第83話



────白希は筋が良いね。

いつもはあまり笑わない祖母が、自分の舞を見て微笑んだ。


心の一番深いところに仕舞った記憶。

がらんとした稽古場で春風が吹き抜ける。


自分を褒めてくれるのは祖母だけだ。

そして唯一、自分が踊る姿が好きだと言ってくれる。


ここが居場所だ。村じゃない。家でもない。祖母がいる、この小さなな空間だけが……。


『きっと他にも、白希の舞に感動してくれる人が現れるよ。その人を大切にしてね』


そんな人現れるかな。

私は確かにここに存在してるけど、誰にも見えてない。いつだって兄のおまけで、舞踊の継承も、兄が忙しいから代わりにやってるだけだ。


教えてほしい。

私を必要としてくれる人なんて、本当に存在するのか。




「ん……」

あたたかい。

気持ちのいい温もりに包まれ、白希は目を覚ました。

白いシーツと、壁にかけられた風景画。羽澤家とは違う作りの寝室。

「っ!」

慌てて飛び起きる。次いで隣を見ると、誰もいなかった。

謎の焦燥に突き動かされて部屋を出る。自分でも不思議なぐらい不安を覚えていたが、音が聞こえた為奥の部屋に向かった。

そこでは宗一が、優雅に食事の支度をしていた。

なんてことのない光景なのだが、今の心情と違いすぎて気が抜けてしまう。

彼はこちらに気付くと、満面の笑みを浮かべた。


「おっ。白希、おはよう。よく眠れた?」

「……」


あまりに清々しい笑顔で、朝からくらくらする。彼の挨拶には返さず、ダイニングの高いテーブルに両腕を乗せた。

「相変わらず呑気ですね。私が逃げ出さないと確信してるみたいな」

「うん」

うんって……。

やろうと思えばいくらでも逃げようはある。でも“いつでも逃げられる”と思ってるからこそ、こうして留まっている部分もある。


宗一は、白希のそんな心中も見透かしているんだろう。余裕ぶってるのはお互い様ということ。


「よし、パンが焼けた。朝ごはん……の前に、顔洗っておいで。寝癖もすごいよ」


昨日熟睡してたもんね、と笑っている。

とりあえず言われた通りにした。ここ

寝巻きのまま、とりあえず洗顔整髪だけして、ダイニングへ戻る。

「昨日は何も食べなかったからお腹空いてるでしょ?」

確かに腹は空いてたが、クロワッサンひとつとスープを飲んだら満腹になってしまった。

紙ナプキンで口元を拭いてると、彼は席を立って出かける準備を始めた。


「食べて早々悪いけど、出掛けるから着替えてね」

「出掛ける? どこに?」


村かと思い、咄嗟に身構える。しかし彼は腕時計をつけ、淡白に答えた。


「もちろん、病院」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る