最弱職と呼ばれた男の逆襲

@raputarou

最弱職と呼ばれた男の逆襲

第一章 転移と絶望


気がつくと、俺は見知らぬ広場に立っていた。


周囲には同じように困惑した表情の人間が十数人。全員が俺と同じ日本人らしく、スマホを取り出したり、パニックになったりしている。


「皆さん、落ち着いてください」


凛とした声が響いた。振り向くと、銀髪の美女が厳かな表情でこちらを見ていた。彼女の後ろには、豪奢な装飾を纏った老人と、鎧を着た騎士たちが控えている。


「私はエルフィナ王国の宰相、セレスティア・フォン・アークライトと申します。皆さんを我が国にお呼びしたのは、魔王軍の脅威から世界を救っていただくためです」


は? 魔王? 何を言ってるんだこの人は。


だが、周囲の中世ヨーロッパ風の街並み、そして何より自分の手の甲に浮かび上がった謎の紋章が、これが現実であることを教えてくれた。


「では、皆さんの適性を確認させていただきます」


セレスティアが杖を振ると、一人ずつ頭上に光の文字が浮かび上がる。


『勇者』『大賢者』『聖騎士』『魔導士』――


次々と表示される華々しい職業に、召喚された人々の表情が希望に輝いていく。特に、リーダー格らしい筋骨隆々とした男、橘大地の頭上に『勇者』の文字が現れた時は、周囲から歓声が上がった。


そして、俺の番が来た。


『記録者(レコーダー)』


「......は?」


周囲が静まり返った。セレスティアの表情が曇る。


「記録者......これは......」


「何です、それは?」隣にいた『聖騎士』の女性、桜井美咲が尋ねた。


「戦闘能力が皆無で、ただ見聞きしたことを記録するだけの......申し訳ございませんが、最弱の職業です」


ざわめきが広がる。橘が俺を見下すように言った。


「お前、足手纏いになるだけだな。悪いが、戦いには参加しないでくれよ」


他の召喚者たちも、同情と軽蔑の入り混じった目で俺を見る。


「では、勇者様たちには王城の上級客室を。そして......記録者殿には、街の宿をご用意します」


露骨な差別だった。だが、俺は何も言い返せなかった。この世界では、俺は本当に最弱なのだから。


翌日、勇者パーティーは華々しく出発していった。俺には声すらかからなかった。


安宿の一室で膝を抱える俺。携帯は圏外。帰る方法もわからない。戦う力もない。


「畜生......」


その時だった。


頭の中に、声が響いた。


『適性判定、エラーを検出。再スキャン開始――』


視界が真っ白になった。




第二章 真の力


白い空間で、俺は謎の存在と対峙していた。


それは人型をしているようで、しかし輪郭が定まらない。まるでモザイクのようにぼやけた姿だった。


『申し訳ない。転移魔法陣の設定ミスで、君の本来のステータスが正しく表示されなかった』


「どういうことだ?」


『君の真の職業は『記録者』ではない。正しくは――『全知の記録者(オムニシエント・クロニクラー)』だ』


そう告げられた瞬間、膨大な情報が頭に流れ込んできた。


この世界のあらゆる魔法体系、戦闘技術、歴史、地理、魔物の弱点――過去にこの世界に転移した全ての勇者たちの記録までもが、一瞬で俺の中に刻まれる。


『君のスキルは「完全記憶」「技術模倣」「情報解析」「因果律干渉」――そして「記録の具現化」だ』


「記録の、具現化?」


『君が記録した全ての技術、魔法、武器、防具を、自在に再現できる。つまり――』


理解した。


俺は、この世界の全てを「記録」し、それを「使用」できる。


歴代勇者の剣技も、伝説の魔法使いの呪文も、封印された魔王の技すらも。


『ただし、一つ忠告がある。この力は本来、世界の調停者にのみ与えられるもの。使い方を誤れば、君自身が世界の脅威となる』


「わかってる」


俺はゆっくりと立ち上がった。


「俺は、自分を見下した連中に復讐するつもりはない。ただ――」


証明してやる。最弱なんかじゃないって。




白い空間から戻ると、宿の部屋に変化はなかった。だが、俺の中の世界は一変していた。


試しに、記憶の中から一つの技術を引き出す。『伝説の鍛冶師ドワルンの鍛造技術』。


手を翳すと、虚空から金槌と金床が現れた。さらに『火竜の炎魔法』を併用し、宿の外の空き地で簡易な炉を作り出す。


三時間後、俺の手には神話級の武器が握られていた。


「これが......俺の力か」


翌日、俺は冒険者ギルドに登録した。受付嬢は俺の『記録者』という職業を見て、明らかに失望の表情を浮かべたが、俺は気にしなかった。


最初の依頼は、森に出没するゴブリンの群れの討伐。初心者用の依頼だ。


森に入ると、すぐに五体のゴブリンが現れた。


俺は記憶から『勇者ジークフリートの剣技・風神連撃』を引き出し、一瞬で全てを斬り伏せた。


続いて現れた森の魔獣ダイアウルフ。通常なら上級冒険者向けの強敵だが、『賢者マリアンヌの重力魔法』で地面に押し付け、動けなくした。


「楽勝だな」


だが、その時だった。


森の奥から、巨大な魔力の気配を感じた。


木々を薙ぎ倒しながら現れたのは、四メートルはある巨大な蜘蛛型の魔物。『森林の災厄』と呼ばれる、A級の危険生物だった。


ギルドの情報にはなかった。イレギュラーだ。


蜘蛛は俺を見つけると、糸を吐き出してきた。その糸は、触れるものすべてを溶かす猛毒を含んでいる。


だが、俺の記憶には『対毒結界』の情報がある。即座に展開し、糸を弾く。


「お前の情報も、すでに記録済みだ」


『神速の暗殺者ライアの体術』で蜘蛛の腹部に回り込み、『竜殺しの英雄バルトロの必殺剣技』で急所を貫く。


蜘蛛は断末魔の悲鳴を上げ、崩れ落ちた。


ギルドに戻ると、受付嬢が目を丸くした。


「A級魔物を、たった一人で!?」


報酬は破格だった。そして俺の評判は、一夜にして広まった。


その夜、宿の部屋で一人考える。


勇者たちは今頃、どこで何をしているのだろうか。


彼らと再会する日は、すぐに訪れた。




第三章 勇者たちとの遭遇


二週間後、俺は王都の大通りを歩いていた。


A級冒険者への昇格試験を終え、正式に上級冒険者として認められたばかりだった。わずか二週間での昇格は異例中の異例らしく、ギルドマスターからも驚かれた。


「おい、あれを見ろ」


街の人々が一点を見つめている。


そこには、傷だらけで疲弊した勇者パーティーの姿があった。


橘大地を先頭に、桜井美咲、魔導士の田中健二、僧侶の伊藤麗華、そして盗賊の山田太郎。転移時に『勇者』や『聖騎士』などの強力な職業を得た五人組だ。


だが、その姿は転移当初の輝きを失っていた。


「勇者様、どうされたのですか?」


通りすがりの市民が声をかける。


「魔王軍の幹部、『氷結の将軍』に返り討ちにされた......俺たちの力じゃ、まだ足りない」


橘の悔しそうな表情。他のメンバーも、明らかに自信を失っている様子だった。


そこで、橘の視線が俺を捉えた。


「お前......」


「久しぶりだな、橘」


俺の姿を見て、橘たちは驚愕の表情を浮かべた。何せ、俺は高級なレザーアーマーと神話級の剣を装備している。明らかに、二週間前の落ちぶれた『記録者』ではない。


「何だその装備......お前、どうやって」


「冒険者として稼いだだけだ。それより、お前たち大丈夫か? かなりやられてるみたいだが」


桜井が、複雑な表情で口を開いた。


「私たちは......弱かった。勇者の称号に胡坐をかいて、本当の強さを磨いてこなかった」


「だが、お前には関係ないだろ。お前は最弱の『記録者』なんだから」田中が吐き捨てるように言った。


その時、遠くから爆発音が響いた。


街の北門から、黒い煙が上がっている。


「魔王軍の襲撃だ!」


騎士たちが慌ただしく走り出す。だが、北門から現れたのは、先ほど橘が口にした『氷結の将軍』だった。


三メートルの巨体に、全身を覆う氷の鎧。その手には巨大な氷の大剣。


「勇者よ、再戦といこうか」


将軍の声が響く。橘たちは身構えたが、その体は疲労で満足に動かない。


「くそ......動け、俺の体!」


将軍が剣を振り上げる。


その瞬間、俺は二人の間に割って入った。


「何をする!」


橘が叫ぶ。だが、俺はすでに『時間遅延の魔法』を発動させていた。周囲の時間の流れが遅くなり、将軍の動きがスローモーションになる。


「お前たちは下がってろ」


そして俺は、記憶の中から『氷結の将軍』の全ての情報を引き出した。


彼の本名はグレイシア。かつて人間の騎士だったが、魔王に敗れて配下となった。氷の魔法を操るが、その弱点は――高熱。


『火竜王の業火』を両手に纏わせ、一気に距離を詰める。


「なに!?」


驚愕する将軍の鎧を、業火が溶かしていく。


「お前の情報は、全て記録済みだ。弱点も、戦闘パターンも、全てな」


俺は『勇者ジークフリートの剣技』と『火竜王の業火』を融合させた独自の技を放った。


炎を纏った斬撃が、将軍の体を貫く。


「馬鹿な......人間ごときが......」


将軍は崩れ落ち、黒い霧となって消えた。


静寂。


そして、爆発的な歓声。


街の人々が、俺の名を叫んでいる。


橘たちは、ただ呆然と俺を見つめていた。


「お前......一体......」


「俺は最弱なんかじゃなかった。ただ、真の力を理解していなかっただけだ」




第四章 裏切りと真実


王城に呼ばれた俺は、謁見の間で国王と対面していた。


「よくぞ我が国を救ってくれた。そなたには、特別騎士の称号を与えよう」


隣にいたセレスティアが、複雑な表情で俺を見ている。


「記録者殿......いえ、特別騎士殿。一つお聞きしたいのですが」


「何だ?」


「あなたの力は、本当に『記録者』のものなのですか?」


鋭い質問だった。だが、俺は嘘をつく気はなかった。


「俺の真の職業は『全知の記録者』だ。転移時の判定ミスで、正しく表示されなかった」


謁見の間がざわめく。


国王が前のめりになる。


「全知の記録者......それは、伝説に語られる『世界の記録者』のことか!?」


「そのようだ」


セレスティアの表情が変わった。


「それは......困りましたね」


「困る?」


「ええ。実は、この国には古い予言がありまして」


彼女は淡々と語り始めた。


「『世界の記録者が現れし時、世界は新たな時代を迎える。だが、その力が悪しき者の手に渡れば、世界は滅びる』と」


「つまり?」


「つまり、あなたは我が国にとって、最大の希望であると同時に、最大の脅威でもあるのです」


その瞬間、謁見の間の扉が開き、騎士たちが雪崩れ込んできた。


そして、その中に橘たちの姿もあった。


「なるほど、そういうことか」


俺は理解した。これは罠だった。


国王が立ち上がる。


「記録者よ、その危険な力を、我が国の管理下に置く。抵抗すれば、反逆者として処刑する」


橘が剣を抜く。


「悪いな。お前の力は危険すぎる。国のためだ」


「国のため、か」


俺は笑った。


「お前たち、本当にそう思ってるのか?」


桜井が視線を逸らす。田中と伊藤も、罪悪感に満ちた表情だ。山田に至っては、完全に俯いている。


「俺を捕らえて、どうするつもりだ? 俺の力を奪って、自分たちの都合のいいように使うのか?」


セレスティアが杖を構える。


「残念ですが、選択肢はありません」


騎士たちが一斉に襲いかかってくる。


だが、俺は動じなかった。


『時空間魔法・絶対領域』を発動。俺を中心に、半径十メートルの空間が完全に静止する。


騎士たちの動きが止まる。魔法も、剣も、全てが空中で静止した。


「悪いが、俺を捕らえることはできない」


そして俺は、謁見の間を後にした。


城の外に出ると、そこには一人の少女が立っていた。


赤い髪に、鋭い目つき。腰には二本の短剣。


「あんた、逃げるのか?」


「お前は?」


「魔王軍幹部の一人、『紅蓮の暗殺者』リリア。あんたに興味があってね」


警戒する俺に、リリアは笑いかけた。


「安心しな。戦うつもりはない。むしろ、手を組まないか?」


「魔王軍と?」


「魔王様は、あんたの力を欲しがってる。でも、強制するつもりはない。ただ、話を聞いてほしいんだ」


俺は考えた。


人間の国に裏切られた今、選択肢は多くない。


「案内しろ」


リリアは満足そうに笑い、俺を魔王城へと導いた。




第五章 世界の真実と決断


魔王城の玉座の間。


そこに座っていたのは、予想に反して若い女性だった。


長い黒髪、紫の瞳、そして人間とほとんど変わらない容姿。ただ、その背中から伸びる黒い翼だけが、彼女が魔王であることを示していた。


「ようこそ、全知の記録者よ。私は魔王リリス」


「魔王が、随分と人間らしいな」


リリスは悲しそうに微笑んだ。


「それもそのはず。私はかつて、人間だったのだから」


「何?」


そして、彼女は語り始めた。


この世界の真実を。


五百年前、最初の勇者が召喚された時、彼女は当時の王女だった。勇者と共に戦い、当時の魔王を倒した。


だが、その後、勇者たちは暴走した。


強大な力を得た彼らは、自分たちが世界の支配者であると考え、各国を征服し始めた。


彼女は勇者たちを止めようとしたが、逆に裏切られ、禁忌の魔法で『魔王』へと変えられてしまった。


それ以来、彼女は『魔王』として、暴走する勇者たちと戦い続けている。


「つまり、魔王軍は――」


「世界を侵略しているのではなく、守っているのよ。召喚された勇者たちの暴走から」


俺の記録能力が、彼女の言葉が真実であることを告げている。


「なぜ、それを世界に伝えない?」


「伝えても、誰も信じない。勇者召喚システムは、各国の権力者にとって都合がいいから。外部から強力な戦力を呼び、自分たちの都合で使い捨てる。それが、この世界の真実」


リリスは立ち上がり、俺の目を見つめた。


「あなたの力があれば、この歪んだシステムを終わらせられる。私と共に来てくれないか?」


その時、城の外から爆発音が響いた。


「魔王! 勇者パーティーが攻めてきました!」


リリアが慌てて飛び込んできた。


「もう来たか。早いな」


リリスは溜息をつく。


俺は窓から外を見た。橘たちが、大規模な軍勢を率いて城に迫っている。


「記録者! お前がいるんだろう! 出てこい!」


橘の声が響く。


俺は決断した。


「リリス、お前の言葉が真実なら、俺は協力する。だが、その前に確かめさせてくれ」


「どうやって?」


「直接、橘たちと話す」


俺は城の外に出た。


橘たちの前に立つ。


「橘、お前に聞きたいことがある」


「何だ?」


「お前たち、本当に世界を救うために戦ってるのか?」


橘の表情が歪む。


「当たり前だろ!」


「なら、なぜ魔王軍が人々を襲った記録がほとんどないんだ? 俺の記録能力で調べた限り、被害のほとんどは人間同士の争いか、勇者パーティーの巻き添えだった」


桜井が顔色を変える。


「それは......」


「答えろ!」


田中が叫んだ。


「うるさい! 俺たちは勇者なんだぞ! 正義に決まってるだろ!」


その言葉で、俺は全てを理解した。


彼らは、自分たちが正義だと信じ込まされている。疑うことすら許されていない。


「わかった。なら、俺はお前たちの敵になる」


俺は『全知の記録者』の真の力を解放した。


過去に記録した全ての勇者、騎士、魔法使いの力が、俺の中で共鳴する。


「これより、この歪んだシステムを破壊する。邪魔するなら――」


橘が突進してくる。


『勇者の剣技・天空斬』。かつて伝説の勇者が使った必殺技。


だが、俺はその技も記録済みだ。同じ技で相殺し、さらに『古代魔法・時間逆行』で橘の動きを巻き戻す。


「何だこれは!」


桜井と田中が魔法で援護するが、俺は『反射結界』で全て跳ね返す。


伊藤の回復魔法すら、『魔力吸収』で無効化する。


圧倒的な力の差。


「お前たち、まだわからないのか? 俺は最弱じゃなかった。お前たちより、遥かに強い」


橘が膝をつく。


「畜生......」


その時、リリスが俺の隣に降り立った。


「もういい。彼らを殺す必要はない」


「リリス?」


「彼らも被害者よ。システムの」


リリスは橘たちに語りかけた。


真実を。世界の歴史を。勇者召喚の本当の目的を。


最初は信じなかった橘たちも、徐々にその表情が変わっていく。


「じゃあ......俺たちは......」


「利用されていただけ。でも、今からでも遅くない」


桜井が泣き崩れた。


「私たち、何をしていたの......」


俺は彼らに手を差し伸べた。


「一緒に来い。この世界を、本当の意味で救おう」


橘は俺の手を見つめ――


そして、ゆっくりとその手を掴んだ。




それから一年。


俺たちは、世界中の国々を巡り、真実を伝えた。


最初は誰も信じなかったが、俺の『記録能力』が過去の真実を映像として再現できることがわかると、徐々に人々は理解し始めた。


勇者召喚システムは廃止され、リリスは『魔王』の呪いから解放された。


橘たちも、今では俺の仲間として共に戦っている。


そして今日、俺たちは元の世界へ帰る方法を見つけた。


「本当に、帰るのか?」


リリスが寂しそうに尋ねる。


「ああ。でも、また戻ってくる。この世界は、もう俺の第二の故郷だから」


橘が笑った。


「お前、最初は最弱だと思ってたのにな」


「今でも最弱だよ。ただ――」


俺は空を見上げた。


「記録し、学び、成長する。それが、俺の真の力だ」


転移魔法陣が輝く。


「じゃあな、また会おう」


光に包まれる瞬間、俺は確信した。


最弱と呼ばれた男の逆襲は、こうして幕を閉じた。


だが、これは終わりではない。


新たな物語の、始まりだ。

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