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目々

需要と供給、あるいは破れ鍋に綴蓋

 しかしあんた、もう少し警戒した方がいいぞ。

 隣に住んでる人間だって名乗るやつが手土産持って訪ねてきたところで、開けないのが一人暮らしの鉄則だろうに。勿論俺は迎え入れてもらえて助かった、この炎天であんまり粘られたら、お土産のシュークリームがえらい惨状になるところだったからな。その上居間まで招き入れて氷入りのサイダーまで出すの、今の時期のもてなしとしては満点だろうが一人暮らしの危機管理としては赤点だ。次は気をつけたほうがいい、世の中にはおっかないやつが山ほどいる。

 何の手土産だったら、詫びだが。あんた、俺に見覚えはないか。――そうか、まあ、死に顔だったから仕方がない。

 先週の土曜、馬鹿みたいに蝉が鳴いて日がぎらぎらしてた真昼間、このアパートの階段下。そこに転がって頭の鉢をぶち割って、あんたのサンダルつっかけと爪先を血で汚したのが、俺だよ。

 その節はお世話になりました、でいいのか。ああ、傷っていうか……死んでたが、生き返った。死んでたのは理解できているはずだ。だってあんたも見ただろう、階段下のアスファルトを黒々とした血でびたびたにして、目も口も間抜けにかっ開いたまま、惨い角度に捻じれた首を投げだしていた有様を。救急車を呼ぶまでもないくらい、露骨な死に顔。穴ぼこみたいに開いた瞳孔の奥まで、あんたは恐々覗き込んでくれたからな。

 それでどうしてここにいるんだったら、生き返ったからな。俺は死なないんだ――分かるだろう、不死ってやつだ。

 まあ、そうだな。顔を見れば分かる、これだけで信じてもらえるわけがない。何なら頭のおかしいやつだって通報したくなるのも無理はないな。スマホを持ったままでいいから、一一〇番はちょっと待ってくれるか。そっちに危害を加えるようなことはしない。話したところでただのうわごと以上にはならない、それなら実演してみせるのが手っ取り早い。ハサミか何か貸してもらえれば……そうだな、台所、ちょっと見せてもらうぞ。少し待ってろ。

 意外と料理が趣味だったりするのか、あんた。立派な出刃があったもんだから、ちょうどいいと借りたんだが。そうだな、おっかないのも無理はない。大丈夫だ、俺はここから一歩も動かない。だからもう少しだけ通報は待ってくれ。

 ほら、だ。


 ――しばらく聞き苦しいが、堪忍してくれ。分かりやすいから、こういう機会のときは喉を捌いて見せてるんだがほら、息が漏れるのが難点だ。だからって腹だと力が抜けるし、しくじると汚い上に臭うからな。とりあえず汚した分は掃除して帰るから、雑巾でもあとで寄越してくれ。まあ、


 さて、証明としてはこんなもんだろうか。普通の人間は首を掻っ切ったら大体死ぬから、これで納得――してくれてるな。とりあえず通報はしないでくれたようで何よりだ。怖がらせたのは謝るが、どうにもこれが簡単でな。血が出るから分かりやすくていい。散らかるのが難点だが、そこは妥協するしかない。汚しておいていうものでもないな、申し訳ない。別の方法だと風呂場で浴槽に水を張ってもらって、突っ込んだ頭を押さえつけてもらうっていうのもあるが、手間がかかるし地味だからな。

 ご覧の通り、死なないんだよ。あとはそうだな、多分不老だ。いや……老いて変わっているのかもしれないが、何せそう指摘できるほど長く付き合えるやつがいない。幾つだと聞かれても、細かい勘定はとっくに諦めたからな。あんたよりは確実に年上だし、このアパートどころか最寄り駅の駅舎より長持ちしている。――ああ、やっと全部くっついたな。どうだろう、これで聞き苦しくはないと思うが。ほら、この通り綺麗に塞がっている。切り傷は治りが早くていい、余程下手を打たなければ跡にもならない。火傷が一番嫌なんだ、あれはかかるし何より痛い。


 まあ、そういうわけで。俺が先週、死んだけど生き返った――そういうことができるっていうのは、納得してもらえたはずだ。

 じゃあ次の話に移るんだが、なんでそんなやつがここのアパートで死んでたかったら、必要だったからだ。

 そうだな、あれは事故死じゃない。俺が自分の意志で、階段の一番上から飛び降りたんだ。いくら俺がぼんやり生きているからって、住んでもいないアパートの階段から落ちて死ぬほど間抜けじゃない……うん、そうだな、だから最初は嘘をついた。隣の部屋になんか住んでいない、というか隣は誰も住んでいない。書類上の住人欄には俺の名前が書いてあるが、それだけだ。あんたは知らないかもしれないが、先月の末に角部屋のサラリーマンが実家に帰ってから、この二階の住人はあんただけだ。一階にはあれだ、幸薄そうな大学生と胃の悪そうな中年が住んでる。

 人死にが出ても六部屋中四部屋が埋まってるんだから、ここの人気具合は推して知るべしってところだろう。なんだかんだで便利だからな、この物件。築年数はそこそこ、二口コンロでエアコンは旧型だが、ターミナル駅は近いし最寄りスーパーは二十四時間営業でコンビニは徒歩十分圏内で三種類から選び放題だ。あとはそうだな、駅前まで足を伸ばせば銀行も郵便局も市役所も揃ってる。多少人死にが出ようが住みたいってやつはそれなりにいるし、家賃だってそこまで下げずにやっていける。あんたは……ああ、一割減か。いつだったかな、派手な死に方で噂が立ったときなんかは三割くらいまでいったらしいが。普通の事故死ならそんなものだろう。不服そうだがそういうものだ。


 そうだな、訳あり物件ってやつだ。その部屋に住んだ住人は死ぬとか、決まった周期で人死にが出るとか、単純にお化けが出るみたいな、いわく因縁つきの物件。最近流行りなんだろう? 映画とか漫画とか、あとは夏場今くらいの時期の心霊番組、あれだと相変わらず若手芸人が放り込まれて物音がしたとか光が浮かんだとかで一晩中泊まり込みで大騒ぎする様を撮影するのが常になっているな。あれは展開が地味だが引っかかりもなくていい。昔は心霊スポット前まで行った途端にゲストの芸人が入る入らないで泣きじゃくって十五分も尺を使うようなことがよくあったからな。あれはテンポが悪い上につまらない。それよりは、マシだ。

 立地も便利で生活も快適でご近所さんとの仲も良好、そんな物件なのにどうしてか一定周期で人が死ぬ。そういう物件は結構あるし、それを人が死ぬからってあっさり手放せるようなものでもない。手放せない以上、ただ手元に置いておいても損しか生まないからな。賃貸物件であるのだから貸し出して利益を得る必要があるが、うっかり住人に死なれるとおよそ面倒なことになる。

 だから、考えた。どうしてあの物件では死人が出るのか、つまりそれが必要だからなんじゃないのか、とな。腹が減ったから飯が食いたい、寒いから厚い布団がほしい、理由と要求はいつでも対になっているものだ。そしてこれは乱暴な話だが、理由が分からずとも要求に応えることができれば大概のことは穏便に解決する。

 では、訳あり物件の要求とは何か。起きていることから推察できるだろうが、因縁やら原因やらはさておいて、出力される結果はおよそ一通り――住人の死だ。

 つまり、だ。大家が店子から期間を決めて賃貸料を取るように、使用料として死人が必要な物件なんじゃないか、と考えたんだな。それなら理屈は簡単だ。払えと言われているなら、その分を用意すればいい。つまり要求分、。――要は、死んでもいいやつが死ぬように仕向ければいい、というわけだ。

 その死んでもいいやつっていうのが、俺だ。

 死にはするが、生き返る。それでも生き返るまでの一回は、ちゃんと勘定してもらえる。年一で人死にが出るのが常の物件なら、俺が年に一回ちょっと書類上で住人になっておいて、頃合いを見計らって死んでおく。そうしておけばほかのやつらは曰く因縁の影響を受けず、安心安全な安穏とした生活を送ることができるわけだ。死人も死に方も選べるんだから、便利な話だと思わないか。死に様だって曰くの側に好きに選ばせると、わざわざ腐らせたりバラしたり、たちの悪いやつになると火を点けたりするからな。死ぬやつも辛いし、大家も泣きたくなるし、どっちもかわいそうだ。――そうだな、生贄ってのも時代錯誤な語彙ではあるが、やってることはその通りだ。古めかしくて嫌なんだが、それ以外の単語がしっくりこないからな。仕方がない。

 人死にが必要なところで死んで、そこのいわくを満足させて、金をもらう。それが、俺の仕事だ。

 この物件の訳はだな、新築の頃に二階の共有廊下で入り込んだ酔っ払いが凍死したんだったか。それからどうしてか二階に住んだやつが三年おきに自他問わずに死んだり殺したりするもんだから、困った大家が俺を頼んだというわけだ。……うん、そうなんだ、殺人事件もな、あった。そうか、そっちは聞いてなかったのか、あんた。あれだ、基本は自殺と病死に事故死が主だから。殺されるのはそこまで心配しなくていい。二十年前にな、一回あっただけだ。それだってもともと険悪だった兄弟がとかそういうやつだから、そこまで考えなくていい。大方どこかしらで首を括るか風呂場で血まみれになるか、急アルやら心筋梗塞やらってところだ。死ぬけど、事件性はない。だから防犯とかはまあ、値段相応ってところだ。

 話を戻すが、要はリスク管理ということだな。二階の住人が死んだところで急遽閑古鳥が鳴くようなことにはならないが、下手に殺人事件や餓死からの放置で傷み切ってから見つかるようなことになればさすがに後始末が面倒くさい。それなら、コントロールできる範囲で死人を出した方がいい。しかも俺の場合は遺族と揉めるようなこともないし諸々の手続きも不要だからな、楽なんだよ。


 とりあえず今回お詫びに来たのは、そういうわけだ。驚かせたし、靴も汚した。誰もいない昼間に死んでおいて、すぐに管理会社のやつに確認してもらって始末してもらう予定だったんだが……担当のやつが事故由来の渋滞で遅刻してな。おまけにその連絡も来ないもんだから、俺もそのまま進めてしまったんだ。結果俺は地べたに転がって待ちぼうけてたし、そうしているうちにあんたが帰ってきて俺を見つけて大騒ぎになった、というわけだな。別に部屋で死んでもよかった、というかそっちの方がいつものやり口なんだが、今回だけはどうしても飛んでくれって指定だったのもあってな。何でも大家の夢枕に立ったやつが、血が見たいと言ったとか……まあ、どのみちあんたにご迷惑をおかけしたことには変わりないな。申し訳なかった。


 で、それでだな。用事も済んだし、そろそろお暇するからこそ、これも言っておかないといけないと思ってな。

 申し上げにくいんだが、俺に睡眠薬は、効かないんだ。


 いや、不老不死だからかどうかは知らん。いつの間にか効かなくなっていた。舌が雑だから、盛られても大概おいしく飲み食いできるのもあるし、年々気にしなくなっていたのもある。ちょっとだけ目眩みたいなものはあるが、それが過ぎるともう何にも起こらない。俺も理屈が知りたいが、それを言い出したらキリがない体でもあるからな。ああ、血抜きをしたせいもあるかもしれない。だとしたらその、申し訳ない。さっき少しだけくらっときて、あとはあんたの顔色から判断した。毒を盛ったやつってのは、どうしてか同じような顔をする。口元と仕込んだ先をじっと見るからな。

 一応、理由を聞いてもいいか。安心してくれ、通報とかそういう真似はしない。俺の説明が通っているところならいいが、そうじゃないと色々面倒だからな。何しろ警察には先日迷惑をかけたばかりだし……あとはそうだな、それなりに薬を盛られるくらいの心当たりはあるからな。だって汚しただろ、靴。その程度でってことはない、世の中にはボーナスが出たからって奮発して鰻屋で食べた鰻がまずかった上に店の態度も悪かったからって十年ぐらい恨み続けて、定年退職の日に店主の脳天を割ったやつがいるからな。本人がそれを正当だと思ったなら、それを他人がとやかく言うものでもないだろう。それから、ここがそういう物件だからってのもある。……というか、そうだったら、俺がちょっと困る。だってそうだろ、あんたが殺したがったってことは、この物件が死人を欲しがったってことになる。つまり、俺が生贄を失敗したってことになるんだから。

 ……ああ、そういうのがないのか。やってみたかったし、機会があったから、か。

 まあ、そういうやつもいる。それにしても薬の手際が良かったが、もし俺が訪ねてこなかったら――そうか、確かに最近、このあたりに勧誘のやつがうろついているからな。出刃もそれか。そうだな、刃物が一番取り扱いが楽でいい。眠らせてから拘束なりなんなりしてから使うなら、そう手間取ることもないだろう。

 とりあえず、残念だったな。……いや、からかってるわけじゃない。本心だ。とにかく一回誰かを殺してみたい、それで捕まって人生棒に振ってもいい、そういう覚悟でサイダーを出したんだろうに、俺みたいなものが飲み干してしまったわけだからな。人の覚悟を無碍にするのは、よくない。


 まあ、あれだな。人を殺したくなったら、呼んでくれ。金はもらうが、ちゃんと殺されてやるから。

 一度だけじゃなくて、頼まれただけ何度でも応じてやる。何、そういう商売だし、どうせどれだけ殺されたって死んだ試しがないからな。サンダルと爪先の詫び、それに何より、あんたは一応お隣さんみたいなもんだ――今後ともよろしく、といったところか。見知らぬ他人は警戒すべきだが、顔見知りのご近所さんは大事にすべきだからな。

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