契り。あなたさえいれば

昇華

第1話 手を握って

鎧をまとった屈強な男たちの嗚咽が、戦場を覆い尽くしていた。

膝から崩れ落ち、声も上げられず泣く者。


「殿……殿……!」


そう叫び、縋りつくように泣き伏す者。

皆に慕われ、皆を導いてきた一人の男が、今まさに命の灯を失おうとしていた。


そのとき、早脚で地を打つ馬蹄の音が近づいてくる。


-----ユイ様だ。


男たちは一斉に顔を上げ、駆け寄ってきたその姿を見た。

涙に歪んだ顔に、言葉にならぬ苦悶が重なる。


馬上の人物は、かつて「カンレイの宝石」と称された母に瓜二つだった。

肩に届く黒髪は絹のように艶やかで、真珠のように白い肌。

深い黒の瞳を縁取る長い睫毛。

鎧に身を包んでなお、その身体の線は細く、儚げですらあった。

とても男とは思えぬ美しさ。


名はユイ。

今、命尽きようとしている将軍セイカの、ただ一人の弟である。


ユイは馬から飛び降り、兄のもとへ駆け出そうとした。


「兄様……兄様……」


しかし、胸を締めつけるような予感に足が竦み、恐怖に膝が抜ける。

地に手をつき、這うようにして最愛の人へ向かう。


「兄様……嫌だ……嫌だ……兄様……」


周囲の部下たちは、誰一人として手を差し伸べられずにいた。

ユイにとって、兄セイカがどれほど大切な存在か-----

それを誰よりも知っていたからだ。


実の兄弟でありながら、深く、深く愛し合っていた二人。

その絆は、軍の誰もが知るところだった。


やがて、一人の部下が涙に濡れた顔で膝をつき、手を伸ばした。


「ユイ様……セイカ様は、ユイ様の到着をお待ちでした……

ユイ様が来るまで、必死に……。さあ……」


その言葉に背中を押されるように、ユイは兄のもとへ辿り着く。


目に飛び込んできたのは、胸元を深く斬られ、血に染まったセイカの姿だった。


セイカは、カンレイ屈指の美男子と謳われた父に生き写しだった。

運命の皮肉か、兄は父に、弟は母に-----

それぞれが亡き親の面影を宿していた。


「兄様……!兄様……!

嫌……嫌だ……置いていかないで……!

一人にしないで……離れたくない……!」


血に濡れた身体に縋りつき、ユイは叫ぶ。


「早く医者を呼べ!何をしている!」


細く、それでも凛とした声が戦場に響いた。


「ユイ……やっと来たか。遅かったぞ。

お前が来るのを、待っていた」


ユイは顔を上げる。

その瞬間、セイカの大きな手が、ユイの頬をそっと撫でた。

壊れ物を扱うように、愛おしくて仕方がないものに触れるように。


嗚咽に喉を詰まらせながら、ユイは必死に兄を見つめる。


「ユイ……よく聞け。

俺の後を追うことは許さない。

軍を……城の皆を……頼む……。

いいな……これは、命令だ……」


言葉は何一つ返せなかった。

ただ、最愛の兄が死へと近づいていく現実に、全身を震わせ、泣き叫ぶことしかできない。


「ユイ……愛している……」


頬を撫でていた手が、力なく地に落ちた。


「ああ……!ああ……!

嫌だ!嫌だ!兄様!兄様!

嫌だ!!兄様!!

早く医者を呼べと言っているだろう!!」


震える声で、側近の一人が告げる。


「ユイ様……殿は……セイカ様は……お亡くなりになりました……」


「嘘だ!!

まだ心の臓は動いている!!

医者の首を刎ねるぞ!!

早く……兄様を……お願いだから……助けて……」


大将軍として、人として、誰からも愛されたセイカの死。

側近たちもまた声を失い、肩を震わせ、静かに涙を流した。


「兄様‥手を、手を握ってよ‥!」


まだ温もりの残る亡骸にしがみつき、

ユイの悲痛な慟哭だけが、いつまでも戦場に響き渡っていた-----

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