魔々ならないMy妹

青より蒼し

第1話 キミはMy妹

「ねぇ、おにいちゃん……。ワタシ、こんなにチョロくないから――」


 心地のいい、流れるようなタイピングの手が止まる。

 凍てつくような空気が、時が止まったかと錯覚させるほど部屋は静寂に満ちていた。

 先ほどまでこの部屋に自分以外の気配は無かった……はずだ。 なのになぜあの女の声が?

 

 嫌な予感とともに恐る恐る気配を辿る。先ほどの声の方向へと意識を集中させる。すると、俺の後方、ベットが存在する位置にわずかに人の気配がした。

 

 おかしい、この部屋は内から鍵をかけており、今は密室のはずだ。誰かが外から入るなんてありえない。なのになぜその気配はいつの間にかそこに当たり前のように存在しているのか。

 こんなことできるのは、いや……わざわざ鍵のかかった俺の部屋なんかに侵入する物好きは俺の知っている限り1人しかいない。

 

 俺はキーボードの上に置いていた手を下ろし、ゆっくりとお気に入りの回転機能付きゲーミンチェアを百八十度回転させる。

 すると、目の前に俺のベットで悠々と本を片手に読みふける一人の少女がいた。

 

 艶のある美しい黒髪。それを左右で束ねたツインテールは肩ほどまで伸びており、少し幼さを感じさせる。けれど、不健康なほど白い足はこちらを挑発するように組まれており、否が応でも視線を釘付けにされてしまう。

「貴様、なぜここにいる!? いや、そもそもどうやってこの部屋に忍び込んだ? 鍵は閉めていたはずだぞ!」

 そんな俺の反応など想定通りだと言うように、女はふてぶてしい態度でその怪しい輝きを放つ漆黒の瞳をこちらに向けてきた。


「相変わらず愚かね、おにいちゃんは……。あの程度の錠なんてワタシの前ではあって無いようなものよ」


 不敵な笑み。そして絶対の自信。

 一見華奢なその体躯に秘められた威圧感は、まだ齢十五の少女のそれではない。


「まさか……貴様、魔眼を開眼させ――」


 言いかけた、その時だった。


「――って、そんな事はどうでもいいの!」

 

 そう言って、女は勢いよく読んでいた本を閉じ、

「ねぇ、おにいちゃん。これは一体どういうことかしら?」

 と、読んでいた本を指さす。

 それは、どこかで見た様な……否、むしろ心当たりがありすぎる一冊のライトノベルだった。


 タイトル『僕にだけ冷たい妹忍者を甘やかしたら案外チョロかった件』

 著者『プーマコウタロウ』


 それをみた瞬間、全身から心地の悪い冷たい汗が噴き出す。心臓の律動が一気に加速し、心がかき乱される。

「っ!!」

 思わず声にならない声が漏れるが、わずかに残った理性をどうにかかき集め、必死に心を静めようと試みる。

 

 (落ち着け――、ここで焦ってはいけない。大丈夫、大丈夫だ。俺の名は風摩木ノふうまこのは。由緒ある風摩家の血筋であり、現代で密かに生きる忍びなのだ。そしていまこそ忍びとして耐え忍ぶ時……)

 

 俺は無理矢理ながらも心を落ち着かせ、目の前で汚物を見るような目で自分を見ている女……いや、妹の婀花羽あげはに反撃する。


「なっ、ななっ、なんだよ。そんなの、たっ、ただのラノベじゃないか。べっ、別に、変な所なんてなにも……」

 必死の努力もむなしく明らかに動揺を隠せない俺を見て、婀花羽はいたずらげな笑みを浮かべる。

 

「ふーん。あらそう、あくまでも認めない気なのね。いいわ。なら、別にワタシがここでこの本を朗読しても、お兄ちゃんには何の関係もないわよね?」

「!!」

 婀花羽はそう言って再び本を広げると、その細い指先でページをパラパラとめくり、幼さと妖艶さが入り混じった様な蠱惑的な声音でとある一文を読み上げる。


「僕にだけいつも冷たいと思っていた妹は、その実ただ素直になれないだけだった。だから僕が優しく接し続けると、時折耐えきれなくなったようにお兄ちゃん大好きと甘えてくる。ああ……なんてチョロ可愛いのだろう。最強の忍者である妹の唯一の弱点は、どうやら最弱の兄らしい――」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!! やめろーーーー。それ以上はやめてくれーーーー」


 もう既に俺のライフはゼロだった。駆け引きにすらならなかった。

 17年間生きてきて、世の中にこんな羞恥のあまり死にたくなる拷問があるなんて初めて知った。

 俺は顔を真っ赤にしながら膝から崩れ落ち、倒れ込むように自室の床に手をつく。

 それはもはや妹への完全なる敗北を意味していた。


「へ〜、なら、認めるのね? プーマコウタロウ先生――」


 その名に思わず体がピクリと反応する。

 そう、この作品は……この『僕にだけ冷たい妹忍者を甘やかしたら案外チョロかった件』という本は、何を隠そう俺のラノベ作家デビュー作なのだ。

 

 もはや言い逃れはできないと、俺は顔を上げ、なけなしの反逆心で自分を見下ろす妹を睨みつける。

「どうして……そのことを」

 けれど婀花羽は、そんな兄の惨めな姿をとても愉快そうに見つめている。このドS女め。

「ふふっ、これだからおにいちゃんは。本当にワタシにバレないと思っていたの? おにいちゃんのことでワタシが知らないことなんてあるはずが無いじゃない」


 さも当然のことの様にそんなことを言ってくる妹に、俺は半ば恐怖心を覚えた。嫌な汗が滴り落ちる。

 (まさか、この部屋に盗聴器でも隠されているのか? いや、流石にこんな妹でもそこまではしないはず)


「さぁ、どうかしらね?」

「……」

(えっ!? 俺まだなにも言ってないよね!?)


「あの〜、婀花羽さん。まさかとは思うけど、もしかしてキミ、俺の心が読めたりする?」

 半信半疑でそんなことを聞いてみる。そんなことあるわけないが、この妹ならありえなくもないのが怖い。

 

「あら、おにいちゃん、ワタシが忍びの間でなんて呼ばれてるか知らないの?」

 

「なにっ! まっ、まさかお前、その年でもう二つ名持ちなのか!?」

 

「その反応……やっぱり知らなかったのね。まったくおにいちゃんは、忍びとしての自覚がほんと足りないんだから……」

 

 そう言って婀花羽は心底呆れた声音で面倒くさそうにその名を告げる。

「――千里眼の婀花羽。それがワタシの二つ名よ。もうっ、忍び界隈じゃこの名を知らない人なんてほとんどいないっていうのに……なんでその兄が知らないのよ」

 

 なんだか不服そうな婀花羽を前に俺はただただ一人混乱していた。

 

(千里眼の婀花羽!? おいおいちょっと待ってくれ、いつの間に妹にそんな二つ名が? 確かに……最近執筆で忙しくて任務とかサボりまくってたけど。――ていうかちょっと待て、千里眼って確か遠くのものや人の心を見透かす力だったよな。なら俺が妹もののラノベ作家ということだけじゃなくて、俺がなにをなにしているところとかも見えていたりするのか!? なにそれ、もうお嫁にいけない)

 

 そんな最悪の事態に思い至った俺の顔が絶望のあまり真っ青に染まる。それをみかねたのか、その千里眼で心の内を察したかのように婀花羽は、

「はぁ~、またおにいちゃんが馬鹿なこと考えてるって大体察しがつくのが妹のさがよね~。まぁ、おにいちゃんのそういうところ嫌いじゃないけど……。でも、安心していいわよ、千里眼なんて呼ばれてるけど別に遠視ができるとか、そんな能力ワタシにはないから。ただ読心術と情報分析力が他の人より長けてるからみんなが勝手にそう呼んでるだけ」

 

 その言葉にようやく俺は落ち着きを取り戻す。

「えっ! そっ、そうか。そう……だよな、千里眼なんて馬鹿げた力あるはずないよな。――うん。まぁ、別に、俺にやましいところなんてなにもないんだが……」

 そんな取り繕った言い訳をする兄を呆れた目で見下す妹に、俺はいち早く話題を切り替えようとふと気になった質問を投げかける。

 

「あっ、そういえば婀花羽に二つ名があるってことはさ、もしかして兄の俺にも二つ名ってあったりする感じ?」

 先ほどまでとは打って変わって今度は婀花羽に期待の眼差しを向ける。

「ええ、まぁ……、あるにはあるわよ」

 

「マジで!! どんなのどんなの? かっこいい系? あ~それとも中二病系の痛々しい感じかな~? ま~恥ずかしいけど、わりとそういうのも嫌いではないというか――」

 

 すると婀花羽は先ほどとは打って変わり、少し困ったような表情を浮かべながら、

「本当に知りたいの?」

 と、問うてくる。

「なんだよ、当たり前だろ、二つ名なんてかっこいいじゃん」

 少年のように瞳をキラキラさせている兄を前に、婀花羽はこれ以上の問答は無駄だと察したのか、一度深く息を吸う。そして何かを決心したかのように最近その女性らしさを発揮しはじめた発展途上の胸を張り、恥ずかしそうに視線をそらしながらつぶやいた。


「自宅警備員木ノ葉……」

 

「……」

「――えっ!? ごめん、ちょっとよく聞こえてなかったぽい。もう一度頼む」

 

「はぁ~。だーかーら、自宅警備員木ノ葉だってば」

「……」

 

「はっ! えっ? ちょ、ちょっと待ってくれ……。ん? 自宅警備員? ふっ、ははっ、おいおい、どうしたんだ婀花羽? 今日は冗談のキレが悪いな、こんなの誰だって冗談だってわかるぞ」


「ええ……本当に、冗談ならどれだけよかったか……」

 いつもならここで俺に対して皮肉の1つでも言い返すのに、婀花羽はそんな事をいいながら思い詰めた表情で、天を見上げるように天井を見上げていた――。

 

「えっ? もしかしてもしかしてだけど、冗談……じゃない?」

 

 婀花羽は無言でゆっくりと首肯する。

 

「はぁぁぁぁぁぁ! なんだよそれ、意味分かんねぇよ。 なんで? なんでそんな名前に?」

 すると婀花羽は冷ややかな視線をこちらに向け、

「だっておにいちゃん、ここ最近忍びの集会どころか親戚の集まりにも参加せずにずっと家に引きこもってたじゃない。任務だって適当な理由つけてサボってたでしょ! そのせいで最近あいつは心を病んでひきこもりになったってみんなにいわれてたのよ」

 

 

「――うっ! 確かに……最近は作家になったせいで締め切りに追われる毎日で――って、じゃあなにか、人付き合いが悪いせいでこんな二つ名つけられたって訳か?」

「そうね、そうなるかしら。ホント……こんな馬鹿みたいな理由で二つ名つけられたの、忍びの歴史上おにいちゃんだけよ。まったく、身内の恥ね」

 前代未聞の恥、そんな哀れな兄を見つめる妹の冷ややかな視線。

 

「そんな……、そんなのって、そんなのってないだろ~~」

 あまりの馬鹿馬鹿しさに俺は再び4つん這いになってうなだれる。

 まったく、なんて日だ。妹に妹系の作品を書いているラノベ作家だということがバレたあげく、忍びとして冗談みたいな二つ名を既につけられていたなんて。

 

 (なにが自宅警備員だ、あいつら人をとことんばかにしやがって。だから忍びのしきたりなんて嫌いなんだ)

 

 もう今日何度目かの絶望に打ちひしがれていると、ふと部屋の鳩時計が17時の時報を鳴らし始める。

 

「あっ! そんなことよりお兄ちゃん、今日はこれから忍びの集会があるんだからさっさと着替えなさい」

 こんな時に母親みたいなことを言ってくる妹。その瞳には一欠けらの情も感じられない。

「おいおい、そんなことよりってお前、もう少し悲しみに打ちひしがれる兄に優しくしてくれてもいいんじゃないかい?」

 

「あら、人に優しくしてもらいたいならもう少し自分の行動を顧みなさい。今日だってお兄ちゃんがサボらないようわざわざワタシが迎えにきてあげたのよ! むしろ感謝して欲しいぐらいだわ。それに、今日は必ず連れて来いってワタシがおじい様にきつくいわれてるんだから。――ほらっ、さっさと着替える!」

 

「はっ、はい。わかりやした~。――クソッ、あのジジイいつかぶっ飛ばしてやる」

 言いながら嫌なジジイの顔を思い出して胸糞が悪くなるが、妹が怖いので手早くTシャツにパーカー1枚羽織った部屋着を脱ぎ外出用のお気に入りのポロシャツを探す。

 ようやく見つけたと思ったその時、ふと、クローゼットのドアに貼ってある貼り付けタイプの姿見に、先ほどの俺が作者のラノベを読みふける婀花羽の姿が映り込む。

 

(しまった!! ――油断した)

 

 まだ着替え途中だったにもかかわらず、俺は上半身裸の状態で反射的に本を奪いに婀花羽へ襲いかかる。

「おいっ、やめろ! その本を読むんじゃない!」

 

「え~、別にいいじゃない。これはこれで、シスコンの頭の中をのぞいているみたいで読心術の勉強になるのよね~」

 婀花羽はそんなことを言いながら器用に本を奪い取ろうとする俺の手を腕の動きだけでかわし続ける。けれど俺も忍びのはしくれ、負けじと必死に手を伸ばす。そしてようやく本を掴んだ――と思ったその瞬間、手を無理に伸ばしすぎたせいでバランスを崩し、婀花羽に覆い被さるようにベッドに倒れこむ。

 

 唐突な出来事に少し混乱するも、無事本を奪取した俺は、早く上体を起こさねばと腕に力を込めゆっくりと婀花羽から体を離す。

 その際、なんだか湿り気のある柔らかい感触が胸板あたりに触れていたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

「すまん、婀花羽、大丈夫か?」

 この件に関して別に俺は悪くないはずなのだが、ついつい謝ってしまう。何か予想外なことが起こると謝ってしまうのは日本人の癖なのだろうか? だが、取り消そうにももう遅い。しかたなく俺は甘んじて下で押しつぶされていた妹に罵られる覚悟をしていたのだが、

 

「「……」」

 

 ふと、視線が重なり見つめあってしまう。

 目と鼻の先に婀花羽の顔があり、微かな息遣いが聞こえてくる。

 

「「……」」

 

 お互いうまく言葉が切り出せず、俺たちはしばし時が止まったかのような静寂に包まれていた。

 こうしてよく見ると、自分の妹ながらその整った人形のような顔立ちに思わず見とれてしまう。

 それになんだかいつもと違って頬が少し赤いような? でもまぁ、さっきまで押し潰されていたのだから、圧迫されて一時的に赤くなっているのだろう。

 ふっ、ここで熱があるんじゃないかとおでこに手を伸ばし、「おにいちゃんのヘンタイ!!」っと罵られ、容赦なくぶん殴られるみたいな展開になると思ったかい? 俺はそんな鈍感ではないのだよ。さすが俺である。

 

 だが、そんな馬鹿なことを考えていたその時――、

 

「はっくしゅん!」

 唐突に出た俺のくしゃみを皮切りに、時が再び動き出す。

 

「ねぇ、おにいちゃん。一体いつまで上半身裸で妹をベッドに押し倒しているつもりなのかしら? そんなに豚箱に入りたいの?」

「ごめんなさい、通報だけは勘弁してください……」

 


 

 


 

 

 

 

 

 


 


 

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