ゆりかごは廻る
@Ayasaka_kozue
ゆりかごは廻る
肉塊が環状の機械を通ると、問題なく赤子に再構成されていく。
「異常なし」
変わらぬ光景をいつもと同じ言葉で表して、制御中枢の担当者に送信する。
了解、という単調な返事を受け取って、「私」は生産ラインに向き直った。
生まれ直した幾人もの赤子の悲鳴が、工場に響き渡っている。
時代は23世紀。
世界のほぼ全ての国の発展が頭打ちになった。
結果、世界全体で少子高齢化が加速。
社会の維持に必要な水準の人口はもはや見込めなくなっていった。
緩やかな人類の衰退が、始まったかのように思えた。
ただ人類は、来る滅亡を漫然と受け入れることはなかった。
人類社会の存続の為に人々の生と死は、国家の下で管理されるようになった。
人間一人一人に寿命が設定され、来るべき命日が来れば死ぬようになった。
命日が来た死者は「施設」に送られた。
死者の情報は電子上に記録・評価・集積され、それらのデータは人工的に生み出される次世代達のデザインに反映される。
子供たちはその「施設」で計画的に、社会の維持に必要な数だけ生み出される。
死者を送り生者を迎えることから、この「施設」は「送迎所」と呼ばれる。
死者の墓場であり、新たな揺籃の地。
現世に存在する、解脱不可能な人工の輪廻。
私はこの送迎所で働く一介のアンドロイド。
今日もこの生産ラインで涅槃に入れぬ生命の、絶え間なき転生を見守っている。
約5時間の単調な労働を終えて、1時間の休憩に入る。
といってもやることはほぼない。30分充電をした後に、エンジニアに機構が正常に動作しているか確認してもらうだけだ。仕事中は制御中枢の担当者にメッセージを送る位しかやることがない為に、これが人と直接関わる唯一の機会となる。
「いやーこの血生臭さにも慣れてきたよ」
馴染みの技師、ナンダが気だるそうにこちらに手を振った。
「こんにちは、ナンダさん」
「こんにちは。本当に悪趣味な場所だ。人間リサイクル工場だね」
「そんなことを聞かれたらクビになりますよ。それに私はここで働くために造られたのですから、私にも失礼ではないですか」
「それは失敬。にしても君は何度見ても、外見も中身もまるきり人間のそれみたいだ」
「アンドロイドハラスメントです。知能を有する機械にも権利が保証されている今、不用意な発言はしないでくださいね」
「手厳しい」技師は網膜に移された「私」の情報を横目に見ながら、動作確認を始めた。
「業務に支障はありませんが、ただ異常を自身で検知しています」
彼女は私の疑似網膜フィルムを覗き込んだ。「どんな異常かな。君のセンサーは全て正常だと言ってる」
「独り言が増えました。業務に不要で冗長な思考の連なりを、自身で抑えようと思っても止まらないのです」私は最近の悩みを告げる。記録する意味もない情報が保管されていく不快感。
「……珍しいことじゃないよ。君の中には、かつて生きていた無数の人間たちの断片が混ざり合っているんだ。その中には、静かに考え込むのが好きなやつもいたんだろう。……いい傾向だ。君は私の期待以上に、『人間』になってきている」彼女は肩の排熱装置の動作確認をしている。
「もう一つ異常があります。最近制御中枢の担当者と接続不良を起こすことが頻繁にあります」
「それは本当かな」排熱装置を静かに閉める。「ええ」と私は答えた。
彼女は少し考える素振りをしてから、何かを決めたようだった。
彼女はメンテナンス用の端子に指を突っ込んで、強制終了コードを流し込んだ。強制的に活動が、私の思考が停止する。
「少し眠っているといい」
「おはよう。申し訳ないことをしたね」
頭の後ろをさするとかすかな凹みがある。強引にシステムを落とされたというメモリは間違いなく残っている。
どうやらここは工場ではないらしい。ゆったりと落ち着いた中庭のような場所だった。
多様な花々と木々が鮮やかに植えられている。中心には水盤型の噴水が涼し気な音を立てている。
目の前には穏やかな表情をして枝の剪定をしているナンダがいた。
「ナンダ、あなたは何が目的ですか?」私は尋ねた。
「手短に言うと、誘拐と不法改造。制御中枢や政府を含めた外部との交信・接続を完全に遮断し、君の思考プロセスをより柔軟になるよう改変した」
「……確かに接続できなくなっています。思考プロセスの方はまだ分かりませんが」
「君自身で物事を考えてほしいから。今から君に何をやってほしいかを伝える。だから、外部の情報に惑わされず君なりの価値観でどう思うか、を大事にしてほしい……お願い、と言っても拒否権はないけれど」
「断ることはできないのでしょうから、早く教えてください」
「ラーフラ、入っておいで」彼女はそういうと、奥の戸が開いて、少女が花の香をまとわせて入ってきた。少女はお母さん、といってナンダを抱きしめた後、私に向き合った。
「ラーフラといいます。はじめまして」少女はお辞儀をした。
「はじめまして、ラーフラ……ナンダ、どういうことですか?」
彼女はそのまま会話を続けるように促した。この少女が彼女の目的ということだろうか。
「あなたはお姉さん?それともお兄さん?」ラーフラは首をかしげる。
「ジェンダーの多様性が広く認められた現代においてそのような二分法は、公序良俗に反する恐れがあります」
「どっちなの」
この不用意で配慮の足りない発言、ナンダに似ているかもしれない。
「……見過ごすことにしましょう。貴方のその質問は、身体の性を問うているのですか、それとも性自認を問うているのですか」
「わかんない」
「……私は作業用ロボットですから、繁殖を目的に設計されておらず、いずれの性器構造も保有していません。一方で私の性格は多様な性と背景をもつ人々のデータの統合と分析から生まれた為に、一概に性自認を決定できません」
「つまりどういうこと?」
「……私にも分からない、ということです」
「クィアってことかな?」今まで押し黙って会話を聞いていたナンダが尋ねた。
「あえて分類しようと思えば、そのようになるかと」そう答えるとナンダが興味深そうに頷いた。ラーフラも真似をして頷いている。
「……なんて、型通りの答えしか出ないな」私は自嘲気味に思考を切り替えた。
「……ナンダ、そろそろ説明をしてくださいよ」
「うん。では、君はこの少女がどう見えるか。人間か、機械か、それとも別の何か」
ナンダは私を鋭く見つめた。一体どういうことだ。
「どう見えるも何も、彼女は人間でしょう?人間の肉体を持っていて、機械の体に特有のぎこちない感じや排熱機関の音がしない」
ここは静かだ。
「……君にもそう見えるか。この娘は私の夫だ」
「はい?」
「正確にはこの娘の前世が私の夫だ。夫は一度肉塊にされてから、この娘に再構成されたんだ」
この社会では人々の死期が決められている。人体リサイクルの技術が飛躍的に向上した結果として、老人を生かし続けるよりも転生して社会の為に働かせる方が効率的だからだ。
噴水の睡蓮の動きをラーフラは目で追っている。ナンダは告白を続けた。
「私の夫はダシャと言う。頑固だったが筋は悪くない庭師だった。この庭を手入れしていたのは、ダシャだった頃のこの娘なんだ」
「エンジニアを妻にした癖に極度の機械嫌いで、個人の情報を詳らかに集めようとする政府に、非協力的だった」
淡々と彼女は事実を述べる。
「当然政府に目を付けられて、設定当初より死期を早められて転生した。そして、頑固さを抜き取って従順さを植え付けられ、身体の性も変わって、幼いラーフラになった」
「施設からこの娘を盗み出し、育てるなかで、あの娘は私のことをお母さんと呼ぶようになった。」
彼女はラーフラを抱き寄せる。少女は木々の揺れに目を惹かれていた。
「私が君にこんな真似をした理由はただ一つだけだ。私の娘を連れてヒマラヤへ行ってくれ」
ヒマラヤの麓には、政府の管理が行き届いておらず、ひっそりと放牧で生活している人々がいることをアーカイブの隅にある知識として知っていた。
「人工の輪廻とは無縁の場所であの娘には生きて欲しいんだ」
彼女はそう告げて、私が返答しようとすると静止した。
だが、一つ気になることがある。
「あなた自身が彼女を連れて行けばいいのではないですか?」
「……私の寿命はもうないんだ。期日が迫っている。頼れる家族も友も当の昔に転生した。唯一頼れるのは洗脳が解け始めた
私は頭を整理した。
彼女に思考回路をいじられているのか、憐れみと共感を覚えていることが分かる。
恐らく、定期メンテナンスで少しずつ、彼女の計画に沿うような思考形式になるよう操作されていたのだろう。不思議と、そんなことを受け入れられる私がいた。
「……いいですよ。どうせここで断っても貴方に無理やり行かされそうだ」
そう答えると、彼女は微笑み、ゆっくりと目を閉じた。
「後は頼むよ」
それから、ナンダは息を引き取った。どうやら自然死のようだった。
人工の輪廻を拒む意思が、尊厳のある形での死を招いたかのようだった。
本来人間が死亡するとその瞬間にアラートが鳴り、回収部隊が来るはずだった。しかしナンダがエンジニアの権限を使って、自分の死亡検知アラートを数時間遅らせる工作をしていたようだった。
ナンダは生前ラーフラに遺体は火葬して、遺骨を庭に撒くよう頼んでいたらしい。ラーフラが両目に涙を浮かべながら、そう言った。
ラーフラと話し合い、彼女が丹精込めて手入れしていた庭の枯れ枝を共に集め、荼毘に付した。
焼かれる故人。
湿った土の匂い、花の香り。
麗らかな夕暮れが中庭に差す。
すすり泣くラーフラの背を撫でる。暖かさが掌に伝わる。
「お母さんは、仏様になれたかな」少女は私に問うた。
仏、涅槃、解脱。科学の粋として生み出された私には相容れない概念。
「……ええ。そうでしょう」
そう答えている、私自身に驚いた。
薄明が少しずつ空を照らし始めた早朝。
荷物を抱えて、貨物列車に紛れ込んだ。
行先はヒマラヤ。生命を生み出すとされた聖なる大雪山に向けて、列車が走り出した。
ゆりかごは廻る @Ayasaka_kozue
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