第3話「暗殺者ちゃん、ピンチになる」

「お嬢ちゃん高校生?それ何?」

「あ、うう……」


 私としたことが迂闊だった。だって鞘は見つからなかったんだもん!

 十六年間の人生において最大のピンチ。

 こんな事で捕まりたくない。仕方ない、あの手を使うか。


「あ!猫が寝込んでる!」

「で、それは何?」


 嘘でしょ。

 お兄ちゃんはあんなに反応してくれたのに。この警官、さては犬派だな。


「こ、これは、おもちゃです」

「そうなんだ。本物に見えるけど」


 警官はしつこく詰め寄ってくる。

 女子高生は最強の生物だとお兄ちゃんは言ってたけど、どうやら最強は警官らしい。


「とりあえずそれこっちに渡して。あと学生証とかある?」


 私が殺し屋じゃなくて殺人鬼なら刺してやるのに。

 でもどうしよう、学校だけじゃなくてきっとママにも連絡されちゃうよね。これ以上お小遣い減らされたら「魔法少女モルガナ」ちゃんグッズが買えなくなっちゃう。




「お、ここにいたか」


 いつの間にかあのおっさんが警官の後ろに立っていた。

 手には私のカバンを持っている。


「ん、てっあんた!その血はどうしたんだ!」


 警官はおっさんの姿を見て叫び声を上げている。無理もない、おっさんは私に刺されたまんまの姿だった。


「ああ、こりゃあそこの……」


 おっさんが私を指さそうとする。

 嘘でしょこのおっさん、まさか私を売る気なんじゃないだろうか。

 私は必死で口に人差し指を当てる。


「とにかく署で事情を聞かせてもらう。それと君も……ってあれ」


 この隙を逃すほど私は愚かではない。

 ごめんねおっさん。私のかわりに捕まって。


 おっさんは何か言いたげだったけど、黙って連行されていった。カバンは置いて行ってくれたから今度会ったらお礼を言おう。


 私はナイフをカバンにしまう。良かった、短剣も望遠鏡も中に入ってる。

 とりあえず最低限の目的は達成したが、おっさんは殺しそびれてしまった。連行されてしまった以上、もうどうすることもできない。


 でも、できることもある。私はその足でおっさんの住処を目指す。

 一流の殺し屋は準備を怠らない。パパの口癖だ。おっさんを殺すにはおっさんの弱点を知っておく必要がある。



 おっさんの小屋は鍵が掛かっていた。


 少しだけ諦めかけたが、私は小屋の裏に回る。私の願い通り窓の鍵は開いていた。

 おっさんの不用心さに感謝しながら屋内に侵入する。


 改めて見ると本当に質素な小屋だ。

 必要最低限の家具しかなく、テレビもパソコンも無い。一体どうやって暇をつぶしているのだろうか。タンスの引き出しも漁ってみるが、何やら古そうな手紙や写真が出てくるだけで面白そうなものは何もない。エッチなものでもあればそれでおっさんを脅してやろうかと思ったが、期待外れだ。


「はぁ、もう帰ろ」


 ドアノブに手を掛けようとした時、ガチャガチャと鍵を開ける音がした。私はとっさにベッドの下に隠れた。


「……やれやれ、ひどい目にあったな」


 おっさんが帰ってきた。小屋に入った瞬間私の方を見た気がしたが、きっと気のせいだ。

 しかしこれは好都合だ。夜までここに隠れておっさんの寝首をかく、実に暗殺者らしい殺し方だ。


 おっさんはのんきに食事をしている。おいしそうなキノコのスープだ。よだれが垂れそうになるが必死で我慢する。おっさんを殺せればママがもっとおいしいごちそうを用意してくれるはず。あと数時間の辛抱だ。


「いつまでそうしてるつもりだ?」


 おっさんが独り言を言っている。もしかして認もうぼけてるんじゃないだろうか。かわいそうに、早く殺してあげなきゃ。


「どうでもいいけど、そこ、出るぞ」


 変な独り言だな、そう思っていると足もとからカサカサ音が聞こえてくる。その直後、私の太ももに何かが当たり、凄まじい速さで駆け上ってくる。


「へ……ぎゃあああああ!」


 それが黒光りしたアイツだとわかると、私の口から勝手に悲鳴が溢れる。急いでベッドから飛び出し、小屋の角まで避難する私だったが、奴はベッドの隙間から壁を登ると私に向かって滑空してきた。

 

「おっと」


 おっさんは素手で奴を捕まえ、窓から放り出す。このおっさん、もしかして最強なんじゃなかろうか。


「大丈夫か?」


 腰が抜けた私に優しく手を差し伸べるおっさんだったが、その手は死んでも握らない。


「だ、大丈夫です!今日のところは見逃します!また殺しに来ます!」


 床を這いずりながら私は小屋を飛び出す。

 仕方がない、今日は仕方がない。そう自分に言い聞かせながら帰路につく。


「また負けたぁ!」


 涙と鼻水が止まらない。

 でも次は必ず殺してやる、そう心に誓って家にたどり着くと、ママが私の張り紙を破り捨てながら頭に角を生やしていた。

 どうやら今夜も私の寝床はあの暗い部屋らしい。

 

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