天使と悪魔の恋愛指南
しゃりん
天使と悪魔の恋愛指南
俺こと『三枝士郎』は極々普通の高校一年生だ。成績は中の中ぐらいでそれほど威張れるほどではないし、運動に関しても同じぐらいで、ほんと自分で嫌になるくらいの平凡だ。
そんな俺が、たった一つ、どうしても欲しいものがあった。
――それが、恋人だ。
自分で言うのもなんだが俺は優しいと思う。
そんな優しい俺なら、すぐにでも彼女は出来るだろうと考え中学校に入学したのだが、俺は恋人をつくるどころか、親しい女友達でさえつくることなく卒業してしまった。
ただ、言い訳をさせてもらうなら、別にクラスの女子と全然関わらなかったわけではない。何人かのクラスの女子とは学校内という限定ではあったが話すことはあったし、気軽に話せる関係までは築くことができた。
そう、学校内だけ、言わば知り合い以上友達未満みたいなそんな関係。
……俺は、女子と友達にさえなることが出来なかった。
その淡くて切なく思い出したくない経験から、人の恋を参考にしようと思い立った俺は今――休日の昼間に本屋に来ていた。
目的の本は恋愛指南書。決して安易な行動ではない。
「えっと、恋に関する本はどこだろうか?」
それっぽいコーナーを見つけた俺はすぐに探し出す。
「んー、恋愛占いは違うだろうし、意外にないもん――あっ! これか?」
俺は『How To Love』と背表紙に書かれてあるやたらとピンクな本を手に取って、ペラペラと本をめくりながら流し読んでみる。
「て、これじゃねぇ!」
男女が絡み合い、やたらとの肌色率の高い本をすぐに閉じて本棚にしまった。
……恋愛の先の先の本だった。
こういうことに興味がないわけではないし、彼女が出来たならこうゆう関係にもなるのかもしれないが、今の俺には早すぎる。
「ふざけた本置きやがって……」
すぐに戻して、健全な恋愛指南書を探していく。
「ふざけたとはいったいなんですか? セックスとは愛溢れる行為なんですよ」
――と、可愛らしい女性の声が俺の独り言に反論してきた。
すぐに俺は辺りを見渡すが、声の主どころか、俺の周りには誰もいない。
「どこを見ているんですか、こっちですよ、こっち」
声のした方向にあったさっきのピンク色の本に目をやると、そこにいたのはフィギュアサイズの小さな可愛い女の子が、空中で真っ白なドレスをはためかせながら浮遊していた。
「やっとこちらを見ましたね、初めまして、天使リルルです」
天使? ……ああ、小さくてよくわからなかったが、彼女の頭の上には光るわっかがある。
「幻覚だな、帰ろ……」
あまりにも恋人が欲しすぎて知恵熱でも出たのかもしれない。
「待って下さい! あなたはこの本を手に取ったということは、恋人を作りたいのではありませんか? ほら、考え直してこちらに帰ってきてください!」
必死で呼びかけてくる自称天使、名前はリルルというらしいが、さすがにもう幻覚、幻聴とは思えない。
「そ、そんなに見つめられると……照れてしまいますわ」
自称天使が頬に両手を添えて照れている。不思議な光景だ。
「……えっと、キミはいったい何なんだ?」
「ですから天使ですよ。詳しく言えば人の恋を応援し、二人の愛の結晶である子供を作ってもらい、幸せな家庭を持ってもらうことです」
恋愛の指南を超えた人生の指南って感じで、ものすごく壮大なアフターケアだな。
「――それで何ですが、あなた、恋、したいんでしょ?」
小さい体ながらもお姉さんのように甘く囁くような声に、俺は思わず無意識に頷いてしまう。
「そうと決まれば――」
「おい、リルル。そんなヤリたいだけの男の恋愛をサポートしていいのか?」
また別の女性の声が聞こえたかと思ったら、ピンクの色の背表紙が一瞬光り、自称天使のそばに黒っぽいドレスを着た小さな女の子が現れた。
光るわっかはなく、切れ長の目つきが印象的な可愛いというよりも綺麗な女の子だ。
「そんなこと言ってはいけませんよ、リリィ。これぐらいの年ごろの男の子は当たり前ですし、彼は今、セックスしたいから恋愛するという考えを持っているのですから、その考えを改めさせることが、私たちの仕事なのですよ」
急に現れた黒っぽい女の子(名前はリリィというのだろうか?)に対して自称天使はたしなめている。
まるで人形劇みたいな光景が前で繰り広げられているのだが、俺はどうしても訂正したいことがあったので口にする。
「別にあれですよ、セック――エッチなことしたいわけじゃないですよ。俺は恋愛――」
「黙れ童貞」
「がはっ」
黒っぽい女の子が一瞬だけ切れ長の目で俺を睨んで口にした単語に大ダメージを受けた。
「駄目ですよ、リリィ」
「だが事実だぞ」
……俺の尊厳が傷つけられていく。
「大丈夫ですよ、そんな悲しい現実からはおさらばです。彼女欲しいんですよね?」
だけど、まるで救いの手のように指し伸ばされた白い天使の言葉に耳を傾けてしまう。
「俺は彼女が欲しい。俺に恋愛を指導してくれないか?」
リルルは頷きを笑顔で返し、もう一方のリリィは腕を組んで鼻で笑った。
「それではまず、この『How To Love』の本をお買い上げください」
「は?」
「私たちはこういう姿をしていますが本体はこの本なのです。つまり、この本から私たちは離れることができません。ですので、お買い上げお願いします」
エロ本を買う以上に恥ずかしいのは俺だけだろうか?
「あっ、そうそう、私たちの姿はあなたにしか見えていませんから安心してくださいね」
「ふんっ、あたし達が見えるのはあたし達の本に触り、あたし達が信用して許可した人間だけだ。だから、今のお前を他人から見れば、セックス教本に話しかけている、不審な童貞だ」
……童貞関係ないだろ。
「わかった、買うよ……」
再びピンクのハゥトゥ本を手に取ると、それに合わせるように、二人の女の子はそれぞれ俺の肩辺りでフワフワと宙に浮いている。
「では行きましょう!」「ふんっ……」
右からは元気よく、左からは鼻で笑う二者それぞれの反応を耳で感じながら、かなり嫌だがレジへと向かう。
本屋を後にした俺は近くの公園のベンチに座って、目的のハゥトゥ本を手にしていた。
買ってみてわかったのだが、この本には著作者や出版社の名前が書かれていなかった。
「大丈夫だったかな……。不審に思われたりしていないだろうか?」
「安心しろ、童貞がキョドリながら購入したようにしか見えていなかったぞ」
服と同じでこいつの腹の中は真っ黒なんだろうか?
「何だ、童貞」
「いや、その……童貞って呼ぶの止めて欲しいんだけど……」
「……わかった」
案外素直に納得してくれたな。
「――粗チン野郎、これでいいか?」
「ぐはっ!」
「もう、そんなにイジワルしないの!」
白い天使はうな垂れた俺の頭を小さな手で優しく撫でてくれる。
「大丈夫ですよ、下半身に自信がなくても恋愛は出来ますからね」
……それは慰めになっていない気がする。
「でも、あなたも悪いんですよ。ちゃんと自己紹介をしないから」
そういえばまだだったか。
「俺の名前は三枝士郎っていいます。二人の名前は会話で何となく理解しているよ。白くて優しい天使がリルル。……そして、こっちのあまり優しくない天使がリリィ……だね?」
「あたしは天使じゃない、悪魔だ。悪魔リリィだ」
……ピッタリだな。
「お前今、『こいつにはピッタリだな』って思っただろ?」
思わず目を背けてしまう。
「お前の名前は三枝士郎か……童貞っぽい名前だな」
全国の三枝さんと士郎さんに謝れ。
「士郎くんですか、良い名前です」
なんで恋を成就させるという目的は一緒なのに、二人の性格はこんなにも違うんだ?
こんなんで本当に俺に恋愛をさせてくれるのだろうか?
「心配しないでください。私たちが絶対にあなたに恋というもの教えてあげます」
「お前はあたし達の言うとおりにすればいい。そうすればお前の念願のセックスが出来るぞ」
だから別に俺は……したくない――わけじゃないけど、さ……。
色々言いたいが、ともかく俺は、今までの女の子との接し方を話したのだった。
「なるほど、士郎くんは女性とクラスで話すまでは出来るのに、友達になることが出来ない。ということですか」
「はい。自分で言うのも何ですが、俺は優しい性格なのに、女の子となぜか友達になれない……」
「優しくしてればって……バカかお前」
今までずっと腕を組んで黙っていたリリィが呆れた口調で言った。
「な、なんでだよ……。女性に優しいっていうのは大事だろ」
「じゃあお前の取った優しさってのは一体どういう行為だ?」
「消しゴムを拾ってあげたり、重い荷物を変わりに持ってあげ――」
「ふんっ」
最初に鼻で笑わないと会話が進められないのか?
「その優しさを自分が女になってされたと思ってみて、その優しさをしてくれた相手を異性として好きになるか考えてみろ、バカ」
俺が女になったとして、消しゴムを拾ってくれたり、荷物を持ってもらったりして、相手を好きに――はならないな……。
「『優しい』ことは大事だ。しかし、優しさだけでは人間的に好かれることはあっても異性として好かれることはない。お前に今必要なことは、相手のことをもっと知りたい。そして、自分のことをもっと知って欲しいっていう一歩進んだ相手との関わり方だ。優しくしていればモテるなんて甘い考えは今すぐ捨てるんだな」
「リリィったら私が言おうとしていたこと全部言っちゃうなんて……もう、私の出番がないじゃない。ふふふ」
リルルは頬をふくらませてふて腐れながらそう言ったが、どこか嬉しそうにしている。
「士郎くんは別に女性に対して緊張するとかいう苦手意識はなくて、女の子の友達はいないけど、クラスの女の子と会話をしないわけでは元々なかった。ただ――」
「――士郎は優しければ自然とモテるなんて勘違いしている甘い部分があった。だから、今まで恋人が出来なかった。だが、あたしの指導でその考えを改めることが出来た」
白と黒の二人の恋愛指南者がお互いに顔を見合わせるとこちらに視線を移す。
「「――あとはもう、単純な切っ掛けだけ(ですね)だ」」
切っ掛け……か、俺も何度もそれさえあれば恋が出来ると考えてきたが、その切っ掛けってのが中々掴めない。
「……とは言ったものの、こいつにはそうそう切っ掛けなんて転がってないな」
リリィが俺の気持ちを代弁した。だけど、リルルは『そうかしら?』と呟いた。
「だって士郎くんにはクラスに気軽に話の出来る女の子がいますから、その彼女たちなら士郎くんの良さにも気付いてるでしょう。だから、その女の子たちなら付き合えるかも」
「本当にそんな奴いるのか? 見栄じゃないのか」
リリィの疑いの視線が俺を睨みつけてくる、失敬だな。
「いるよちゃんと、中学校から付き合いのある四人……いや、三人」
「それじゃあ士郎くんはその三人の中で気になっている人はいませんか?」
「……せっかくだけど、三人の中にはいない……かな」
俺がそう言うと、リリィの視線が強くなる。
「何だ? 選り好みか?」
「べ、別にそういうつもりじゃないけど、その、初恋っていうのか……初めて好きになった人と比べると、どうしても見劣りするって言うか……」
「士郎くんの初恋ですか、その人は今どうしているんですか?」
「同じクラスメイト、だけど……」
「さっきの三人ではなくてですか?」
俺が頷いて肯定すると、今度はリリィが質問を重ねてくる。
「そいつとは話さないのか?」
「その子とは中学校までぐらいは気軽に楽しく話せていたんだけど……」
「距離を置かれたか」
認めたくない事実をリリィはハッキリ言った。
「何で距離を置いたりしたんでしょう、その子……」
「……正直、その彼女のことはよく知らないんだ。他の三人と比べて趣味とかについて何も教えてくれなかったから。やっぱり嫌われたのかな……」
少し落ち込みそうになってきたが、リルルが温かい笑顔を見せてくれる。
「諦めては駄目です。とりあえず彼女について士郎くんが知っている限りでいいので教えてもらっていいですか?」
「名前は綾辻音那。俺と同じ年齢でクラスメイト。勉強は得意のようだけど運動は苦手。俺的チャームポイントは綺麗で長い黒い髪。クラスではそれほど目立つ子じゃないけど、笑ったときの笑顔がかなり可愛くて――」
「虚しいな、彼女でもないのに……」
悲しい人を見る目でリリィが言った言葉で、彼女のいない現実に戻ってきた。
「士郎くんがその娘のことが大好きなのは充分にわかりました。こっちが一方的に知っているわけではなく、向こうもこっちのことをおおよそ知っているのならば! リリィ!」
「はいはい、悪魔としての力の見せ所だな――」
やれやれ、といった感じでリリィの姿が光りとともに霧散すると、あっという間にどこかに行ってしまった。
「ただいま」
――が、一瞬でリリィらしき黒くて光る塊がすぐに戻ってきた。
「見つけたぞ、綾辻音那」
行間から読み取るに、リリィは綾辻を探しに言っていたようだ。
……でも、何で?
「さすがリリィの悪魔のネットワークね、それじゃあ行きますよ、士郎くん」
リルルが俺の腕を引っ張って立たせようとしてした。
「ちょっと待ってくれ! もしかして、これから綾辻の元へ俺を連れて行くつもりか?」
「ただ連れて行くだけのわけないだろ? 告白するんだよ、男の見せ所だぞ、気合いれろ」
そして、リリィもリリィで力づくで立たせようと腕を引っ張ってくるが、俺は抵抗する。
「いや本当に待ってくれって! いきなり告白なんて出来ないよ。また、いつかに……」
「いつかっていつですか?」「いつかっていつだ?」
リルルは俺の顔の前に飛んできた。
「いつかなんてことを言っていたら、そのいつかは一生来ないでしょうね……」
今度はリリィが顔の前に飛んでくる。
「いきなり知らない相手から告白された場合のフラれる可能性は百パーセントだが、お前は綾辻音那とは関わりがあり、昔とはいえ、楽しく話せていた間柄だったんだろ? それならば、知っている相手からの告白の成功確立は一パーセント以上。告白するには充分だ」
他人事のような二人の言い振りに、思わず反論が口から飛び出してしまう。
「どこがだよ! 告白ってのはもっとその……ムードとか、その……タイミングってのが必要なんだよ!」
俺の気持ちが伝わったのか、それとも呆れたのか、二人は静かに俺を見ている。
「異性と付き合うのにロマンチックなムードや、タイミングなんていう不確かで見えないものはいらない。そんなものは結婚のプロポーズだけで充分だ――士郎、告白に必要なのは単純な一歩前に進む勇気だ。それだけでいいんだよ……」
リリィの表情は今まで見たことのないほどに優しくて、少し悲しそうにしていた。
「士郎くんの気持ちはわかります。だけど、振られることが怖くていつまでも先延ばしにしていると……手遅れになるかもしれませんよ?」
対してリルルは今まで見たことがないくらいに険しく、怒っているようにさえ見える。
「――士郎くん、チャンスとは待つものではなく、自分で掴み取るものです」
二人の真剣な思いに、恋に臆病だった自分を奮い立たせて、俺は立ち上がる。
「そうだよな、恋をしたいのに怯えていたら駄目なんだ。待つんじゃなく、自分から進まないと。――リリィ、綾辻はどこにいるんだ? 俺をあいつの場所に連れてってくれ」
リリィがふわふわと浮きながら先行して進んでいくのを俺とリルルは静かについて行く。
「ここだ、ここのショップの三階に綾辻音那がいる」
だから、リリィが指差した場所を見て、やっと自分が今どこにいるのかを俺は知った。
「……て、こ、ここってアニメショップじゃねーか!」
二人は『それがどうしたの?』と言わんばかりにこちらを見てくる。
「告白することは決めたがここは駄目だ。こんな所にいるのを誰かに見られたら誤解される」
俺は二人を無視して、すぐに近くにある路地裏に逃げ込むと、二人が追いかけてきた。
「いきなりどうしたっていうんですか?」
「あんな場所にいるのをクラスの奴に見られたら、俺がオタクだって誤解される。オタクってのは自分勝手で話を聞かないからな」
「……酷い偏見だな」
「とりあえず、士郎くんのその強すぎる偏見は改めてください。オタクにも彼氏、彼女がいる人たちだっていますので、自分勝手な人間ばかりではありませんから」
……確かに、偏見が過ぎたかもしれない反省。
「というかお前知ってるよな? 綾辻音那がお前の嫌いなオタクだって……」
リリィの言葉に『えっ?』と言って固まってしまう。
「何だ知らなかったのか? あそこの三階コスプレショップになっているんだが、綾辻音那を見つけた時、彼女コスプレ服を見ていたぞ。たぶん、オタクだろう――で、どうする? 彼女はお前の大嫌いなオタクのようだが、綾辻音那が好きな気持ちは変わったか?」
……彼女の知らなかった一面に驚いたが。
「いや、俺の気持ちは変わらない。彼女の良い所を俺は知っているし、それに俺はオタクが嫌いなんじゃなくて、自分勝手な人間と思われたくなかっただけだから」
リリィは『そうかそうか』と何度か頷くと、『それじゃあ――』と口にする。
「――あたし達が関わるのはここまでだ。それじゃあ告白してこい、士郎」
思ってもみない『後はお前の好きにしろ』発言に間抜けな顔をしてしまう。
「告白するように促したのは私たちだから薄情に思えるかもしれないけど、士郎くんが本当に綾辻さんのことが好きなら、相手にその気持ちは必ず伝わるわ」
リルルの激励を受け止めると、二人はふわふわと俺の前に飛んでくる。
「自信を持って、士郎くん!」「後悔はするなよ」
そう言うと二人の姿が白と黒の光りに包まれ、そこには何もいなかったかのように消えてしまった。
「よし! 行くぞ!」
自分に気合を入れると、さすがに邪魔になるであろうハゥトゥ本を背中のズボンに挟みこんで中に入れて、綾辻のいるであろうアニメショップの三階に向かった。
今まで極力二次元に関わらなかったせいだろうな。三階のコスプレショップに到着した俺の視界に入るもの全てが珍しく、状況が状況なら純粋に楽しめそうだが、今の俺の目的は違う。
自分の熱い意思が冷めないうちに告白しようと綾辻を探す――が見当たらない。
「お客さま、ご注文された服の寸法はよろしいでしょうか?」
――そんな時、何てことはない店員の声が背中に届いた。普段なら聞こえても気にしないが、その声に呼ばれたのか、俺はゆっくりと振り向き、同時にカーテンの開く音が響いた。
「はい、大丈夫です」
そこにいたのは探していた綾辻音那がいたのだが、彼女の格好は普通の服ではなく、俺みたいにアニメに疎い人間でもわかるメイド服を着ていた。
長くて綺麗な黒髪と純白とフリルのメイド服が絶妙にマッチしていて、かなり可愛い。
「お客さまのご要望通りのロングスカートでございます。こちらにあるメイド服は全てミニスカートしかありませんので、大変お待たせしましたが、どうでしょうか?」
「ええ、すごく気に入りました」
綾辻は右手でスカートの裾を持ち上げてクルクルと回る。そして、鏡の前に立った。
「――ふふふ、やっぱりメイド服はロングスカートじゃない、と……ね?」
鏡と綾辻の背中の延長線上に俺は立っているので、俺と綾辻の目が合うことは絶対にありえない。だが、鏡に映った綾辻とは目が合った――ような気がする。鏡の中の綾辻は固まったまま、右手で摘んでいたスカートの裾が手から離してしまった。
今までの俺なら向こうの出方を待ってから優しく親切に関わっていた。だけど、それじゃあ駄目なんだ、自分から一歩前に進まないと!
「よっ! 綾辻じゃないか奇遇だな」
あくまで偶然に、そして、気軽に挨拶する――と、綾辻はメイド服を大きくはためかせて振り向いた。
「さ、三枝くん! こ、これは違うんだよ! 私別に普段からこうゆう格好しているわけじゃないんだよ! たまたまだよ?!」
必死に手をわたわたとさせて説明している綾辻に、こんな顔もするんだなぁ、って、他人事のように楽しんでしまう。
「凄い似合ってるよ、綾辻」
「……三枝くん『似合ってる』って、本当?」「ああ、本当だよ、すごく似合ってる」
お世辞なしの賞賛なのだが、顔を上げた綾辻は疑っているのか少し頬を膨らませている。
「でも三枝くん、オタク趣味は体が拒否反応を起こして、受け付けないって言ってなかった?」
……俺、そんなこと言ってないけど、もしかしたらそう思われていたのかな?
「違う違う。別にオタク趣味が嫌いってわけじゃなくて、ただ人の話を聞かな――イテッ!」
いきなり頭を誰かに小突かれて振り向くが誰もいない。代わりに『バカが』と呟いたのが聞こえてきた――リリィだな。
「そう……なの? でも、そうよね、興味がなかったらこんな所に来たりしないよね。三枝くんが自分と同じ趣味を持っているなんて嬉しいな」
そうか。リリィは俺にオタク趣味を全否定させるのを止めさせたんだな。そうすれば、たぶん、この後も綾辻と話を続けられる。そして、これから仲良くなっていけば『いつかは』綾辻に好か……れるかも、しれ……ない。
『いつかっていつですか?』『いつかっていつだ?』
そう軽く思ってしまったところで、二人に言われた言葉が頭に浮かんだ。
――違う、そうじゃない。俺は綾辻と楽しく会話をしにきたわけでは断じてないんだ!
俺に一歩進むことを教えてくれた二人の天使と悪魔が勇気を与えてくれる。俺はまず、彼女に対して知らず知らずの内に吐いている嘘をばらすことにした。
「……悪い本当違うんだ。実は俺、綾辻に会うためにここに来たんだ」
まだ告白していないのに心臓がバクバクと鼓動を打っている。
「私に、会いに……」
彼女にギリギリ手が届く距離で俺は立ち止まった。
「俺さ、どうしても欲しいものがずっとあったんだ」
俺は過去を掘り起こすように言葉を繋げていく。
「自分なりに努力はしてきたつもりだった。だけど、それは努力でも何でもなく、勇気のなかった俺の言い訳でしかなかった」
自分のことを優しいと思わせる努力は、それは全くの無意味だと教えてくれた二人。
「だから、俺は今、今までしてこなかった努力をしたいと思う。俺は勇気をだして言いたい――綾辻音那さん、あなたのことが好きです。付き合ってもらえませんか?」
彼女の目からそらしたくなる気持ちを抑えて、俺は一心に彼女を見つめて言った。
「…………」
――静寂。
彼女の返答を静かに待っていると、数秒とはいえ微動だにしなかった綾辻が、俺にぎこちないながらも笑顔をくれた。
「は、はい! わ、私も、三枝くんのことが、ずっとずっと、す、好きだったの。だ、だから、こちらこそ、お、お願いします……」
告白をした俺よりも緊張している様子の綾辻は、俺の目からゆっくり視線を外していき、俯きながらも良い返事をくれた。
ずっと欲しかった彼女――それも初恋の彼女なんだから、飛び跳ねるほどに素直に喜べばいいのだが、綾辻が俺のことをずっと好きだったという事実に驚いた。
「俺のこと、好き……だったのか?」
「……うん、最初はあなたと話をするのが好きだっただけなんだけど、次第にあなたのことが純粋に好きになっていたの。だけど、オタクは嫌いだってあなたは言っていたから諦めてたの……」
「俺も最初から勇気があったわけじゃないさ……」
俺の呟きに首を傾げる綾辻。あの二人がいなければ、俺にも勇気は湧いてこなかっただろう。
「……その、それじゃあ、まずは着替えるね。さすがにこの格好じゃあれだから」
メイド服姿の綾辻は試着室の中に入っていく。
彼女がカーテンを閉め切る間際に綾辻と目があった。恋人が出来た思い上がりかもしれないが、綾辻の目が『待っててね』と語っているように思える。
いつの間にか、笑顔のリルルとリリィは姿を現せて俺の顔を覗いていた。
「あの、ありがとうな。二人のおかげで念願の彼女を手に入れることが出来たよ」
俺と二人の目的である彼女を手に入れることが出来たのだから、二人の役目はもう終わりだと思ったのだが、
「今まで? 士郎くん何を言っているの?」
……ん?
「あたし達の目的は子供を作ってもらい、幸せな家庭を築いてもらうことだぞ」
「……て、ことは――」
「これからもよろしくね、士郎くん」「よろしくだ、士郎」
「ははは……」
乾いた笑顔がこぼれるが別に本気で嫌がっているわけじゃない。俺にとって二人はもう、厚かましい友達ぐらいにはなっていたからだ。
「お待たせ、三枝くん」
綾辻が着替えていたカーテンが開かれ、俺の彼女は可愛い私服姿に着替えていた。
「これからもよろしく頼むよ、リルル、リリィ」
二人は笑顔を見せると、一瞬の光りの内に消えてしまった。だけど見えないだけだろう。
「何か言った? 三枝くん」
「ううん、何でもないよ綾辻」
今までずっと欲しかった彼女。
その彼女を作れた俺の最初の課題はまず、名前で呼び合える関係になることかな?
天使と悪魔の恋愛指南 しゃりん @syarin06
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます