第3話
先生の話を聞き僕はますます悩みが増えた気がした。どうすることもできない無力さに涙さえ浮かぶ。病院の廊下をとぼとぼ歩き、妻が眠る病室に帰る。
そして近くにあった椅子に腰掛け妻の手を握った。小さくて華奢な少女の手だった妻の手は小さくて華奢な主婦の手になっていた。こんな小さなことすら気づけなかった僕だから妻の小さな変化にも気づいてあげられなかったんだろうな。
「不出来な夫でごめんなぁ。僕もっと君と一緒にいたかったなぁ。」
涙ながらにそう言うと「まだ死んでないわよ」といつもの声が聞こえ驚いた様子で妻の方を見た。妻は微笑んでいて僕を宥めるように「悲しむなら私が死んでからにしてよね」といつものように笑い、昨晩の苦しい様子の妻が嘘だったかのようにまで思えるほどだった。
妻の笑顔はいつも僕に安心を与えてくれる。
僕はこの笑顔に何度助けられたことだろうか。
妻が笑っているなら僕も嬉しくなる。何もかも2人なら乗り越えられる、そんな気がして今までやってきた。
だが日に日に病魔は牙を剥き、妻から笑顔も活力も何もかも蝕んでいく。自由に動かない身体に妻は疲弊しベットから起き上がることさえできなくなってしまった。せめてなにか食べて欲しくて妻が昔好きだったスイーツやら飲み物やらを買ってきても「何もいらない」と言い返されてしまう。妻のために買ったスイーツを1人、リビングで食べている瞬間が何処となく孤独感を実感させる。そして妻が居なくなった家はきっとこんな感じなんだろうなと死んでもいないのに考えてしまった。その日は妻の枕を腕に抱きながら45歳の男が情けないが母親を求めて泣く子のように泣いてしまった。悲しくて悔しくて誰に怒りをぶつければいいのか分からず、妻に怒られるからずっと飲んでいなかった酒を毎日浴びるように飲んで紛らわせようとした。酒に溺れすると次第に仕事も上手くいかなくなり、上司に頭を下げてしばらくの間、休暇を貰った。今の妻なら日中も寝たきりで怒る気力すらなく怒られる心配もないと思ったからだ。だが酒の飲みすぎで休んだなんて妻には口が裂けても言えないだろう。
でもどんなに酒を飲んでも妻の面会は欠かさず毎朝、面会終了時間まで行った。だが家に帰れば老犬の愛犬と2人きり。ぽぽと名前を呼んでも妻ばかりに懐いていたせいかあまり反応はしてくれない。だが僕が泣いていればくぅんと心配しているのか鳴いて近づいてきてくれる。僕の心のよりどころはもうぽぽだけだった。そしていつもなら絶対に乗せないベッドの上にも乗せてあげた。妻の匂いを嗅ぎながら少々ぐるぐるした後、妻の枕の上にちょこんと座り眠った。本当は僕が枕を独占したかったが今回だけは譲ってあげることにした。
ぽぽがいびきをかいてる中、僕は眠れずにただ天井を眺めながら妻のことを考えていた。
妻は眠っている間、どんな夢を見ているのだろうか。
幸せな夢で溢れているといいな。
苦しむこともなく、あわよくば僕のことを考えていて欲しいな、なんてね。
こんな若い子のようなことを考えてる自分がだんだん恥ずかしくなりやめようやめようと目を閉じそのまま眠りに落ちた。
未定 孤々 @cocosan0
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