涙の理由

春野訪花

涙の理由

 その絵画の前までやってきた時、私は思わずメガネに手を伸ばしていた。

 メガネのレンズを通して見るのがもったいないような気がしたのだ。

 メガネがない絵画は、当然にぼやけて見えた。だけど、より鮮明に見えた。

 一歩、二歩と歩み寄る。

 絵の具の膨らみが、まるで海面のように不規則に波打っている。照明に照らされ、「波」が煌めいている。

 そんな中、一番目を引かれたのは、描かれている少女の涙だった。

 少女の涙は、一際立体感があった。何度も絵の具を塗り重ね、厚みが出ている。

 そんな涙を流す少女、その彼女の表情はほとんどが見切れていて見えない。わかるのは鼻から下。それだけ。目元は描かれていない。

 涙の色は、白っぽい。だけど、よく見てみれば、一言では形容出来ない。

 影の部分や、透明な液体の向こうに透ける肌色、それらが感じ取れる。その上で、「白っぽい」としか言えない。


 色は重ねるほど黒くなるという。


 じゃあ、この涙は。

 重なっている色が、何一つ互いを邪魔することなく、涙を存在させているのか。

「…………」

 限界まで、「ここから先には入らないで」の線まで、足を進める。

 少女の口元は笑っていない、でも悲しみに沈んでもいない、絶望してもいない。

 そういえば、絵画のタイトルを読んでなかったことを思い出した。

 視線を下ろし、額縁の下に飾られたタイトルを読み上げる。


『涙の意味は教えない』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

涙の理由 春野訪花 @harunohouka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ