紅のつかない唇

桜庭 奏

第1話 少女との出会い

 美しい少女であった。恐らくは。きっと。



初めて出会ったのはもう5年前__彼女が10歳の時だった。道に落ちた、やたらと眩しいエメラルドの瞳を拾い上げ、これは誘拐に当たるかもしれんという一滴の不安をよそに俺はひたすらに世話した。放っておけなかったというよりも、誰かと一緒にいないとやっていられないという衝動に近い直感だと思う。彼女との生活は戦争帰りの元軍人には身に余る程の安心をもたらした。ただ、同時に酷くパニックを起こす彼女を見ることも少なくなかった。彼女もまた、トラウマだろう。親がいないのは恐らく戦争のせいで、俺みたいな奴が好んでガキの世話なんかしているのも戦争のせい。社会が狂ってるのも戦争…の前からだな。このように金にもならん、考えても仕方のない事を夜な夜な彼女の寝る横で煙と共に吸い込み、悩む。死にたくなるような夜には彼女のブロンド頭を撫でると境目が曖昧にぼやける気がする。  

             

「…そういやこいつに名前ってあんのかな?朝にでも訊いてみるか」


大胆に口を汚しながら朝食を食べる彼女に話しかける。


「なぁ、名前訊いていいか?」


「…だめだね」


見た事のない警戒した顔で言った。これは地雷を踏んだのかと自覚した頃には少しの好奇心も湧き出たが、子供相手にゃ可哀想だ。


「じゃあさぁ、俺に呼ばれる為の名前付けてみないか?」


「…あなたによばれるため?」


「うん、そうだなぁ…エラだ。お前は今からエラ」


「エラ…いいよ、わたしいまからエラ!」


「あー俺はジョシュ、よろしく」


不自然な程の飲み込みの早さと無邪気に笑ったエラが嫌にわざとらしくも見えて俺はなんとなく虫の居所が悪い気分だった。まぁ、いつまで続くか分からない共同生活にはどうせ必要だからこれで上出来だ。


エラの誕生日は知らないから祝える日もない、俺みたいな人間は生まれたのを祝うに値しないからその点は丁度良かった。毎日決めてもないのにルーティンができて、お互いの生活リズムも把握して、干渉し過ぎないように過ごしていく日々。あんな不安定な時期に鉢合わせたのだから、変化が無い事の幸せだって噛み締めて良いはずだ。





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