未来から俺の娘がやってきた(焦)
しゃりん
未来から俺の娘がやってきた(焦)
未来から俺の娘がやってきた(焦)
「ごめんなさい!」
初夏の訪れを感じさせる六月。まだ高校一年生の高城タクトは、放課後の校舎裏で、女子生徒に盛大に頭を下げられていた。
「な、なんで……」
何度目かわからないの告白を断られ、タクトは心の気持ちが洩れてしまう。
「だって高城くん、なんかやだ……」
「やだってなんだよ! ちゃんと理由を――」
「きゃー! 犯されーるー、助けてー!」
告白を断った女子は背を向けて逃げ出していった。
「失礼なことを叫ぶんじゃねぇ!」
すでにタクトの声が届かないところまで走っていった女子は、そのまま角を曲がって見えなくなってしまった。
「くそっ! この高校で彼女が出来ることは確定している筈なのに、どうして振られるんだ?」
「……はあ、だから言ったじゃないですか。相手が決まっているのですから、その人以外に告白しても振られるだけで、無駄だって……」
さっきまでの告白の風景を隠れて見ていた少女は茂みから出てきて言った。
その少女は小学生ぐらいの幼い容姿をしており、服装もどこか子供っぽく赤いランドセルを背負っている。
その少女にタクトは肩を怒らせながら詰め寄り、少女の目線に合わせるためにしゃがむ。
「じゃあ教えやがれ! 俺の彼女を! 俺の嫁を! お前の母親を!」
「だから『忘れた』と、言いましたよね? あなたこそ忘れたんですか?」
「可愛くねぇ、このガキ……」
「別に私は気にしませんが、私が可愛くないとしたら、あなたの娘なんだから半分はあなたのせいになりませんか? ――パパ」
少女に『パパ』と呼ばれたタクトは、体に拒否反応を起こしたのか少女から跳び離れる。
「そ、その名で呼ぶんじゃね……お前が娘だなんて認めてないぞ。まだ彼女も出来たことないのに、娘とか……」
「今のパパが認めなくても私は未来の高城タクトの娘です。高校でパパは彼女を作り、その彼女と結婚して、二人の間に出来たのが私です。そして、私は未来に発明されたタイムマシンでこの時代にやってきた。つまり、私は未来人です」
少女の説明が終わると、幽鬼のようにゆらゆらと近づいてくタクト。
「……そんなSFみたいな説明を、何度されたって信じれるわけねぇーーーーだろうが!」
「でも、パパがこの高校で彼女が出来るくだりは信じたじゃないですか?」
「うぐっ……」
少女に冷静に返され、タクトは何も言い返せず黙ってしまう。
「……わかった。百歩譲ってお前が俺の娘だと信じたとしよう。だとしたら、タイムマシンってのはどこにあるんだ? お前が未来から来た俺の娘だと言うのなら、その証拠であるタイムマシンを見せろ」
「もう見せてますよ、ほら……」
少女はそう言ってタクトに背中を向けると、そこにあるのは赤いランドセル。タクトは『まさか……』と思いながらランドセルに手を伸ばして開けると、
「な、なんじゃこりゃ……」
すると、ランドセルの中身は機械やコードが密集され、いくつかのボタンがあり、中央の位置にはデジタル数字が三列に羅列されて赤く光っていた。
「詳しい説明は省きますが、行きたい時間などを設定して時間を移動します」
「うーん、なるほど――それじゃあ頼む」
「何がですか?」
「だからタイムトラベル、いや、タイムスリップか? 俺も連れてってくれないか……そうだな、お前のいた時間がいいな。俺の彼女というか嫁がわかるし」
「無理です」
「何でだよ! お前のことがこれで信じられるのに、やっぱりお前――」
「このタイムマシンは一人用です。それに私の体重に合わせた帰り用の燃料しか積んでいませんから、パパはタイムトラベルは出来ません」
「そうか……」
「そんなことより! 私がこの時代に来たのはパパに彼女が出来ることを教えることでも、私という娘を教えるためでもないんです! パパを助けるために来たんです」
「俺を、助けるため……」
「それって、どうゆう……」
詳しく聴こうとするが、タクトの声を遮るように鳴り響いた下校のチャイム。
「とりあえず家に帰ろう。ええっと――そういや名前なんだっけか聴いてないよな?」
「そう……でしたね、私の名前はレナ、高城レナです。――パパ」
「良い名前だな。ははは……」
本当に良い名前だとタクトは思ったのだが、パパの呼称にまだまだ馴れそうになかった。
親の仕送りに頼りながらも一人暮らしをしているタクトの家で、年がそれほど離れていない父と娘は、ちゃぶだいを挟んで向き合い座っていた。
「……要するにだ。未来の俺は認めたくない事実だが、全員の女子に振られに振られ、それがこうじて俺は腑抜けになってしまい、自分に自信をなくしてしまったと」
タクトの娘であるレナは湯飲みを両手で持ちながらコクリと頷く。
「そして、それを見かねたある女子が、しょうがないという形で俺と付き合うことになったが、俺は全くの腑抜けになっていたと」
レナは二回コクリと頷いた。
「……自分で言うのもなんだが、今の俺の性格とはかなり、真逆だな」
「確かにそうですね、最初、パパが未来のパパだって信じられませんでしたから。やっぱり、ほとんどの全女子生徒に振られたのが相当堪えたのかもしれません」
未来で相当心に傷を負うことにショックを覚えたタクトは、思わず諦めるように天井を見上げた。そんな落ち込んでいる父に、娘は安心の声をかける。
「ですから、そんなパパの未来を変えるために私は来たのです」
自信満々にそういうレナに子供ながら頼もしく思ってしまう。
「未来のパパを変えるには、たくさんの女子に振られる前にパパがママ一筋で付き合うようになれば、それだけで充分に変わると思います。ですから、ママと付き合ってください」
「やり方はわかったが、お前、俺の彼女のことを忘れたって言っていたよな?」
レナが頷くと、タクトは細めた視線で訴えかける。
「大丈夫です。正確にはタイムトラベルの影響でママの名前だけを忘れてしまっているだけで、ママの記憶を失っているわけではありませんから、何かしらの切っ掛けさえあれば思い出しますよ、例えば、若い時のママでも見るとか……」
「そうか、じゃあ未来は変えられる――ん、ちょっと待てくれ……」
壮大な未来の改変を段々理解し始めたタクトは何かに気付いた。
「過去を変えたら未来は変わるんだろ? 今ここにいる『高城レナ』の存在はどうなるんだ?」
「大丈夫です。パパがママ以外の女子に振られることは確定していますから、どうあがいてもママと結婚することになります」
どうあがいてもと言われ、タクトはなんともいえない無力感を感じた。
「どうしてそんな嫌そうなんですか? 私のママはかなりの美人ですよ」
自分のDNA的なものが半分入っているとはいえ、目の前の娘を見ていれば、もう半分は相当なDNA的なものなんだろうと思う。
「高校では結構モテていたそうですよ。それなのにパパはママには告白しなかったというから驚きです。どうしてママには告白しなかったのですか?」
「知らね――」とまで言ってタクトは固まる。
「……お前の母親はこの高校でモテていて、俺が唯一告白しなかった相手……なんだよな?」
レナは頷いて肯定。タクトの脳裏に一人思い当たる人物が浮かび上がる。
「……もしかして、お前の母親の名前は、その……瀬良木愛佳じゃないか?」
タクトの言った名前に、レナの表情が段々と綻んでいく。
「……あっ! それです! それがママの名前です! 瀬良木愛佳、うん、絶対にそう! どうしたんですか? ママ、優しい人ですよ。未来のパパは腑抜けになっていますが『私がいないとタクト駄目だから』って言って――」
「……ああ、やっぱりまなねぇだ……。そうか、俺のためにそこまで……」
タクトは嬉しそうでも悲しそうでもなく、ただ事実だけを受け入れていた。
――瀬良木愛佳。
タクトの通う高校の三年生であり現生徒会長。眉目秀麗、成績優秀、性格抜群、気品極上といった、長所を言い出したらきりのない才色兼備な女子高生――それが、瀬良木愛佳である。
そんな人物とタクトとは一切関わりがなさそうだが、二人の間には唯一の繋がりがあった。それは、タクトの実家と愛佳の家は隣同士であり、さらには親も仲がよかったことだ。タクトは『まなねぇ』と呼び、愛佳は『たっくん』と呼び合う、昔からの幼なじみだった。
家が隣同士で親の繋がりがあったので、タクトが幼少期の頃から愛佳は彼の世話を焼いてきていた。タクトより二歳年上もあって勉強を教えるのはもちろん、タクトの母親が不在時には家事をしたりと、普通の幼なじみ以上に親しい関係。だから、そんな年上のお姉さんを、タクトが好きになるのは当たり前のことだった。
そんな愛佳に対して恋心を抱いていたタクトだったが、『自分は手のかかる弟』ぐらいにしか、愛佳に思われていないんじゃないかと思い始めていた。そして、その思いを決定的にさせたのは、まだタクトが中学生の頃に実家で過ごしていた時に交わした何気ない会話だった。
『――私、やっぱりたっくんがほっとけないよ』
『いきなり何言ってんだ? ほっとかされたことがないんだが』
『だから、これからもだってことだよ。たっくんが好きな人を見つけて結婚するまで、私は絶対に結婚しないってこと。だから、安心してね――』
愛佳はタクトを結婚相手として見ていない――諦めた瞬間でもあった。
だから、愛佳から離れるため、タクトは実家を出て、一人暮らしすることを決意したのだ。
――瀬良木愛佳とはタクトの初恋であり、そして、失恋の相手でもあった。
そんな一度は諦めた相手と未来では結婚していると言われたのだから、タクトは素直に喜べばいいのだが、今の愛佳はタクトを弟のようにしか見ていないのに、それなのに未来では結婚しているということは、愛佳は『本当は嫌だけど、たっくんをほっとけないから結婚する』と、タクトは思った。
つまり、愛佳がタクトと付き合った理由は『女子に振られて腑抜けになったタクトが、ほっとけなかった』からなので、振られてもなく、そして、腑抜けにもなっていないタクトが、このまま愛佳に告白しても『弟』としてあしらわれるだけで付き合うことは出来ない。
一度、女子に振られて腑抜けにならなければならないのだ。
『下手に未来なんて、知るもんじゃない……』
避けようのない不可避の現実が迫ってきていることを知ったタクトには、未来を変える行動なんて起こせず、ただ漠然と次の日を過ごすことしか許されなかった――。
レナの母親を知った次の日の放課後。授業が終わった教室にただ一人で、タクトは机にほお杖をついて座り夕焼けの景色を眺めている。
「……いつまでそうしているつもりですか?」
タクトしかいない空間でレナの声が響く。何も知らない人間なら驚きそうなものだが、仕組みを知っているタクトは身じろぎ一つ起こさない。
「いたのか。もう誰も戻ってこないだろうから、姿見せても大丈夫だぞ、レナ……」
タクトにそう言われてレナは背中のランドセルを操作。すると、タクトの側の空間が少しずつゆがみ、そして、じょじょにレナの姿が現れた。
彼女の持つ『スーパーランドセル』の機能の一つである透明機能によるものらしい。
「パパには腑抜けになんてならずに元気になって欲しいんです。その為には、パパにはママと付き合ってもらわないと。ですから、ママに会ってください……」
「……昨日、言っただろうが。俺が傷ついて腑抜けにならなければ、今会っても『久しぶりに会った弟』ぐらいにしか、まなねぇは思わねーよ」
昨日、散々言った現実をレナに再び突きつけた。しかし、レナは納得しない。
「でも……」
「でもじゃねーよ、これはお前の為でもあるんだ……俺たちが結婚しなければ、高城レナという存在もいなかったことになって――」
「でも私! パパが変わらない限り絶対に帰らないよ!」
レナはタクトの言葉を遮った。
「何言ってやがる! もう無駄なんだ! お前がこれ以上この時代にいても何も変わらない! それがまだわからねぇのか!」
タクトは勢いよく立ち上がって言った。父親とはいえ、二人の年齢差から考えればレナは怯えて泣きそうなものだが、レナはタクトを気丈に睨み返す。
「わかっていないのはパパの方だよ! パパはママに会いもしないで勝手に無駄だって結論付けて、試してもいないことを簡単に諦めないで!」
娘とはいえ小学生に言い返されたせいか、大人気なく感じたタクトは気持ちが落ち着いていく。
「……パパは、腑抜けになった自分をほっとけなかったからママは結婚してくれたって言っていたけど、結婚ってそんな理由だけで出来るの? ただそれだけで人を好きになれるの?」
「………………」
「私のママは、ただ優しいだけの人じゃなくて、好きでもない人に、たった一度の自分の人生を捧げるような人じゃない! ――私のママをバカにしないで!」
レナの溜まっていた涙が決壊する。
タクトはレナにおもむろに近寄り、父が娘をあやすように頭を優しく撫でる。
「……レナ、一つだけ教えてくれないか? 未来でまなねぇは幸せそうだったか?」
「……ママは、パパがどれだけ自分に自身をなくして頼りなくても、ママはいつも明るかった……。わ、私には、ママが幸せじゃないなんて思えないよ……」
レナは流れる涙を手で拭きながらも必死にタクトの質問に答えた。
「ありがとう、レナ、そして、すまなかったな……」
タクトの気持ちの変化を感じ取ったのか、レナは涙の後を残して泣き止んだ。
「……パパ?」
「勝手にまなねぇのことを好きになって、まなねぇが俺を異性として見ていないと思ったら、勝手にもう無理だって決め付けて諦めた。そんな自分勝手な恋愛はないよな……」
自分自身を自虐しながら、自分の情けなさに笑ってしまうタクト。
「どうせこのまま過ごしても俺はたくさんの女子に振られて傷つくんだ。だったら、初恋の人一人に振られることぐらいどうってことはない!」
心が決まったタクトはポケットからハンカチを取りだしてレナに渡した。
「レナ、どうなるかわからないけど、まなねぇのところに行ってくる」
「パ、パパ待って――」
レナに背中を向けて走り出そうとするタクトを呼び止めたが、レナは緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込んでしまう。
「そこで待っていればいい、パパが腑抜けじゃないことを証明してくる――」
自分の娘にそういい残して、まなねぇがまだいるであろう生徒会室へと走り出し
た。
――愛佳とは、タクトが一人暮らしを始めてから一度も会っていない。
だけど今、愛佳のいる生徒会室に走って向かっているタクトの頭には、一刻も速く愛佳に会うことしか考えていない。
「まなねぇ、いてくれよ」
生徒会室の前で一人の女子生徒が長い髪をなびかせながら、窓際で夕陽を眺めているのをタクトは見つけた。
――瀬良木愛佳だ。
「まなねぇ!」
「……たっくん?」
愛佳を『まなねぇ』と呼ぶのはこの世でただ一人。呼称だけで愛佳はすぐに誰か気付くと声のする方へ振り向いた。
「ど、どうしたの? そんな息切らせて走ってきて……」
「いや、その……久しぶり、まなねぇ」
「……あ、うん、そうだね。たっくんが一人暮らしを始めた……ぶりかな?」
タクトのぎこちなさが移ったのか、愛佳は少しハニカミながら同意。しばらく話していなかっただけで、お互いに遠慮がある。
「そう、だな……」
「また少し、大きくなったかな? たっくん」
「そうか? 自分ではよくわからないんだが、まなねぇが言うんなら、そうなんだろうな」
「そうだよ、私、たっくんのことなら何でも知っている『お姉さん』なんだからね」
愛佳はタクトの頭から手を離すと、自分の胸に手を当てて自信満々に言った。まるで、それが自分の自慢だと言っているように思える仕草だ。
愛佳が『姉』を強調したことに、また少し自分のことを『弟』としてしか見ていないのかと思い、タクトはここに来た目的に足踏みをしてしまう。
――だが、ここに来ることにしたタクトにもう迷いはなかった。
「俺、まなねぇに言いたいことがあって来たんだ」
「何……かな?」
「俺さ、実は――」
「ちょっと待って!」
突然、愛佳は両手を前に突き出して、言葉と共にタクトの言葉を遮った。
「もしかして、その……たっくんの話って、恋人関係の話……なのかな?」
(……まなねぇ、まさか俺の気持ちに気付いていたのか?)
「ああ、そうだな、そんな感じ、だな……いつから気付いていたんだ?」
「……結構前から疑っていたんだけど、決定的だったのはたっくんが一人暮らしを始めた辺りからかな? 私から離れていったからさ……」
愛佳の言いづらそうにしながら曇っていく表情に、タクトは嫌な予感しかしない。
(……ああ、やっぱり、自分が女子に振られて傷つき、一度、腑抜けにならならければならなかったんだ。……でも、それでも――)
散々答えの出ていたことを改めて突きつけられたタクトだが、向こうがこちらの気持ちに気付いていたということを知った今、このまま何せずに帰って後悔はしたくなかった。
「さすがまなねぇだよな、でも、やっぱり自分の口から言わせてくれないか? 自己満足だったとしても、後悔はしたくないんだ」
「……うん、わかったよ。私もちゃんとした区切り作っておきたいしね、……それで、その付き合いたい人、違うか、付き合っている人よね、その相手の人はどこにいるの?」
「どこって、すぐ――」
――目の前。とタクトは言おうとしたが、愛佳の質問に違和感を感じて止まってしまう。
「すぐ――来る?」
タクトの次の言葉を愛佳は誤解すると、もしかしたら、もうタクトの後ろに来ているんじゃないかと愛佳は思っていると、
「えっ? ええーーーっ! 嘘っ! えっ! 嘘でしょ! たっくん!」
タクトの後ろには確かに女の子がいた。
「……どうしたんだ、まなねぇ、そんなに慌てて」
そんな慌てている愛佳に、自分の後ろに何かあるのだと思ったタクトは後ろを向いた――ランドセルを背負ったレナがいた。
「あ、えっと……」
透明機能のバッテリーが切れてしまったところで、愛佳に見つかってしまったようで、レナ自身も驚いている。
「て、レナか、お前待っていろって言っただろ?」
「レナ? レナっていう娘なの? ……まさか、そんな、――タクト!」
愛佳がタクトを呼称で呼ばずに名前で呼んだ。タクトの知る限り、愛佳がタクトを名前で呼ぶ時は怒っていることを意味している。
「あなた小学生の娘と付き合っているの? これは普通に犯罪なのよ! ……うー、たっくんがロリコン趣味だったなんて、だから、私には興味が……」
「違う違う! こいつは彼女じゃないから、まなねぇの勘違いだから!」
「ほ、ほんと?」
タクトの必死さが愛佳に伝わると、『うん、うん』と、タクトは何度も大きく頷く。
「そ、そうなんだ、よかった、びっくりしたよ、それじゃあこの娘は誰?」
愛佳は安心してその娘が誰なのかを訊ねた。タクトの彼女ではないという誤解は解けたが、高校にランドセルを背負った女の子がいるはさすがにおかしいからである。
「ご、ごめんなさい――」
すると、レナが口火を切った。
「――その、パパのことが気になって見にきただけなんです。ですから、私のことは何にも気にせずに、パパの話を聴いて下さい」
レナの言い分に、愛佳の表情が蒼白に変わっていく。
「……パパ? パパって何? パパってあのパパ? この娘のパパが、たっくん?」
タクトは愛佳の変わりようが気になりながらも、間違ってはいないので思わず首を縦に振って肯定すると、
「……あは、あはは、たっくん、お父さんなんだ……」
「うおお! まなねぇ、しっかりしてくれ!」「ママ!」
ギリギリで愛佳の背中を受け止めたタクトは、地に足をつけたまま自分に引き寄せるように抱きしめる。
レナも愛佳のそばに寄り添い心配した表情を浮かべている。
タクトはすぐに意識を失っている愛佳の体を揺さぶって『大丈夫か』と訊ねるが、愛佳から返事はなく、その代わりに呟くうわ言がタクトに届いてくる。
「……たっくんには、あんな大きな子供がいたんだね。……あはは、私の初恋は、ずっと前に……終わってたんだ……」
「まな、ねぇ……」
愛佳が無意識に呟いた言葉に、タクトはやっと自分が感じていた違和感の正体に気付いた。
「……まなねぇは、俺が一人暮らしを始めた理由を彼女が出来たからだと思っていたのか。本当はまなねぇが俺のことを『弟』として見ていないと思っていたからなのに。でも、まなねぇはちゃんと俺のことを見ていたんだ。俺が腑抜けになってしまおうがなんであれ、異性として」
タクトは自分の腕の中で意識を失っている愛佳を愛しそうに見つめる。あとほんの少し愛佳のことを理解していたら、もっと早くタクトは愛佳を抱きしめることが出来ていただろう。
――そんな中、ふと、立ち上がったレナの姿をタクトは目で追いかける。
「ママの本心を知った今なら、パパはもう大丈夫だよね――」
そう言うと、レナはタクトに笑いかけた。その笑顔でタクトは理解する。
「お前知っていたのか? まなねぇは別に俺が腑抜けになるとか関係なく好きだってことを」
「うん、私のいた未来のパパは頼りないけど、それでもママはパパのことが大好きだった。私は一回もママがパパのことを嫌いだなんて言っていないからね」
嬉しい反面、レナに言いたいことがふつふつと湧いてくるタクト。
「だったら最初からそれを教えてくれよ。そうしたらこんなに悩むこともなかったのに……」
「私の目的を忘れたんですか? パパにはしっかりとしてもらうためです。これでもう、パパは私の知る腑抜けなパパじゃありません。だから――」
レナに呼応するように、背中のランドセルからバチバチと光る電流が空中に広がっていく。
「お前まさか! 元の時代に戻るつもりか!」
「ええ、私の目的は達成されました。これ以上、この時間に関わる必要はありませんから」
だんだんとランドセルから発生する電流が激しくなっていく。
「いきなり過ぎないか! もっと俺は、お前に言わなきゃいけないことがある!」
「そんなの未来で充分です。私はあなたの娘なんだから、これからママと仲良くしていれば、必ずまた会えますから――」
ランドセルから走るたくさんの電流が一つの強く光る塊に収束されていく。もう、タクトはレナの姿を輪郭でしか捉えることしか出来ていない。
「だったら! これだけは言わせてくれ! ありがとう! レナ!」
「ううん、気にしないで! パパ! 未来で待ってるから――」
その言葉を最後に、ランドセルから発する一層強い光がレナ自身を包んでいき、タクトが再び目を開けた時には、そこにはもう何もなくなっていた。
「うう、何、今の強い光りは……」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫……って何この状況! 上半身だけお姫さま抱っこ? 何でこんなことに?」
愛佳の言動に、倒れた時の記憶がないのかとタクトは考える。
「覚えてないのか? まなねぇ急に倒れたんだぞ」
「そうなんだ、疲れていたのかな……でも、変な夢を見たよ、たっくんが彼女を連れてきたかと思ったら小学生だったり、今度はその小学生がたっくんの娘だと言ったり――でも、全部夢だったのかな? ……えっと、私、たっくんとどこまで話したっけ?」
「俺の彼女の話からだよ、まなねぇ」
もうタクトに何の動揺も迷いもなかった。
「か、彼女、そっか……私、たっくんが彼女を連れてくるって言って気を失っちゃったのか……」
愛佳は自分の気持ちがまだばれていないと思っているのだろう。
「大丈夫だよ、まなねぇ、まだ彼女じゃなくて、彼女にしようと思っているだけだから」
「……まだ?」
「うん、その女性に告白しようと思うんだけど、聴いててくれないか?」
タクトのお願いをよく理解していない愛佳だが、自分を抱きしめたまま見つめてくるその視線に耐えられず、本能的に頷いてしまう。
タクトは自分の腕の中にいる愛佳を心ばかりに力を込めて抱きしめる。ほんの少し愛佳が自分に近くなり、愛佳との顔の距離はすぐそこだ。
「小さい頃から俺のそばにはまなねぇがいた。俺にはそれが当たり前で、これからもずっとまなねぇにはそばいて欲しいって思ってるんだ。姉としてではなく、彼女として――」
愛佳はタクトの次の言葉を理解したのか、だんだんと顔に赤みが差していく。
「瀬良木愛佳さん、あなたのことが好きです。俺の恋人になってもらえませんか?」
「……あっ、は、はい! わ、私もたっくんのことが好き!」
時間にして一秒ぐらい、それだけの時間で二人の関係は劇的に変わった。
「たっくんと恋人になれるのは嬉しいけど……。私のことをお姉ちゃんみたいにしか見ていないんじゃなかったの?」
「愛佳は俺の姉ちゃんじゃない、俺の――恋人だ」
愛佳との顔の距離はあとほんの少しだったのをタクトは縮めていく、そして――。
「ふえ? あむっ……」
愛佳の驚いた表情を最後に、タクトは目を閉じてキスを交わす。
――二人の想いが初めて通じ合った瞬間だった。
未来から俺の娘がやってきた(焦) しゃりん @syarin06
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