第39話



「え?」


声の方に振り返ると、住所変更の時に会ったおばあさんが後ろで手を振っていた。まさか彼女の方も覚えていてくれたなんて。

「お久しぶりねぇ。お元気?」

「お久しぶりです! はい、とても」

笑顔で返すと、彼女の隣にひとりの青年が立っていることに気付いた。息子さん……にしては歳が離れすぎている。

白希と変わらない外見の為、関係を推し量っていると。

「良かった~。あ、こっちは孫の文樹。私達これから休憩しに行くところなんだけど……もし良かったら、お兄さんも御一緒しない?」

「えっ? いえいえ、そんな。突然悪いです」

「全然、むしろ来てくれたら嬉しいのよ。あ、でもご用事があったかしら?」

「よ、用事はないんですけど……」

会ったのは二回目で、名前も知らない。そんな人間と突然一緒に行動をとられても、このお孫さんも困るだろう。

言葉を濁しながら穏便な断り方を考えていると、お孫さんの方が口を開いた。


「ばあちゃんに絆創膏をくれた、って人ですよね。ありがとうございます。ばあちゃんはそそっかしいから、今日もボランティアについてきたんですよ」

「あはは、そうそう。この役所の周りにあるお花の植え替えをしてたんだけど、今日も怪我しちゃってね。ねぇ、用事がないならお茶だけでもご馳走させて。文樹、この近くに美味しいパフェのお店があるんでしょ?」


最初は微笑ましい気持ちで二人の会話を見守っていたが、おばあさんは俺の手を取って歩き出してしまった。

「とりあえず喉乾いたから早く行きましょ!」

「ばあちゃん、それほとんど誘拐……」

ひええ。

どうしよう。ほぼほぼ初対面なのに。


ていうかやばい、手……!

おばあさんと繋いでる手に神経が集中した。

今力が働いたら本当にやばい。無理に振り払うこともできないし、絶対に抑えなきゃ。

今日一日分の手汗を出したものの、何とか目的の店まで問題なく辿りついた。


「自己紹介が遅くなってごめんなさいね。私は時原ときはらきみこ。こっちが孫の」

蜂須賀文樹はちすかふみきです。宜しく」

「よ、余川白希です。ふぅ……宜しくお願いします」


かなり体力を消耗し、息切れを起こしてる。悟られないように頭を下げると、きみこさんは「やっぱり礼儀正しい人ね」と笑った。

「文樹と同じぐらいなのに、すごく上品で大人だわぁ」

「いえいえ、そんな。文樹さんの方がずっと大人っぽくて、落ち着いてますよ」

聞けば、彼は二十。見事に同い年だった。

今は大学三年生で、楽器屋でバイトをしているらしい。綺麗な黒髪で、目を見張る美形だ。宗一さんも人形みたいに整った造形をしてるけど、この人は儚い印象だった。


文樹さんは休みの日に、時々きみこさんのボランティア活動に付き合ってるらしい。

大学生なら忙しいだろうに……おばあちゃん想いの優しい人なんだな。


とは言え、とにかく力が働かないように意識した。お冷を持つ時も、メニュー表を持つ時も、ひたすら無心を心掛ける。昨日の二の舞にならないように。

「あ、ていうかここ抹茶専門店なんだけど……抹茶とか平気?」

「ええ、むしろ大好きです。小さい頃はよく自分でも茶を点てていたので」

「やば、しぶいな」

露骨に驚く文樹さんの隣で、きみこさんが笑った。

「茶道をやってらしたの?」

「いえ、そんな真面目なものでは……簡単な作法だけです」

少しして運ばれてきた抹茶のパフェは、すごいボリュームだった。

白玉も美味しいし粒あんも美味しい。こんな美味しいスイーツが世の中には溢れてるんだ、と感動だ。


「美味しかったです。俺まで御一緒させていただいて、本当にありがとうございます」

「いーや、むしろ無理に付き合わせて悪いね。ウチのばあちゃんマジで人さらいの気があるからさ」

「人聞き悪いわねえ。白希さんにはずっとお礼がしたいと思ってたんだよ」

二人の掛け合いは見てて面白い。宗一さんと雅冬さんの会話を思い出した。


「……っていうか気になってたんだけど」


口元をナプキンで拭いてると、文樹さんは頬杖をつき、こちらに手を伸ばしてきた。


「もしかして結婚してる?」

「うわっ!」


左手を持ち上げられ、その場で飛び上がる。力の暴発を恐れたのだけど、文樹さんも目を見開いた。

「あ、ごめん。触られんの嫌なタイプか」

「こら、文樹! 失礼でしょう、触る前に一言言いなさい!」

「いや、ばあちゃんさっき何も言わずにぐいぐい手引っ張ってたじゃん……」

二人が話してる間も、滝のような汗が流れる。

本当にまずい。力が働いたらどうしよう。


不安は高まる一方だけど、何も起きなかった。熱くもないし冷たくもない。

……大丈夫そうだ。

まだ文樹と手が触れているが、心拍数は徐々に戻っていく。昨日の状況とは全然違うって、何故か確信していた。


「ほら、指輪してるから」

「あ、その……! 結婚はまだなんですけど。婚約してる人がいます」


そう答えた途端、顔が熱くなった。

人に話すと改めて重みを感じる……。


きみこさんは間髪入れず、おめでとうと手を叩いた。横にいる文樹さんは興味深そうに指輪をつついてくる。

「相手可愛い子?」

それに答えるのは逡巡した。女の子じゃなくて、相手は歳上の男の人なんだよなぁ……。


まだまだ同性婚は珍かだ。

こういう時、機転もきかないし口下手で困る。何も言わず、こくこくと頷いた。

「幸せだね~。二十歳でするぐらいだし、結構稼いでんの?」

「いえ、俺は無職です。いずれは働こうと思ってるんですけど……」

今は相手に養ってもらってることを伝えた。隠しても仕方ないし、自分より少し歳上なことも話した。


「ううん、俺からすれば間違いなく人生の先輩だよ。良かったら連絡先交換しない?」

「は、はい。喜んで」

「ははっ。何か君、面白くて好きだわ。それじゃ改めて宜しくな」



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