第2話 fase1

 けたたましい音が聞こえる。

 体中を鎖が拘束している。向かいでも同じように、イチカが拘束されている。

『入学試験開始まで3……2……1……』


 逃げ続けてきた人生だった。

 ニイナは自分のことを恵まれていると思っている。

 何故なら彼女は『完全適性』という生得能力を持って、あらゆる未来の可能性を手に入れてきた。

 スポーツも、勉強も、音楽も彼女は素質という点でそれに苦労したことは無い。

 それでも彼女はあらゆる分野に触れては、やめてきた。

 誰より上手くやれるはずだった。その素質はあったはずだ。ならば誰かに凌駕された時、彼女は何を言い訳にすれば良いのだろうか。

 素質はプライドに代わり、それは打たれ弱さに変わった。素質が自分を味方する範囲から出ると、それは在り方を否定されているように感じた。

 続けていると、いつもこの道で良いだろうかと不安になる。そして、そんな彼女の前にはいつも、一つこれをやると決めた誰かが立ち塞がって、彼女を凌駕してきた。

 そして、そうなることを彼女は不自然には思わなかった。

 中学生の時、彼女は部活動には入らなかった。それでもあらゆる運動部の助っ人として試合に参加し活躍してきた。助っ人としては。

 今でも目を閉じると声が聞こえる。体育館、靴が床と擦れる音とボールを叩く雑音に紛れて。

『私はこんな女、いらない。今勝てる人が欲しいわけじゃないの。私は、私と同じくらい、バレーに賭けてる奴と闘いたいのよ。こんなたまに参加する助っ人と、同じ思想で戦えるなんて思わない』

 ――私も思わない。思いたくもない。

 だから、この学園に来たのだ。例えこの学園が半強制的に入れられるような場所だとしても彼女は、前向きにこの場所に来た。

 そして、彼女は戦闘兵器を選んだ。

 きっと補助者ならこんな苦労は無かっただろうと思う。どんな味方、相手、状況にも適性がある補助者になれたはずだ。

 でも、彼女はもう逃げる気は無い。

 ニイナはイチカを、下に見たことは無い。少なくとも彼女はそう思っている。

 ――彼女は私とは違う。彼女は少なくともこの学園に入って、戦闘兵器を選んでなお、まだ、私の行く道を決められない。そんな私とは違って、多分一つしか出来ないけどその一つをやるって決めている。そういう顔をしている。そして私はまだ、私が何かを選べないのは、何かを捨てられないのは私の才能のせいだってそう思っている。

 ――だけど、本当は自分のせいだと分かっている。

 もしニイナが敗北に才能の言い訳を使えないなら、残るものが何なのか。彼女はよく、分かっている。

 ――私は、負ける前に自分の逃げ道を用意していたのかもしれない。何も賭けずに闘うのは気楽だったかもしれない。

 だけど、もうそうはいかない。

 この学園を離れるということは生得能力を封印されるということに他ならないからだ。


 鎖が外れると、鎖は空中に霧散した。

 自由になったイチカは一歩で跳躍し、ニイナの前に現れる。

 ニイナは前は分からなかったそのトリックも今は分かる。これは彼女の生得能力の力だ。試合前に足に力を溜めて、試合後にそれを放つ。結果的に彼女は瞬間的に高い跳躍力を手に入れて、一瞬でニイナに肉薄できる。

「『原点ファースト』行くよ」

 イチカの声に呼応するようにブランチは彼女のフェーズ1、『原点ファースト』へと形態を変化させる。しかしイチカは迷いなく左拳をニイナに振るった。

 ニイナはそれを首を動かしてかわし、反撃としてブランチを振り下ろす。イチカは体を捩ってかわし、後ろに跳んで距離を取る。

 イチカの右手には銀色の直剣が握られている。その刀身は少しずつ光を帯びてきているように感じる。

 ――あれが溜めるということなのかな。

 左拳を振るったのは、『原点』を使うと溜められないということだろうか。ニイナは少し考えるが、考える時間は無いと思いなおして、イチカに接近し、ブランチを振るう。

 しかしイチカはそれを難なくかわし、また獰猛な笑みを浮かべた。

 イチカの身体能力はそもそも、ニイナを上回っている。だからこそ、彼女は先の入学試験でも、フェーズ1に至る前の彼女に追い詰められたのだ。

 アマギの提案に乗るのは癪だった。でも、悪くないと思った。

 イチカには、フェーズ1なしではおそらく勝てないだろう。彼女はアマギとは違う。

 振るう、かわす、振るう、かわす。このやり取りを何度繰り返しただろう。いつの間にかイチカのブランチは眩い光を放っていた。

「『原点ファースト』。出力最大」

 軌跡は見えなかった。それでも反応できたのは、彼女がこの状況にさえ適性があるからだろう。

 ニイナは、彼女の最大の一撃をブランチで受け、そして彼女のブランチは両断された。イチカの『原点』はそのままニイナの胸部を捉え、中央をまっすぐに切り裂いた。イチカの攻撃が鎖により妨害されなかったのは、その攻撃は致命傷にはならないと判断されたからだ。

 ニイナの胸部から血が噴き出し、破けた装束の赤を血の赤が染め上げる。それでも、その程度の傷で済んだのは、ニイナの生得能力が彼女に近距離の戦闘に適性を持たせたからだ。

「そうね。あなたは選んだものね」

 ニイナは笑う。獰猛な笑みだ。困惑しているのはイチカだった。

「選んだ人間というのはいつも、こんな力を持っている。逃げて、それなりに、なあなあにやってきた私とは違ってね。今までの私とは違って。でも、私はもう選ぶ。私の欲しいもの以外は全て捨てる」

 ブランチの中は空洞だ。彼女の、本物に届いていないからだ。両断されたブランチを、教室上部の隅へと向ける、そのカメラに。

「私はあなたには適応しないわよ、アマギ。その必要はない。なんにでもなれるのが私の全てじゃない。私の全ては、私の欲しいものは」

 ブランチが割れる。その中に、刃渡り25センチほどの短剣があった。

「私を捻じ伏せようとする全てを屈服させる意思よ!!」

 漆黒のダガーは確かに、彼女がフェーズ1に至ったことを証明していた。

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才能を捨てた僕らは武器に選ばれる @PPQP

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