蒼き炎の計算式
@raputarou
蒼き炎の計算式
第一章:鉄と魔法の朝食
朝起きて、中国の台湾進攻に関するニュースが映っているテレビを見ながら、私は朝食の目玉焼きを載せたトーストを口に運んだ。 半熟の黄身がトロリと流れ出し、焦げたパンの苦味と混ざり合う。画面の向こうでは、台湾海峡の上空を「重力制御(グラビティ・コントロール)」を搭載した中国軍の揚陸艦が、物理法則を嘲笑うかのように浮遊していた。
2032年5月3日。世界が狂い始めてから、もう5年が経つ。 魔法が科学によって解明され、「魔導物理学」として体系化されて半世紀。かつて神秘とされた力は、今やシリコンウェハーの上に焼き付けられる回路となり、生活を豊かにし、そして人を殺す道具となっていた。
「……また、株価が上がってるな」
私は独りごちた。三菱重工の株価は、連日の高値を更新している。 私の職場である福岡の第3魔導工場では、台湾へ輸出される「対魔導防御術式搭載装甲車」の増産が続いていた。私の仕事は、その装甲車に刻印される防御結界のルーン回路の最適化だ。量子コンピューターを用いて魔素(マナ)の流動効率を0.1%でも上げれば、生存率が変わる。そして、会社からの給与も上がる。
先日の賃上げ通知を見て、私は正直に喜んだ。だが、その喜びのすぐ裏側に、粘着質な罪悪感が張り付いている。 画面の中で、台北の街が爆炎に包まれた。あれは旧来の火薬ではない。大気中の酸素を一瞬でプラズマ化させる「爆炎術式(イグニス・バースト)」によるものだ。私が設計した盾は、あれを防げただろうか。それとも、私が作った盾を信じた誰かが、今この瞬間、炭化して死んだのだろうか。
「石破さん、今日早いですね」
出社すると、同僚の高市が声をかけてきた。彼女は私の迷いなど意に介さず、新型の誘導弾術式の設計図を広げて目を輝かせている。 「台湾軍からのレポートが来たわ。我々の『風神(フウジン)III型』の迎撃率、8割を超えてるって。これでまた日本の技術力が証明されたわね」 「……ああ、そうだね。でも、残りの2割は?」 「それは運用の問題よ。現場の練度が足りないの」
彼女は正しい。技術者として、彼女はあまりに正しい。だが、私はこみ上げる吐き気を抑えるのに必死だった。イスラエルがガザの病院を誤爆した際、使われていた誘導システムの一部にも、日本の魔導センサー技術が転用されていたという噂があった。ウクライナの凍てついた戦場でも、泥にまみれた中東でも、そして隣国の海でも。 私の書いたコードが、誰かの命を奪っている。
その日の夕方、工場長が緊急招集をかけた。 モニターに映し出されたのは、首相官邸からの緊急会見だった。 「――政府は、度重なる領海侵犯および邦人保護の名目のもと、中国に対し……」
言葉が途切れるほどの衝撃が走った。工場の外、博多湾の方角から、空気を引き裂くような轟音が響いたのだ。 窓の外を見ると、真紅の魔導光が空を焼き尽くしていた。
「開戦だ……」誰かが呟いた。 その光景は、地獄の釜の蓋が開いた瞬間だった。
第二章:東京、クリムゾン・レイン
2032年5月9日、日本政府による宣戦布告。 それからの日々は、記憶がおぼろげになるほど忙殺された。福岡は前線基地となり、私たちの工場は24時間体制で稼働した。街には迷彩服を着た自衛隊員と、魔導外骨格(エクソ・スケルトン)を装着した警備兵が溢れた。
私は、ただひたすらに回路を組んだ。 考えることを止めたかった。手を動かしていれば、自分が殺人兵器の部品を作っているという事実から目を逸らせたからだ。父さん、母さん、兄さん。東京にいる家族とは、ビデオ通話で安否を確認し合っていた。「東京は今のところ安全だ」「首都防空魔導網(イージス・カグツチ)は完璧だ」と、兄は笑っていた。
そして、運命の2033年3月10日。 かつての歴史をなぞるかのように、悪夢は訪れた。
その夜、中国軍は最新鋭のステルス魔導爆撃機「黒龍」を投入した。日本のレーダーと魔力探知を、未知の「虚数魔術」によってすり抜けたその編隊は、東京上空に到達してから実体化した。 投下されたのは、焼夷弾ではない。「重力崩壊弾」。着弾地点の重力係数を局所的に狂わせ、建物を自重で圧壊させると同時に、圧縮された魔素を開放して全てを焼き尽くす、非人道的な兵器だった。
福岡の自室で、私は震える手でスマートフォンを握りしめていた。 東京のライブ映像。スカイツリーが飴細工のように捻じ曲がり、高層ビル群が砂の城のように崩れ落ちていく。 「嘘だろ……防空システムはどうしたんだ!」 私が叫んだその時、画面越しに実家のあたりが映った。世田谷の住宅街。そこは、すでに赤黒いクレーターと化していた。
電話は繋がらない。SNSには阿鼻叫喚の地獄図が流れてくる。 数日後、兄の同僚だという人物から連絡があった。 「……残念ですが、ご実家周辺の空間魔素濃度が致死量を超えており、遺体の回収すら困難な状況です」
その瞬間、私の中で何かが壊れた。 悲しみではない。激しい怒りでもない。ただ、虚無だ。 私が作り、守ろうとした技術は、何一つ家族を守れなかった。それどころか、敵が使った「虚数魔術」の基礎理論の一部は、数年前に日本の学術会議で発表され、公開された論文がベースになっているというニュースを目にした。
科学と魔法の融合。人類の進歩。 そんな欺瞞に、私は加担し続けていたのだ。
私は辞表を叩きつけた。高市が何か叫んでいたが、耳には入らなかった。 私はリュック一つ背負い、福岡を出た。この戦争の正体を知りたかった。なぜ、これほどまでに技術が進んだ世界で、人は石器時代のように殺し合うのか。 私は、戦火の燻る西へ向かう船に乗った。 だが、その旅の途中で私は見てしまったのだ。戦場で打ち捨てられた中国軍のドローンの残骸。その中枢チップに刻印されていたのは、見覚えのある――あまりにも見覚えのある、私が設計したはずの「回路パターン」だった。
第三章:悪魔の証明
戦場跡地を巡る旅は、私を地獄の淵へと導いた。 東南アジアのブラックマーケット、戦火の跡が残る中東の廃墟。そこで私は、ある一つの「部品」を追い続けた。
私が福岡で見たドローンの残骸。その回路には、私が三菱重工時代に、「エラー回避用」として組み込んだ特殊な署名コードが含まれていた。それは、正規の輸出ルートでは絶対に中国の手に渡るはずのないものだ。 台湾防衛のために輸出したはずの技術が、なぜ敵である中国軍の兵器に使われているのか。
私はシンガポールの裏路地で、武器商人の男を問い詰めた。 「これは日本製だ。なぜ中国軍が持っている?」 男は汚れた歯を見せて笑った。 「旦那、あんた何も知らないんだな。戦争ってのは、敵と味方が殴り合ってるだけじゃねえ。金と技術が、国境の下で握手してるんだよ」
男が示したデータチップ。そこには、開戦前から行われていた、第三国を経由した大規模な技術ロンダリングの記録があった。 日本企業が利益追求のために台湾へ売った最新技術は、即座に解析され、裏ルートで中国へ流れていた。そして、中国はその技術をベースに「対抗術式」を完成させ、あの東京空襲を行ったのだ。
つまり、私の家族を殺したのは、間接的にではあるが、私自身だった。
嘔吐した。胃液が枯れるまで吐いた。 自分の手が血で汚れていることは知っていた。だが、その手で家族の首を絞めていたとは。
絶望の底で、私はある事実に気づく。技術流出は単なる企業の怠慢や産業スパイの仕業ではない。もっと意図的な、国家レベルの「調整」が行われていた形跡がある。 その黒幕に繋がりそうな名前を見つけた時、背筋が凍った。 その名は、かつて日本の指導者層にいた男たちが設立した、米国のシンクタンクに繋がっていた。
私は真実を知らなければならない。 私は米国行きのチケットを手配した。目的地はワシントンD.C.。 そこで待つ人物が、敵か味方かは分からない。だが、もう失うものは何もなかった。
第四章:ポトマック河畔の観察者
岸田文雄が第二次日中戦争の開戦を伝えるニュースを見ながら、胸をなでおろしホッとする。 そんな自分に微かな嫌悪感を抱きつつも、安堵は本物だった。2032年5月9日。私はワシントンD.C.の安全なアパートメントにいた。
2027年5月13日、私は政界を引退し、渡米した。表向きは「国際情勢の研究」という名目だったが、実質的な亡命に近い。中国の台湾侵攻の予兆を感じ取り、日本が巻き込まれる未来を予測していた私は、家族と共に泥舟から逃げ出したのだ。 臆病者? なんとでも呼べばいい。私はリアリストだ。
「先生、新しいデータが入りました」 大学の研究室で、私は助手のサラ・ジェンキンスからタブレットを受け取った。彼女はMIA(魔導情報局)とも繋がりがある優秀なエージェントだ。 「日本の『イージス・カグツチ』が突破された件ですか?」 「ええ。物理的な破壊ではありません。システムが……内側から『解錠』されています」
私は眼鏡の位置を直し、データを凝視した。 第二次日中戦争、そして東京大空襲。これらは単なる領土紛争ではない。私はこの数年、歴史資料と魔導経済のデータを照らし合わせ、ある仮説を立てていた。
魔法が科学になった世界で、最も重要な資源とは何か。石油ではない。「古代遺跡」から発掘される「原初の術式(オリジン・コード)」だ。 中国が台湾に固執する理由。それは台湾の地下深くに眠る、超古代文明の魔導炉「龍脈」の制御権だと言われている。しかし、私の調査では少し違う。
「彼らは、龍脈を『破壊』しようとしているのではないか」 私の呟きに、サラが眉をひそめた。 「破壊? そんなことをすれば、地球規模の魔素欠乏(マナ・ショック)が起きます。中国自身の魔法技術も使えなくなりますよ」 「そうだ。だが、もし彼らが『魔素を使わない』新しい物理兵器を隠し持っていたら? あるいは、魔素に頼らない独自のエネルギー体系を確立していたら?」
世界中が魔法に依存している今、魔法を無効化することは、核兵器以上の抑止力、いや、支配力を持つ。 日本と中国の戦争は、その「実験場」に過ぎないのではないか。 そして、その実験には日本の協力者がいる。日本の技術をあえて流出させ、戦争を長期化させることで、データを収集させている人間が。
その夜、私の自宅のドアがノックされた。 予定のない訪問者。私は護身用の魔導銃をポケットに忍ばせ、ドアスコープを覗いた。 そこに立っていたのは、幽霊のように痩せこけた、眼光だけが異様に鋭い日本人男性だった。
第五章:螺旋の歴史、隠された意図
「石破茂、と申します。元三菱重工のエンジニアです」 男は名乗った。その名は、どこか聞き覚えのある、しかし今の彼からは想像もつかないほど平凡な響きを持っていた。
リビングで彼が出した証拠――ドローンのチップ、技術流出のルート、そして裏帳簿のコピー――は、私の仮説を裏付けるに十分すぎるものだった。 「私の家族は、私が作った技術の流出品で殺されました。岸田さん、貴方はこの国の『中枢』にいた。知っていたんですか?」
彼の問いは刃のように鋭かった。 「知らなかった……と言えば嘘になる。だが、ここまで大規模だとは想定していなかった」 私はコーヒーを淹れながら、彼に私の調査結果を話した。
歴史を紐解けば、この戦争の根幹は100年前に遡る。第二次世界大戦中、日本軍が大陸で行っていた魔導実験。そのデータの一部が中国共産党に渡り、現在の「虚数魔術」の基礎となった。 そして現在。中国の真の狙いは「大東亜魔導共栄圏」の完全否定と、魔素(マナ)の独占管理だ。 そのために必要だったのが、日本の高度な魔導技術による「触媒」としての役割。日本を戦場にすることで、日本列島そのものを巨大な魔法陣とし、太平洋の龍脈を逆流させる。
「つまり……日本政府の一部は、日本が焦土になることを承知で、中国と握っていたと?」 石破さんの手が震えている。 「金のためではない。恐怖のためだ。中国の『計画』が完成すれば、逆らう国は一夜にして魔法文明を失い、石器時代に戻される。日本の裏切り者たちは、自分たちだけは助かろうとして、国を売ったんだ」
サラが飛び込んできた。彼女の顔は蒼白だった。 「先生、逃げてください。MIAの一部が動いています。ここが特定されました」 「口封じか」 私は苦笑した。安全な場所など、この地球上のどこにもなかったのだ。
窓ガラスが振動する。外には、音もなく接近する暗殺用ドローンの群れ。 石破さんが立ち上がった。その目は、死人のそれから、戦士の目へと変わっていた。 「岸田さん、貴方は真実を世界に公表してください。私は……私の作った『落とし前』をつけます」
彼は懐から、歪な形をした魔導装置を取り出した。それは彼が旅の中で組み上げた、即席のジャミング装置だろうか。いや、違う。 「これは、私が設計したシステムの『強制停止コード』を物理的に放射する装置です。半径1キロ以内の、私の署名が入った全兵器を自壊させます」
それは自爆装置に等しいものだった。
第六章:灰燼からの出発
爆発音がワシントンの夜を引き裂いた。 石破茂が放った「拒絶の波動」は、襲撃してきたドローン群を瞬時に鉄屑へと変えた。だが、その代償として、彼の手元にあった装置も過負荷で爆散した。
煙が晴れた時、彼は血まみれで倒れていた。右腕を失い、全身に火傷を負いながらも、彼はまだ息をしていた。 「……動いたか。私の……最高傑作だ」 彼はうわごとのように呟き、意識を失った。
サラの手配した隠れ家で、私たちは一命を取り留めた。 それから数週間後。私は世界に向けて、膨大な量の告発文書を公開した。 「オペレーション・ドラゴンベイン」。中国の真の目的と、それに加担した日米の政財界のリスト。 世界は震撼した。戦争特需に浮かれていた市場は暴落し、各国の世論は一変した。戦争が終わるわけではない。だが、少なくとも「大義名分」は崩れ去った。
病院のベッドで、石破さんは窓の外を見ていた。 「戦争は終わりませんね」 「ああ。だが、流れは変わる。君が命がけで作ったあの『停止コード』のデータも公開した。あれがあれば、中国軍の兵器の4割は無力化できる」
石破さんは残った左手で、サイドテーブルの上のトーストを掴もうとして、やめた。 「家族には会えませんでした。……でも、これ以上、私の技術で誰かの家族が死ぬのは止められたかもしれない」 「君は英雄だ」 「いいえ。私はただの、人殺しの技術者です。これからも、一生背負っていく」
彼は静かに涙を流した。 魔法と科学が融合したこの歪な世界で、私たちは生き続ける。 私はペンを執り、石破さんは再び(今度は平和利用のための)回路設計を学び直すと誓った。
廃墟となった東京の空にも、いつか青空は戻るだろうか。 ニュースキャスターの声が響く。中国軍、撤退開始の報。 私たちは、それぞれの場所で、長く苦しい戦後の始まりを迎えていた。
私はパソコンを閉じ、深く息を吐いた。胸のつかえは取れない。だが、もう逃げることはない。 これが、私たちの戦争の記録であり、未来への遺言だ。
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