼ける。足がもつれる。

 そして運命は非情だった。

 逃げ込んだ先は、高さ三メートルはあるブロック塀。行き止まり。

​「は、ぁ……嘘だろ……」

​ 振り返れば、六匹の怪物が扇状に広がり、退路を塞いでいた。

 先頭の一匹――俺が殴った個体だ――が、復讐心に満ちた唸り声を上げて、ゆっくりと近づいてくる。

​ 終わった。

 いや、終わりたくない。

 まだ部屋の掃除もしてない。やりかけのレポートもある。親に単位を落とした話もしてない。

 こんな理不尽な場所で、野垂れ死んでたまるか。

​ 俺は震える手で、ワイパーを構え直した。

 涙目で、腹の底から咆哮を絞り出す。

​「来るなぁぁぁぁッッ!!!!」

​ 半泣きの全力フルスイング。

 だが、その一撃が怪物に届くより早く――銀色の閃光が、夜を切り裂いた。

​ キラッ☆ドゴォォォォォン!!

​ 衝撃波が俺の髪を逆立たせる。

 俺の目の前。飛びかかろうとしていた怪物が、横合いから殴り飛ばされ、コンクリートの壁にめり込んで「染み」になっていた。

​「え……?」

​ 土煙の中に、人影が立っている。

​ ゆったりとしたオーバーサイズのパーカーに、ダメージジーンズ。

 ラフなボーイッシュスタイルだが、その立ち姿は凛としていて、まるで戦場の只中に降り立った王子様のようだった。

​ 銀色の長髪が、月光を弾いて輝く。

 彼女は、残りの怪物たちが一斉に襲いかかるのを、鼻で笑った。

​「群れるしか能がないんだね。……死んで」

​ 戦闘というよりは、一方的な蹂躙だった。

 彼女は一歩も動かない。

 襲い来る牙を、最小限の首の動きで避け、カウンターの拳を叩き込む。

​ ズドッ!

 重たい音と共に、怪物の胴体がくの字に折れ、弾丸のように吹き飛ぶ。

​ バキィッ!

 背後から迫った個体を、ノールックの回し蹴りで粉砕する。

​ 魔法もビームもない。

 ただ、圧倒的な身体能力による暴力。

 パーカーの袖から覗く華奢な拳が、鋼鉄よりも硬く、大砲よりも重い一撃を繰り出していた。

​ 数秒後。

 そこには動くものはいなくなっていた。

​ 彼女はスニーカーの爪先をトントンと地面で鳴らし、パーカーのフードを直すと、ようやく俺の方を向いた。

​「怪我はない? 迷い人」

​ 中性的で、涼やかな声。

 彼女が近づいてくる。

 街灯の明かりの下、その整いすぎた顔立ちが露わになる。

 爬虫類を思わせる縦長の瞳孔が、冷徹に俺を品定めしていた――はずだった。

​ 俺と目が合った瞬間。

 彼女の足が止まる。

 無表情だった美貌に、サァッと朱が差した。

​「――っ!?」

​ ドンッ!!

​ 次の瞬間、俺は壁に押し付けられていた。

 壁ドンなんて甘いものじゃない。勢いが強すぎて背中が痛い。

 逃げようとする俺の両脇を、彼女の腕が塞いでいる。

​「うそ……見つけた。やっと、見つけた……!」

​「あ、あの……?」

​ 彼女の顔が近い。

 吐息がかかる距離まで詰め寄られる。

 さっきまでの凛々しい王子様はどこへやら。今の彼女は、熱に浮かされたように瞳を潤ませ、俺の顔を食い入るように観察している。

​「君を一目見て確信したよ……間違いない」

​ 彼女の手が、俺の二の腕を、肩を、そして胸板を、確かめるように這いまわる。

 服の上からでも分かる、指先の熱。

 ただ触れるだけではない。

 俺という存在の感触を、指紋の溝ひとつまで記憶しようとするような、執拗で湿度の高いタッチ。

​「っ、はぁ……君、いい匂いがする」

​ 彼女は俺の首筋に顔を埋め、子犬のように鼻を鳴らした。

 パーカーのフードが俺の顎に当たる。

 甘いシャンプーの香りと、彼女自身の体温が、俺の思考回路を焼き切ろうとしていた。

​「ねえ、君。名前は? どこ住み? 恋人は?」

「あ、いいや。全部どうでもいい。今からボクがその枠、全部もらうから」

​ 彼女は俺の胸に顔を擦り付けながら、とろけるような声で囁く。

 逃がさない。絶対に離さない。

 その両腕は、俺の背中に回り、万力のような力強さで俺を拘束していた。

​「決定。今日から君がボクの『ダーリン(飼い主)』だ」

「良かったね君。ボクに見つかるなんて、全宇宙で一番の幸運だよ?」

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