『百人一首前夜』は、百人一首の名歌を「その歌が生まれる直前の夜」として立ち上げ、歴史の出来事と人の迷いを同じ画面に置く連載だ。第3話まででも、歌が教科書の中の説明から離れ、息と体温のある独白として聞こえてくる。
とりわけ第1話では、乙巳の変を前にした中大兄皇子が、田のほとりの仮庵に身を寄せ、苫の隙間から落ちる露が緋色の袖をぽたり、ぽたりと濡らしていく。その冷たさを払わず受け止める描写が、決断の前夜に残るためらいを、説明ではなく感覚で読者に渡してくる。夜明けに田が金色に照らされても「袖の露は乾かない」という余韻が残り、行動の結果だけでなく、背負い続ける重さまで射程に入っている。
第2話は白妙の明るさの中に壬申の記憶を沈め、第3話は虫の声と山鳥の鳴き声で孤独の長さを測る。55話の連載中でまだ序盤なのに、政治の影、統治の重み、恋の痛みへと視線が滑らかに移り、百首の入口に「格好良さ」を与えている。続きを読むほど、歌の順番そのものが物語の地図になっていきそうだ。
注……たったの3話しか読んでいませんが、あまりの格好良さに呟いてしまいました。素敵です。