あしたばに変えて

スイスイ

第1話

野菜は嫌いだ。

特にあしたば。

葉っぱはシナシナで苦くて、茎を噛んだ時のショキ…とした音も歯の奥でイーッとなる。

僕はあしたばが大嫌い。



授業が終わって僕は毎日の楽しみ、給食の献立表を覗きに行った。

クラスメイトが何人か集まっていて、ワイワイ嬉しそうにはしゃいでいる。

今日はそんなにいいメニューなのか!

そう思ってルンルンで駆け寄り、背伸びをして献立表を見た。


《ご飯・コロッケ・明日葉のお浸し・スープ・牛乳》


コロッケ………明日葉のお浸し。


…「明日葉」


(あしたば!?)


その献立を見た途端、僕の抱いていた淡い期待はドン底に急降下していった。

僕の大嫌いなあしたばが、給食のメニューに出ているではないか!

最悪だ。コロッケなんかどうでもいい。なんでみんなそんなに笑っているんだ。


キーンと耳鳴りがして、気が遠くなるような感覚に陥った。

絶望した僕の気はいざ知らず、クラスメイトは和気あいあいとコロッケに喜んでいる。

中には腕まくりをして、コロッケじゃんけんに備えている者もいる。

そういえば今日は、僕の後ろの席の佐上くんと、一つ席を挟んだ廊下側に座る鹿元くんが休みだから、コロッケは二つ余るのか。


(いや待て、そんな事はどうでもいい。僕はあしたばで頭がいっぱいなんだ!)


余計な思考を振り払い、あしたばを避ける手段を考えて頭をフル回転させる。

僕の辿り着いた答えはシンプルなものだった。


よし、給食当番さんに言って、あしたばだけ抜いてもらおう。


そう決めた僕は強い意志を持って、給食を受け取る列に並んだ。

あしたばをよそう係は誰だろう。

列から少しはみ出して、あしたばの前に君臨している奴を探す。


ところが、僕の目に映ったのは、あしたばをトングで掬う女の子。

僕の好きな隣の席の女の子、沙耶ちゃんだった。

僕は絶望した。


よりにもよって、沙耶ちゃんに「あしたばを抜いて」なんてカッコ悪いこと、言えるわけない。

子供っぽいなんて思われたくない!

でも待て、言わなきゃ僕が、あの恐ろしい緑色の野菜を口に運ばなければいけなくなるじゃないか。


言え、なんとしてでも言うんだ。

「あしたばはいらない」と。


緊張と恐怖のプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、僕はおぼんを取って、ご飯、コロッケをお皿で受け取り、あしたばを持つ沙耶ちゃんの前に立ちはだかった。


「あ、瞬くん! 明日葉のお浸し、どのくらいがいい?」


沙耶ちゃんは、あしたばをトングで掴んで、にっこり笑いかけてきた。

僕は沙耶ちゃんの可愛さと、嫌われたくない恐怖に打ちのめされた。


「? 瞬くん」


なのに、不思議そうに僕の顔を覗き込む沙耶ちゃんが目に映った途端、僕の口は勝手に動いていた。


「大盛りで!」


白い歯を見せるようにニッカリ笑って、僕は人生で初めて、自分の心に嘘をついた。


「大盛りで食べるの? かっこいいね!」


沙耶ちゃんは僕に可愛らしい笑顔を向けてきた。

そして、恐ろしく積まれたあしたばを僕に差し出した。

僕は、沙耶ちゃんから「かっこいい」と言われた嬉しさと、おぼんの中に収まったあしたばに目眩がした。


断れなかった。格好をつけてしまった。

額に冷や汗が滲んでいく。呼吸も心なしか荒い気がする。

手のひらに爪が食い込んだまま、おぼんを机の上に置いて深呼吸する。


絶望の最中、僕は思いついた。


(そうだ、残せばいいんだ!)


僕は沙耶ちゃんにバレないよう、お皿の上に大量に盛られたあしたばを残すことにした。

幸い、沙耶ちゃんの席は、班にした時、背中合わせになる位置だった為、急いで他のご飯をかき込めば、なんとか凌げるだろう。


それに気づいた途端、僕は余裕な気持ちになった。

ところが、そんな僕の余裕をぶち壊したのは、先生の一言だった。


____


「御園ー!」


低い声で僕を呼ぶ先生の声が聞こえて、慌てて振り返った。


「はい? なんですか」


「後ろの席の佐上が、インフルエンザかもしれなくてな。御園の席も消毒するまで使えないことになった。だから、えーと」


「御園の席はー、綴山の隣に行こうか」


ガァン! と重い鈍器で頭を殴られた気がした。

先生が指定した席は、沙耶ちゃんの真隣。

つまり僕は、沙耶ちゃんの目の前で、この山盛りのあしたばを食べなければいけなくなった。


空気の抜けるような声が、はくはく、と喉から漏れ出た。

言い訳無用、抜刀。

自分の心に嘘をついた僕に、バチが当たったのだ。

沙耶ちゃんに格好をつけるためだけに、大嫌いなあしたばを、食べたくなかったあしたばを……大盛りにしてもらった罰。

僕はギュウッと固く目を瞑り、懺悔した。


____


「あれっ? 瞬くん、ここの席なのね!」


いつのまにか号令はかかり、給食当番も白衣を脱いで座っていた。

びっくりした顔で、目を丸くした沙耶ちゃんが僕を見て、笑いかけた。


せっかく沙耶ちゃんが話しかけてくれているのに、僕の頭の中は、あしたばを食べることへの恐怖で、まともに返事ができなかった。


手を合わせてくださーい!


「「「「いただきます!」」」」


全員の大きな声を合図に、コロッケじゃんけんを開始した猛者たち。

コロッケを美味しそうに口にかき込むクラスメイト。

沙耶ちゃんも、ちびちびと大事そうにコロッケを食べていた。


僕は震えた手で箸を取り、あしたばへ手を伸ばす。

大盛りと言った以上、最初に食べなければ矛盾が生じる。


(もうこれしかないのか……!)


僕は震えた手で、あしたばを掴んだ。

口に運ぼうとしたその瞬間、突然沙耶ちゃんが口を開いた。


「…ね、瞬くん」


「ほへっ?」


緊張と恐怖でおかしくなっていた僕は、沙耶ちゃんの前だと言うのに、間抜けな声をあげて、あしたばをお皿の上に落とした。


「あのね、私実は、明日葉苦手なんだあ」


ぺろっと舌を出して、ちゃめっ気たっぷりに言う沙耶ちゃんのお皿には、あしたばがのっていなかった。

僕はびっくりした顔で、沙耶ちゃんの顔を見つめた。


「…実は、俺も明日葉苦手!」


「実はあたしも……」


なんと、さっきまで明日葉なんて気にせずに、コロッケを口に運んでいた班の子達が、次々と沙耶ちゃんに同調していく。

沙耶ちゃんは微笑みながら、口を開いた。


「突然ごめんね。もしかして明日葉、瞬くんも苦手なんじゃないかなって思って……。」


僕はドキリと、心臓が震えた。


「え……、なんで」


「だって、瞬くん、明日葉見つめてる時だけ、顔真っ青だよ?」


沙耶ちゃんは可笑しい、というようにフフフと笑って、あしたばを僕のお皿から、三分の一ほど取っていった。


「瞬くん、私が明日葉食べる前提で量を聞いちゃったから、断りづらかったでしょ? これでおあいこだね!」


そう言って僕に微笑みかける沙耶ちゃんは、天使に見えた。

僕は、あしたば云々よりも、誰かから与えられた優しさに、心がどんどん暖かくなっていくのを感じた。


「綴山、取ったの? じゃあ俺も!」


「うん、あたしも食べる! 痛み分けだね」


他の班の二人も、僕のお皿からあしたばを取っていって、僕のお皿の上のあしたばは、通常より少し少ない量になった。

僕はクラスメイトの優しさに、涙が出てきそうな思いだった。


「ありがとう、みんな……」


ニコニコ笑った班のみんなに、震えた声で、心の底から感謝を伝えた。

僕らは顔を見合わせて、箸であしたばをひと束掴み、せーのでパクッと口に放り込んだ。


やっぱり、あしたばは苦かった。

前と変わらず、茎のショキショキした部分も苦手だ。

でもなんだか、僕の心に広がった幸福感に、あしたばの苦味は丁度いい気がした。


そして僕の、あしたばのイメージには、友情の暖かさが加わっていた。

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