第35話



「……とにかく。ニュースでも取り上げられなくなったし、そろそろ大丈夫のはずだ。彼を自由に行動させよう。でないといつまで経っても籠の鳥だ。その苦しみはお前も分かるだろう?」

「もちろん」


キッチンから戻り、トレイごと小皿を置く。テーブルに手をつき、宗一は真岡を見下ろした。


「束縛してくる人間に囲まれて育ったからね。私や白希はお家存続に欠かせない強力な道具なんだよ。但し己で制御できなければ、途端に爆弾扱いされる」


抑揚のない声には、確かな重圧が感じられる。真岡は常に守っていた一線に足を踏み入れてしまったことに気付いた。


「そして結局、私も彼らと同じ血が流れてる」

「そう……いう意味じゃ」


真岡が苦しそうに顔を歪めたとき、鍋を持った白希がやってきた。こちらの会話などつゆ知らず、笑顔で鍋の蓋を開ける。メニューは豚と白菜のミルフィーユだ。

「お待たせしました! 簡単なものですけど、召し上がってください」

「白希、重い物を運ぶ時は私に言いなさい。怪我したら大変だろう」

「こ、これぐらいは大丈夫ですよ」

宗一は終始はらはらして、白希の様子を傍で眺めてる。

そういうところが過保護だと言ってるのだが……真岡は半ば諦めモードでため息をついた。


「お二人ともお疲れ様です。さ、熱いうちにどうぞ」


白希が作ったのは和風出汁のミルフィーユ鍋だ。柚子胡椒と一緒に食べると、またアクセントになって美味。

「これは驚きました。白希様、ちょっとの間に上達されて素晴らしい」

「だろう? 白希は吸収が早いんだ」

「本当に。でも何でお前がドヤ顔なんだ」

「あはは……」

宗一と真岡のやり取りは相変わらずだが、見ていて楽しい。


「簡単なレシピなので、真岡さんならすぐにできちゃいますよ。……それとやっぱり、様付けはやめましょう。呼び捨ての方が慣れてるし、歳下だから敬語じゃない方が嬉しいです。ねっ、宗一さん!」


真岡の立場上、拒否することは目に見えてる。その為、日中の上司である宗一に同意を求めた。

「やっぱり外で様呼ばわりされてると、どんな関係かと思われますよ。逆に目立ってしまいます。俺と真岡さんは仕事の付き合いじゃないですし!」

「ふーむ、確かに。雅冬、これからはもっとカジュアルに白希と関わってもらえないか。……そうだな、それこそ友人のように」

宗一は菜箸を置き、対面の真岡に微笑んだ。宗一の隣では白希が緊張しながら様子を見守っている。


────いつの間にか、すっかり“それ”らしい関係になってるじゃないか。


内心笑い、両手をテーブルの上に置いた。


「上司……いや、友人の頼みなら仕方ない。改めてよろしく。白希」


目の前に片手を差し出される。考えるより先に身を乗り出し、その手を握り返していた。

「こちらこそ、宜しくお願いします!」

「はは。何か照れるな」

さっきまでとまるで違う接し方に戸惑っていたけど、真岡さんは敬語を外してくれた。

「ご迷惑じゃなければ、俺も名前で呼んでもいいですか?」

「もちろん。宗一なんて初めて会った時から名前で呼んできたし」

「へぇ……!」

二人の昔話も聞いてみたいな。密かに見つめていると、短く息をつく音が聞こえた。


「……さぁ、白希の言う通り早く頂こう。何度も温め直すのは申し訳ないからね」


宗一が両手を合わせた為、白希も席について鍋から白菜を取り分けた。

いつも楽しいけど、初めて三人で食事した。賑やかで、暖かくて……本当の家族の、食卓みたいだった。


「じゃあ雅冬、気をつけて」

「ああ」

雅冬さんは片手を軽く振り、車に乗り込む。

食事を終え、宗一さんと外まで見送りにきた。ようやく本音で話せてるような気がして、実際すごく嬉しい。

「雅冬さん、またご飯食べに来てくださいね」

「ありがとう。まだまだサポートすることもあるから、遠慮なく連絡して。宗一もある意味では世間知らずというか、アドバイスについては一般的じゃないから」


雅冬はエンジンをかけ、白希の方に視線を向けた。


「今日は本当にありがとう。おやすみ」

「あ、はい。おやすみなさい……!」


頭を下げ、彼の車が見えなくなるまで手を振った。

知らない一面を見られて良かったな。宗一さんと付き合いが長いことも知ったし。


「宗一さん、雅冬さんと本当に仲が良いんですね」

「白希の目にはそう見えるのか」

「え、何があったんですか」

「はは、いいや。……まぁ一応、一番傍にいてほしいと思ってるよ」


宗一さんは子どものように笑い、上着を羽織りなおした。

「冷えるね。中に戻ろう」

肩を抱かれ、エントランスまで戻る。ふと上を見上げると、闇の中に光の粒が浮かんでいた。


「宗一さん。ここも星がよく見えますね」

「あぁ、確かに今夜はよく見える。空気も澄んでるし」

「ね。……どんな時も綺麗。昔はよく、星に願ったりしてたことを思い出しました。今思うと恥ずかしいんですけど」


まるで幼い少女のようだ。星に願えば叶うなんて。

……でも、そもそもそんなのどこで知ったのか。それすら思い出せない。

ただ、小さな窓からずっと見上げていた。


「……どんなことを願ってたの?」


冷たい風が吹き抜ける。持ち上がった前髪を元に戻して、ゆっくり振り返った。


「いつか、大好きな人とこの空を見られますように。……叶ったから、案外本当かもしれませんね」


互いの手が触れ、強く握り合う。寒くなんてない。むしろ顔も胸も熱くて、今にもとけそうだ。


「良いことを聞いたな。私も、次からは星に願ってみよう」

「あはっ。宗一さんが言うとさらにロマンティックです」


再び歩き出して、白希は顔を上げた。

「……リアルは辛いことや悲しいことも多いですよ。どうせなら、人生そのものがロマンティックなら良いのに」

「はは、本当にね」

でも、リアルがあるから夢が生まれる。両方なくてはならないものだと宗一さんは話した。


「現実が辛いときはたくさん夢を見て。夢から醒めたら、現実で試せることを喜ぼう。私はそうしてきた」

「……」


試す、か。そんな風に考えたことないから気付かなかった。

俺が抱えるもの、闘ってるものは、無限にある星の中のちっぽけなワンシーンに過ぎない。俺の人生の数十年は、よその星の一瞬なんだ。それなのにバタバタともがいて、苦しんで、涙する。


やっぱり人って、儚くて……どうしようもなく、尊い。


今は一日を乗り切ることに必死だけど、いつかは誰かの記憶に残りたい。自分が生きた証をつくりたい。大きな腕に抱かれながら、ずっと遠くに輝く印に願った。



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