第3話
「すごい……」
翌日、白希は感動のあまり身体を震わしていた。
テレビのチャンネルがこんなにもあるなんて。真岡が持ってきてくれたカード?とかいうものを挿したら、さらに色んな番組が見られるようになった。
もし自分の部屋にテレビがあったら、一日中見ていただろう。そして一日なんてあっという間だっただろう。
目を輝かせながらリモコンを置き、部屋の中を見回してみる。
個室で、他に患者は誰もいない。
テーブルに置かれてる菓子箱の裏を見て暇を潰していると、ドアをノックする音が聞こえた。入ってきたのは、昨日と同じ真岡だった。
「白希様、おはようございます。よく眠れましたか?」
「お、おはようございます。ええ……とても」
お菓子を置き、慌てて頭を下げる。
「退院の手続きをしてきました。こちらの服に着替えてください。外に車を用意してます」
「は、はぁ……」
何だかお高そうな黒い手提げ袋を渡される。そこには男ものの洋服が入っていた。
「私は廊下に出てますから、着替え終わったら声を掛けてくださいね。では」
そう言うと彼は廊下へ出て行ってしまった。
「……」
何だかあれよあれよという間に事が進んでる気がする。
かといって動かない理由にもならない為、用意してもらった服に着替えた。
初めての患者衣にも中々興奮したが、今回の感動はそれをさらに上回った。
「これでいいのかな……?」
高そうなズボン、シャツ。腕時計まで入っていたから、一応つけてみた。
家に篭もるようになってからはずっと着物だったから、洋服の着心地に違和感がある。
でもすごくいい。
洗面台の鏡の前で自分の姿を凝視する。思わずぼうっとしていたが、ハッとして部屋を出た。
「真岡さん! 申し訳ありません、お待たせしました……!」
慌てふためいて身を乗り出すと、真岡は顔を綻ばせた。
「全然待ってませんよ。それよりとてもお似合いです」
「そうでしょうか。変じゃありませんか?」
「とんでもない。見事に着こなしておられますよ」
部屋の中をざっと整理し、真岡に連れられて一階へ降りる。
「ありがとうございます。でも、その……どうしてここまでしてくれるんですか? この服や時計もすごくお金かかりましたよね」
受付で、真岡と事務員のやり取りを眺める。自分ができることは何もなく、淡々と支払いの話を拾っていた。
「私は家もお金もなくて……お恥ずかしい話、仕事もしたことがありません。お世話になった分を返していきたいけど、すぐにはとても……」
「ご心配なく。白希様のことは、全て宗一様が預かるおつもりですから」
「え」
宗一?
その名前は嫌というほど知っている。だけど、まさかここで聞くとは思わなかった。
「宗一さん……に会えるんですか? いや、それより私を助けてくれたひとって」
「ええ。水崎宗一様です」
病院のエントランスを抜け、目の前のタクシー乗り場に進む。
その時、足元に落ちていたジュースの缶に気付かず蹴ってしまった。
急いで拾い上げたが、その瞬間、火傷しそうなほど缶が高温になった。
「あつっ!」
驚き、思わず手を離してしまう。そのせいで運悪く、缶は目の前の道路に転がっていってしまった。
あんなところに放置するわけにはいかない……。駆け足で缶を取りに行こうとした時、
「白希様! 危ない!」
背後から真岡の叫び声が聞こえた。
え、と思って横を向いた時、車の大きなボンネットが見えた。
────これはまずい。
今度こそ駄目だと思い、衝撃を想定して瞼を伏せる。
身体が宙に投げ出されるイメージをしたけど、いつまで待っても車と接触しない。
ブレーキが間に合ったんだろうか。安堵して瞼を開けると、目の前の車は不自然に浮いていた。
と言うのも、前方だけだ。後輪はちゃんと地面についている。まるで自転車のウィリーのような状態で、ドライバーも目を丸くしていた。
「ふう。危なかった」
低いが剽軽な声が聞こえた時、車はゆっくり下におり、前方も地についた。ドライバーが慌ててブレーキを踏んだのが分かった。
「あ……」
速すぎて反応できずにいたが、あの火事のときのように、誰かに抱き寄せられている。
淡い髪と、大きな背中に目を見張る。自分の前に現れた青年は、前に翳していた手を下ろし、にっこり微笑んだ。
「迎えに来たよ。さぁ、今度こそ私の家に帰ろう」
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