オパールが砕けるその日まで
狂う!
第零章:欠けた器と、渇いた石
「ごめんね」
それが、あいつの口癖だった。
俺の妹は、生まれた時から体が弱かった。
学校に行けるのは一年の半分くらいで、残りは白い壁と消毒液の匂いに囲まれて過ごしていた。
運動会で走る同級生を窓から眺める背中が、やけに小さかったのを覚えている。
俺が「何か欲しいものはないか」と聞くたびに、あいつは困ったように笑って首を横に振った。
「兄ちゃんがいてくれるだけでいいよ」と。
なんて、つまらない答えだ。
もっと駄々をこねればよかったんだ。
あれが食いたい、どこかに行きたい、痛いのは嫌だ、死にたくない、もっと生きたい。
そうやって泣き叫んで、俺を困らせてくれればよかった。
それなのにあいつは、最期の瞬間まで「いい子」だった。
呼吸器の管に繋がれ、意識が朦朧とする中で、俺の手を握り返す力さえ残っていなかったくせに、唇だけは動いた。
「ごめん、ね」
謝るなよ。
謝らなきゃいけないのは俺の方だ。
お前が遠慮して飲み込んだ言葉を、一つも拾い上げてやれなかった。
「いい兄」のふりをして、お前の「わがまま」を引き出すことすらできなかった。
葬式の日は、よく晴れていた。
空の青さが憎らしかった。
骨になった妹は、あまりにも軽くて、俺の中には鉛のような後悔だけがずっしりと残った。
俺は誓ったんだ。
もし、神様なんていうふざけた野郎の気まぐれで、もう一度誰かの命を預かることがあるのなら。
今度こそ、その人の「わがまま」を全部聞き届けてやる。
どんなに理不尽でも、どんなに重くても構わない。
「生きたい」という執着を、泥臭い欲望を、全部俺にぶつけてほしい。
遠慮なんて、二度とさせない。
俺という器は、あの日から欠けたままだ。
何かを注ぎ込まなければ、俺自身が干からびてしまいそうだった。
〜〜〜
──私は、硝子細工の人形みたいだと言われる。
病室の鏡に映る自分を見るたび、そう思う。
色素が抜け落ちたような、白に近い薄い水色の髪。
血の気のない肌は、触れれば陶器のように冷たい。
そして、この瞳。
光の加減でピンクや黄色、淡い緑に揺らめく、オパールのような瞳。
「綺麗だね」と大人は言うけれど、私はこの目が嫌いだった。
オパールの石言葉は「希望」だなんて、誰が決めたのだろう。
この体には、希望なんて欠片も残っていないのに。
「オリアお嬢様、お加減はいかがですか」
看護師や執事が、腫れ物に触れるように私に接する。
誰もが私を「可哀想な病弱な少女」として扱い、遠巻きに見つめるだけ。
違う。
私が欲しいのは、そんな薄っぺらい同情じゃない。
もっと、熱くて、ドロドロとした、私をこの世界に縫い止めてくれるような強い何か。
広い屋敷も、最新の医療も、私にとってはただの檻でしかない。
私はここで、誰にも知られずに枯れていくのだろうか。
水分を失ってひび割れるオパールみたいに、
誰の記憶にも残らず、ただ砕け散るのだろうか。
(……嫌だ)
心の奥底で、何かが燻っている。
私はまだ、何もしていない。
恋も、冒険も、誰かと本気で喧嘩することも。
このまま終わるなんて許せない。
もし、私を見つけてくれる人がいるなら。
この冷たい硝子の檻を壊して、私という存在を丸ごと受け止めてくれる人がいるなら。
その時は、もう絶対に離さない。
骨の髄までしゃぶり尽くすくらいに愛して、私の一部にしてあげる。
今の私には、指先を動かす力さえろくにないけれど。
この渇きだけは、誰にも負けない。
窓の外を見る。
春の風が、桜の花びらを運んでいる。
美しい景色なのに、私には色のない灰色の世界に見えた。
誰か、私を見つけて。
私に色を与えて。
そう願うことさえ、今の私には許されない贅沢なのだろうか。
今日もまた、変わらない一日が始まる。
死へのカウントダウンを聞きながら、私はただ、天井のシミを数えていた。
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