廃棄場の錬金術師は、天気を喰らう
神代ゆうき
第1話 黒雷の涙(ブラック・ボルト)
廃棄場に、
うず高く積まれた空瓶がある。
くすんだ朝日に反射して、
きらきらと光るそれは――
遠目には、宝石の山みたいに見える。
だが俺にとって、ここは
最高級の「スパイス棚」だ。
「……しけてやがるな」
拾い上げた瓶の底に、
澱(おり)のような『酸性霧』が溜まっている。
普通なら、喉を焼くだけのゴミ。
だが指ですくって舌に乗せると、
ピリつく刺激の裏に、
重たい苦味が隠れていた。
――昨日拾った
『汚染された雷雨』の放電熱で、
この苦味を一瞬焦がしたらどうだ?
王族が飲んでいる
「ピーチ風味の朝焼け」なんかより、
ずっと喉にガツンとくる
労働者向けの強壮スープになる。
「ピーチ味も、朝焼けも……
じいちゃんの昔話でしか知らないけどな」
煤のついたシャツで鼻を拭い、
俺は瓶を抱えて、
街外れの小さな自分の店へ向かった。
◇ ◇ ◇
店は、排熱ダクトが吐き出す
熱気にうなされる路地裏の突き当たり。
錆びたトタン壁。
看板の代わりに、
壊れた気圧計がぶら下がっている。
扉を開けると、
オゾンの匂いと湿った空気が鼻を突いた。
棚に並ぶ『汚染雷雨』の瓶が、
紫色の光を不規則に瞬かせている。
カウンター奥では、
じいちゃんの形見の気象圧縮機が
鈍い音を立てて眠っていた。
「ただいま。
いい酸味、拾ってきたぞ」
棚の最上段には、
埃をかぶった小さな丸瓶がある。
中身は、
じいちゃんが死ぬ間際に残した
幻の『虹』の欠片。
「これだけは食うな」
そう言われたまま、
俺はまだ、封を切っていない。
◇ ◇ ◇
昼どきになると、
店は一気に騒がしくなる。
「おい、ソラ!
いつものやつ!」
「はいよ。
特製、スパイス曇天(グレイ・ボム)だ」
煤まみれの男が瓶を奪い、
一気に飲み干す。
肺の奥で、
微かな放電が弾けた。
「……染みるぜ。
腹の底から力が湧いてきやがる」
「きいたか?最近、
“青空”がまた値上がりしたらしいな」
「ありゃ”青空”じゃねえ。
超薄めた香料入りだ」
「それでも、
俺らにゃ一生縁がねえけどな」
俺は笑わない。
「腹を満たしたいなら、
薄い空じゃ足りねえ」
「泥混じりの雷の方が、
よっぽど血になる」
男たちは、
腹の底から笑った。
◇ ◇ ◇
客が引いたあと、
店に滑り込んできたのは
廃棄場で瓶を拾っている子供たちだった。
「ソラにぃ、これ……」
差し出された小瓶の底に、
わずかな黄金色が残っている。
「お、夕暮れか。
ラッキーだったな」
俺は厨房で、
壁に残った夕焼けを丁寧に掬い取る。
少しだけ、
じいちゃんの秘蔵品――
『ひだまりのシロップ』を足した。
機械が唸り、
淡いオレンジ色の輝きが生まれる。
戻ると、
子供たちの手には
夕焼け雲の綿あめがあった。
「わあ……!」
「甘い!」
「太陽の匂いがする!」
無邪気な声が、
店いっぱいに弾ける。
「……食ったら、
歯ぁ磨けよ」
俺はそう言って、
背を向けた。
◇ ◇ ◇
その直後だった。
黒塗りの馬車が、
音もなく店の前に止まった。
白手袋の男が降り立ち、
鼻を押さえながら言う。
「……お前がソラか」
「王宮へ同行願おう。
陛下が、お前の料理を所望されている」
俺は、
棚の最上段を見る。
虹の隣に置いた、
漆黒の瓶。
中で、
銀色の火花が絶え間なく爆ぜている。
一口舐めれば、
人生が壊れる猛毒。
俺はそれを、
『黒雷の涙(ブラック・ボルト)』と呼んでいる。
「……案内してくれ」
「お口に合うかどうかは、
保証しないがな」
◇ ◇ ◇
王宮の大広間は、
嘘みたいに澄んでいた。
玉座の前に、
漆黒の皿を置く。
「――献上いたします」
王は、
ためらいもなく一口を口に運んだ。
その瞬間。
王の瞳から、
空が消えた。
俺は静かに、
次の皿を差し出した。
廃棄場の錬金術師は、天気を喰らう 神代ゆうき @pupukushi0423
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