悪女は豊かな異世界を謳歌する~裏で善行を積み重ねますのでどうかご容赦を~
スパ郎
第1話 悪女ルル・モチネオカ
華やかな学園の中央回廊。天井から吊るされた装飾布がゆるやかに揺れる。周囲で談笑していた生徒たちが慌てて口を閉ざし、視線を外し始めた。
30名を超える多くの取り巻きを引き連れて、私は敵対中の令嬢と向かい合って立っている。廊下には既に60名を超える生徒が詰めかけていた。相手も相当な数を引き連れて来たらしい。軍団ここに集う。
「あら、ごきげんよう、クレアさん」
「ごきげんよう、ルルさん」
向かい合うクレアさんは汗をかいている。こめかみから伝う雫が見えた。視線は忙しなく泳ぎ、背筋は不自然なほど伸びている。逃げ場のない場に立たされている、と身体が理解している反応だ。
私は、軽く口角を上げたまま動かない。
決戦の場に来るまでは緊張していたが、今は相手の動揺具合に少し冷静になれた。彼女がどう思っているかは分かる。実家の財力、家同士の序列、学園内での立場。
最近取り巻きたちに担がれて舞い上がってしまったらしいが、この場に立ってようやく気づいたらしい。自分の本来の立場と、私が遥か高みにいることを。
これだけの人数を引き連れて来たのだから、彼女も今日この場所を決戦に選んできたことは明白。私を辱め、学園での立場を格付けに来た。
しかし、視線を逸らしたまま、何も言い出そうとしない。
更に情けないことに、突如踵を返して立ち去ろうとした。
その行動は敗北を意味し、同時に仲間の信頼も失うけれど、それで大丈夫そう?
取り巻きたちの人たちが目を開けて仰天している。道を開けてクレアさんを通そうとするけれど、私はそれを止めた。
「待ちなさい」
私は今日、この場で入学以来2か月間続いていた不毛な派閥争いに明確な決着をつける予定である。
もう面倒くさいのよ! 派閥だとか、どちらが上とか! ここは猿山ですか!?
私はそういうのがあまり好きじゃない。もっと穏やかに、平和に生きたいのだ。今後の面倒事を取り除くためにも、今日この場にて、徹底的にケリをつけてあげる。胃を痛めるくらい覚悟を決めて来たんだから、絶対に逃がさない!
ポケットからハンカチを取り出し、唐突にそれを床に投げ捨てた。
「クレアさん、わたくしのハンカチが床に落ちてしまいました」
「そんなの、側付きの者に拾わせたらいいじゃない……」
振り向かずにクレアさんがそう言った。
そもそも、その発想も怖いわよ。自分がハンカチを落としたなら、自分で拾いなさい。
心の中で起きた本来の想いを押し殺し、私は追撃の手を止めない。
「いいえ、わたくしはクレアさんに拾って欲しいの。良いですか? 3秒、待ちます……拾え」
冷たく、切り捨てる様に言い放つ命令言葉。
体を震わせながら、クレアさんがこちらへと向き直った。
既に戦意喪失していることはわかっている。
気圧されずに私に立ち向かって来た場合。
先ほどのように踵を返して逃げて行った場合。
そして、今のように私の指示に従ってハンカチを拾う場合など、10をも超える勝ちパターンを考えて来たので、私の行動は淀みなく進む。
クレアさんがしゃがみ込んでハンカチを拾い始めた。
クレアさん派閥の取り巻きから悲鳴が上がり、同時に私の取り巻きたちからクスクスと嫌味な笑みが聞こえて来る。
あー、なんて嫌な光景だろうか。私もこういう立場じゃなければ、こんなことしたくなかった。でも、私がしなければならないんだよね。だってこれは、大物貴族に課された責務なのだから。
「そのまま、跪きながら聞きなさい」
ハンカチに手を伸ばした彼女の元に紙きれを一枚落とす。
そこには『退学処分書』と記されている。
もちろん書かれている名前は私のものではない。そこには『クレア・フィールデン』の名が記載されている。
「しっかり目を通しなさい。既に学園長と理事会の承認印が押されているのがわかりますね? 残り、もう一人の承認を持って、あなたは強制的に当学園を去ることとなります」
クレアさんはそこに書かれた内容を見て驚愕する。そして、最も恐ろしい事実にも気づいて体をびくりと動かした。
「なぜわたくしが退学に!? 一体、何の権利があって、何の理由があってそんなことが出来るというの!?」
「動くな。私が許可するまで、勝手な行動はとるな。わかったら、一度だけ返事を」
「……はっ、はい」
彼女がまた大粒の汗を流す。
「理由なんて関係ない。出来るからやる。ただそれだけのことよ」
クレアさんが絶望している最後の空白の承認覧。そこには私『ルル・モチネオカ』の名前が記載されている。つまりは、私がこの書類にサインしたら、クレアさんは問答無用で退学となるのだ。
これが、権力。
悪いけれど、生徒の派閥争いとかそういう次元の話ではない。クレアさん、あなたは勝ち目のない相手にずっと戦いを挑んでいたのです。それを多くの生徒が見ている前で教えてあげた。今後、余計な争いを生まないために。
「私は、そこにサインする気はありません。なぜなら、クレアさんは縁あって同級生となった大事な友人ですので」
「……ルル様、そのっ。すっ、すみませんでした。わたくしは……ずっと……」
「私たちの確執についてはもう忘れましょう。お互いに嫌な思いもしましたし、非も双方にありました。しかし、それとは別に許せないことがあります」
「そっそれは、なんでしょうか!?」
今後の平穏な学園生活のためにも、絶対に是正しなければならないことがある。
「あなたの取り巻きが複数人で、わたくしの友人の教科書を燃やしたそうです。これは、何があっても許せない事です」
「しかしっ、それは、わたくしは一切関与しておらず――」
「黙りなさい」
廊下全体が緊張感に飲み込まれる叱咤を飛ばす。
しばらく間を作り、一切の言い訳を許さないという私の決意を示す。
「いじめがあったことは事実です。わたくしはそういった陰湿で卑怯な行いが大嫌いです。良いですか? クレアさん。あなたの取り巻きが起こしたことです。私たちの派閥争いがそうさせた可能性が大きいと考えています」
「はい……」
反論はない。従順に話を聞いてくれている。それでいい。
「まずは教科書を燃やした犯人を見つけ出し、わたくしの友人に弁償と謝罪を要求します。そして、今後二度とこのようなことが起きないように、あなたがしっかりと手綱を掴んでおくのです。良いですね? 彼女たちはあなたを慕っているのですから。もしも約束が守られなければ、退学処分書にクレアさんの名前以外にも沢山載ることになるでしょね。その時はわたくしも喜んでサイン致しますので、そのおつもりで」
死の宣告。
それもクレアさんだけではない。この学園を去るときは、あなたの取り巻きごとだという絶望的な力差を見せる。
「わっわかりました……。今後二度と、ルル様に不快な思いはさせないと誓います……」
「よろしい。……ふふっ、ではクレアさんお立ちになって?」
しゃがみ込んでクレアさんの両手をとる。
一緒に立ち上がって、彼女に満面の笑みを向けた。
「私たちは大事な学友。これから1年間、一緒に仲良く勉強しましょうね? では、クレアさん。また後程、学年共同の授業にて。ふふっ、皆さん行きますわよ」
私に加勢してくれた派閥の人間たちを引き連れて進む。廊下を割って道を作ってくれたクレアさん派閥の人たちの前を颯爽と通過していった。
完全勝利。
けれど、胸の中は一つまみの安堵と、多大なる疲労で満たされていた。勝利の余韻はない。
……はぁ、疲れた。
みんなの前を立ち去るとき、心底そう思った。
もう二度とこんなことしたくない。
けれど、私がやらなきゃダメなんだよなぁ。
貴族って、威厳を示さないと実家の商売、領民の統率、貴族間同士の関係にまで響いてくる。
やれやれ。
入学以来やりたい放題だった地方有力貴族出身の方たち。特にクレアさんたちを放置した私も悪いけど、あんまり気分の良い出来事ではなかった。悪女は生まれついてのものじゃないらしい。立場が悪女を作るのだと、私はルル・モチネオカに転生して気づいたのだった。
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