第61話



誰かと話す度、自分の外殻が水面から姿を現す。

世間知らずな自分。自信のない自分。でも、常に周りに助けられている自分。

俺一人の力でなにかを成したことなんてひとつもない。いつだって宗一さんや、周りの優しい人達に守られ、支えられて生きている。


これではいけない。

変わりたい。そう思うほど雁字搦めになって、人々の“当たり前”が遠くなる。



「お。おかえり、白希。お邪魔してるよ」

「雅冬さん! お久しぶりです!」

家に帰ると珍しく宗一さんが先に帰っていた。奥にはスーツ姿の雅冬さんもいて、テーブルに書類を広げている。

「お仕事中ですか? お茶入れたら、俺は部屋に戻りますね」

手を洗ってダイニングへ向かうと、宗一さんは前で手を組み、にこやかに笑った。

「いや、新居の相談をしてたんだ。どうせ家を買うなら私がデザインした家に住みたいと思って」

「え!?」

中々ビッグなワードが飛び出し、その場で硬直する。それを見た雅冬さんは、露骨にため息をついた。

「まぁ、急がなくていいと思うぞ。せっかくここでの暮らしに馴染んできたのに、いきなり環境を変えたら白希も大変だろうし」

「確かにね。すぐじゃないから安心して、白希」

「あ、ありがとうございます」

彼と一緒なら最終的にはどこにだって行くし、後は経済的な事情さえクリアすれば何の心配もない。

でもまだバイトの契約期間があるし、それまではここにいたい。お茶を入れ直し、書類から離れた場所に二人のカップを置いた。


「お恥ずかしいことに俺は家の相場とか全く分からないんですけど……今バイトしてるので、千円は大金です」


恐る恐る言うと、宗一さんは誇らしげに何度も頷いた。

「うんうん。素晴らしい。白希はお金の大切さをよく分かってるね」

「お前が言うと説得力ないぞ。ていうか何、バイト!? 白希が!? すごいじゃないか!」

雅冬さんは驚いて立ち上がり、俺の頭を撫でてきた。

「あの白希が働いてるなんて……。うわぁ~、姪っ子が受験受かった時と同じぐらい嬉しい!」

「あはは、ありがとうございます」

自分が思ってる以上に心配させてしまってたみたいだ。でも喜んでる姿を見ると、こっちまで嬉しくなる。


「バイトはどう。大変?」

「ええ、働くこと自体初めてなので……でも店長も俺ができる仕事を振り分けてくださって、分からないことは丁寧に教えてくれるんです。本当に感謝しています」

「それは良かった。……辛いこともあるかもしれないけど、白希は一歩ずつ成長してるよ。今月二回目になるけど、本当におめでとう」


雅冬さんのお祝いの言葉を胸に刻み、恭しく頭を下げる。照れくさいけど、嬉しい。


「お……俺、夕食作ります! 雅冬さんも是非召し上がってください!」

「え、いいの?」

「もちろん! あ、宗一さん……」


慌てて振り返ると、宗一さんは少し笑って手を振った。

「私に訊く必要はないよ、白希。最初からずっと、ここは君の家なんだから」

優しい笑顔、優しい言葉。


……そうだ。夫婦とか、恋人とか意識する前から……彼はずっと、“ここにいていい”と言ってくれていた。

当たり前のように居場所をつくってくれた。


自身の不甲斐なさに揺れてる場合じゃない。最愛のひとに、俺は何があってもついていくんだ。



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