相性97%でマッチした相手が、昔俺を振った女の子だった件
しずかねこ
こいつと恋愛なんて......
少子化対策の一環として、政府が「強制デート制度」を始めたのは三年前のことだった。
SNSの投稿履歴、検索傾向、通話時間、性格診断、購買データ。
それらをすべてぶち込んだAIが「最も相性の良い異性」を算出し、未婚者同士を強制的にマッチングさせる。
拒否権はない。
初回デートは“義務”だ。
成功率は九十七パーセント。
マッチしたカップルのほとんどが、そのまま結婚しているらしい。
「……最悪だろ」
俺は自宅のテーブルに突っ伏しながら、通知画面を睨みつけた。
《あなたのマッチング相手が決定しました》
《相性一致率:97.2%》
《相手:朝霧 美咲》
――
その名前を見た瞬間、胃の奥がきゅっと縮んだ。
高校時代、同じクラス。
告白して、笑われて、はっきり言われた。
『無理。正直、そういう目で見たことないから』
それだけで十分だったのに、彼女は続けた。
『ていうかさ、ちょっとかっこ悪いんだね〜』
以来、俺は彼女と一言も話していない。
なのに。
「……相性、九十七パーセント?」
AIは、人の心を分からないんだ。
◇
初デート当日。
指定されたカフェで、俺は一番奥の席に座っている。
「……来ないでくれ」
そう願ったのも虚しく、ドアベルが鳴る。
現れたのは、記憶より少し大人びた朝霧だった。
でも、目が合った瞬間に分かった。
――ああ。
こいつ、絶対俺のこと覚えてる。
「……久しぶり」
「そうだな」
ぎこちない沈黙。
「正直に言うね」
彼女が先に口を開いた。
「このデート、乗り気じゃない」
「奇遇だな。俺もだ」
朝霧は眉をひそめる。
「まだ根に持ってるの?」
「当たり前だろ」
空気が、一気に張り詰めた。
成功率九十七パーセント。
その数字が、やけに遠く感じた。
コーヒーが運ばれてきても、気まずさは消えなかった。
朝霧はストローを指で弾きながら、ちらりと俺を見る。
「……で。何か話すこと、ある?」
「その言い方、喧嘩売ってる?」
「事実でしょ。無言で睨まれるよりマシ」
昔からこうだった。
遠慮がなくて、正直で、刺さる言葉を選ばない。
「一応聞くけどさ」
俺はため息をついた。
「この制度、どう思ってる?」
「最悪」
即答だった。
「人の人生を数字で決めるとか、気持ち悪い。
でも……参加しないと罰則あるし」
「同意見だな」
少しだけ、空気が緩む。
「でもさ」
朝霧はカップを持ち上げたまま言った。
「AIが決めた“最適解”が、よりにもよって私?」
「それは俺のセリフだ」
彼女は目を細める。
「まだ怒ってるんだ」
「怒ってるっていうか……忘れられないだけ」
「もう何年も前でしょ」
「言われた側は覚えてる」
一瞬、彼女の表情が固まった。
「……あの時のこと、そんなに引きずってるとは思わなかった」
「そりゃな。人生で一番はっきり拒絶さた日だ」
朝霧は視線を逸らした。
「私さ、あの頃――」
「いい。言い訳は聞きたくない」
言ってから、少し後悔した。
でも止まらなかった。
「正直言うと、今でもそう思ってる。
朝霧は……人を傷つけることに無自覚で、傲慢で、付き合ったら絶対しんどいタイプだ」
沈黙。
カフェのBGMだけがやけに明るい。
やがて、彼女は小さく息を吐いた。
「……相変わらず、容赦ないね」
「そっくりそのまま返す」
朝霧は、少しだけ笑った。
それは、昔見たことのない表情だった。
「じゃあさ……なんでAIは、私たちを“相性九十七パーセント”なんて出したと思う?」
その問いに、俺は答えられなかった。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
沈黙に耐えきれなくなったのは、俺の方だった。
「……多分さ」
言葉を探しながら続ける。
「俺たち、似てるんだと思う」
「は?」
朝霧は露骨に嫌そうな顔をした。
「やめて。そういうの」
「聞けって。
制度が嫌いで、数字で測られるのが嫌で、それでも逆らえない」
「……それだけで?」
「それだけで十分だろ」
彼女はカップを置き、腕を組んだ。
「私はね。誰かに“選ばれる”のが昔から嫌だった」
「……どういう意味だ」
「成績とか、容姿とか、期待とか。
全部、“条件付き”で見られてる感じがして」
意外だった。
朝霧はいつも自信満々で、誰からも好かれてるタイプだと思っていた。
「だからさ」
彼女は苦笑する。
「この制度、理屈では正しいのに、生理的に無理」
「九十七パーセントって数字も?」
「特にそれ。
成功するって分かってる恋愛なんて、つまんない」
その言葉に、少し救われた気がした。
「……俺も」
小さくそう言うと、彼女がこちらを見る。
「俺も、期待されるのが嫌だった。
告白したときも、“どうせ無理だろ”って思いながらやった」
「それ、最悪じゃん」
「だろ。
でも、あの時の俺は、それしかできなかった」
朝霧は、何か言いかけて、口を閉じた。
代わりに、ぽつりと呟く。
「……子どもだったな、私たち」
「否定できない」
窓の外では、夕方の光が街を染めていた。
「ねえ」
朝霧が、少しだけ声のトーンを落とす。
「このデート、終わったら……どうするつもり?」
「どうもしない。義務は果たしたし」
彼女は少し安心したように、少し残念そうに頷いた。
「そっか」
その反応が、妙に胸に引っかかった。
カフェを出ると、夕方の風が思ったより涼しかった。
「このあと、どうする?」
朝霧が聞く。
「もう解散でいいんじゃないか」
「……それ、義務的すぎない?」
そう言いながらも、彼女は歩き出す。
俺も、なぜか止めなかった。
駅前の遊歩道。
人は多いが、騒がしくはない。
「ねえ、伊藤」
歩きながら、彼女が言う。
「私がさ。高校の時、ああ言った理由……聞きたい?」
一瞬、足が止まりそうになる。
「……今さら?」
「今だから、かも」
俺は視線を前に向けたまま答えた。
「聞くだけなら」
少し間を置いて、朝霧は続ける。
「あの頃、私ね。
誰かに“好き”って言われるの、怖かった」
「……?」
「期待されると、逃げたくなるタイプだった。
それで、つい……突き放す言い方しかできなかった」
「それで、あれか」
「うん。最低だと思う」
彼女は苦笑した。
「でもさ。
私の記憶だと、伊藤も……あの時、笑ってた」
「……は?」
「『どうせダメだと思ってました』って。
冗談っぽく」
俺は思わず足を止めた。
「それ、本気で言ってたわけじゃない」
「でも、私にはそう聞こえた」
視線が交わる。
「だから――この人は、本気じゃないって、勝手に決めつけた」
胸の奥が、じわっと痛んだ。
「……最悪のすれ違いだな」
「ほんとにね」
沈黙。
でも、さっきまでの重さとは違う。
「AIさ」
俺は空を見上げて言った。
「こういうズレまで計算してるのかな」
「だったら、九十七パーセントも納得だけど」
朝霧は小さく笑う。
「ねえ。もしこの制度がなかったら……私たち、今どうなってたと思う?」
「赤の他人」
「即答かぁ」
でも、彼女は怒らなかった。
「……それでもさ」
声が、少しだけ震えていた。
「こうして話せたのは、悪くなかった」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
気づけば、駅の改札前。
「今日はここまでだね」
「そうだな」
一歩離れたところで、朝霧が振り返る。
「明日さ……」
「?」
「いや。なんでもない」
彼女は軽く手を振り、人混みに消えた。
残された俺は、しばらく動けずに立ち尽くしていた。
――成功率九十七パーセント。
その数字が、さっきより少しだけ現実味を帯びていた。
◇
家に帰ってからも、朝霧の言葉が頭から離れなかった。
「こうして話せたのは、悪くなかった」
それだけの一言なのに、胸の奥で何度も反響する。
シャワーを浴びても、夕飯を食べても、スマホを眺めても、思考は同じところをぐるぐる回っていた。
――もし、この制度がなかったら。
きっと、二度と交わらなかった。
それが分かっているからこそ、今日の時間が妙に重い。
俺は、朝霧のことをもう「過去」だと思っていた。
少なくとも、そう思い込もうとしていた。
でも、本当は違ったらしい。
嫌いになりきれなかった。
怒りも、諦めも、全部が中途半端だった。
だからこそ、今日みたいに話してしまうと、簡単に揺れる。
スマホが震えた。
制度アプリからの自動通知。
《初回デート完了を確認しました》
《明日以降、任意での再接触が可能です》
任意。
その文字を見て、胸がわずかに締めつけられた。
――選べる、ということだ。
◇
一方で、朝霧は自分の部屋で、ベッドに仰向けになっていた。
天井を見つめたまま、スマホを握りしめる。
「……最悪」
小さく呟く。
よりにもよって、昔一番向き合えなかった相手と、
こんな形で再会するなんて。
しかも。
「……優しくなってるし」
それが、一番ずるかった。
高校の頃の伊藤は、不器用で、距離感が下手で、
それでも、真っ直ぐだった。
だから怖かった。
好意を向けられることも、
それに応えられない自分も。
拒絶したのは、防御だった。
でも、その結果、何を失ったかを、
今日になってようやく理解した。
「……今さら、だよね」
彼女は目を閉じる。
AIは言うだろう。
性格、価値観、行動傾向――一致率九十七パーセント。
でも。
「好きになる理由までは、計算できないくせに」
胸の奥が、じんわり熱を持つ。
明日。
任意で、再接触。
それがどれほど勇気のいる選択か、
彼女はよく知っていた。
◇
翌朝。
通勤ラッシュのニュース映像を横目に、俺はトーストをかじる。
画面では、例の制度について専門家が語っていた。
「マッチング制度は、恋愛を効率化しただけです。感情そのものを強制しているわけではありません」
効率化。
確かにそうだ。
でも、人の気持ちは、そんなに整理できるものじゃない。
スマホを手に取り、アプリを開く。
朝霧の名前。
まだ、そこにある。
押すだけで、次に進める。
でも、押した瞬間、全部が変わってしまう気がした。
義務じゃない。
成功率も、関係ない。
それでも――
俺は、深く息を吸った。
結局、その日は何も押さなかった。
アプリを閉じ、スマホを伏せる。
選べるようになった瞬間、選べなくなる自分がいた。
◇
翌朝。
通勤電車の中で、通知音が鳴った。
《朝霧 美咲さんからメッセージがあります》
心臓が、一拍遅れる。
『おはよう。急でごめん。今日、時間ある?』
短い文章。
でも、そこには“義務”の文字はなかった。
『ある』
そう返すまでに、少しだけ時間がかかった。
◇
昨日と同じ駅前。
でも、今日は待ち合わせだった。
「おはよう」
朝霧は、少し緊張した顔で立っていた。
「……おはよう」
一瞬の沈黙のあと、彼女が言う。
「これ、制度的には“二回目のデート”だけどさ」
「うん」
「今日は……私が来たかった」
胸の奥が、静かに鳴った。
「歩こっか」
昨日と同じ道。
でも、距離感が違う。
「伊藤」
彼女は、歩きながら言った。
「昨日、言えなかったことがある」
「……なに?」
足が止まる。
「高校の時」
彼女は、真っ直ぐこちらを見た。
「私ね。本当は……好きだった」
言葉が、すぐに理解できなかった。
「告白されて、嬉しかった。
でも同時に、怖かった」
彼女は拳を握る。
「誰かに本気で向き合われるのが。
期待されるのが。それに応えられない自分が、嫌で」
だから、突き放した。
「子どもだった。本当に、それだけ」
風が吹き、彼女の髪が揺れる。
「今さらだって分かってる。
昨日のデートだって、義務だったし」
一歩、近づく。
「でも、今日ここに来たのは――私の意思」
喉が、うまく動かなかった。
「……ずるいな」
「うん。最低だと思う」
それでも、彼女は目を逸らさなかった。
「でも、もう逃げたくない」
俺は、ゆっくり息を吐いた。
「……AIさ」
「うん」
「案外、当たってたのかもな」
朝霧が、目を見開く。
「一致率九十七パーセント」
「残りの三パーセントは?」
「多分……勇気」
彼女は、小さく笑った。
昨日より、ずっと柔らかく。
「じゃあさ」
「うん」
「今日は、ちゃんとデートしよ」
「義務じゃなく?」
「義務じゃない」
一瞬の沈黙。
それから、彼女は頷いた。
「……うん」
二人並んで歩き出す。
制度が始めた関係。
でも、続けるかどうかは、自分たちで決める。
成功率なんて、もうどうでもよかった。
少なくとも今は――
この時間が、確かに選んだ未来と感じだった。
義務で始まる、二人の恋の行方
相性97%でマッチした相手が、昔俺を振った女の子だった件 しずかねこ @shizukaneko
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