才能を捨てた僕らは武器に選ばれる
@PPQP
第1話 ニイナ
息が荒い。
逃げ続けてきたからだ。
ニイナは柄を強く、握り直す。右手に持つ直剣は白く、プラスチックのような質感に見える軽いものだ。
目の前にいる女もまた、同じ直剣を持つ。獰猛な笑みを称えて、ニイナをまっすぐに見つめている。それは、肉薄する機会を伺う肉食獣のようだ。
白く、障害物のない長方形の部屋——この教室に逃げ場はない。この教室は闘う為の場所だからだ。逃げるように作られていない。
女が一歩前に出る。
ニイナは一歩後ろに下がる。背中が壁にぶつかる。ニイナはいつの間にか壁際に追い込まれていた。
女は一歩前に出る、その瞬間、跳躍する。一瞬でニイナの目の前に移動し、女は直剣を振り下ろす。
その刃がニイナに届く手前で、女は四方八方から伸びてきた鎖に拘束される。
いつの間にかその直剣は銀色の輝きを帯びていた。
瞬間、ブザーの音と共に教室は赤く照らされる。ニイナは青の装束を、女は赤の装束を着ている。つまり、教室は女の色に塗り替えられた。
『入学試験終了。イチカ、合格』
人より比べて優れている部分を、この学園では『生得能力』と言う。
この学園で言う才能とは、生得能力のことだ。
ニイナの前には一枚の紙がある。それは生得能力を説明するものだ。
『完全適性』——評価S。あらゆる状況や能力に対して適性がある。それが彼女の生得能力だ。
「その紙ぺら一枚が君の誇り?」
声の主はニイナのすぐ近くに立っていた。
「初めまして、ニイナ。僕は、アマギ。よろしく」
アマギは柔和な笑顔を浮かべ、手を伸ばす。ニイナは即座にその手を叩いた。だがアマギは笑みを崩さない。
「ご機嫌だね。まあそりゃそうか。相手は生得能力の評価D。タメて放つしか能がないイチカだもんねえ。でも君は負けた」
「幾つか誤解しているみたいだけど、私はこの力を誇りに思ったことはないし――」
「それは嘘だ」
アマギは笑顔を濃くする。
「誇りに思ったことはないし、今の相手を下に見たこともない。話は最後まで聞きなさい。殺すわよ」
ニイナの鋭い眼光に、アマギは目を丸くする。彼の目は片方は黒く、片方は青いということにニイナは今、気が付いた。
「なんだ。やる気はあるんだ。良かった」
「何が良いのよ」
「僕は
この学園には二種類の人間がいる。
そして彼らには同様の課題が与えられている。4月17日までに貸与されたブランチをフェーズ1に移行させ、入学試験にてそれを証明させること。
4月10日の入学式から3日経ち、今日は4月14日だ。
入学試験自体は対戦相手がいればいつでも行うことは出来るが、それでも期日まで差し迫っている。
「君をサポートしたいんだ。だからやる気があってくれた方が良い」
「は?」
「……えっと、そもそも、そんな強力な生得能力を持っているんだ。人生でその恩恵を受けたことがないはずはない。誇りに思わない訳ないだろ」
「あなたはこれが何の役に立つと思うわけ?」
「何もかもに、さ」
「なら私は入学試験をパスできるはずよね」
「僕がいればね」
ニイナは踵を返す。
「無理よ。あなたに何ができるのよ」
「例えば、君に勝てる」
「補助者が、戦闘兵器に?」
「勿論」
「あなた、馬鹿なの? それとも戦闘兵器に適性があるのに選別試験で補助者に選別された哀れな子なの?」
「ハハ。まあ、やってみればわかる」
アマギは出会った時と同じ笑みを浮かべている。それは彼の言葉がハッタリでないことを予感させた。
また、教室にいる。とニイナは心の中でため息をつきたい気分だった。
変わらず、彼女は青の装束を、アマギは赤の装束を着ている。アマギがわざわざ着替える必要はないと言ったからだ。彼女も色に拘りはない。
違うのはこの教室には障害物があるということだ。机や椅子、教卓があるが全て壁際に追いやられており、そして教室の壁際にニイナとその向かいの壁際にアマギがいる。
丸腰のアマギを見て、彼女は今度こそため息をつく。
「早く始めたいんだけど、あなたブランチを持ってきなさいよ」
「僕のブランチはこれだ」
彼は右の青い瞳を指す。
ブランチ――学園から貸与される武器の名だ。最初は白い直剣の形をしているが
「ブランチはフェーズ1に至ると、所有者の生得能力に合うように形を変える。僕の生得能力は審美眼だ。このコンタクトはそれを強化する。ニイナ、僕に適応しろ」
「気持ち悪い……とにかく、始めて良いってことよね」
ニイナが指を弾くと、ブザーが鳴り二人は壁から伸びてきた鎖に拘束される。
『入学試験開始まで3……2……1……』
甲高いブザーの音が響くと共に、二人の拘束は解除された。瞬間、彼女は一直線にアマギへと走る寄ろうとする。アマギは椅子を投げて牽制する。が、ニイナはそれをブランチで叩き切る。
「君、入学試験をパスする気、ある?」
「あなたを叩き潰す気概ならあるわよ」
そのままアマギへとブランチを振り下ろすがアマギはそれを難なくかわす。
「見えるね」
瞬間、アマギの前にブランチが現れる。フェーズ1を解除したのだ。証拠にアマギの両目は黒色だ。
アマギはブランチを空中で掴むとそのまま無造作に横に薙ぎ払う。ニイナは後ろに跳躍してそれをかわした。
「選別試験の話だけど、選択肢があったのは君の方だろ。ニイナ。君はどっちにでもなれた。何故戦闘兵器を選んだ、ニイナ」
「あなた、みたいな奴を叩き潰したいからよ」
ニイナはブランチを振り下ろし、アマギはそれを受ける。ブランチがそこまで重くないからか、
「君はいつだって、何にだってなれる。なれただろ!? そうあってきただろう!? 違うか!?」
――そうだ。
彼女には選択肢があった。才能とは選択肢が多いことだ。彼女はそう思ってきた。だから彼女は才能があるし、恵まれている。そうあってきた。
「それが、私の全てじゃない」
ニイナは闇雲に、ブランチを振り下ろす。アマギはブランチをフェーズ1に移行させ、その眼で彼女の攻撃をかわすことに専念する。
「君は選んでここにいる。違うか」
「そうだ、私は自らの意思でここにいる」
「——なのに」
言われずとも、ニイナにはその言葉の続きが分かる気がした。手が止まっている。止まってしまっている。
「なのに、君はこの期に及んでまだ、選べないでいる。自分の未来を、選択肢を狭めることが出来ないでいる。君が何か捨てる覚悟がないのなら、俺に適応しろ!! ニイナ!!」
切り上げるような一撃。アマギには見えていた。見えてなお、反応が出来なかった。首筋に刃が沿う。
「お断りよ、ゴミ人間」
ニイナは笑う。
反応が出来なかったのは、その剣筋に見惚れていたからだ。そして今アマギが動けないのもまた――。
甲高い音と共にブザーが鳴る。
教室は赤いランプに照らされる。
『入学試験終了。アマギ、合格』
ニイナのブランチの剣先に亀裂が入っている。その中は空洞だ。その亀裂は瞬く間に修復し、気が付いたのはアマギだけだった。
「アッハッハッハ」
「ちょっと笑いすぎでしょう!」
ニイナが机を叩くと、二つの紙コップの中にあるお茶が揺れる。
「いやあ、君、学内で有名になるんじゃない? 君と闘うと入学試験をパスできるってさ」
「制度が悪いのよ、明らかに。明らかに私が勝っていたじゃない」
「いや、そういう試験じゃないんだけどね。まあ僕はフェーズ1には至っていたわけだし、ちょっとスキルを見せればパスできたわけだけど」
「納得いかないわ」
アマギは笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭うと席を立つ。
「まあでも、良いものを見られたよ。明日はもっと良いものを見られることを期待してる」
「あっそ。勝手にしてなさい」
「また明日」
「明日は無いわよ、ゴミ人間」
アマギはひらひらを手を振って、教室を後にした。
そのドアが閉まるや否や、勢いよく開く。
「ニイナさん! 明日もよろしくです!」
現れたのは、イチカだった。
「あなた……イチカ? あ、明日って?」
「あれ、アマギくんから聞いてませんか? 明日ニイナさんがリベンジマッチがしたいって言っていたと聞いたんですが……」
「あの、ゴミ人間!!」
ニイナの大声が響く。アマギは遠くからその声を聞き届けて、小さく笑った。
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