君に届けと恋言葉

黒木のコタツ

第1話 

「中川さん……大変申し上げにくいのですが、悪性リンパ腫です。ステージⅣ。すでに各所に転移が確認されています。現状では、余命はおよそ一年でしょう」


淡々と告げられた医者の言葉は、まるで他人事のように聞こえた。

しかし、その一言一言は確かに俺の胸を深く突き刺していた。


俺の名前は中川紡なかがわつむぐ

どこにでもいる、ごく普通の高校二年生――少なくとも、今日の朝まではそうだった。


最初は「首にしこりがある気がする……」程度の軽い違和感だった。

両親に相談すると、念のため病院に行こうと言われ、深く考えもせず受診した。

まさか、自分が癌だと診断されるなど、思いもしていなかった。


「……癌? 嘘ですよね? 俺、まだ十七ですよ。冗談にしても笑えないですよ」


必死に否定した俺に、医者は首を横に振ることもなく、ただ事実を告げる。


「冗談でこのようなことは言いません。リンパ節から骨髄、肝臓にも転移が見られます。現状は、かなり厳しいと言わざるを得ません」


書類に視線を落としたまま、医者は感情を交えずに説明を続ける。

その声を聞きながら、俺は自分が本当に癌なのだという現実を、否応なく受け入れさせられていた。


頭の中には「死」と「余命一年」という言葉だけが浮かび、それが何度も何度も繰り返される。

考えれば考えるほど、不安と恐怖が膨れ上がっていった。


「俺は……死ぬんですか? あと、一年で……」


自分でも驚くほど弱々しい声だった。


「そうならないために、我々医者がいるのです。これから一緒に治療を頑張っていきましょう」


その言葉は励ましのはずなのに、俺の心には素直に届かなかった。

余命一年という現実と、自分が死ぬかもしれないという可能性――その二つだけが、頭の中を支配していた。


病院を出たあと、俺は一人で電車に揺られながら家へ向かった。


窓の外には、夕暮れに染まる赤焼けの空が広がっている。

流れていく景色を眺めながら、必死に気持ちを落ち着かせようとするが、頭の中は今後のことでいっぱいだった。


自分の病気のこと。

余命のこと。

家族や友人たちに、どう説明すればいいのか。


死に対する恐怖と、病気に対する不安が重なり、胸が締めつけられる。

気づけば、頬を一筋の涙が伝っていた。


怖い。

死にたくない。

どうして俺が、こんな目に遭わなければならないんだ。


将来やりたいことも、叶えたい夢も、まだ何ひとつ形にしていない。

それなのに、すべてを残したまま死ぬかもしれない――そう考えるだけで、心が押し潰されそうになる。


どうしようもない気持ちを胸に抱えながら、涙を拭う。俺が見つめる赤焼けの空は、少しずつ夜に飲み込まれていった。


駅に着き、改札を抜けると、2月の夜の冷たい空気が肌を刺した。

時刻は18時を過ぎており、外はすでに暗くなっていた。



「……帰らなきゃ」


小さく呟いた声は、誰にも届かない。


家までの道は、何度も歩いた見慣れた道のはずなのに、今日はやけに遠く感じた。

コンビニから漏れる笑い声や、部活帰りの学生たちの姿が、まるで別の世界の出来事のように思えた。


家の前に立つと、窓から漏れる温かな光が目に入る。

その光を見ただけで、胸が苦しくなった。

だが、逃げる事はできなかった。


「……言えるのか、俺」


ドアノブに手をかけても、すぐには開けられなかった。

この扉の向こうには、今までと同じ日常がある。

けれど、自分だけはもう、元の場所には戻れない。


しばらくして、意を決してドアを開ける。


「ただいま……」


「おかえり、紡。遅かったわね」


母の声は、いつも通り優しかった。

何も知らないその声が、余計に胸を締めつける。


「病院、どうだったの?」


その一言で、抑えていた恐怖や不安な感情が一気に溢れ出した。

喉が詰まり、言葉が上手く出てこない。


「……母さん、俺……病気なんだ」


その夜、父の帰宅後、家の中は重い沈黙に包まれた。

診断のこと、余命のことを伝えるたび、両親の表情が変わっていく。


母は泣き、父は唇を強く噛みしめていた。


「……治療は、あるんだろ?」


父のその言葉に、俺は小さく頷いた。


「うん……でも、正直、怖い」


「当たり前だ」


父はそう言って、俺の肩に手を置いた。

その手は、わずかに震えていた。


「でもな、紡。お前は一人じゃない。家族がいる。医者もいる。

最後まで、諦めるな」


その夜、布団に入っても眠れなかった。

天井を見つめながら、俺は考える。


もし本当に、残された時間が限られているのなら――

俺は、どう生きるべきなのか。


恐怖から逃げ続けるのか。

それとも、短くても意味のある時間にするのか。


答えはまだ出ない。


そんな時、頭の中に幼馴染のいろはの顔が浮かんできた。

本当なら来月のいろはの誕生日に好きだと告白するつもりであった。

自分の想いを伝えてよいものなのか…


そんなことを考えながら、俺は静かに目を閉じた。




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