世界一しょぼい謝罪 Side A:Silence / Regret
純友良幸
お題:「ラップ」「毒舌」「世界一しょぼい」
※今回はAとB、同じストーリーでラストが違う実験作です。
「ヘイ! ヨー! イェア! マルチの勧誘♪ 人生難航♪ 思考は短絡♪ 結果はお蔵! 騙す方はクズ、騙される方はカス! すっからかんの財布、夢さえもお払い箱、 お前の人脈、泥船のどん詰まりぃ~~ェア! あ~あ~あ~どうもすみまっせーん♪」
派手な照明と大歓声。カミヤマの毒舌ラップは、今やバラエティ番組の定番だ。 ターゲットを徹底的に叩きのめし、最後に軽い調子で「どうもすみまっせーん♪」と締めくくる。この一言さえあれば、どんな毒を吐いても「芸」として成立した。
だが、カミヤマはこの成功を、内心で「世界一しょぼい売れ方」だと思っている。 かつての相方・イゲタ。中学時代からの親友で、気が弱く、いつも誰かの後ろを歩いていた男。彼が起こした「しょぼすぎる事件」を嘲笑うことで、カミヤマは今の地位を手に入れたからだ。
※
イゲタが起こした事件。それは、高齢者を狙った「振り込め詐欺」のかけ子だった。 しかし、イゲタはあまりの気の弱さから、電話口で相手の老人の身の上話を聞いてしまい、最後には「……あ、やっぱり振り込まなくていいです」と泣きだし、その足で組織を逃げ出して自首したのだ。
「犯罪者にすらなりきれない、世界一しょぼい悪党」
それがカミヤマがイゲタに付けたレッテルであり、世間が最も喜んだネタだった。
イゲタは出頭する直前、ファミレスにカミヤマを呼び出し最後の会話を交わした。
イゲタは力ない声で自分のふがいなさを笑うと 「……カミヤマ。俺のしてきた失敗もろもろ……全部、お前のネタにしていいぞ」と言い残し、警察に出頭していった。
カミヤマはそれを、イゲタらしい言い回しだと思い、深く考えなかった。
※
それから数年が過ぎた。
ある日の収録後、打ち上げでしこたま飲んだ帰り道。
深夜の駅のホームでカミヤマはイゲタらしき人影を見かけた。 少し古臭いスーツを着て、線路に向かってうつむいて立っている。
「……イゲタか?」
近寄って、背中から恐る恐る声をかけると、男は顔を伏せたままぼそぼそと返事をした。
「売れてるな、カミヤマ。……俺のネタ、ウケただろ?」
表情は読み取れなかった。
「ああ、おかげさまでな」
いつもの調子で毒舌を吐こうとしたが、なぜか無難な言葉しか出てこない。
イゲタは
「……よかったじゃん」
と小さく呟き、そのまま溶けるように夜の闇に消えていった。
カミヤマはそれをぽかんと見送ったあと「やべ、酔ってんな……」とつぶやき、帰宅して、寝て起きて、すっかり忘れていた。
その翌日、カミヤマはTV局の楽屋でマネージャーから衝撃の事実を聞いた。
イゲタは先週、出所後すぐに、アパートで孤独死していたらしい。
遺体が発見されたのは、昨日の打ち上げ飲み会よりも前のこと。
あの時駅のホームにいた男は、すでにこの世にはいなかったのだ。
※
年も押し詰まったその日は、日本一の芸人を決めるLaugh(ラフ)-1の決勝戦だった。
ビートの利いた出囃子にのってカミヤマが登場するとスタジオから歓声が沸いた。
「ヘイヘイ! ヨー! 今日もやってきた人の不幸は蜜の味♪ 俺のラップは毒の味♪……」
バックのDJに合わせていつも通りイゲタを揶揄するリリックを吐き出す――はずだった。
スタジオの照明が、妙に白っぽく、冷たく揺れる。
バックスクリーンに映る自分の顔が、一瞬だけイゲタの死に顔に見えた。
カミヤマは一瞬、眉をひそめたが、すぐに「気のせいだ」と判断した。
「……オイ♪ どうしたその面♪ まるで罪びと、アーユア詐欺師? 騙す相手もいない、情けないペテン師……」
動揺を抑え込み、いつも以上に語気を強めて無理やりライムを繋げる。
だがスクラッチのタイミングがずれ、ビートがわずかに歪み始める。
低音が抜け、代わりに誰かが鼻をすするような、「泣き声」にも聞こえる音が、マイクに混じった。
カミヤマは一瞬、音響スタッフの方へ視線を投げたが、誰も気にしていないようだったので、そのまま続けた。
観客は「新しい演出か?」と笑っている。そういう空気だ、とカミヤマは判断した。
その時、視界の端、客席の最前列に、あの時と同じスーツを着たイゲタが座っていた。
彼は笑っていない。怒ってもいない。
ただ、ひどく「しょぼい」顔で、カミヤマを見つめている。
カミヤマは一瞬だけ目を逸らし、次のリリックを探した。
異変は、カミヤマにしか分からなかった。
照明が落ちるわけでもない。音が歪むわけでもない。観客が静まり返るわけでも、スタッフが慌てる様子を見せるわけでもなかった。
ただ、世界から、熱量だけが抜け落ちていく。
さっきまで確かにそこにあったはずの笑い声が、距離を失い、重さを失い、まるで空気の向こう側へ引き剥がされていくように遠ざかっていく。
ビートは続いている。
規則正しく刻まれているはずのリズムが、いつのまにか自分の心臓の鼓動と重なり、音楽としての意味を失っていく。
――それは静寂だった。
音がないのではない。
音が、意味を持たなくなっただけの静寂。
その中で、誰かに見られているような気配だけが残り、カミヤマは悟った。
あの日、イゲタが言った
「ネタにしていいぞ」
という言葉。
あれは許可なんかじゃなかった。
同情でも、励ましでも、照れ隠しでもなかった。
自分の存在を。
記憶を。
失敗を。
言い訳を。
生ききれなかった時間を。
それらすべてをカミヤマに譲り渡すための――静かな別れの儀式だった。
リズムが止まった。
それがいつだったのか、カミヤマには分からない。
スタッフが慌てている気配も、観客がざわつく声も、もう彼の耳には届いていなかった。
カミヤマは、さっきまでイゲタが座っていたはずの場所を、ただ見つめ続けていた。
そこには、もう何もない。
誰もいない。
それでも、視線だけが外せなかった。
マイクを、両手で握りしめる。
強く握りすぎて、指先が白くなる。
喉の奥に、これまで吐き出してきた毒舌の破片がまだ無数に残っているのが分かる。
それらを、一つ残らず飲み込む。
笑いに変えず、勢いに変えず、ネタにも変えず。
そして、芸人になってから一度も使ったことのない、
飾りのない、逃げ場のない、震える素の声で――
カミヤマは、呟いた。
「……どうも……すみませんでした……」
それは、決め台詞の「すみまっせーん♪」とは似ても似つかない、掠れた、小さな、本物の謝罪だった。 スタジオの空気は凍りついたように動かない。
返事はなかった。
(了)
世界一しょぼい謝罪 Side A:Silence / Regret 純友良幸 @su_min55
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