第62話



宗一さんと雅冬さんの三人で食卓を囲むと、家族の心地良さを実感する。

宗一さんがお父さんで、雅冬さんが面倒見の良いお母さんみたいだ。それだと俺と宗一さんの関係がめちゃくちゃだけど、それぐらいの安心感がある。



本当に、幸せなんだ。もう充分すぎるほど────。



「白希、お風呂沸いたよ」

「あ! ごめんなさい、俺が入れようと思ったのに!」

「いいんだよ。なにか集中してると思って、声を掛けないでおいたんだ」


夕食を終え、雅冬が帰った後、白希は自分の部屋のデスクで書き物をしていた。開きっぱなしのドアの先から、宗一が微笑む。

「またバイト先の勉強?」

「勉強はさっき終わりました。今は日記を書いてまして……」

昨日本屋で買ったばかりの、白いダイアリー帳を翳す。

「俺、記憶力ないので……嬉しいことや悲しいこと、その日感じたことを文字にしようと思ったんです。宗一さんと婚姻届を出しに行った時のことも、忘れないように別のページに書き記しました」

「おやおや」

宗一さんはゆっくり歩いてきて、白希の頬をつついた。

「良いことだね。せっかくだから私もやろうかな。デバイスじゃなくて、紙に書くのは特別感がある」

「わぁ。是非ぜひ!」


そう言ってもらえたのが嬉しくて、さっそく次の日、バイト帰りに本屋に寄った。初めて来た時は広過ぎて迷ってしまったこの場所も、今ではほっとする。二階から五階まである書店だからエスカレーターで移動しつつ、文房具コーナーを見て回った。

本屋は基本静かで落ち着く。好きな場所のひとつだ。


ペンや万年筆もお手頃な価格から二度見してしまう価格のものまで揃っている。宗一さんは仕事で良いものをたくさん使ってるんだろう。とすると、種類も分からない自分がプレゼントするのは微妙だ。

俺は書き味にこだわりはないので、一番安いペンと替えのインクを手に取る。


うーん……。

十分以上悩みに悩んで、一冊のダイアリー帳を手に取った。



「ただいま~」

「おかえりなさい、宗一さん」


夜、玄関から声が聞こえて足早に向かう。宗一さんが車のキーをトレイに乗せ、疲れた様子でため息をついた。

いつも疲れてるはずだけど、それを表に出さない為珍しい。

「お疲れ様です。お仕事、大丈夫でしたか……?」

差し障りのない程度に尋ねると、彼は上着を脱ぎながら笑った。

「うん、久しぶりに大きなクレームが発覚してね。遠出したから、中々疲れた」

ウチが悪いから仕方ないけどね、と付け足し、彼はネクタイを緩める。


「そのぶん白希に癒してもらおっかな?」

「え。ええ! もちろんです、任せてください!」


疲れには、やっぱりお風呂が一番だ。準備をしようと考えて踵を返すと、振り返りざまにキスされた。

柔らかい唇が吸いついてくる。彼の顔が離れていく様子がスローモーションみたいだった。


「甘い」


唇を舐め、微笑む彼はひどく色っぽい。こっちは猛烈に恥ずかしくなり、慌てて離れた。

「下手したらぶつかって怪我しちゃいますよ」

「私は平気だけど、白希は軽いから危ないね」

ほら、と身体を引き寄せられる。でも不自然なほど足の裏が浮いた。体が軽過ぎる。

「今、力を使ったでしょう?」

「え~? 何のことかなあ」

「もう。さすがに分かりますよっ」

あからさまにふざけてる宗一さんの頬を、優しい力でつまむ。すると彼も可笑しそうに笑い、降参のポーズをとった。

「駄目か。最近の白希は黙せないことが増えて困ったな」

妻を騙すようなことはあまりしてほしくないけど、彼の嘘はいつも優しく、小さいものだから……正直ちっとも問題じゃない。

それより、ささいなことで笑い合えることが楽しい。


「食後の運動、します?」

「ちょっと色気のない誘い方だけど……もちろん、する」


直球かつ唐突だけど、俺の方から彼を誘った。

ベッドになだれ込み、二人でシーツの波に溺れた。

明かりを落とし、ナイトライトのみつけていた。宗一さんの表情がはっきり分からない分、声や感触の方に意識が向き、敏感になる。状況によって感じ方が全然違うのだと、改めて気付かされた。

いつもより手を伸ばし、宗一さんの腕や胸に触れる。皮膚の硬さや、内側にこもる熱。それがまるで自分のもののような錯覚に陥る。

「あっ!」

対面座位で彼の胸に舌を這わせたとき、仰向けに押し倒されてしまった。その拍子に彼の性器が抜けてしまったが、またゆっくり挿入される。

「……そんなに吸い付かれると嬉しくなっちゃうから、ほどほどにね。白希が辛くなると思うよ?」

腰を持ち上げられ、お尻が彼の太腿に乗る。薄暗いけど、彼からは全て見えてしまってるんだろうか。

俺の恥ずかしいところ、全部……。


「良いんです。だって、俺も貴方に触りたいから」


彼の頬にそっと触れる。繋がってるだけじゃ物足りない。そんな風に思うなんて、自分も随分変わった。

彼も同じことを思ったらしく、短い笑いが聞こえた。

「それじゃ、今夜もいっぱい触れ合おう。私と君だけの世界で」



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