こうやって私の隣に夫は居るけれど……
縞間かおる
<これで全部>
病棟に隣接したラウンジで
テーブルに置かれたリモコンを
手に取ったのは私の方。
正月も3日になって
ようやく夫が面会に来たというのに
ラウンジの壁に備え付けられた大きなテレビを点けて
映し出された正月番組に
私は笑ってみせる。
そしたら、夫はようやくスマホから目を離し
私ではなく
画面を見た。
「コイツ 面白く無いんだよな。マンネリで……」
「そうなの?」と言う私の問いに
「ああ、このあいだ同じネタを観た」と返すその不用意さに
私は“突っ込み”を抑え切れなくなる 。
「へええ~あなた、バラエティ番組なんて観てたっけ?」
「ん? ああ……お前が居ないと家ん中、シン! として寂しいんだよ」
「寂しいって言ったって……どうせ“寝に帰る”みたいなものじゃない。ご飯だって居酒屋でしょ?」
「んな事はねえよ! 『晩飯はコンビニ弁当』ってのも板に付いて来たんだ」
「そうかな……こないだのクリスマスの日、あなたのスーツには“外のお店”のニオイとシミが付いていたわよ」
「ああ、あのスーツは忘年会の日も着ていたからなあ……それに弁当はコンビニで温めてるんだから」
「だから?」
「帰ってソッコーで食ってんだ。おおかた弁当のツユかソースが跳ねたんだろ」
私はそれには答えないで
また、テレビのつまらないネタに笑ってみせる。
「お前……幸せなヤツだな……」
「そうね、やる事なくて……すっかりテレビ好きになったから」
と悪戯っぽい顔を造り、呆れ顔の夫にウィンクする。
「まあ……しっかり養生して病気治せよ」
「ええ……頑張るわ」
でも私は画面から目は離さない。
軽いため息と共に夫は肩を竦めたのか……
私は横向いてそれを確かめる事はしない。
だってスマホに囚われるのは現代人の習性だし……
「クリスマスイヴに遅くまで帰れない仕事って何なの?」とも聞かない。
聞いたところで……それこそ何になる?
私が分かっているのは……
イヴの午後9時からのテレビ番組でも、このネタを
夫がそれをどこで観ていたかは……知る由もない。
その日も病院のパジャマ姿で抗がん剤の点滴に繋がられていた“ネギ坊主”の私は……
とうに『女』という看板が外されていて……どんな相手にだって“負け”は確実だ。
こんな……そのうち立ち枯れるであろう私なんかの所へ曲がりなりにも夫が見舞いに来てくれるのは……親戚付き合いで入らされた高過ぎる生命保険のおかげだろう。
そう!
すべてを精算しても充分に余りあるその保険金が……
誰も見舞いに来ないが故に同室の人達や看護師に対して肩身の狭い思いをする事から……
唯一、私を守っていてくれる。
「ああ、そこの自販機でテレビカード買ってくれない? そうねえ~3枚くらい」
私が夫を当てにするのは……せいぜいこんな事くらいだ。
おしまい
こうやって私の隣に夫は居るけれど…… 縞間かおる @kurosirokaede
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