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Nobody knows」への応援コメント


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    ちょうど数日前からカントの判断力批判という本について学んでみてました。でもうまく解釈が定まってなかったんです。理解があやふや。

    だけど鯛とハルシネーションを読んで電撃走りました。カントが人間をどう定義しようとしたのか、いちばん抽象的でわかりにくい部分をすっかりわかりやすくしていただきました。

    長々語ります。

    『もし生き物が物理法則とか自然科学の産物なら科学反応って常に一定だから自由意思なんてなくない?』がまずあります。

    水素と酸素にあーだこーだしたら水出来るみたいに、人間も条件と刺激に反応してるだけ。ただ複雑なだけでもし条件揃えたらみんな同じ反応になる。

    じゃあ自由意思とは?それぞれの意思なんてなくない?人間の行動全部確定しるってこと?

    カントって時々すんごいパワープレイカマスんですけどそれに対して「人間見たらさ、どう見ても違うじゃん」って言ってきます。しかも「いやまあどう見ても、物質なんだけどけね」と付け加えます。「うん、物質、でも違うじゃん」で押し通します。

    なので「人間に自由な意思はあるのか?」のカントの答えは「人間って目的を持ったもの(としてみなそう)」※()が大声

    完全な物質かどうかとか知らん!だって科学まだわからんこといっぱいやん?でも完全な自由意思とも言えん!人間も自然の一部である程度は同じ法則で動いてるっぽいからね。でもさ見た感じ「決まった反応というより、目的を持って行動してるっぽい」はみんな同意じゃない?なので一旦自由意思とみなします!って言うてはります。

    ここまでは自力で理解したんですが具体的に「どういうことが自由意思か、人間か」までは具体化できてなかったです。

    なるほど、AIやロボットで書けばよかった。

    人間はロボットかもしれない。でも人間としてみなします。なら、ロボットは人間かもしれない、一旦そうみなします。もできるはず。かしこい。

    しかも判断力批判読まずに書いてるの強いです。世界に漂うカントの残穢を捉えて気付かぬうちにハモってます。もしかするとカントの残穢ではなくて、近い入り口をオリジナルで見つけたのかも。

    AIに対する人間性についての批判ってそのまま私達にも言えるのかなって感じました。この物語に漂う混乱や悲しさや冷たさは昨今横行する「人間とは?」という問いに謙虚に向き合うからこそです。

    だって否定できないですもんね。「こんなの人間じゃない!だからAIはダメだ!」私達人間にも刺さってない…?だって証明できない。カントだって無理でした。酷いこと言われて悲しいです。

    でも一旦の答えは、悲しさです。「人間なのか?」に対して「わからない。だから悲しく思う。人間になれているかもしれないように、がんばる」これが今のところ最も人間なのだと思います。たぶん。

    私達は私達が考えるような人間かどうかは正直なところわからん。だけどそう成ろうとする意思はすんごい人間らしい。たぶんカントでもそう言ってます。

    物語として冷たい海を進むような不安や悲しさが、文体にそのまま出ていて響きます。ちょっぴり無機質な文章に滲む迷いや悲しさがコントラスト。なんて鮮やかに親近感。読んで考えている間、間違いなく私は人間でした。

    人間性はハルシネーション。ありもしない幻ということではなく、ほんの一瞬、瞬間に浮かび上がるもの。そのためにがんばることこそが人間性。鋭くて優しいテーマです。

    そのうえで私の哲学学習まで手伝っていただきました。長々語ってすいません。でも語っちゃうくらいに明るく照らしていただいてありがとうございます。