第3話 生き埋め
Mayday! Mayday! Mayday!
メドウ・リン(Meadow Hayashi/美朵・林):「ニヤ、わたしたち……本当に逃げられるの?」
ニヤ・グリフィン(Nya Griffin/妮娅・グリフィン):「メドウ、必ず君を生きて帰す。信じて」
ニヤのコクピットに表示された APS 値は、26 で安定していた。
彼女は医療シャトルを操りながら、背後から追ってくる二機の帝国戦闘機の追撃を、ぎりぎりの機動でかわし続けていた。右の主翼にはすでに火の手が上がっている。
ミサイルを一撃かわすためのロール機動を終えた瞬間、機体はついに制御を失い、機首を下に向けて急降下を始めた。
ニヤは片手で操縦桿を握りしめ、もう片方の手をホログラムパネル上で狂ったように踊らせる。
「持って……持ってくれ。まだ死ねない……!」
地面まで残り150メートル――その瞬間、機首がぐいと引き起こされる。
だが次の瞬間、医療機は凄まじい衝撃とともに地面へ叩きつけられた。
ニヤの視界の端で、安全ベルトに縛られたメドウの身体が激しく左右に振られ、次いで頭部をキャビンの壁に打ちつける。
彼女の瞼はストンと閉じられ、そのまま意識を失った。
「メドウ……」
爆音が、全世界を白く塗り潰す。
ニヤの視界は闇に沈み――それが、彼女の最後の記憶となった。
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目を覚ましたとき、ニヤとメドウは真っ暗な部屋に閉じ込められていた。
毎日、粘り気のある泥のような食糧が、決まった時間に窓から差し入れられる。
「名前は?」
ニヤは黙ったままだった。
帝国の女将校が、沈黙を貫くニヤを眺め、口の端をわずかに持ち上げる。
「いい子ね」
そして二人は、さらに低く狭い、完全な暗闇の部屋へと移された。
食事用の小さな投入口以外、光は一筋も差し込まない。
――一週間後。
部屋の中には、鼻を刺す悪臭が立ち込めていた。
再び、あの女将校が現れる。
「名前は?」
メドウの唇がかすかに開きかけたが、すぐに閉じた。
乱れた髪はすでに艶を失い、顔は血の気がなく、全身が小刻みに震えている。
女将校はぱん、と手を打ち、メドウの耳元でささやいた。
「そうそう、その感じ。そうやって最後まで強がってくれるとね……こっちも楽しみが増えるのよ」
彼女はウォーターガンを手に取り、メドウに向けて冷水を浴びせる。
メドウの細い身体は、風に揺れる柳の枝のように頼りなく揺れた。
青白い電弧が、一筋、ぱちぱちと火花を散らす。
「上からはね、『尋問中は目立つ外傷を残すな』って命令されてるの」
女将校は楽しげに言った。
「でもね、それはつまり――別の意味で、遊びの幅が広がるってことよね?」
電弧が、床一面に広がった水たまりを這う。
女の、喉の底から絞り出されるような絶叫が響いた。
――二週間後。
ニヤとメドウは、二体の生命の抜けたボロ人形のように床に転がっていた。
死は、もはや彼女たちにとって「救済」に等しかった。
「ニヤ……わたしを前線まで運んだこと、後悔してる?」
「バカ言わないで。また選べるとしても、同じことをする。ナイトシェイド(Nightshade)がなくたって、あなたを運んだ。
だって、あなたはわたしの家族だから。――妹だから」
ニヤの脳裏に、極薄の主翼と、果てしなく続く空の青がよみがえる。
――三週間後。
ひとりの背の高い帝国将校が、尋問室の扉を開けて入ってきた。
床に倒れた、二人の生気のない女を見下ろし、隣の女将校に視線を向ける。
「皇帝陛下は今、『慈悲深き帝国』を演出しておられる。――次は、こういうものは見たくない」
「は、はい、閣下……」
女将校は顔色を失い、慌てて頭を下げた。
「こいつらは別の拘置施設に移送する。これが指示書だ」
高官は手にしていた電子タブレットを渡し、それきり背を向けて部屋を後にした。
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――現在。第2章の終わりから四日後。
ジャックは、南へ向かって四日間逃げ続けていた。
この泥沼に身を沈め、戦場から拾ったエネルギーバーだけを頼りに生き延びている。
悪臭の漂う冷たい泥に、首まで浸かり、まるで幽霊のように息を潜める。
頭上では、帝国機甲の重いキャタピラが林床を震わせ、輸送車両のエンジンが低く唸り、
ジャック・ハーランを確実に殺すつもりの連中が、荒い帝国語訛りで命令を飛ばしていた。
それが今のジャックの現実だった。
――泥の中に埋められた生きた死体。
頭上を通り過ぎる足音の波が消えるのを、ひたすら待つだけの存在。
彼は呼吸をコントロールし、筋肉の動きを極力抑える術を身につけた。
それは、かつてブロック軍曹が教えてくれた奇妙な技術だ。
――「死んだふりをしろ。ただし、本当に死ぬんじゃない」
今ではそれが、彼のデカい尻をキャタピラの下から守る、ただ一つの手段だった。
くそ。
全身の筋肉が張り詰めている。
ここ数日、彼は純粋な生存本能だけを頼りに動いてきた。
道中で少しずつ機甲の部品を拾い集め、泥沼の周囲には、手持ちの廃材でいくつかの簡易な罠を仕掛けていた――
簡単な警報装置と、トリップワイヤー。
ベクターや帝国の巡回隊が近づけば、少なくとも一瞬は前もって察知できる。
逃げ出す時間が手に入る。
これは悪くないプランだった。
こういう「悪あがき」があったからこそ、これまで十三回ものクソ戦場を、生きてくぐり抜けてこれたのだ。
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最初に聞こえたのは、ホバー式輸送車両の低い唸りだった。
続いて、地面を擦るブーツの音が混じる。
男の粗野な声が、帝国方言の訛りで何かを怒鳴っている。
ジャックはゆっくりと頭を持ち上げ、目を細めた。
きっちりとアイロンのかかった制服を着た、背の高い帝国将校が輸送車から飛び降りてくるのが見えた。
手には携帯型のスキャナーを持ち、何かの信号妨害源を探しているようだ。
車両の荷台には、二つの人影が縛り付けられて座っていた。
将校は、放置された機甲残骸のそばへ歩み寄る――
そこは、ジャックの仕掛けた罠のトリガーポイントでもあった。
将校が身をかがめて調べ始めた、その瞬間。
ジャックはほんの一秒だけ固まった。
まさか、本当に引っかかるとは思っていなかったのだ。
STARK-2 の冷たい声が、手首から響く。
「ターゲット、トラップエリア B-7 に進入」
――今だ。
カシャンッ。
骨が砕けるような音が鳴り響く。
巨大な油圧シャフトが、弾かれたバネのように跳ね上がり、
まるで大蛇のように、将校の上半身を瞬時に締め上げた。
膨大な運動エネルギーが、その外骨格ごと胸郭を押し潰す。
将校の身体は、ぼろ布の人形のように地面に投げ出され、
二、三度痙攣したのち、完全に動かなくなった。
ジャックは泥の中から身を起こした。
身体中が汚泥まみれで、鼻が曲がるような悪臭を放っている。
荒い息を吐きながら死体に近づくと、戦術ベストと通信機、エネルギーパックを乱暴に引き剝がした。
それからようやく、荷台の方へと振り向いた。
一人はパイロット用の制服を着ており、顔には乾きかけた涙の跡が筋を作っている。
だが顎は固く結ばれ、意地の強さがその輪郭に刻み込まれていた。
もう一人は、メディック用の軍服を着た、さらに若い女だ。
髪は乱れ、目の奥には、目の前で見せつけられた暴力を越えて――もっと深い、別種の恐怖が焼き付いている。
ジャックには、すぐにわかった。
彼女たちは単なる捕虜でも、ただの敗残兵でもない。
もっと暗いものに、奥深くまで踏みにじられてきた者の目をしていた。
二人の連邦女性兵士は、泥の中から現れた怪物――
さっきまで一言も発することなく、冷徹な罠で自分たちの看守を殺した、この得体の知れない巨体――を見つめていた。
ジャックは押し潰された将校の死体をひょいと蹴り、近くの深い穴へと転がし落とした。
それから、まだ呆然としたままの二人へ視線を戻す。
「行くぞ。――突っ立ってる場合かよ」
二人は互いに視線を交わした。
絶望の奥で、かすかな光――「生き延びたい」という名の光を掴むように。
よろよろと立ち上がり、躓きながらも、その肥満で、悪臭を放ち、しかし奇妙なほど頼りになる背中を追い始めた。
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反芻
英雄は死地へ赴く。
自分にはそうする義務があると信じているからだ。
臆病者は生にしがみつく。
自分だけは、どうあっても死ぬわけにはいかないと信じているからだ。
そして時に、臆病こそが、あらゆる力の中で最も残酷で、
同時に、最も強く働くことがある――
なぜなら、歴史を書くのは勇者ではなく、
いつだって、生き残った者たちだからだ。
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