蒼き龍の暴君 ~転生の黒き宿命~

@saijiiiji

プロローグ:前世の白鳳派

秋の終わりから冬の始まりへと季節が移ろう、その時期。崑崙山脈の最奥部にある、人知れぬ秘境へ、一人の青年が降りてきた。


その青年の名を、凌雲という。


白鳳派の少主にして、江湖に現れた世代で最高の才能を示す武人。その名は、すでに江湖全体に知られ、多くの武林人士から、尊敬と畏怖の念を以て語られていたのである。


凌雲は、二十八歳。その顔には、若さと同時に、深い思考の痕跡が刻まれていた。黒髪には白銀色の光が反射し、その瞳には、常に遠い何かを求めるような、一種の飢えた光が宿っていたのだ。その身体には、長年の修行により鍛え抜かれた筋肉が、しなやかで、かつ力強く具わっていた。


凌雲の背には、一本の白銀色の剣が背負われていた。それは、白鳳派の秘伝の剣法により鍛造された、特別な一振りである。その剣の名を、龍鳳剣という。その剣身には、龍と鳳凰の紋様が、見事に刻み込まれていたのだ。


秘境への道は、極めて危険であった。崑崙山脈の奥深くは、武林の地図には記録されず、その位置は、ほんの少数の者たちのみが知っているのであった。凌雲は、数年にわたる調査により、その秘径を特定し、この時、ついにその入り口に到達したのだ。


秘窟の入口は、巨大な岩石により隠蔽されていた。その岩石の周囲には、古い符号が刻まれており、その符号の示す意味は、古い武学の知識を持つ者のみが理解することができるのであった。


凌雲は、その符号を見つめながら、静かに呟いた。


「龍淵秘窟。ついに、その場所へと到達したのだ」


凌雲の声は、深く、落ち着いていた。しかし、その奥底には、一種の興奮と緊張が、微かに感じられたのである。


凌雲は、その巨大な岩石に向かって、手を翳した。その時、彼の体から、白銀色の光が放射された。その光は、柔らかく、しかし確実な力を示していたのだ。


白鳳派の秘伝の内功である。その内功により、凌雲は、岩石に刻まれた符号に、自分の気を同調させた。すると、その岩石が、ゆっくりと、左右に開き始めたのである。


その中から、一種の冷たい空気が、流れ出してきた。その空気には、何千年にもわたって、外界との接触がなかった、そのような時間の重みが、明確に感じられたのだ。


凌雲は、秘窟の中へと一歩を踏み出した。


秘窟の内部は、真っ暗であった。しかし、凌雲は、その暗闇を恐れていなかった。武人として修行を積んだ彼にとって、肉体的な視覚は、さほど重要ではないのだ。彼は、武学による感覚——気の流れを感知する感覚——を使い、秘窟の内部を認識していったのである。


その暗闇の中で、凌雲は、自らの内功を操り、自分の周囲に、白銀色の光を放射させた。その光は、秘窟の奥深くまで、その光を差し込ませていったのである。


秘窟の壁には、古い文字が刻まれていた。その文字は、前朝の時代の言葉で記されていたのだ。凌雲は、その文字を読みながら、秘窟の奥へと進み続けた。


文字は、一つの警告を示していた。


「黒き龍よ。その力を求めるもの。その力を手にするなかれ。その力は、人間の心を蝕き、その者を永遠の暗黒へと導く。龍淵秘窟に眠る淵龍珠は、人間が手にしてはならぬ秘宝なり」


凌雲は、その警告を読んだ。しかし、彼の歩みは、止まらなかった。むしろ、その警告が示す秘宝の存在が、彼の好奇心と野心をさらに刺激したのであった。


秘窟の奥へ進むにつれ、その壁から、一種の異常な気が放射され始めた。その気は、凌雲の体に接するたびに、彼の肌に一種の違和感をもたらしたのである。それはまるで、何か強大な意志が、彼を呼び寄せているかのようであった。


やがて、凌雲は、秘窟の最奥室に到達した。


そこに存在していたのは、一つの巨大な水晶の玉であった。その玉は、黒い色をしており、その内部には、何か深い闇が、渦巻いているかのように見えたのだ。その玉から放射される気は、凌雲のそれとは比較にならぬほど、強大で邪悪なものであった。


その玉の周囲には、複数の骨が散乱していた。それらは、かつてこの秘宝を求めてきた者たちの、遺骨に違いなかったのである。その遺骨たちは、まるで、この秘宝への警告を示すかのように、その玉を囲んでいたのだ。


凌雲は、その光景を見つめながら、深く息を吸った。


その玉こそが、淵龍珠。前朝の邪魔教が、幾千年の歳月をかけて生み出した、秘宝中の秘宝である。


淵龍珠は、決して自然発生的に形成された秘宝ではなかったのだ。その起源は、人類の歴史の奥底にまで遡る、一つの究極的な追求にあったのである。


かつて、武林の歴史の中で、一度だけ、武学を超越した「別の力」が現れたことがあったという。その力は、人間の生命力そのものを吸収し、それを自分の力へと変える、一種の「生命吸収の能力」であった。


その力の存在は、武林全体に衝撃をもたらした。しかし、やがて、その力は歴史から消え去り、やがて伝説となり、やがて忘れられていったのだ。


前朝の邪魔教の指導者たちは、その伝説に魅せられた。究極の力。武学を超越した、その向こう側にある力。その力を求めて、彼らは、長年にわたる研究を続けたのである。


そして、やがて、彼らはその答えにたどり着いたのだ。


その答えとは、人間の心の奥底に潜む、邪悪さそのものであった。


人間の心に秘められた邪悪さ、欲望、憎悪、嫉妬、悔恨、怨念——それらすべてを集約し、結晶化させたのが、淵龍珠なのだ。


淵龍珠は、単なる鉱物ではなく、無数の人間の負の感情が凝集した、一種の「生きた秘宝」であったのである。それは、生命を持つかのように脈動し、意志を持つかのように他者を誘惑し、そして意識を持つかのように支配する者を堕落させるのだ。


その珠に触れた者は、その負の感情に支配され、自分の心を失い、やがて邪悪な力へと堕落していくのだ。


邪魔教は、その淵龍珠の力を操ろうとしたが、結局、その力に飲み込まれ、やがて滅亡していった。淵龍珠は、その後、龍淵秘窟の奥深くに封印され、長い眠りへと就くのであった。


それは、正派連合が淵龍珠を封印したのではなく、むしろ、淵龍珠自身が、その力に支配されるべき新しき器を待つかのように、龍淵秘窟に身を隠すことを選んだのだという説もあるのだ。


凌雲は、ゆっくりと、その玉へ向かって歩き始めた。

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