なぜ転生者は現れるのか?

柴山沙流

第1話 雨風の吹く丘

 標的の居所へ向かって、芝に覆われた小高い丘を登っていた。

 ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ。

 言葉で表現するなら、そうとしかならない風が吹いていた。己を阻むかのように、風は戦術外套に激突し、けたたましく暴れさせている。濃灰色の戦術外套のボロボロになった末端部分が、風に舞い上がったかと思うと今度は叩き落とされ、せわしなく上下するのが視界に入る。その視界をわずかにかすませるほどの雨も降ってはいるものの、この風に比べればなんでもなかった。背後からびゅうとした風にあおられ、思わずよろめき、ぐしゃ、と左手が地面にふれた。雨をたっぷり含んだ芝の感触が、冷たく、心地よい。しかしこれから始まる作戦のことを考えると憂鬱になった。それは足場の心配があったからだ。この足場では、おそらく強力な攻撃を受けても踏ん張れずに吹き飛ばされてしまうだろう。そうなると戦いは長引く。戦いが長引けば、こちらが不利になる。

 踏みしめているうちに、いつの間にか丘は登り終えてしまっていた。眼下には、灰色の空のもと、フェンダー領最末端であるシシー区の、そのまた最末端にある農村の寂れた風景が広がっていた。今しがた上った丘の裾まで下ると芝の地は終わり、そこからはおそらく畑であろう、十メートル四方ほどの泥沼がぽつぽつと見られるようになる。そのさらに奥は再び芝の独占する地になっており、ぽつんと丸太小屋が建っていた。あれが標的。こちらからは目視で確認できるが、おそらく標的からは何もわからない。戦術外套が保護色に変化しているのに加えて、この雨風である。フェンダー領は今、最悪の悪天候に見舞われている。いや、この悪天候こそが、フェンダー領の特色なのである。年間をとおして、太陽の見える時などほとんどない。晴天などなおさらない。したがって、ここフェンダー領では、泥の中で育つ味気ない芋を除いては、作物がほとんど育たない。領地そのものは広いものの、毎年お上に納めるだけの物資も金もないはずの不毛の大地なのである。にもかかわらず、献金額では、約五十ある本国の領地の中でも、五本の指に入るほどのリッチな領地であった。広い領地、年間通しての悪天候、そして全く謎の資金源。どれをとっても、この仕事をしている我々としてはありがたい話である。

「火弾担当、全員位置に着きました」

 同じく濃灰色の戦術外套を装備した男が報告にやってきた。

「ご苦労、ジューン。配備はどのように?」

「隊長のご指示通りに。標的を囲むように火弾担当三名を、それをさらに囲むように長弓担当三名を配置しています。しかしいいのですか?十人しかいない我々の部隊を三つに分けてしまって」

「不満か?」

「不満はありませんが、正直言って、疑問です。これでは私たち四人で近接に当たることになる。今度のは身体強化型の標的ですよ。能力からして、おそらく場数も相当踏んでいる。長弓三名ぽっちの手数でくたばりますかね。担当の三名の腕は確かですが、かわされる可能性は高いですよ。近接で削ろうにも、定石では最低七人でことに当たるようになっているのに」

「初めての配備指揮役だからって、かかりすぎだぞ、ジューン。少しは信頼してほしいもんだな。俺の勘では、間違いなく長弓は命中する。そんな顔するなよ。自分でもおかしいこと言ってるのは分かるさ。だが俺の読みが当たるのは、お前がウチの部隊に来てからのここ三ヶ月で充分見てきただろう?ほら、分かったら俺たちも位置に着くぞ」

 雨風にたわむ戦術外套のフードの中で、ジューンの頭がゆっくりと、しかし力強く縦に振られるのが見えた。

「よし、では行くぞ」

 ジューンと合わせて、戦術外套の裏地に備えられた紐を思い切り引くと、戦術外套が瞬時に透色形態から戦闘形態へ切り替わっていった。濃灰色の外見は、外套本来の色である黒へと変化し、手足を含む全身と癒着、硬化した。フードもやや小ぶりになり、ズレない程度に固定される。すぐに身体強化の機能が効いてくる。血液が沸騰したかのように全身が熱くなり、力が湧き上がってきた。ジューンの方も形態変化が完了したらしい。下方に待機している火弾担当に合図を送っている。

「戦術刀、準備完了。火弾、長弓ともにいつでも撃てます」

 ジューンの言葉にうなずきだけで応え、ジューンだけに聞こえる声量で伝えた。

「作戦開始」

 地面を蹴り、勢いのままに丘を駆け下りる。風と雨が面になって、全身にぶつかってくるのが分かる。その抵抗を切り開くように、ますます加速していく。丘の際、芝の地の一旦の終点で思い切り踏み込み、跳躍した。おそらく芋畑であろうあの泥沼を、一息に飛び越える。

 ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ。

 先ほどとは比べものにならないあの音が耳に響くが、戦術外套は完全に機能している。風に身体を揺られることはない。

「隊長、受け渡しポイントは完全に作戦ファイルのとおりです!着地したらやや左に寄せてください!」

 ジューンが叫んだ。やはりかかりすぎだ。場数を踏んだ身体強化型は、耳も強化されるのか、特に人間の声には敏感だ。ここで大声を出せば、おそらく身構えられる。

「クソッ」

 言葉が口を衝くのと同時に、失速を許さないふわりとした足取りで着地した。勢いを殺さぬまま滑るように再び足を前に出し、受け渡しポイントへと走り抜ける。ジューンの方を見やると、スピードを保ったまま、手信号で他の担当へ指示を出している。ここまでほぼ作戦通りだが、さっきの大声で感づかれたなら、より速くことに当たらなければならない。

「間に合うか」

 つぶやいている間にも、標的の丸太小屋が近づいてくる。ふと、左側の視界がずれた。受け渡しポイントに到着したのだ。透色形態の戦術外套を着た火弾担当が、戦術刀を差し出すためにわずかに動いた。横をすり抜けながら、戦術刀の柄のみをつかみ、火弾担当の握っている鞘から刃を引き抜く。抜き身の戦術刀を構え、速度を維持しつつも衝撃に備えた。

ドガ!

 目の前の小屋が爆発し、炎上する。吹き飛ばされたいくつかの木っ端がこちらを打ち付けたものの、硬化した戦術外套が一切を通さなかった。その炎の中に、大きな人型を目視する。姿勢から、標的がこちらを向いているのが分かった。戦術刀を両手で握りしめる。刃の際をのたうつ波紋に青い光が走り、表面に付着した雨を蒸発させた。刃から白い煙が立ち、加速するごとにそれは戦術刀の軌跡を描いていく。燃える人型の何か、がゆらりとわずかに動く。やはり火弾では無力化することはできないか。前に思い切り飛び出して、すれ違いざまにそれを斬りつける。刃が標的の左肩に食い込む。肉を断ち、骨にまで侵入する。その手応えを確かに感じた。しかしそこで刃を滑らせ、標的の背後まで斬り抜けた。

「骨までは斬れんか」

 自分が着地するよりも速く、次いでジューンが斬りつけにかかるのが見えた。自分とやや時差をつけ、相手に視認されても反撃をもらわない絶妙のタイミングで、右腕を狙う。青い刃が右腕の肉に沈んでいく。ほぼ半分まで沈んだ。いける。

「ぐあ」

 ジューンが吹き飛ばされた。疾い。ぎりぎり視認できたが、動きはほとんど見えなかった。標的は右腕を斬られながら、その右腕を振り上げてジューンを頭から殴り飛ばしたようだ。ジューンが吹っ飛んでいく。戦術外套のフード部分は衝撃を受けると瞬時に硬化するが、防御しうる程度はしれている。標的の体格や能力の練度からみて、直撃をもらえば致命的であることは明らかだった。ジューンはもう戦えない。判断し、着地そのままに防御体勢を整えにかかる。

 しかし、標的は戦闘の動作をしながらも、依然としてその場から動かなかった。たとえこの一瞬の間であったとしても、これほどまでの疾さがあれば、自分をも無力化しにきたはずである。なぜか?向こうには簡単に動けない理由があるのだ。とすれば、こちらは防御体勢をとる必要はない。やはり今回も読み、というか勘は当たったようである。力を込め、前のめりから戦術刀を上段に構えて跳ぶ。標的はいまも、ジューンを殴り飛ばしたときの姿勢のまま動かない。それは腕を差し出しているようにも見えた。ならば、と刃を降ろし、斬り飛ばす。太く長い、大きな腕が、どちゃりと音を立てて地面に落とされた。斬ったままの姿勢から着地し、標的を伺った。改めて正面に回ってみると、その大きさに身構えてしまう。いまにもこちらを蹴り殺しにでもきそうなプレッシャー。と、巨体はうめき、左腕で何かを抱え込むようにかがんだ。跳んで逃げるつもりか。

「やれ!」

 もはや所在すら分からないジューンの代わりに左手で命令を飛ばしながら叫ぶ。

ドシュ!

 どこからともなく飛んできた三本の矢が、ほぼ同時に巨体に突き刺さる。一本は右ふくらはぎ、一本は右前胸、そしてもう一本は首に命中した。おそらく跳躍に備えていたであろう巨体が、再びがくんと崩れかける。それにたたみかけるように、第二陣の近接攻撃担当が、左右から戦術刀を構えて高速で接近してきた。今、巨体は、ほぼ倒れ込むぎりぎりの姿勢になっており、おそらくこのまま腕か脚にダメージを与えれば、難なく無力化できるであろうところまできている。左右の第二陣が斬りかかる前に、もうひと太刀浴びせる。その決意を固めた。ここでもう少し標的の体力を削れば、第二陣も仕事がしやすくなるはずである。体勢を低く、低くとり、標的の腱を断つつもりで駆け出した。瞬間、巨体が動いた。動揺せずにはいられなかった。これまで、攻撃に耐えるためにかとっていた、あの何かに覆いかぶさるような形から、急に身体を大きく開いたのである。

 観念したということか。命をとっていけということなのか。頭ではそう思ったが、それが間違いであることは心ですぐに直感できた。こいつは己の命を投げたかもしれないが、ひきかえに何かをしようとしている。とても大事な何かを。それが分かった。そう思うが早いか、標的は。命をではない。もはや目視できないほど速く、遠くに、何かを投げたのである。その速さ、おそらく戦うために残されたほとんどすべての力を使ったのだろう、一連の動きがまったく見えなかった。まるで下手くそなパラパラ漫画のように、動き始めたかと思うと行為は終了していた。行為の終わりには、そのあまりの力に吹き飛ばされ、無様に空中を進んでいく己だけが残されていた。もうひと太刀浴びせようと不用意に接近したのがまずかったのだ。こちらのダメージは少ないが、起き上がって戦闘体勢をとるころには、すでに作戦は終わっているだろう。宙に浮かされ、雨でたっぷりの地面に着水するまでのわずかな間に、巨体に向かって左右から斬りかかっていく二人の部隊員の黒い影がスローモーションで見えた。命令した通り、二人はそれぞれ、左腕と右脚を無力化しようとしている。作戦は、まもなく終了する。


「隊長、ご無事ですか」

 作戦終了から二十秒後、天を仰ぐ己の目の前に、部下であるトーリの顔があった。ほんの五十秒ほど前、戦術刀を俺に渡したあの火弾担当の部隊員である。野郎しかいない我が部隊の紅一点でもあった。降ってくる雨粒に目をしばたたかせていると、にっと笑って手を差し伸べてきた。その手を掴み、脚腰に力を込め立ち上がろうとすると、先ほどよりも身体が重いことに気がついた。首から下に目を向けると、戦術外套はすでに透色形態へと変化を終えて、濃灰色の布になっている。作戦終了時にはよくあることだった。原理は分からないが、戦闘が終わったことに装備側が気づいた、ということらしい。戦闘形態が解除されると、血の沸騰するあの体感が抜けて、急激に体の芯から冷え込んできた。ぶるっと身震いする。

「隊長、私隊長が心配で思わず駆けつけてきちゃいましたよ。珍しく攻撃を食らって吹っ飛ばされてるんですもん。なかなか起き上がらないし、気絶でもしてないかなって」

「嘘ばっかり言うなよ。お前は規則通り、戦術刀を鞘に収めに来ただけだろう・・・」

 言いながら固まった。それは斬撃を何重にも受けた標的の周囲に広がる、黒い血だまりを発見したからである。思わず右手の戦術刀を握りしめたが、こちらも戦闘終了を認識していたため、青く熱を上げることはなかった。そう、戦術刀や長弓は、攻撃と同時にその箇所を特殊な高熱でもって焼いてしまう。したがって、どんなにダメージを与えたとしても、血が流れて池ができることなどありえないのだ。ならば、あれは誰の血だまりなのか。問うべくもないことである。

「死んだのはキットです」

 トーリが察して言った。左腕に斬りかかったあの黒い影が、キットである。血だまりに横たわる真っ黒な頭を見れば、キットがどうして死んでしまったのか、想像するのは難しいことではなかった。

「頭をつかまれたか」

 そう、己が吹き飛ばされ、斬りかかったのを見届けたその直後に、標的はもう一歩踏ん張ったのだろう。一人くらいは道連れにして沈む。そういう決意で己を奮い起こしたにちがいない。命を脅かされた最後のとき、そこで決まる覚悟がいかに強力なエネルギーを生み出すか、この仕事をしていればよく知っている。すでに切り飛ばされたから、右から来る敵に反撃するのは難しい。右半身には二本も矢を受けている。ならば左だ。標的の左前腕に切り傷がついているのを見るに、キットの浴びせてくるひと太刀目を腕で受け、強引に振り回して体勢の崩れたところを狙ったらしい。吹き飛ばされたジューンにしても、キットにしても、不足があったわけではなかった。今度の標的は能力も練度も、これまで狩ってきた奴らとは一線を画していた。自身にしても、ここまでの相手に会うのは久しぶりだった。

「あ、その顔、ジューンくんも死んだと思ってるかもしれないですけど、彼生きてますからね」

「え、そうなのか?」

「はい、ずいぶん遠くまで飛ばされちゃったし、さすがに重傷らしいですけど」

 そんなことより早く戦術刀渡してください、収めますから、とついて回ってくるトーリをかわしながら、もう一つの質問を投げかけた。

「アイツ、気絶する前に何かを投げ飛ばしたよな?俺の位置からは速すぎて何かは分からなかったが、戦闘中、アイツはあれをかばう素振りをしていた。妙に気になるんだ。トーリは後方だったし、少しは何か見えただろ?」

 赤黒い池に浮かび、ゼイゼイとあえぐ巨体を親指で示した。雨を弾くフードの中でトーリがかぶりを振る。

「私もあれが何なのかは分かりませんでした。隊長よりは目で追えたと思いますが、黒いカタマリにしか見えなかったです。ちょうど隊長とジューンくんが下ってきた丘の向こうに飛んでいったんですけど。こっちに投げてこなかったということは兵器の類いではないです。大きな音もしなかったから仲間への警告でもない・・・」

「いや、アイツが仲間に警告をしたってセンを消すのはまだ早い。音がしなくても視覚で伝えるタイプかも。元より長居するつもりもなかったが、さっさとここを離れないとな。俺はジューンの様子を見てくる。無理にでも歩かせないと」

 ジューンの飛ばされた方へ急ぎ歩きはじめる。トーリは戦術刀の回収を一旦諦めて、レイジを手伝いに行った。レイジは標的の拘束処置に苦労していたのか、トーリが来ると喜んだ。少し歩くと、長弓と火弾の部隊員がそれぞれ一人ずつ、ジューンのそばにかがみこんでいるのが見えた。ジューンはかなり遠くまで飛ばされていた。ジューンのそばについたころには、雨風で少々かすんではいたが、標的とそれを拘束しているレイジとトーリの輪郭が動いているのが確認できた。

「ジューン、調子はどうだ」

 ジューンの幼さの残る顔のうち、その半分がふさわしくない赤黒い色に染まっていた。その赤黒の滝の源流には、支給品の止血ガーゼが貼り付けられ、戦術外套よろしく癒着を始めていた。当の戦術外套のフード部分は砕け散り、破片がジューンの周囲にぽつぽつと黒い斑点をつくっている。おそらくあのデカブツに殴られたとき、その衝撃は緩和されつつも、フードの一部を完全に破壊するにとどまらず、全体をなお歪ませてしまった。それに加えて頭から地面に激突したのがとどめの一撃となって、跡形も残らないほど粉々になってしまったようだ。しかし、当のジューン本人は無事だった。それどころか、意識をはっきり持ってこちらを見上げている。よほど当たり所がよかったにちがいない。ほとんど奇跡的ですらあった。

「そんなに悪くないです、隊長。そりゃあ、頭から血がだらだら出てますけど。みんな大げさなんですよ。こんなの重傷でもなんでもないですって。気合いでなんとかなります。負傷してるせいか、戦術外套もずっと戦闘形態ですし、止血してあと少し休めば、すぐ移動できると思います」

「そうか・・・思ったよりはいいみたいだ。戦術外套はそのままでいい。移動できるようになるまで俺たちも待機してやりたいが、なんせここは敵地だ。あのデカブツの拘束ももうすぐ終わるみたいだし、ぐずぐずはできない。分かってるな?すまないが、止血が終わったらすぐに行動開始する。それまでに全力で回復してくれ」

「はい、もちろん分かってます。足手まといにはなりません。すぐに復帰します。気合いで」

 ああ、頼むぞ、戦術刀はお前の分も収めとくから、と言って、空いた左手でジューンの戦術刀を掴んだ、そのとき。

 ぞわりとした。思えば、なぜトーリの言うことに従って、すぐに戦術刀を収めなかったのか。なぜ武器を抜き身のまま携帯して、怪我人のところまで歩いてきたのか。己の身を何度となく救ってきたこの勘は、護身の用がまたすぐに迫ってくることを知らせていたのである。今度は自覚すらしていなかったが、勘が再び適中したのだ。

 何が起こったか?ジューンの戦術刀を握ったその瞬間に、。装備している俺自身よりも先に、武器の方が脅威を認識した。それはつまり、相当な脅威が、しかも完全に気づかれない仕方で我々を射程に収めたということを意味する。この仕事を始めて十五年ほど経つが、こんな事態は初めてだった。味わったことのない恐怖、警戒心、今にも飛び出したいというパニック的衝動。ないまぜになって押しよせるマイナスな生存本能よりもわずかに早く、その場にいた全員の戦術外套が自動で戦闘形態に変化し始めた。全身に癒着し、硬化していく強化装甲の感触で、一気にクールな頭に引き戻される。まだ硬化も完了していないうちに、レイジとトーリの方に向かって叫んだ。

「全員、戦闘形態へ移行しろ!」

 雨風でぼやけてはいたものの、二人の輪郭が変化していくことは確認できた。向こうの二人が戦闘形態でなかったことから推測するに、戦術刀や戦術外套が強制的に戦闘形態に移ってしまうほどの脅威は、我々のすぐ側にいるはずである。ジューン以外の三人で、周囲を警戒する。だが。いない。どこにも。様々な不安が駆け巡った。脅威は見えない。しかし近くにいることは間違いない。ならばどこにいるのか?我々と同じように、周囲の景色と同化できるのか?地中や空中にいるのか?それとも近くにいるという前提が間違っていて、遠距離から攻撃する手段を持っているのか?戦術外套に護られた胸部のど真ん中に、冷たい刃が突き立てられたように、ひやりとした死への予感が吹き抜ける。思わず叫びたくなる心と反対に、頭だけは澄ますことに努めなければならない。ジューンを共に囲む形で周囲に神経を張り巡らせている二人、ダケルとシオに背中越しで話しかけた。

「戦術刀をお前らのどちらかに渡す。戦術刀を装備する方はこのまま俺と警戒を続ける。そうじゃない方はジューンを背負って全力でレイジとトーリのところへ走れ。これから俺たちを襲ってくる奴がどんな力を持っているにせよ、俺たちが全力で動けば攻撃を当てるのは結構しんどいはずだ。だから全力で動くぞ。で、戦術刀はどっちが持つんだ?」

 一切の見逃しもすまいと、神経をぎりぎりまで張り詰めさせながら、

「俺が持ちます、隊長。こんな状況じゃ長弓は役に立たなそうだ」

 と、シオが名乗り出た。顔は全く動かさないまま、背中同士で戦術刀を受け渡す。刺客は未だに姿を現さない。どこから来る?いや、そもそも「来る」ものなのかすら分からない。後ろではダケルがジューンを引っ張って起こし、そのまま両腕を首に巻き付かせ、背負い上げたようだ。

「行きましょう!」

 ダケルの声とともに、強化された六本の脚が地面を斜めに蹴って跳ぶ。レイジとトーリはすでに標的を連れて、移動を開始しているはずである。人ひとり背負っているとはいえ、全力で駆ければ二人に追いつくのにさほど時間はかからない。作戦終了からまだ少ししか経過していないことから考えれば、すでに持ち場を離れて合流ポイントへ行こうとしていた残りの部隊員も、この騒ぎを察知して二人の方へ向かっているにちがいない。しかも、トーリは第二陣の二人の戦術刀を回収しているから、合流すれば戦力は二倍になる。生きる。そのためになんとしてもたどり着く。それしかない。

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