「あれ、言ってなかったっけ? 二人、許嫁だから」「あ、あと同棲ね」――高1最後の登校日、幼馴染一家との食事会で親に爆弾を落とされました

さまたな

第一章 幼馴染が許嫁でした

第1話 聞いてないんだが!!?

それは、まだ背の順で一番前だった頃の記憶だ。

夜の空気は少し湿っていて、境内には甘いりんご飴の匂いが漂っていた。

提灯の光が風に揺れるたび、影が地面を泳ぐように動いていた。


人のざわめきの奥で、屋台の呼び込みが遠くでこだましている。


――桜庭大和は、手の中の赤い紐をじっと見つめていた。


「はい」


目の前で小さく首を傾げるのは、遠坂紬。

物静かで、あまり感情を表に出さない子だった。

でも、その瞳の奥には言葉よりも正直な光が宿っていて、時々どきっとさせられる。


「これ、あげる」


「……くれるの?」


「うん。つむぎ、好きそうだったから」


祭りの景品、赤い紐のリボン


本当はお母さんのプレゼントにしようと思ったけれど、彼女が景品を見つめる一瞬の目の輝きを見て、自然と差し出していた。


紬は両手で赤い紐を受け取ると、少しだけ目を伏せ、それから「大切にする」と小さく呟いた。


提灯の光の下、彼女はその紐を髪の横――耳の上に結んだ。

赤が黒髪に映えて、まるで灯火のひとつみたいだった。


「ねえ」


「なに?」


紬はじっと僕を見た。

提灯の光がその瞳の中で小さく揺れて、まるで火の粉が宿っているようだった。


「これ、約束の印にしていい?」


「約束?」


聞き返す僕の声は、少し笑っていた。

けれど、彼女の声は思っていたより真っ直ぐで。


「大きくなったら、けっこん、するって」


その瞬間、世界の音が少し遠のいたような気がした。

夜風が木々の葉を揺らす音、花火の破裂音、屋台のざわめき。

ぜんぶが彼女の言葉の後ろに霞んでいく。


僕は少し考えて、それから照れ隠しのように笑った。


「うん。わかった。やくそく」


紬は目を細めて、小さく笑った。

その表情が、なぜだか胸の奥に焼き付いた。


「……約束、破ったら、許さないからね」


あの時の声だけは、不思議なくらいはっきりと覚えている。

甘いりんご飴の香りとともに、あの夜の記憶は、ずっと胸の奥に残った。





ーーーーーーーーー



下校 ― 高校一年生・三学期の終わり


三月の風はまだ冷たかったけれど、校舎の隅々に春の匂いが漂っていた。

くすんだ冬の日々が溶けていくようで、なんとなく浮き立つような気分になる。


チャイムが鳴り終えるころ、教室の空気には“一区切り”の名残があった。

椅子を引く音、笑い声、別れの挨拶。


「じゃあ、またな」


「おう、四月に」


友人たちの言葉を背に、僕はゆっくりと立ち上がる。

バッグの肩紐を整えながら、窓の外を見ると、日に傾いた校庭の影が長く伸びていた。


「一年って、早いな……」


そんな独り言が自然とこぼれる。



「大和くん」


振り返ると、少し離れたところで紬が立っていた。

整った顔立ち、黒髪の長い髪。制服の上に白いマフラーを巻いて、風に揺れる。




「…一緒に帰りましょう」


「うん、帰ろうか」



並んで歩く帰り道。

道端には梅の花が咲き始め、夕陽が花びらの影を細長く落としていた。



どこまでも平凡な時間。なのに、なぜだか少しだけ胸が温かくなった。



ーーーーーー


夕焼けが街を茜色に染め、どの家の窓にもほんのり明かりが灯り始めていた。

靴を脱いだ瞬間、冷たい玄関のタイルが足の裏に触れる。


「ただいま」


返事はない。

リビングの照明は点いていたが、母の姿は見えなかった。

カウンターの上には、まだ湯気の残るコーヒーカップと、開きっぱなしのノートパソコン。


『外出中。すぐ帰る。外に行くから制服のままでいてね』


メモ用紙の端に、母らしい走り書きが残されていた。


制服のまま?

その言葉に小さく首を傾げる。


普段なら「先に着替えなさいよ」のひとことが飛んでくるタイプだ。


よく考えると、「外出」と「制服のまま」は、どうにも繋がらない。


「……まぁいいか」


僕は独りごちてから、自分の部屋へ行き、鞄を机に置き、ベットに深く座り込んだ。

夕方の光が窓のカーテン越しに差し込み、部屋の空気をほんのりオレンジに染めている。


時計を見ると、針は五時を回ったところ。

紬と別れてから、まだ数分も経っていない。

ほんの少し前まで一緒に歩いていた彼女の髪の揺れや、風に混じる柔らかな匂いが、まだ記憶の奥に残っていた。


僕は無意識に、指先で机の上をなぞった。

目に映る何もかもが淡くぼやけて、まるで一枚の古い写真のように遠く見えた。


僕は机の引き出しを開けた。

一番奥には、小さな箱がある。

中には、幼い頃、祭りの夜に当てた射的の景品――木製のキーホルダー。


角の少し擦れた木肌を指でなぞると、当時の笑い声や灯の揺れがすぐそばで蘇る気がした。


「……懐かしいな」


ふっと笑ったその時、玄関のドアが開く音がした。


「大和ー? 帰ってる?」母の声だ。


「うん」


「ああ、よかった! 準備して。すぐ出るから」


「準備? どこに?」


「いいから。着替えなくていいの。洒落たお店なのよ」


「は?」思わず聞き返す声が裏返った。


「何それ」


「ほら、お祝いだから」


「いや何のお祝いなんだよ……」


母は笑って誤魔化すように玄関にカバンを置き、口紅の色を鏡の前で直した。

その横顔がいつもより少し落ち着いているように見える。


「お父さんも向こうで合流するから。遅れないで」


言い終えると同時に、軽やかな足取りで先に車へ向かっていった。



テーブルの上に残ったキーホルダーの木片が、淡い光を受けてわずかに艶めいて見えた。

僕はそれをそっと仕舞い、深呼吸をした。


なぜか、その夜が“何かの節目”になるような気がしてならなかった。


「……お祝い、ね」


玄関を出る。

街の灯がちらちらと揺れて、遠くで犬の鳴き声がこだました。




駅近くの和食料亭に着くき、木の扉を開けた瞬間、香ばしい出汁の香りが包み込んだ。




「いらっしゃいませー。桜庭様ですね、ご案内します」


店の奥に進んで行き、案内された部屋の襖を開けると

遠坂家がすでに待っていた。

すでに盃を置いた手元には、お品書きと季節の小鉢。


「あら、大和くん。制服のまま、よく似合ってるわ」



紬も同じ制服姿で、すでに座っていた。

紬は黒に近い濃紺の羽織を制服の上からまとっていた。

スカートより少し長いその布が、膝の上で静かに揺れる。

頬はほんのりと染まっていて、膝の上で手を落ち着かせようとしている仕草が少し可愛らしかった


「ふふ、まるで入学式みたいね」


桜庭由紀――母が笑うと、父が静かに盃を置いた。


「一年、お疲れさま。節目だからな、みんなで食事でもと思って」


遠坂家の父、正臣さんがゆっくりと頷く。

その隣の麻衣子さん――紬の母が柔らかい笑みを浮かべた。


「それに、あの話、早く決めとかないと」


「?」


「あれ?いってなかったっけ」


僕が箸を止めると、母があっさりと笑顔で続けた。


「大和。あんた、小さい頃に紬ちゃんと約束してたでしょう?」


「……約束?」


麻衣子さんが少し懐かしそうに頷く。


「あのとき、聞こえてたのよ。ふたりが“けっこんする”なんて」


「あ!?」


僕は思わず頭を抱えた。

父が苦笑しながら盃を置く。


「可愛かったぞ。あの日、みんなで笑ってな。けどな――正臣さんと俺、ちょっとした冗談で“じゃあ本当に許嫁にしとくか”って言っちまってな」


「……え?」


「それが、思ったより正式になっちゃって」


空気が一瞬、凍った。

紬は黙っていた。けれど、どこか達観したように落ち着いている。


「つまり……俺と紬が、許嫁ってこと?」


母が楽しげに頷く。


「そういうこと。昔の約束を、正式にってね」


「いや、そんな急に言われても……!」



頭の中が追いつかない僕に、紬がふと口を開いた。




「……別に、今さらですよね?」


「え?」


「約束しましたよ。ずっと前に」


ほんの少し寂しげな笑み。

彼女の指が、無意識に耳のリボンを触れていた。


「紬ちゃんね」麻衣子さんが優しく言葉を添える。


「ずっと楽しみにしてたのよ」


紬は小さくうつむく。

赤い紐のリボンが、光を受けて微かに揺れる。



「……でも」


紬のかすれた声が聞こえた。


「そういうのは、ちゃんと決めたいって、ずっと思っていました。

大和くんは、その、



ーーーーー


会話は両家の冗談や近況報告へ

けれど、紬と僕の間にだけ、目に見えない距離が生まれていた。



両親たちの笑い声を背に、僕はちらりと隣の紬を見る。

彼女は静かに箸を動かしていたが、表情はどこか遠くにあった。


その横顔は、あの夏祭りの夜と同じ――けれど、もう戻らない時間のようにも見えた。


濃紺の羽織、スカートより少し長いその布の揺れ方までもが慎ましくて、年齢より少し大人びて見えた。


「そういえば」


母が不意にこちらを見た。


「早く家、決めないとね」


「……は?」


「だから、新しく住むところ」


「いや、俺、今、、、ん?」


何を言ってるんだ、この人は。


けれど父は、まるで当然のように言葉を続けた。


「ああ、説明してなかったか」


「してない。まったくしてない」


「でも、知ってるだろ? 許嫁って言っても、形式上だ。しばらくは同きょーーー」


「ど、同居!?」


頭が真っ白になった。

紬も驚いたようにこちらを見た。

けれど、すぐに視線を伏せ、頬を少し赤らめたまま何も言わなかった。


父が真面目な声で続ける。


「大和、お前ももう十七だ。お互いをちゃんと知る時間が必要だろう。それに……俺たちの世代ではな、約束を形にするというのは、けっして無駄じゃない」


「大丈夫だ!学校にはokをもらってるし、金ならあるぞ!」

 紬父が頷きまくっている

 

 いやまてそういう問題じゃないだろ


母が微笑む。


「安心して。同じ部屋だから」


「いや、もっと問題でしょ!」


麻衣子さんが静かに笑った。


「うちの紬、料理もひと通りできるのよ。きっと大和くんの役に立つわ」


「え、ちょっと待って、いつからそんな決定事項に!?」


返事を求めるように紬を見ると、彼女は少しだけ頬をふくらませ、小さく呟いた。


「……反対じゃありませんけど」


その言葉に、鼓動が一瞬だけ跳ねた。


「つむぎ……それはどういう?」


「昔の約束。実現するのなら、それはそれで、嬉しいから..,..」


そう言って、彼女は少しだけ笑った。

その笑みが、泣き出しそうなくらい優しく見えた。


両親たちは楽しげに次の段取りを話し始める。


住宅街の候補、通学の距離、生活費の分担――淡々と進む現実的な話。


「よし、明日にも物件を見に行きましょうか」


僕は返事もできず、ただ手元の湯呑みを見つめた。

茶の表面に、赤い紐がゆらめくように映っていた。





その夜。料亭の外に出ると、夜風が少し冷たかった。


「少し、寒いですね」


紬がマフラーを巻き直しながら言った。


「ああ、そうだな」



夜の街はまだ早い時間の賑わいを残していて、通りを過ぎる車のライトが遠くのビルの窓に反射していた。


少し冷たい風。紬のマフラーがふわりと浮かび、彼女の髪の端が頬をかすめる。


「あの、、少し歩きませんか?」


「ん、わかった」


二人の影が歩道に伸びて、時折、街灯の明かりで重なったり、遠ざかったりした。


何かを言おうとして、僕は口を開きかけては、また閉じる。

紬も同じように沈黙を抱えているようだった。


そうして小さな交差点の角を曲がった瞬間――。


「あの……大和くん」


紬が立ち止まった。

ほんのわずかに息を整えるように、胸の前で両手を重ねる。


「ん?」


紬は視線を下げたまま、ゆっくりと深呼吸した。冷たい空気が白く揺れ、吐息が夜に溶けていく。

しばらく沈黙が流れ、それでも彼女は何かを探すように唇を噛んでいた。


「春休み、時間……ありますか」


「ある、よ」


思わず素直に返した声が、風にかき消されそうになる。

紬の瞳が、そこでほんの少しだけ僕の方を見た。


「でしたら」


彼女は、耳の赤いリボンにそっと触れた。

指先が震えているのがわかる。

まるで、あの赤い紐そのものに彼女の想いが宿っているみたいだった。


「で、デートを、しましょう」


僕は、瞬きを忘れた。

夜の街の音が遠のく。車の音も、人の気配も、全部静まり返ったように感じる。


「で、デート……?」


「はい」


紬は真剣なまなざしで頷いた。


「ちゃんと、気持ちを整理したいんです」


その言葉は、まるで春の初風のように穏やかに胸に届いた。


「私も……大和くんも」


掛け値なしの声だった。薄暗い街灯の下で、彼女の頬が少しだけ赤く染まるのが見えた。

どんな意味をそこに込めているのかまではわからない。


けれど、その一言に、彼女なりの誠実さと、何かを終わらせる決意、そして新しく始める勇気が混ざっていた。


僕は小さく息を吐き、ゆっくりと頷いた。


「……わかった。行こう。春休みに」


紬の肩が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。

風が二人の間を通り抜け、赤いリボンが夜の光を受けてひらりと揺れる。


紬はふっと微笑んだ。


「じゃあ……楽しみにしてますね」


「ああ」


夜の空には、細い三日月が浮かんでいた。

その光が、まるで新しい始まりの印のように、静かに僕たちを見下ろしていた。





ーーーーーーーーーーーーーー


紬のキャラデザは鳴潮の千咲をイメージです







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