文明アーカイブ
@dook
過去を読む者
過去は、帰らない
取り戻せない
この手を、すり抜けていく
だけど…
過去を、読み解くことは出来る
警察本部、その奥に設けられた特殊警察課
無機質な空間の中でヒールを履いた足を組み、一人の女性が書類を見ていた
窓から差し込む光が、彼女の顔を照らし、長いまつ毛の影が彼女の頬に落ちている
「明澄、貴様には新たな任務を受けてもらう」
「また、事件が起きたのかい?」
女性の言葉に茶髪の男性…明澄は笑って首を傾げる
緩んだネクタイ、柔らかい笑み
彼も特殊警察官の一員だ
異能力者による事件に特化した異能力特殊課に所属している
「ああ。今回起きた事件は…異能力者による、犯行である可能性が高い」
「ふぅん?」
明澄は目を細めた
異能力による事件は後を絶たない
「被害者は数人。街中で突然発火し、死亡。周囲に火元は無し。遺体の調査を行なっているが…詳しいことはそこに書いてある」
明澄は書類を受け取り、目を通す
商店街の一角で起こった事件で、被害者の身元は現在、調査中
アスファルトに焦げた跡が残っているのが写真に写っていた
「…これは、現場に行って調査する必要がありそうだね」
彼はそう言って書類を戻す
デスクの上に紙が重なる
「貴様は物の記憶を読み取ることが出来る…なるほど、そういうことか」
女性、安蘭の言葉に明澄は笑って頷いた
「現場には、まだ証拠品になるものが残っているかも知れないからね」
足取り軽く、彼は出て行こうとする
「待て。今回の任務は、貴様だけでは無い」
彼女はそう言って呼び止めた
明澄は振り返って怪訝そうにした
「…まさか」
「この異能力者と組んでもらう」
硬い革靴の足音がオフィスに響く
「月夜だ。異能力は…物を操る」
黒髪の月夜と名乗った彼は鋭い目で明澄を見た
無骨な雰囲気の青年だった
明澄は彼の腰を指差す
「君…腰に差しているのは?」
「刀だよ、見て分かんねぇか」
無愛想に月夜は答える
「模造刀だ。護身用だよ」
「いやいや、それでもダメじゃないかい!?」
明澄の突っ込みに安蘭が淡々と補足する
「一応、認められてはいる。異能力者との戦闘になった場合、必要になるだろう」
明澄は困惑まじりに月夜を見た
「テメェも拳銃持ってんだろ。それと一緒だよ」
「…クセがある新人みたいだね」
明澄はため息まじりに呟き、肩をすくめた
「能力と実力は本当だ。こうして、異能力事件に対処する特殊警察になるくらいにはな。貴様らで事件を解決してみせろ」
安蘭はそう言って二人を送り出す
「…はぁ、やれやれ。彼女はいつも、無理難題を押し付けて来る」
扉を出て、廊下を歩きながら明澄はぼやく
彼は月夜の方へ顔を向けた
「互いの能力について、共有しておきたいのだけれど…まず、俺ね」
彼は自身の手をひらり、と振ってみせる
「俺は触れた物の対象の、記憶を読み取れる。これは無機物でしか発動しない」
明澄は眉を下げ、笑った
「それと…一度に見過ぎるとパンクする。見る記憶は、選べないんだ」
「デメリットが多いな」
明澄は挑発的に月夜を見る
「へぇ?なら、君はどうなんだい?」
「俺は…無機物を操ることが出来る。一度に操れる量は限られてる。重すぎるもんも無理だ」
顔を顰めて、彼は言った
「なるほどね」
明澄は頷き、自身を指差した
「俺は、調査担当。君は荒事対処ってわけだ」
にっこり笑って月夜を指差す
「…」
月夜は嫌そうに眉を寄せ、無視して歩き出した
「難しすぎる。反抗期なの?」
明澄はため息をつく
「ま、バディになってしまったんだし…仕方ない」
呟いて、彼の後を追った
「ここが、事件現場か」
明澄は辺りを見渡す
商店街の一角。平日の昼下がりだというのに、人通りは途絶えていた。本来なら賑やかなはずの通りが、静寂に包まれている
アスファルトには、黒く焦げた跡が残っており、未だ事件が解決していないことを様々と感じさせた
周囲には、黄色のテープが貼られ、通行止めされている
月夜と明澄は、テープを潜り、中へと入った
「被害者の遺品とか、残ってないかな」
「服とかは焼けたんだろ」
短く返しながら、月夜は背後や建物の陰へと鋭い視線を走らせる。警戒を解かないその姿とは対照的に、明澄はしゃがみ込み、地面に近い位置から丁寧に痕跡を探し始めた
「資料によると、目撃者もいたらしいけど…共通して、人が突然燃えた、周囲に火元はなかったって証言しているんだ」
周囲の商店街のシャッターは閉じられ、臨時休業の張り紙が出されている
月夜は顎に手を当て、考え込む
「過去に似たような事件は無いのか」
「うーん、少なくとも日本には無いね」
「つまり、日本警察も把握して無い、もしくは該当する事件が無いってことか」
明澄は小さく頷いた
「そういうこと」
ふと、明澄は気づく
焦げた地面に、指輪があることに
手に取り、内側を見る
そこには名前が彫られてあった
「これは…結婚指輪?」
「燃えても溶けずに残ってあったのか」
月夜が納得したように呟いた
「これの記憶を見れば…」
明澄は目を閉じ、指輪を握り締める
能力が発動し、色と音が溶け合い、過去の景色が流れ込んで来た
瞼の裏にぼんやりと指輪の記憶が浮かび上がる
事件が起こる、ほんの少し前まで遡ってーー
(あれは…うっ)
違和感に気づいた時、頭に痛みが走った
明澄は思わず顔を歪める
「どうした」
「いや…途中で限界が来た」
頭を押さえ、息を整えながら明澄は見たものを報告する
「事件が起こる前、不審な人間がいた。そいつが指を鳴らした瞬間、被害者が燃えたんだ」
「…指を鳴らすのが、能力発動のトリガーか?どんな人間だった」
月夜の言葉に明澄が首を振った
「そこまでは…フードを被っていて、見えなかった」
明澄は疲弊した声で答える
よろけた明澄の腕を月夜が素早く掴んだ
「…ここで闇雲に能力を使ったところで、これ以上の情報は無さそうだな。戻って報告するぞ」
「ああ、そうだね」
明澄は月夜と共に戻ることにした
黄色いテープを再び潜り、事件現場を後にする
その時に、気になることを尋ねた
「君は以前から、能力があったの?」
「…突然、能力が開花した。そんで、ずっと隠して生きていたが…あの安蘭って女に、うちでその能力を使えと」
「彼女に拾われたのか。彼女は、異能力を見抜く能力を持っているからね」
明澄が安蘭の能力を説明する
二人は大通りに出た。大通りには人が多くいた。サラリーマンが足早に歩き、主婦が買い物袋をぶら下げている
「…俺は、ある組織を追っている。だから安蘭の誘いに乗って警察になった」
月夜は足を止め、低い声で呟いた
「それってどういう…」
明澄が尋ねたその時、
「きゃああっ!」
大通りから外れた細道から女性の悲鳴が聞こえた
「…!こっちだ!」
「行こう!」
二人は同時に駆け出す
ビルとビルの隙間にある、日の当たらない路地。そこには、一人の女性と人型の化け物がいた
巨大な体の皮膚は、マグマのように赤く脈打ち、溶け落ちるたびに熱を放っている
地面に滴った液体が、ジュウッと音を立ててアスファルトを溶かしていく。煙が立ち上り、焦げた臭いが鼻をつく
「…ひぃっ!」
女性は細く悲鳴をあげ、凝視している
後ずさる彼女を異形が追い詰める
手を伸ばす異形の腕を、刀が斬り落とした
「グオオォ…!!」
「両腕とも、斬ってやるよ」
刀が宙を舞う
月夜は刀を操り、遠距離から攻撃を仕掛ける
「君!下がって!」
女性に指示を出し、明澄が拳銃を構える
「あ、貴方達は…!?」
女性が突然現れた二人を見て、目を丸くする。
「早く!」
女性は頷き、慌てて明澄の後ろに隠れた
化け物が、月夜と明澄を認識し、二人の方を向く
「も…もエろ!!」
掠れた声と共に火が噴き上がり、瞬く間に周囲を炎が囲む
熱気が肌を刺し、空気が歪む
「逃げ場を塞がれた…!」
明澄の顔に焦りが浮かぶ
「なら、あいつをぶった斬ればいい」
月夜の手に、刀が戻る。彼は柄を握り、構えた
「あのマグマ人間が、事件の犯人だろ」
月夜は駆け出し、異形の腕に刀を振り落とが、避けられ、腕を振りかぶって来る
短刀が何処からか現れ、その攻撃を塞いだ
チリ、と火が近くで燃え、月夜の髪を掠めた
「…チッ、やっかいだな」
月夜が後ろに下がり、距離を取る
彼の周囲に短刀が浮遊する
異形が月夜に近づき、腕をもう一度振ったその時、明澄は引き金を引いた
パァンッ!
発砲音が路地に響く
異形が気を取られたその一瞬をつき、月夜がマグマ人間を斬った
「グ、グアアッ…!」
煙が発生し、マグマのような赤い肌が、人間の肌へと戻っていく
異形は能力が解除され、人間の男の姿に変わった
「…!俺が記憶で見た、フードの不審な男だ!」
明澄が見たものと一致している姿だった
周囲の火も、いつの間にか消えていた
「よし、こいつを署に連行す…」
その時、空間の一部が、揺らいだ
「…!?」
二人は揃ってそちらを見る
そこには一組の男女がいた
男は肩にトレンチコートを羽織っており、知的な印象を受ける
だがその瞳には狂気が渦巻いていた
華奢な体つきの女の子はゴスロリを着ており、まるで人形のような無表情を浮かべている
「そちらのお嬢さんを、渡してもらえるかな?」
男が薄く微笑んで、手を差し伸べる
明澄の後ろで震える女性に向かって
「…!あ、貴方達は…!」
どうやら認識があるらしく、彼女は怯えながらも男を睨んだ
「何だ?このマグマ人間の仲間か?」
月夜が尋ねると、男のそばに佇んでいた女の子が月夜を鋭く睨んだ
「違います。私とその蛮族を同じにしないでくださいませ」
凛としたソプラノが氷のように冷たく響く
「君達の目的は何だ?何故彼女を狙っている?」
明澄は拳銃に指をかけ、間合いを保ったまま問いかける
「彼女に…彼女の能力に、用があるのだ」
その言葉に目を見開き、明澄は彼女を見た
「君、異能力者だったのか!?」
驚いて尋ねる明澄に彼女は首を振る
その目には混乱が浮かんでいた
「わ、私…記憶が無くて…覚えてないんです。私の能力がなんなのか、何故この人達が私を狙うのか…」
「覚えてない?記憶喪失か?」
月夜が彼女を見て呟く
彼女が、嘘をついているようには見えなかった
「…君達は、何者だ?」
明澄は低い声で問う
「俺達は、異能力者のための世界を創る為に異能力者を集めているのさ」
男がそう言って、腕を広げる
「異能力者のための世界…?」
月夜が怪訝そうに眉を寄せた
「人類が何故、異能力を得たと思う?それは異能力者が新人類だからさ!異能力がバレれば化け物扱い!抑えなければならない!だが、力は使われたがっている!」
男は不敵に笑った
月夜は黙り込んだ
その隣で、明澄は男を睨む
「力を持っているものは、弱者の為に、力を使わなければならないのか?旧人類達に合わせて生きるのには、ウンザリなんだ!」
男は両腕を広げて歌うように口にする
「俺達は力そのものなんだ!俺達の為の世界を作ろう!そこは秩序の無い、力がすべての世界!真に自由な世界だ!」
「君の意見は極端だ」
明澄は冷静に言い放つ
男は気にした風もなく、笑って続けた
「変化が無ければ、進化は無い。これは革命さ!世界は一度、白紙に戻すべきなんだ」
明澄は女の子に目を向けた
「君は…それでいいのかい?」
「いいとは?」
彼女は小さく首を傾げ、淡々と答える
「私は、煩わしいことを好きません。人と関わることも、異能力者だからと恐れられ、力を求められることも、役割を押し付けられることも」
彼女のため息が、静かに零れた
「世界が今のままでいいと言うのなら、何故苦しむ人間がいる?世界は不完全だ。俺はそれが我慢ならないのだよ」
男はぽつりと呟いた
彼の顔に一瞬だけ、影が差す
だが、瞬きをした次の一瞬には、幻の様に消えていた
「わ、私は貴方達に協力する気はありません…!」
女性が震えながらも、強気に睨む
「俺もだよ」
「協力する理由がねぇ」
明澄が言うと、月夜も頷いた。二人は男を見据える
「これが最善策だと思うのだけれど…君達はどうやら違うようだ。でも、君達もそのうち気が変わると思うよ?」
笑って言った男の雰囲気が変わった
「起き上がれ」
目を細め、一言そう命じると、先程倒した男が糸で操られたかのように起き上がる
「なっ…!さっき倒したばかりなのに…!」
「操る能力、か…?」
二人は即座に武器を構えた
男は愉悦に満ちた声で言った
「君達の戦いを見ていたが…何故力をもっと解放しない?だから弱いんだ」
「…あ?舐めやがって」
月夜が男を睨む
一歩前に踏み出し、柄を握る
「よせ!挑発に乗るな!」
明澄が月夜の肩を掴み、諌めた
「君の実力を引き出すんだ。やれ!」
男が命令すると、燃え上がった炎が男性を包み込み、異形の姿に戻る
「グ、グァ…グオオォッ…!!」
異形が吠える
ビリビリと空気が震え、身体が吹き飛ばされそうになる
マグマが先程よりも勢いを増す
「…チッ、あいつの言うことに反応してんのか…?とにかく、やるしかねぇ」
月夜は舌打ちをして、刀を構え直す
「もっぺん倒す!」
真っ直ぐに踏み込み、刀を刺そうとするが、腕を振るわれ、吹き飛ばされる
「…ぐッ!」
「月夜!!」
壁に激突した月夜に明澄が叫ぶ
壁に亀裂が入る。瓦礫が崩れ、煙が立つ
明澄は振り落とされた腕を避けながら拳銃を撃つ
「グオオォッ!」
当たった異形は叫び、マグマが周囲に散る
飛び散ったマグマが地面に落ち、ジュウッと音を立てる
「…!弾が切れた」
明澄が拳銃の引き金を引いても、出てこない
その隙を突いて、異形が明澄に襲いかかる
「グオオォン!!」
「…ッ!」
明澄は目を見開いた
その時、太刀が割り込んだ
ガキィン!
金属音が路地に響く。刀が異形の腕を受け止め、火花が散る
見ると、壁に激突していた月夜が太刀を操り、攻撃を塞いでいた
崩れた瓦礫を踏み、月夜が煙の中から現れる
スーツは焦げ、破れている。額から血が流れていた
彼は乱暴に血を拭う
「…叩き斬ってやる!」
目に光を灯し、月夜は叫んだ
刀が空に浮かび、彼の周囲を舞う
そして、再び異形を斬った
一閃、二閃、三閃と連撃がマグマの体を切り刻んでいく
「…ッ、グアァッ…!!」
異形は崩れ落ち、人間の姿に戻った
炎が消え、煙だけが残る
「いいね!いいね!素晴らしい!その力だよ!君達は俺の期待以上だ!俺は君達を気に入ったよ!」
男は嬉しそうに目を輝かせた
まるで無邪気な子供のように笑う
「君達は俺の運命の好敵手だ!」
「何が運命だよ、気色悪い。運命なわけあるか」
月夜は男を睨みつけ、冷たく吐き捨てた
「…そうかな?俺は運命だと思うがね?心がそう感じたんだから。俺は運命は定められたものじゃない、変えられるものだと思うよ?自分で決めるのさ。運命にしていくものなのさ」
彼は頭に指を当てて、語る
月夜は男の言葉を繰り返した
「運命は、運命にしていくもの…?」
「そうさ。自らでこれこそが運命だと信じ、選択し続けて前に進み…後から振り返ってみれば、これが運命だったと知るのさ。それを人は確信と呼ぶのさ」
男はそう言ってニヒルに笑った
月夜と明澄は武器を構えたまま、男を睨む
「いつまで遊んでいるつもりです?」
凛とした声で女の子が男に言う
「おや、すまないね」
「長居は不要です。参りますよ」
眠たげな目の女の子がそう言って手を振るうと、路地裏が光に包まれ、二人の姿が薄くなっていく
「待て!」
「お前達は、誰なんだ」
月夜の問いに光の中、男が振り返る
「名前?名前なんてどうだっていいじゃないか。そんなのはただの認識識別記号でしか無い。だがまぁ、無いと不便だと言うなら俺のことはそうだなぁ…」
彼は呟き、向き合う
「零と呼んでくれ」
笑ってそう言うと、隣にいる女の子に目を向けた
「彼女…いや、彼は…」
「私は星と申します。こんな格好をしておりますが、私は男です。ただの趣味ですが」
星は最後に、スカートの端を持ち上げ、優雅にお辞儀をした
「皆さま、ご機嫌よう」
「また会おう、諸君」
零は笑って手を振り、星と一緒に消えた
「くっ…!逃げられたか」
伸ばした手は空を切り、明澄は悔しげに呟いた
「…さっきのはテレポートか?」
月夜が顎に手を当てる
「分からないが…君は、大丈夫かい?」
気持ちを切り替え、明澄が女性に声をかけると、女性は戸惑いがちに頷いた
「は、はい…先程は助けていただき、ありがとうございました」
ペコリと二人に頭を下げると、不安そうに瞳を揺らした
「あの、貴方達は…?」
「俺達は、特殊警察だよ。君は…?」
「私はまりと言います」
明澄が警察手帳を出す
まりは自己紹介をし、胸に手を当てた
「私…気がついたらあの人達のアジトにいて…記憶は無くても、よく無いことになりそうだから、逃げたんです」
「君は…あの集団のアジトを知っているのかい!?」
「う…ごめんなさい、必死で逃げたので…正解な場所は…なんとなくなら、分かりますが」
明澄は真剣な顔で言った
「君を重要参考人として連れていく。俺達のボス…安蘭さんが、君の能力を判明させられると思うよ」
「ほ、本当ですか…!」
明澄は頷いた
「君の記憶に関しては…力になれないと思うけど…」
「そう、ですか…」
まりは目を伏せる
「いえ、でも…行きます。自分を知りたいんです」
「分かった、なら行こう」
明澄は息をはき、微笑んだ
「じゃ、こいつも連れて行くか」
月夜は男を肩に担ぎ、歩き出す
そのまま、三人は警察本部にまで戻ることにした
「異能力特殊警察課…?」
まりの言葉に安蘭が頷いた
「いかにも。ここでは異能力に関する事件を取り扱う。ここに所属する者は全員、異能力持ちだ」
まりは全員を見渡した
明澄、月夜、安蘭と揃っている
月夜は先程の戦闘で負った傷の手当を受けていた
彼の額には白い包帯が巻かれている
「異能力者は…一般的なんですか?この特殊警察課も公の物なんですか?」
「本当に、記憶が無いのだな…」
呟いた安蘭にまりが申し訳なさそうにする
「すみません…記憶が無くなって逃げ出すまで、ずっとアジトに居たので…」
俯く彼女に安蘭は腕を組み、鷹揚に言った
「いや、構わん。事情があることは分かっている。…ここには、そんな人間しか居ないからな」
安蘭はまりに説明する。窓の外はすっかり暗くなっていた
蛍光灯の白い光だけが、室内を照らしている
「異能力者は人類の全体の数%しか居ない。異能力が発生したのは…今から数十年前のことだ」
安蘭が思い出すように、窓の外へ視線を向ける
その目はどこか遠くを見ていた
「異能力者持ちより、異能力を持っていない人間の方が多いが…稀に能力が開花することもある。命の危機に晒されたり、外的な要因によってな」
明澄は月夜を見る
(そういえば、彼の異能力は生まれつきのものでは無かったと言っていたけれど…)
過去を検索するものでは無い
明澄は黙って安蘭の言葉の続きを待った
「異能力者に対する法も進み、制度も出来たが…それでも問題は多い」
安蘭はため息をついた。その吐息には、疲労が滲んでいる
「異能力は人には向けてはならない。が、その法を破る連中もいる」
月夜はマグマ人間や、あの敵組織の二人を思い出す
「そして、異能力者に対する偏見や差別も、未だ存在する」
まりは悲しげに眉を下げた
「そうなんですね…」
安蘭は声を潜めた
「異形型になる異能力者の人権を認めるかどうかや、力に対する恐怖から、彼らは檻に入れておくべきでは無いか、せめて監視がある必要があるのでは無いか、とな」
「そんな…」
まりは息を呑む
「安蘭…それこそ印象操作になりえるよ。そう言った部分も、確かにあったけれど…今では異能力者にも人権は認められているよ」
明澄はため息をつき、安蘭の説明を補充する
彼の声には複雑な感情が混ざっていた
「歴史では、悲惨な事件もあったんだ。異能力者狩り、なんて時代も国によっては…今でこそありえないけれどね」
明澄は安心させるようにまりに向かって微笑んだ
「ああ、だが…差別が根強く残っている場所はある」
安蘭は頷き、そう話を締めくくる
まりは世界の複雑さと、残酷さを知った
「…すまない、話が逸れたな」
安蘭は気を取り直すように、咳払いをした
「貴様の異能力が判明しても、この二人が護衛するのだから安心しろ」
安蘭は明澄と月夜を指差す
「は!?」
「やっぱり、そうなるよねー…。でも、まりちゃんのことは放っておけないね」
月夜が驚き、動揺している隣で、明澄は諦めと受容を表情に浮かべていた
「…はぁ、確かにこいつはあの連中に近づく重要な鍵になるだろうしな」
月夜はガシガシ、と後頭部を掻いて言った
「では、貴様の異能力だが…」
安蘭はまりに向き合い、目を合わせる
すべてを見透かすかのような目にまりはたじろいだ
「ふむ、貴様の異能力は…異能力を強化するものだな」
「えっ!」
まりは驚き、叫んだ
「能力を強化?どうやって?」
月夜が尋ねると、安蘭は首を振った
「それは使ってみるまでは分からん」
明澄は明るい声で提案する
「なら、試してみようよ!まずは触れるとかどう?…あ、これってセクハラになるのかな」
「だ、大丈夫です!」
まりは慌てて自分から明澄の手を取った。温かい温度が手に伝わってくる
「…えっと…どうでしょうか?」
「うーん、使ってみないと分からないな」
「では、私のイヤリングに触れてみろ」
明澄がイヤリングに触れる
「…あれ、すごい!頭痛がしない!」
「なるほど、異能力のデメリットの負担を軽くする効果もあるのか。しかし、これで分かったな」
はしゃぐ明澄と納得した様子の安蘭を見比べ、まりは困惑する
「貴様の能力は、触れることで発動するようだ。私は、目を合わせることで発動する」
安蘭の言葉に月夜は頷いた
「それでバレた」
まりの能力も判明したところで、作戦会議が始まる
ホワイトボードには、複数の写真が貼られ、書き込まれている
「今月だけで、三件も異能力者による事件が起きている。一件目は、先程の発火事件。そしてもう二つが…」
書類を見て、明澄は息を呑む
「…これは…」
写真には、燃えた旗や壊れた車、血痕の残る路面が写っている
異能者同士の紛争による被害だ
「この事件は異能力者達が二つのグループに別れ、争い、一般市民にも被害が及ぶ事件だ。これは至急、解決してもらいたい」
「分かった。やるよ」
明澄が頷いた時、月夜が声を出す
「待て!この異能力者と非異能者で構成された犯罪組織…アルマこそ、調査すべきだ!奴らは長年、捕まって無い!ここで潰すべきだ!」
月夜は感情的になり、資料を握りつぶす
紙がくしゃりと音を立て、皺が寄る
彼の目には、怒りと憎しみが宿っていた
「アルマ…この街に長くある裏社会を牛耳る犯罪組織…」
明澄は、顎に手を当てる
「そうだね、月夜の言う通りにしよう」
「ああ、それがいい」
月夜は鋭くホワイトボードを睨んでいた
アルマの起こした事件のことが書かれてあり、写真も貼られている
「貴様の素性のことや、あの連中のことだが…事件を解決していけば、必ず突き止められるはずだ」
安蘭の言葉にまりは大きく頷いた
「わ、分かりました…!私も、調査に参加します!」
「うん、僕達は仲間だ」
明澄は笑った
月夜は席を立ち、書類を抱えて焦った様子で部屋を出た
「多分、アルマの事件ファイルを探しに行くんだと思う。僕らも行ってみよう」
「はい!」
月夜の後を追ってまりが出る
安蘭が明澄に声をかけた
「貴様、いいのか?…貴様は、紛争事件を調査したかったのでは?」
「いいんだ」
明澄は首を振った
「俺は、異能力が生まれながらにあった。だから制度によって今の立場が与えられた。…だけど、彼は違う。力を後から得たと言っていた」
明澄は月夜が言っていた言葉を思い出す
「…彼は、ある組織を追っていると言っていた。多分、アルマのことなんだと思う」
安蘭は長いため息をついた
「…私が貴様を置いているのは、貴様が異能力者だからでは無い」
「ああ、もちろん。分かっているよ。君は能力主義だからね。でも、だからこそ信頼できる」
明澄は微笑む。その笑顔には、長年の付き合いによる気安さがあった
「君が心配していることは分かってる。でも、俺は大丈夫だよ」
安蘭は手を振り、明澄を追い出す
「奴にも、事情があることは貴様も察しているだろう。早く行ってやれ」
「ああ」
明澄は頷き、資料室へと向かった
資料室で月夜はアルマという巨大犯罪組織の過去の事件を調べていた
資料室は昼だと言うのに薄暗い
白い蛍光灯の光が、棚にずらりと並んだファイルの背表紙を照らしていた
月夜は棚の中から事件ファイルを真剣な顔で探している
「…あった、これだ」
月夜は棚から抜き取り、アルマに関する事件ファイルをめくる
まりと明澄も一緒に覗きこんだ
「…麻薬取り引き、利息に対する取り立て…事件も数多く起こしているみたいだが…」
覗きこんだ明澄が呟く
「未だ捕まってはいねぇ」
低い声で、月夜は言った。その声には怒りが滲んでいる
「そんな犯罪組織がいるんですね…私、何も知らなかったんだな…」
まりはファイルと月夜の横顔を見て、ぽつりと呟いた
「…ん、これは…」
事件ファイルを見て、明澄は何かに気づく
「なるほど、そういうことか…」
「何だ?」
明澄に月夜が不思議そうに尋ねる
「いや、奴らの尻尾を掴む方法が分かったよ」
「は!?本当か!?」
月夜が目を見開く
「え、どうやって…!?」
まりは口に手を当てて、目を丸くした
「まずは、犯行現場に行こう。夜、海岸沿いで、異能力者達が集まるらしい。そこに行こう」
「待てよ、まずはアルマの調査が…」
月夜は反論しかけて口を開け、また閉じた
「…これが、奴らに近づくことなのか?」
尋ねた月夜に明澄は頷いた
「ああ、行こう…恐らく、俺の予想が正しければ…」
明澄はハッキリと言った
「武器の取り引きが行われているはずだ」
夜の海には、波の音だけが響いている
月明かりが海面を照らし、銀色の光が揺れている。潮風が頬を撫で、海の香りが鼻をつく
海岸沿いにある倉庫に、男達が集まっているのが建物の影から見えた
数は10人以上。全員が武装している。彼らの周りには木箱やケースが積まれていた
「…ここにいる人達は、皆異能力持ちの方達なんですか?」
「うん、間違いない」
小声で明澄とまりが話す
「…あれは…」
月夜が目を細める。重そうなケースが数人がかりで運び込まれるのが見えた
「武器を持った人間が来た…!ここで、武器の取り引きがされてたのか」
「やっぱり、思った通りだ」
明澄は小声で二人に説明する
「アルマと異能力者同士の紛争は、繋がっていたんだよ。アルマは、武器を渡して争いを起こしているんだ。彼らは起こした過去の事件の中に、武器の販売が摘発されてあったからね」
「あいつら…」
月夜が拳を握りしめて睨む。その目は、憎しみの炎に燃えている
明澄は二人に向き合った
「まりちゃんは、月夜と手を繋いでいて。俺が合図したら、月夜はあの武器達を操って」
「俺は複数は…いや、そうか」
月夜はまりを見る
「わ、私が…強化することで、一度に複数操れるってことですか?」
まりが胸に手を当て、目を丸くする
「そういうこと!その間に、俺が武器に触れて…物流先のアルマのアジトを探り、突き止める」
「それだと、明澄さんに負担が…」
心配するまりに明澄は首を振る
「いや、この作戦で君は月夜のそばにいるべきだ。危険から、守ってもらえる。俺のことは、心配しないで。月夜が気を逸らしてくれている間に、きっと突き止めてみせるから」
明澄は力強く笑った
「…おい、明澄」
月夜が明澄の名前を呼び、明澄は微かに目を見開いた
「くたばるんじゃねぇぞ」
明澄は吹き出し、眉を下げて笑った
「君も死ぬなよ。まりちゃんのこと、守れよ」
月夜は鼻を鳴らした
「誰に言ってる?当然、守り切る」
二人は笑ってハイタッチをした。暗闇に音が小さく響く
「よし、なら行くぞ」
「おう」
月夜は、まりの手を握った
大きな手が、まりの手を包む
「悪い。…頼む」
短い言葉で、まりには伝わった
体温が熱く、その手は微かに震えていたから
「…うん…!」
まりはその手を強く、握り返した
明澄が目配せをすると、月夜は頷いた
「Go!」
明澄が合図し、三人は飛び出した
敵が気づく前に、月夜はケースに入っていた武器達を一斉に操り、浮遊させる
月夜は庇うようにまりの前に出た
「何だ!?」
「武器が!」
宙を舞う武器達が向きを変える
瞬間、乾いた発砲音が重なり、弾丸が乱れ撃ちされた
銃声が海岸に響き渡る。男達が悲鳴を上げ、地面に倒れていく
「うわ、異能力だ!!」
「あれは…!!」
男達が月夜に気づく
刃物や銃が重力を無視して浮び、月夜の周りを迂回する
「一人残らず、沈める」
「ぐっ…!」
月夜が低い声で言い放ち、刃で切り裂いく
次々と男達が崩れ落ちる
「この野郎!」
飛んでくる異能による攻撃を、刀が斬る
「くらえ!」
暗闇の中を一筋の稲妻が走る
月夜が目を細め、呟いた
「電流か。なら…操れる」
彼の刀に光が走る
バチバチ、と音を立て、刃が発光する
「なっ…!異能を操った!?」
月夜は薄く笑った
彼の頭上には月が浮かび、その姿を照らし出していた
「俺は、生物以外なら操れる。…さすがに、異能は初めてだが」
月夜は電流が流れる刀を構えた
刀は光を帯び、輝いている
「…ッ、キツイな…」
暴走する力に月夜は顔を顰めた
鞘を強く握り、彼は汗を浮かべながらも不敵に笑う
「これで、片を付けてやる」
一閃。光が走り、雷鳴が轟く
月夜は稲妻が宿った刀を操り、その場にいた人間をすべて地面に沈めた
同じ頃、
「はぁ、はぁ…!」
息を切らしながら明澄は走っていた
倉庫の中に足音が響く
月夜が惹きつけている間、物の記憶を読み取る必要がある
「…!あった!」
ケースの中にあった武器を取り出す
目を瞑り、異能を使う
景色が、瞼の裏に浮かんだ
(頭、痛い…!)
頭痛と戦いながら、明澄は必死に記憶を探る
「…!」
明澄は、はっと目を開けた
明澄の目には、光の粒子が見える
それは、足跡のように何処かに続いていた
「そうか、この先に…」
明澄が、呟いたその時、
気配がして、振り向いた
発砲音がその場に響く
明澄が咄嗟に避けた先、建物の壁に穴が空いていた
「ネズミが入り込んでいたのか…始末しなければな」
「お前は…アルマの人間か」
その男はアルマの人間である証拠のバッチを付けていた
赤いバッチが壊れた蛍光灯の光を反射して光る
「我々の名を気安く呼ぶな。…国の犬め、邪魔しやがって」
明澄は拳銃を構えた
「お前たちは何故、こんなことを…!?」
「ふん、金儲けの為さ。その為に異能者の人間を研究して、普通の人間に異能を与える研究をしたりな」
明澄は怒りをあらわにし、男を睨んだ
「この外道が…!」
「異能力者に分かるか!何も持っていない人間のことなど!」
男が引き金をもう一度引こうとしたその時、
「なら、お前らのせいで力を持った俺は?」
振りかぶられた電流を纏った刀によって、男は地面に倒れた
「月夜…君は、実験体に…?」
「ちげぇ。けど、俺が開花した原因はこいつらだ」
刀を鞘に納め、月夜は明澄に歩み寄る
「俺は、普通の人間だったんだよ。けど、こいつらは…俺の家族を連れ去ろとして、抵抗した家族を殺した」
「…」
「家は、ひどいあり様だった。俺は、その光景を見て…その時初めて、能力が開花した」
月夜の声は感情を押し殺したかのように、平坦だった
佇む月夜に明澄は静かに言った
「俺は、孤児だったんだ。だけど…引き取られて、政府の施設で育てられた。安蘭…彼女とは、そこで出会ったんだ」
「…昔馴染みだったのか」
「そう。俺達は、立場を与えられたんだ。役に立てってね」
明澄は肩をすくめた
「俺の母親はさ…異能力者同士の争いに巻き込まれて死んじゃったんだ。だからとうさ…父親は、異能力者である俺を捨てたんだ」
明澄は眉を下げて、寂しげに笑った
潮風が二人の髪を揺らす。波の音が、遠くで響いている。月明かりが、二人を照らしていた
「俺も君も、アルマに巻き込まれていたんだね。…全部、繋がっていた」
「俺は…ずっと復讐したかった」
明澄は微笑み、拳を差し出す
「アルマを解体してやろう」
「ああ」
二人はコツン、と拳を合わせた
「あ、明澄さん無事だったんですね!良かった!」
まりは花咲くような笑顔で二人の無事を喜んだ。月明かりが、その笑顔を照らす
「君も無事で良かった」
「私…怖かったけど、役に立ちたくて…明澄さんも、頑張ってくれて、月夜くんも、強くて…」
彼女は胸に手を当て、息を吸う
「私は自分が何者なのか、まだ分からないけれど…知りたいから、進みたいです」
ハッキリとした声で彼女はそう言った
「うん、行こう。この先に、組織のアジトがある」
「暴れていいんだよな?」
鞘に入った刀で肩を叩きながら月夜が目を細める
「ああ、安蘭さんにも、連絡した。これで…アルマに突入出来る」
明澄が誘導し、足元に浮かぶ光の粒子を追って三人は建物へと辿り着く
コンクリートで出来た建物に窓はなく、外灯も壊れていた
生温い潮風が肌にまとわりつく
「まりちゃん。いいかな?」
「はい!」
明澄の手をまりが握る
明澄は目を閉じ、建物の記憶を読む。壁に手を当て、意識を集中させる
まず、最初に見えたのは、
(あれは…星?どうして、彼がここに…?)
遠い記憶の残像が形を持ち、過去の彼の姿を朧げに映し出す
白い壁、冷たい無機質な空間。まるで実験室のような場所に、彼はいた
彼は白衣を着た男達に引きずられ…実験台へと連れて行かれる
毎日、毎日、毎日…
薬を飲まされ、注射を打たれる中、
彼は自由を夢見ていた
小さな窓を見て、本のページをめくって、好きな格好をして…
彼の心だけは何者にも縛られず、自由だった
そんな繰り返しの毎日の中で、彼の身体に限界は訪れた
「私は、私は…ここで死んでしまうの…?そんなの嫌、誰か…誰か、助けて…!」
星は祈り、叫んだ。その声はか細く、震えていた
「大人しくしろッ!」
「嫌っ…!」
白衣の男達に腕を掴まれ、連れて行かれそうになる
星が悲鳴をあげた瞬間、声が聞こえて来た
「跪け」
引く、重みのある声
そのたった一言で、あの恐ろしかった白衣の男達が跪く
男達は皆、苦悶の表情を浮かべていた
「君達、面白いことをしているね」
余裕を含んだ声が響く
彼は微かに笑いながら、ゆっくりと歩む
白衣の男達は焦りの表情を浮かべながら、拳銃を向ける
零は研ぎ澄まされた剣を引き抜いた
銀色が反射し、男達の姿を映す
「と、止まれ!撃つぞッ!!…ぐぁッ!!」
「くっ…!うわぁッ!!」
コツ、コツ、と革靴の足音が響く
悲鳴が響く中、口元に笑みを浮かべ、彼は口ずさむ
「Requiem aeternam dona eis, Domine(主よ、彼らに永遠の安息を与え給え)」
零が進んだ後、白衣の彼らは痛みに呻き、蹲る
彼は悠々と歩き、星の前に辿り着く
「やぁ、君。共に来ないかい?異能力を解放するんだ。君は、自由に何処にでも行ける力を持っている。俺達は、力そのものなんだ」
零は笑って星に手を差し伸べた
「…私に?力が…?」
「何も知らされていなかったのかい?君には力があるのだよ」
星は、自分の身体の中で眠る力に気づき、強く願った。指を組み、願いを口にする
「私…外で、夜空を見たいの」
「いい願いだね」
零は笑っていた
まばゆい光が辺りを包み、周囲に目を向ける
零は星の異能の力に気付き、呟いた
「ああ、君は…テレポート能力の持ち主なのか」
「貴方は何故…私に教えたの」
星の問いに零は微笑む
「俺は救おうとしたわけでも、守ろうとしたわけでも無いよ。俺はただ…気に入らなかっただけさ」
彼は目を伏せ、静かに言った
「声無き悲鳴を上げている者達がいるこの世界が。だから壊したいのさ」
星は黙って彼を見上げる
「そうなのですね。私は、ただ…自由になりたいの」
目を閉じ、祈るように彼は呟いた
二人は光と共に、建物から消えた
「…明澄さん?」
まりが顔を覗きこむ
「いや、大丈夫。何でもないよ」
明澄は言いながら、先程の光景を思い返す
(星は、実験体だったのか。彼を、零は連れ出していた…)
建物の中は暗かった。消毒液の匂いと、薬品の匂いが漂っている
不気味な雰囲気の空間だった
建物の中に入った月夜は真っ直ぐ奥へと進む。その足取りは迷いは無い
「何者だ!」
「邪魔だ」
月夜は身を屈め、鞘から刀を抜いた
拳銃を構えた彼らの足元に潜り込み、斬る
「まりちゃん、下がってて」
明澄は拳銃を二丁、取り出す
明澄は壁を走り、弾丸を避けた
弾丸が次々と壁を抉る中、明澄は拳銃を二つ構え、敵を撃つ
残った敵を月夜が一筋で斬り伏せ、沈ませる
月夜は油断なく、周囲を見渡す
「行くぞ、この先だ」
長い廊下に足音が響く。廊下の突き当たりの扉を開ける
広い空間の部屋には、この組織のボスがいた。椅子に座っていた男は立ち上がる
高級なスーツ。指には下品な程、宝石の指輪をつけている
「テメェがアルマの親分か」
月夜が刀を構え、睨んだ。憎しみのこもった目で叫ぶ
「何故、俺の家族をッ…!!」
叫んだ月夜の隣に、明澄が並んだ
「お前の…アルマの目的は何だ」
明澄はボスを睨み、静かに問いかける
アルマのボスである男は鼻で笑った
「今、何故と問うたか?これだから異能力持ちは傲慢だな!」
男は吐き捨てた
両腕を上に掲げ、誇示するように叫ぶ
「我々の目的は、力持たず者共に力を与え、争いを起こすことさ!武器を渡したのもその為だ!力も富も、我々のものだ!!」
男の高笑いが部屋に響く
月夜は歯を食いしばり、刀の柄を強く握りしめた
「そんな理由でッ…!よくも俺の家族を…!!」
「月夜!飲まれるな!」
前に出た月夜を明澄が腕を伸ばして止める。その手が、月夜の肩を掴む
月夜は目に涙を浮かべ、明澄を睨んだ
「止めるんじゃねぇッ…!俺は、このために…!」
「月夜、お前は何者だ?」
明澄が月夜の顔を覗き込む
必死な表情を浮かべた明澄の顔が月夜の瞳に映る
「俺は…俺は…」
月夜が声を震わせる
すぐ近くにある顔を見つめ、月夜の瞳が揺れた
「…ッ、俺は、異能者で、警察で…」
彼は明澄を真っ直ぐに見て言った
「お前の、相棒だ」
言葉にした瞬間、月夜は柄を握り直す
月夜は明澄とアルマを解体する約束を思い出した
合わせた拳の感覚も。あの夜の海で、二人で誓ったこと
月夜は深く息を吸った
その目に強い決意の光を灯し、彼は男を睨む
「俺は、殺すんじゃ無い。…落とし前をつけさせる。大人しく降伏しろ!ここで逮捕する!」
「罪を償ってもらう」
月夜に続いて、明澄は男に鋭く言った
男は悔しげに二人を睨み返した
「くっ…!まだ秘密兵器が完成していないと言うのに…!ここで終わってたまるものか!…逃げ道は…!」
男は目を忙しなく動かし、後ろにいたまりを見つけた
「貴様は…!」
男がまりを見て目を見開く
「何故、ここにいる!?まさか…俺を始末しに来たのか!?」
男は明らかにまりを見て怯えていた
月夜は眉を寄せ、まりに尋ねる
「なんで、まりに怯えてるんだ?」
まりは困惑して男を見る
「何を…」
「お前は、あの零達の仲間だろう!?今度こそ俺を殺しに来たのか!?待て、頼む、殺さないでくれ!」
男は叫び、命乞いをした
「私が…あの人達の仲間…?」
呟き、まりは思い出す
自分は、未だ差別意識の強い村で、迫害を受けていたこと
小さな村ではいつも、陰口や疑う様な目が向けられていた
「君、共に革命を起こさないかい?」
突然、流れ星の様に現れた零に出会ったこと
そこから抜け出し、零と星、二人とかつては一緒にいたこと
アルマが行っていた秘密兵器の調査をしていたこと
だけど組織に入り込んでいたアルマのスパイによって、記憶を奪われたことを
「あ…あ…私…」
顔を青ざめたまりが足を一歩、後ろに下げた
その時、
「いやぁ、君たちには手を下すまでも無いと思っていたのだがね」
明澄と月夜は同時に男の後ろを見た
振り返った男が青ざめ、叫んだ
「れ、零…!!」
明澄と月夜は武器を構えるが、零の目は男に向いていた
彼は男にゆっくりと歩み寄り、男を見下ろす
零が近づくたび、アルマの男が後ずさる
「異能者を実験体にしていただけで無く、賛同者の記憶まで消してくれるとは。どうやら、俺が甘かったようだ」
「ま、待て!金はやろう!」
男の背が、壁に当たる
零は微かに首を傾げ、瞳孔を開いたまま笑った
目を見開く男の前、零は口を開く
「飛び降りろ」
男の目が、虚ろになる。その顔から一切の表情が消える
男は静かになり、窓に向かう
止める間もなく、彼は消えた
「安蘭!」
明澄が叫び、窓へと駆け寄る
建物を包囲していた部隊が男を受け止めた。張られたネットの上に男が落ちる
下を見ると、安蘭が頷いていた
「お前の能力は、支配か」
「そうだよ。よく分かったね」
零は笑顔を浮かべ、月夜の問いに答えた
「何で、命じた?あいつは異能力者じゃなかったから?」
「ん?新しい世界に不要だと判断したからだよ」
月夜の問いに零は笑顔のまま答える
「私、あのような低俗な人間は好きません」
嫌悪を隠さない声で星は言った。その目が、下に落ちた男を冷たく見下ろす
「君達、邪魔して悪かったね。君達を待っているよ」
「待てッ!」
月夜が叫ぶが、星がテレポート能力を発動させる
最後に零はまりに微笑んだ
「思い出したのだろう?彼らと共に来るといい」
光と共に彼らは消えた
(真実を知りたかった。なのに今は…知ったことで迷ってる)
まりは呆然と立ち尽くす
消えた光の残滓を彼女はただ、見つめ続けていた
零達が居なくなった後、安蘭達が突入し、組織の人間達を逮捕した
警察本部に戻ったまり達は、状況を整理する
「…つまり、貴様は元幹部の人間だったのか?」
「…はい…」
安蘭の問いにまりは俯いて答えた
「で、でも!記憶を無くしていた間、皆を騙してたわけじゃないの…!私、本当にっ…!」
「大丈夫、分かっているよ」
まりを明澄が優しい声で宥めた
「あいつら、来いっつってたな」
壁にもたれた月夜が呟く
「私は…もうすべて思い出しましたから。…組織のアジトも」
「…!それは、何処に…!?」
安蘭が前のめりになる
「…私は…」
続きの言葉を三人が待つ
まりは大きく息を吸った
「…もう一度、零達と会って話したいです…記憶が戻ったけど、月夜くんや明澄さんとも過ごした記憶もあるから」
胸に手を当てて、まりは顔をあげる
「私は、向き合わなきゃいけないんだと思います。彼らに…過去の自分自身に」
明澄と安蘭は微かに笑い、月夜は満足気に鼻を鳴らした
「…ん?何だ?外が騒がしい」
窓の外を見ると、異能力を使う人間達がいた
「おい、これ見てみろ」
月夜がテレビを指差す
そこには、暴徒と化した異能力者達がいた
衝撃音が鳴り、人々の悲鳴があがる
「なっ、まさか…!」
明澄達は走り出す
街中に、異能者達が溢れ、異能を使っていた
「警察!?何とかして!…って、きゃあ!?」
助けを求めて来たご婦人が月夜達を見て悲鳴をあげる
「異能者じゃない!普通の警察は居ないの!?どうしてこんな化け物達が…!」
「ちょっと!そんな言い方ないんじゃ無いですか!?明澄さんや月夜くんは事件を解決する為に使っているのに!」
まりが前に出て反論する
「落ち着け、まり」
「安蘭さん…!」
まりの肩に安蘭が手を置く
「警察本部にいる警官は全員、避難指示を!突入部隊は我々と共に来い!」
的確な指示を飛ばし、安蘭が対処して行く
「まり、貴様がアジトの場所を知っているのだ。しっかりしろ」
「…はい!」
まりは頷き、前を向いた
「皆、行こう!この先だから!」
走り出す彼女を皆で追う
アジトの前にある広場には、大勢の異能者達が集っていた
零の声が響き渡る
「世界は理不尽だ!だが、俺達には力がある!ならば、世界を変える権利がある!俺達に相応しい世界に変えよう!」
零の言葉に、賛同者達が雄叫びで応える
「人類はもっと向上出来る!飛躍出来る!共に一旗あげようじゃないか!俺達を小さく見積もったこの世界を見返してやろう!」
異能者達の雄叫びが、空気を震わせた
「あれは…零!星も居る!やはり、奴らの仕業か!」
安蘭が睨みつける
「ここは我々に任せ、貴様らは先に潜入しろ!」
明澄が振り返り、安蘭に笑って言った
「頼んだよ」
「ふん、先に行っていろ。すぐに片付ける」
明澄は頷き、月夜とまりに言った
「ここは彼女に任せて、先に行こう!」
二人は明澄に続いて走った
「まあ、私…荒事には慣れておりませんの」
突入部隊に囲まれて涼しげな声で星は言った
星は短剣を構えた。切先が光を反射し、鋭く光る
「どうぞ、お手柔らかに…」
そう言って彼は優雅にお辞儀をした
突入部隊は拳銃を構え、星に標準を合わせる
「撃て!」
銃声が鳴り響く
次の瞬間、星の姿が消える
星はテレポート能力を使い、攻撃を躱していく
瞬時に移動し、攻撃を仕掛ける
男達は星の見た目に油断し、倒されていく
「あら、どうなさったの?どうぞ、お好きになさって?」
星から男達が距離を取る
「来ないなら私から、行きましょう」
星が短剣で相手の武器を壊していく
「小さいからと油断なさらないことね」
彼は冷たい目で男達を見渡した
「援軍を頼む!」
「相手は一人だ!」
援軍が次々とやって来る
「あら、なんてこと、大変」
彼は可憐に口元に手を当て目を丸くした
「急いで手向けの花を人数分用意してさしあげなければ」
美しく微笑んで彼は短剣を構え直した
同時刻。月夜達が走っていると、影が街を覆った
不思議に思い、上を見る
「あれは…!巨大化した異能力者…!?」
そこには、見上げるほどの巨大な人型の異形がいた
目を閉じている異形の肌は銀色で、この世のものとは思えない
明澄と月夜は武器を取り出す
「いや、違うあれは…」
まりが巨大な異形を睨む。震える声でまりは言った
「アルマの最終兵器だよ!完成しちゃったんだ…!異能者でも、人間でも無いものが…!」
「最終兵器!?どういうことだ!?奴らは捕まったんじゃ!?」
月夜が振り返り、叫ぶ
まりは月夜と明澄に告げた
「アルマが研究を行っているのは、知っているよね?あれは異能生物だよ。異能力を素材にして生み出された化け物なの」
まりは悔しげに唇を噛む
「私は、あれを突き止めようとして…記憶を消された。奴らは捕まったけど、持ち出されたか、逃げ延びたアルマの人間がいたのか…それは分からないけど、止めなきゃ」
「零も倒して、あの化け物も倒せば良いんだろ」
月夜は刀の柄を握り直し、迷いなくそう言って建物へと入って行った
「あの化け物が動き出すまで、時間はある。行こう」
明澄は目を閉じている異形を見上げ、呟いた
明澄の後を追いながら、まりは迷っていた
(零達と、和解出来たら…)
かつての仲間への情が、まりの足を重くさせていた
やがてまり達は星が戦っている場所へと辿り着く
「あら、来ましたのね」
星はまりを見ていた
「…星ちゃん」
まりはかつての呼び名で彼を呼んだ
「ずっと私達が誘っても来なかったのに、新しい仲間達となら来るのね」
星の声はどこか刺々しい
「…私」
言葉を探すまりの顔が、泣き出しそうに歪む
「おい!こいつは…!」
「いいの、月夜くん」
怒鳴る月夜をまりが止めた
「先に行っていて。後から必ず追いつくから」
「なっ…!まりちゃん一人で!?」
驚く明澄にまりは頷いた
「ちゃんと、話したいの。ごめん、わがままだね」
まりは困ったように笑った
月夜は彼女の顔をしばらく見つめ、ため息をつく
彼はまりに背を向けた
「…ちゃんと勝てよ。先に行ってる」
刀を下げた月夜がそう言い、廊下を進んでいく
「いくぞ、明澄。この先にあいつがいる」
「でも…」
迷う明澄のことを月夜が振り返って言った
「あいつを信じろ。必ず決着をつけられる」
その言葉に明澄は目を見開き、諦めた様に笑った
「…分かった。…行こう」
二人は最上階へと向かった
階段を上がった先、最上階に彼はいた
都市を見下ろしていた彼が気配に気づき、顔をあげた
「やぁ、俺の運命の好敵手達。やっと来たのか!」
零は振り返って嬉しそうに笑う
明澄は拳銃を構え、鋭く見据える
「お前はここで捕える!」
「覚悟はあるのかい?」
零は微かに首を傾げた
その口元には歪な笑みが浮かんでいる
愉悦を含んだ声で二人に言った
「好きな鎮魂歌はあるかい?歌ってあげるよ」
「お前は…何故世界を壊そうとしている!何を考えているんだ!」
引き金に指をかけたまま、明澄は叫んだ
明澄の言葉に彼は歌うように告げる
「壊す?違う違う!新しい世界を作るのさ!」
彼はそう言って両手を広げる
明澄は標準を外すことなく、零を鋭く睨んだ
彼は低い声で問いかける
「その為に一度壊すのかい?」
「今の世界は、望まないものを押し付けてくる。俺達は自分で選び取れる!そうだろう?」
明澄は目を伏せ、息を吐いた
「ああ、そうだね…俺達は管理される存在なのだと感じたことが、俺にもあったよ」
与えられた地位、与えられた環境、立場
自分で望んで掴んだものじゃない
月夜と明澄のバディも、互いに望んだわけじゃない
だが、事件を通じて、二人はバディとなった
「でも…俺達は選び直せる、何度でも。生きているかぎりずっと。自由意志こそが、俺達たらしめるものなんだ」
明澄は視線を上げる
「生きることは選択し続けることだって言いたいのかな?」
「…答えの無い問いを何度も考えることさ。この旅の先に、答えなど存在しなくても、それでも歩み続けることさ」
銃口が零を捉える
明澄は零を見据えてハッキリと言う
「正解が無くとも、自分の頭で考え出した結論ならば…それが答えだ。君は正解に固執してる。それは君が嫌悪したシステムと同じなのではないのかい?」
明澄の言葉に零が目を見開く
「これが正しい、と固執することではなく、間違いであるかもしれない、そう疑いながら、それでもその問いの中で生きることが、人間なんじゃないのかい?」
「人間とは考える葦である…みたいな考えだね」
零は呟き、こめかみに指を当てた
「俺はただ、疑問を提唱しているだけさ。世界に疑問を投げかけちゃいけないかい?今、正しいとされていることは本当に正しいのかな?誰が正しいと決めたのかな?」
それは知的好奇心に満ちた無邪気な問いかけだった
「俺は世界のもう一つの可能性を示しているだけさ。人類はもっと違う生き方が出来るんじゃないのかね?と」
「破壊は、再生では無いよ」
明澄が静かに言うと、月夜は頷いた
「俺はずっと…復讐したいと思っていた。今も、恨みはある。忘れたわけじゃねぇ」
彼は拳を握り、俯いた
「けど、…力をどう使うかは、こいつに…明澄に教えられた。俺達は力だが、自由意志を持って使うもんだと」
彼は顔をあげ、零に言った
「なら俺は…こいつと、守るために使いたい」
月夜は明澄と並び立つ
「君達なら分かってくれると思っていたのだが…残念だよ」
零は悲しげな顔をして肩をすくめた
「なら、仕方がないね」
彼はニヒルに笑った
雰囲気が変わったことを察知し、二人は距離をとる
零は口を開いた
「跪け」
空気が重くなったかの様に身体に圧がかかってくる
「くっ…!立ってられねぇ…!」
「なんて力だ…!」
見えない力に操られたように、意思に反して動き、二人は片膝を突く
零は二人から目を離す
「俺は行くよ。そこで床を這っているといい」
零は肩に羽織ったコートを翻し、扉へと向かう
「…待てよッ!!」
月夜は叫び、身体を自身の意思の力のみで起き上がらせる
「まだ、俺達は終わってねぇぞ!」
月夜は零を睨みつける
明澄もふらつきながら立ち上がった
「俺達をみくびっていたのは、お前だよ」
明澄は挑戦的に笑った
零が振り返り、二人に向き合う
「…!素晴らしい!やはり、君達は俺の運命の好敵手だ!」
零は目を輝かせて笑った
月夜と明澄が零と戦っている頃、下の階で星とまりは対峙していた
「貴方、零を裏切るつもり?」
「星、貴方だって分かっているはず。どうして、世界を壊そうとするの?だって星は…」
まりは一歩前に踏み出し、訴えかける
星は静かに息をはいた
「貴方の言う通り、私に零の様な熱量はありません。…ですがそれでも、引けない理由があるのです」
星は短剣を構えた
そこに、大量の突入部隊がやって来る
鋭い号令がその場に響いた
「いたぞ!捕えろ!」
安蘭が星を指差すが、星の息は荒く、顔には汗が滲んでいた
星は、明らかに疲弊していた
何度もテレポート能力を使ったことで体力は限界に近い
それでも
「ここで零に背を向け、貴方達につくことは…私の美学に反します」
言い切り、星は全員の顔を見渡した
「花は散る時でさえ、美しいの」
星が短剣を構えた
短剣の切先が光を反射し、鋭く光る
「私は、零に着いて行けば間違いない、などと思ったことは、ただの一度もありません。ですが私は、裏切るようなことだけはしまいと、そう決めておりますの。ここで散ろうとも、美を貫けるのでしたら本望です」
凛とした声で、彼は言った
安蘭は部隊に指示を出す
「総員、構えろ!」
その時、異能生物が目を開け、動き始める
「あれは…!」
「安蘭さん!あれはアルマの生物兵器です!早くしないと大変なことに…!」
まりの言葉に星が反応する
「アルマ…!?何ですって…!?」
星は異能生物を睨む
異能生物が口を開け、女とも男とも言い切れない声で喋る
「人は、滅ぶべきなのです。歴史は、同じ過ちを繰り返し、愚かなるもの…我が人類を滅ぼします」
その声は不思議な響きを持って空気を揺らした
異能生物は力を集め、溜め始める
「何てこと。あのまま放っておけば、大変なことになります」
星は目を見開き、口に手を当てた
まりは安蘭を振り返り、尋ねる
「アルマは、異能によって人を支配する、が目的の組織でした。それが何故、人類を滅ぼそうと…?」
「あれの、意思なのだろう。アルマはもう、解体したからな」
短く答え、安蘭は部隊に指示を出す
「至急、あれを止めろ!」
警察部隊達は、一斉に異能生物の元へと向かって行く
「…零なら、あれをどうにか出来るでしょうか…」
「星ちゃん、お願い」
まりは星に言った
「…アルマには、私も実験体にされた因縁があります。協力しましょう」
星はそう言って頷いた
「星ちゃん!」
まりは笑顔を浮かべた
星がまりに手を差し伸べる
「テレポートを使います。零の元へ参りましょう」
「うん!」
まりは手を取り、星に力を与える
光が辺りに満ち、光の粒子を残して消えた
最上階では月夜達が零と戦っていた
二人の前で零が剣を抜く
「来い」
零が呼び、異能者達が現れる
「総攻撃だ!」
異能者達が異能を放つ
月夜は刀を操り、零に攻撃するが、異能力者の一人が貼ったバリアに塞がれる
「周りから、倒す必要がある」
明澄は拳銃で異能者達を倒していく
明澄が遠距離で援護射撃し、月夜が敵の懐に潜り込む
「ぐっ…!」
「がっ…!」
月夜は操った短刀で自分達への攻撃を防ぎ、接近戦に持ち込み、刀で倒していった
「何て素晴らしい!君達の力を、その可能性をもっと俺に見せてくれ!」
零は目を輝かせ、頬を興奮で染めて叫ぶ
零は剣を構え、月夜に向かって剣を振るう
月夜は刀で攻撃を塞いだ
鉄同士がぶつかり合い、鈍い音が響く
二つの刃がせめぎ合う
「観念しろ!零!」
明澄が拳銃を向けているが、月夜が射線に入る可能性があり、撃てない
「この世界は新しく生まれ変わるんだ。いい加減、邪魔だよ」
零が鬱陶しそうに言った
「…世界を壊そうとするのは、期待していたからか?」
「…!」
月夜の言葉に零が微かに目を見開く
初めて、彼が揺れた
その隙を見逃さず、剣を弾き、刀を振るう
切先に剣が現れ、受け止められる
零は世界を恨んでいるように見えるが、同時に世界に期待していたのだ
「俺は…元は普通の人間だった。異能が開花して、その力を復讐に使おうとしていた」
月夜は切先を向けながら、語る
「力は力であり、それ以外でも以下でも無い。だが、それを何の為に振るうか、それは俺自身で決められる」
月夜の言葉に零が顔を顰めた
「異能力者であるだけで、望まぬことを押し付けられただろう!?力を抑えろと!」
零は叫んだ
溜め込んでいた鬱憤を出すように
零は感情のまま、強く剣を叩き込む
刃がぶつかり、火花が散った
「くっ…!」
月夜は受け止め、力の差に苦しみながらも、跳ね返そうとする
「異能力者である、とそれだけで危険視されたはずだ!俺達は…力としてしか見られていない!」
剣と刀、二つの刃がせめぎ合う
「世界に不満や疑問を抱いたことが一度もなかったなどとは言わせない。君達も、望まぬ役割を押し付けられ、背負わされたはずだ!俺達は生まれを選べなかった!勝手に立場や環境を決めておいてその中で生きろだなんて世界は酷なことを言う!」
理不尽だと、彼は叫んでいた
零のその言葉に明澄は黙った
「俺は新しい選択肢を示しているんだよ。諦めることでも逃げることでも無い。今度は俺達が、選ぶのさ。俺達にはその力があるのだよ!」
「ああ、そうだな。あんたは選択肢の一つで、選ばなかった俺なんだ」
月夜は力を込め、叫んだ
「俺は、俺の選択をする!誰かに決められたことでも、模範でも無い!俺が考え、自らの選択を生きる!」
剣が弾かれる
弾丸が剣を撃った
カラン、と地面に落ち、月夜が剣を蹴飛ばす
剣は弧を描きながら、遠くへと転がった
「大人しくしろ」
月夜が切先を零に向ける
「異能力者であることは、選んだものじゃない。あんたもそうだったんだな」
月夜は零を見て静かに呟いた
「…」
零は何かを言いかけ、口を閉じた
「まいったな。降参するよ」
零は敵意が無いことを示すように両手を挙げた
「…俺はどうやら結論を急ぎすぎたらしい」
零は呟き、目を閉じる
「これからお前を署に連行する」
「ああ、もう暴れないさ」
やけにあっさりした返事に疑わしげな目を明澄は向けた
「とにかく、安蘭に連絡を…」
インカムで通話し、安蘭の言葉に明澄は叫んだ
「街でアルマの生物兵器が暴れている…!?」
月夜と零が目を見開く
「アルマだと…!?ボスは零が倒してたはずじゃ…!?」
零は舌打ちをした
「チッ…奴らの研究資料を跡形も無く、燃やしておくべきだった」
零が低く呟いたその時、一部の空間が歪み、星とまりが現れた
「月夜くん!明澄さん!二人とも無事…!?」
まりが二人に駆け寄る
「まり!」
「まりちゃん!良かった、無事だったのか」
三人は互いの無事を喜びあった
星は零に尋ねる
「零、アルマの異能生物が、人類を滅ぼそうとしていの。支配の力で、あれを停止させられないかしら?」
星の言葉に零が目を見開いた
「人類を、滅ぼそうとしている…?」
零は歩み寄り、月夜と明澄に声をかける
「俺も君達に、協力するよ」
「…は?どうしてあんたが?」
「君は、世界を滅ぼそうとしていたんじゃ?」
月夜が首を傾げ、明澄が不思議そうに問いかける
「俺は、ただ世界を壊したかったわけではないよ。邪魔なものを一度すべて、壊したかっただけさ。俺は人類を滅ぼしたかったわけでは無く、進化させたかったのだよ」
零は微笑み、二人に言った
「迷っている暇はあるのかね?早くした方がいいんじゃないのかい?」
零は笑って首を微かに傾けた
「分かった、同行してもらう」
明澄はため息をついてそう言った
「星、我々を生物兵器の所まで、テレポートで送ってくれ」
零の言葉に星は頷いた
「分かりました。皆様、準備はよろしくて?」
全員が頷いたのを見て、星は手を振った
空間に眩しい光に包まれて、やがて消えた頃、そこには誰も居なくなっていた
頭上に影が差す
見上げると、そこには巨大な異能生物がいた
「撃て!ひるむな!」
安蘭が銃を撃って最前線で戦い、部隊達が一斉射撃をしているが、効いている様子は無い
「あの異能生物の力…あれを撃たれたら、ただじゃ済まないな」
異能生物は強大なエネルギーを貯めている
「俺と明澄で、あいつを攻撃して弱らせるしかねぇな」
月夜が低い声で呟き、刀を構えた
「ふむ、では俺は…異能力を従えさせ、あの異能生物に打とう」
「私がサポートします!」
まりは握り拳を作った
「君は彼らと協力し、敵を足止めしてほしい」
「分かりました」
零が声をかけると、星は頷いた
「決まったな。行くぞ、明澄」
「ああ、行こう、相棒」
明澄と月夜は同時に走り出した
異能生物がゆっくりと大きく腕を振り落とす
二人が避けると砂が舞い、地面が揺れた
月夜が生物兵器の腕の上を走り、近づく
巨大な手が払いのけようとするのを、明澄が拳銃を撃って止める
月夜が走りながら刀を操り、刃で銀色の皮膚を切り裂く
星はテレポートで異能生物の攻撃を躱しながら、短剣で痛めつけていく
「愚かな…人類は、滅ぶべきなのです。無駄な抵抗を…!この、虫ケラのごとき、矮小な存在達が…!我を作ったアルマは力を望んでいた。だから完璧な存在である我が、人類に復讐してやろう!!」
異能生物が怒りと憎悪に満ちた声で叫んだ
巨大な腕を月夜が避けた先、ビルが潰される
窓ガラスが次々と砕け散り、人々の悲鳴が上がる
「爆発するがいいッ!」
異能が光を落とす
光が落ちた先、爆破が起きた
爆風が起き、地面が揺れる
「…くっ…!」
「明澄ッ!」
風で吹き飛ばされそうになった明澄の腕を月夜が掴んだ
その先は、炎が燃えている
月夜は歯を食いしばり、電柱に捕まったまま、もう片方の手で明澄を抱き寄せる
「月夜…!」
「くたばんなっつったろ」
片腕で抱き寄せたまま、月夜が掠れた声で呟く
風が止み、二人は地面に足を下ろす
「星ッ!!俺をあの怪物の頭上にテレポートしろッ!!」
「何故…?ああ、そういうことですか」
叫んだ月夜の言葉の意図を瞬時に理解し、星は頷いた
月夜は空にテレポートする
彼は刀を構え直し、真っ直ぐに落下する
「うらあぁッ!!」
「なっ…!う、うわあぁッ!!」
異能生物が痛みに悲鳴をあげる
月夜は刀を皮膚に突き立て、そのまま落ちていく
「き、貴様ら…!死ぬがいいッ!!」
閃光が放たれ、爆発が巻き起こる
凄まじい爆音と共に、地面が抉れ、爆風が吹き荒れる中、零は笑って口を開く
「止まれ」
爆風が止み、瓦礫や破片が空中で静止する
蹲り、頭を抱えていた人の前で、窓ガラスの破片が、ピタリと止まった
「へ…?な、なんだ…?」
人々が周囲を見渡す
崩壊したビルが落下する直前で動きを止めている
その下にいた親子は慌てて避難した
異能生物も停止し、動きを封じられている
零は異能生物を指差し、星に告げる
「あれの近くまで転送してくれるかい?」
「はい。構いません」
テレポートした零は異能生物に寄り、胸元に耳を当てた
ドクン、ドクン、と作り物の心臓の鼓動が鳴り響く
「君の心臓、鼓動が早いね。恐怖してる?興奮してる?俺は高揚しているよ。強い敵と戦うことは、最高だろう?…だからこそ残念でならないよ」
「貴様、何を…!」
動けない異能生物が叫び、零を睨む
零は瞳孔を開いて笑った
「君の心臓が止まるのが」
異能生物は動けないまま、爆破を起こす
煙が巻き起こり、炎が煌めいた
「貴様、イカれているだろう!」
爆風に吹き飛ばされ、零は舌を見せて笑った
「く、ははは!大正解!!」
楽しそうにそう言って着地する
肩を震わせ笑う
彼は瞳孔を開いたまま、口角を上げた
「爆発を起こす前に、殺せばいいんだ」
呟いて、彼は軽く下がる
後ろにいたまりに零は目を向けた
「君、いいかい?」
零は微笑んでまりに問いかける
「はい…!」
まりが頷くと、零は手を差し伸べた
まりはその手を取る
「皆様、零の攻撃範囲に入ってしまいます。私の近くへ」
星の指示に従い、月夜と明澄が星の近くに寄る
異能生物が閃光を放つ
「理よ、跪け」
零の元に力が集まる
「我の力を操っただと…!?」
零は挑戦的に笑った
「俺の支配の能力は、腹に据えかねた時以外、あまり使わないのだけれどね。かなり消耗するから。俺に、すべては従うのさ。人も、力も、この世に存在するものすべてが」
エネルギーが光ながら集まっていく
零は目を閉じた
「…人は折り重なり合いながら、営みを繰り返し、歴史を紡ぎ、文明を作り上げ、懸命に努力して来た。その姿こそが…愛おしいのだろう!!」
再び目を開け、零は吠えた
星のテレポートで月夜と明澄、星が異能生物から
離れた瞬間、光が真っ直ぐに異能生物へと向かう
「なっ…グアアァーー…!!」
異能生物に当たり、断末魔をあげた
「消え去るといい」
零が命じると、異能生物の身体が崩れていく
チリとなって異能生物は消えた
異能生物が消し飛ばされたことで、歓声が響く
「やった!倒した!」
月夜がガッツポーズをする
「ああ、やったな!まりちゃんも、活躍してたね」
明澄は笑ってまりに声をかける
「えへへ、ありがとう」
まりは照れたように笑った
安蘭は異能生物の近くにいた残っていたアルマの研究者を捕縛し、明澄達の近くに来た
「なっ…!貴様、何故ここにいる!?」
安蘭は零を指差し、叫んだ
「総員、かかれ!逮捕しろ!」
「おっとまずい。ここで捕まるわけにはいかないな。君、行こうか」
零は笑って星を見る
「ええ。私も、捕まるわけにはいきません」
星はテレポート能力を発動させた
「待て!」
安蘭が手を伸ばすが、二人は光と共に消えた
「逃げられた…!」
安蘭が悔しげに叫ぶ
「やけにあっさり降参してたのは…逃げるつもりだったからか」
明澄がぼやく
「ま、今回の事件はあらかた解決したな」
月夜は刀を鞘に納め、そう言った
辺りにはまだ、瓦礫が残っている
「…はぁ、後片付けはまだある。残っている今回暴走を起こした連中も、署に連行するぞ」
安蘭が頭を押さえて言うと、月夜は頷いた
「アルマの残党もな」
「やれやれ。休む暇が無いね」
明澄は肩をすくめ、軽口を叩いた
まりは二人が消えた方を見つめ、ため息をついてから、困ったような、安心したような顔で笑った
数日後
あれから、アルマの残党も、零の思想に賛同した異能者達も、全員逮捕されたことがテレビのニュースで報道されていた
まりはテレビを消し、仕事に向かう
警察本部では、ちょうど安蘭に月夜と明澄が命じられていた
「また街で異能事件が起こったようだ。お前たちで、解決して来い」
明澄と月夜はすっかりコンビがついていた
まりが来たことに気づいた安蘭が言う
「まり、来たか。こいつらの調査を補佐し、私に報告を頼む」
「はい、分かりました!」
まりは笑顔で頷いた
月夜と明澄はパトカーに乗り、事件現場に向かう
明澄が運転席に乗り、月夜が助手席で刀を抱えて足を組む
「じゃ、向かうか」
「今回も、俺達なら楽勝だろ」
明澄は笑顔を浮かべ、月夜は鼻を鳴らした
今日も、この街の平和を守る為、二人は事件を解決しに向かった
夜空の下、零は一人歩いていた
零は廃墟の中に入った
そこには、彼が集めた文明の記録の資料が保管されてある場所だった
そこに足音が響く
「ここにいらしてたのね」
「おや、君か」
振り返ると、そこには星がいた
廃墟には、月の光が差し込んでいる
月の光に照らされて、室内に舞っていた埃が光を反射し、煌めいていた
「君も、興味があるのかい?良ければ俺の思想の旅に付き合ってくれ」
彼はそう言って資料を見せる
「見てごらん、ここには人類の叡智の結晶が置いてあるのさ。学問、科学、芸術、哲学、神話…文化遺産はどんな金銀財宝よりも価値がある」
棚には沢山の本がある
歴史書、医学、哲学、宗教、人類学
見渡す限りに資料が保管されていた
「何故、こんなに集めていらっしゃるの?」
星が不思議そうに首を傾げて問いかける
「俺は世界には失望しているが、人間にはまだ期待しているのだよ。人類は愚かだが、それが人類のすべてではない」
零は首を振った
「人類は数多くの価値あるものを生み出し、文明を築き、発展させてきた。その軌跡を、その歴史を偉大なる功績と呼ばずしてなんと呼ぶ?君達は本当に、素晴らしいことを成し遂げてきたのだよ」
そう言って彼は微笑んだ
「俺は人類の可能性を信じているのだよ。だからこそ新しい時代を作らないかと誘ったんだ。断られたが」
零は肩をすくめる
「君は旧約聖書『創世記』に登場するノアの方舟の物語は知っているかい?」
「有名ですね。それがどうしたと言うの?」
星が問いかけると零は資料達を愛おしげに見た
「ここはノアの方舟だったのさ。世界はリセットするつもりだったが、人類が遺して来た遺産すら廃棄するのは実に惜しいと思ってね」
零は資料をめくり、写真を星に見せる
「建造物一つとっても、そこには技法とその知識が詰まっている。旧時代の社会制度に不満は多いにあるが、伝統は残しておきたいからね。こうして文献資料を集めたのだよ」
彼はアーカイブ部屋を見渡し、言った彼の声は柔らかい
「だから知識を遺していらっしゃるの?」
星が尋ねると零は頷く
「世界をリセットした後に、宝石や金があったとしてもそれはただの石ころや塊でしか無い。だが、知識は違う。いつの時代、どの世界においても普遍的な価値があるものさ」
彼は優しく資料を指でなぞった
「私も学ぶことは大事だと思いますよ」
星は同意を示した
「ただの石ころに人類が価値を与えたのだからその知識や知性にこそ価値がある。だからこそのアーカイブなのだ」
零は部屋を見渡した
アーカイブ部屋の棚にはたくさんの書物が並んでる
「俺は本こそ一番価値があると思うね。紙の束だが、その中には人類の叡智が詰まっている。新たな世界においても、必要になると思ったのさ」
「そうでしたのね」
星は納得して頷いた
「不完全な存在である人間が作った制度が不完全なのはしょうがない。ならば作り直せばいいだけさ。俺は制度は一度すべて破棄すべきだと思っていたが…それは結論が性急だったと気づいた」
「何故、貴方は世界を壊そうとしたの?」
星は首を傾げて問いかける
彼は何も答えず、外に出る
星が後を追うと、彼は冷たい地面に寝転がった
仰向けになって手足を広げている
「…俺はどうしてこの世界に生まれて来てしまったんだろう」
小さく呟かれた言葉に星は黙った
「どうして異能者として生まれて来てしまった?この命と力には何の意味がある?」
零は呟き、目を閉じる
「俺の出発点はその問いからだった」
星は黙って彼のそばに腰掛け、語りかけた
「意味なんてきっと無いの。世界にも、生まれて来たことにすら。ですが貴方、悲しまないで。あの輝きを見て」
星は星空を指差した
そこには、青白く光る星がある
「あれは宇宙のチリ、燃えるガスの塊。でもあの光に、人々は星と名づけたの」
星を一つ一つ指差していく
「点と点を線で繋ぎ、物語を与えた。意味も無く光っていた星を見て、誰かが美しいと言ったの」
「…世界に意味は無くとも、意味を与えられる自分にこそ、意味はあるのか」
零は呟いた
世界という織物をわざわざひっくり返す必要などなかったのだ
自分達は宇宙の一部、美しいものの一つなのだから
そしてそんなちっぽけな存在である自分に、意思が存在している
それこそが、悲しいくらいに幸福なことなのだ
「…この宇宙のすべてに意味は無い。だがそれでも尚、この星空は美しい」
自分も人の営みの一部であることを零は嬉しく感じた
零は寝転んだまま、隣にいる星を見上げる
「君、そんな顔をしていたのだったけ?と言うか、なんて言う名前だったのだっけ?」
まじまじと零は星を見て首を傾げた
「私は星です。私は何者でもなかったから…自分に名前をつけたのです」
零は起き上がり、彼に向かって微笑んだ
「俺は、君の顔も名前も声も、いつか忘れてしまったとしても…この夜空を共に眺めた、そんな誰かがいたことを覚えておくよ」
「そう。私にも、人生の中で、忘れられない瞬間があります」
零は興味深そうに尋ねる
「へぇ、そうなのかい?」
「ええ。研究所を出て、この目で見上げたあの日の星空は、こんな風に、とても綺麗な夜空でした」
星は、小さく微笑んだ
零は隣に座った
「…俺はまた、考えることにするよ。人間とは、思想する知的生命体だからね」
零は星を横目で見て笑った
「付き合ってくれてありがとう。幸福は未だ遥か遠いが、君に出会えたことは幸運だったと言えるだろう。ありがとう、星」
零は初めて誰かの…星の名前を呼んだ
「旅の終わりね。私の答えと同じで無くとも、貴方の中の答えを浮かび上がらせることが出来ていたらいいのだけれど」
「ああ、俺はどうやら革命家は向いていなかったようだ」
零は笑って肩をすくめてみせた
「俺のやりたいことか…そうだな、文化遺産の保存だな。レプリカなんかも置きたかったんだが、場所が無くてね…文献資料を集めるので精一杯だった」
零はため息をつき、顔をあげた
「俺は、博物館を作りたいかな。人類の歴史と、その歩みを記録し、残すだけで無く…展示をしたい!知識は共有される物だからね」
零は夜空を見上げながら、無邪気な笑顔で夢を語った
彼の瞳に星空の光が映る
「それなら、美術館を作ってくださいませ。私、絵画やアンティークにハマっておりますの」
「星、なら君も一緒に作らないかい?博物館と、美術館を合わせた巨大な施設を共に作ろう!」
零は目を輝かせ、笑顔で顔を星に寄せる
「私と…貴方で?」
星は瞬きをする
「そうですね…構いませんよ。互いの目的は一致していますから」
星は頷き、星空を見上げた
「星は…誰にも見つけてもらえなければ、意味をなさないのです。ですが、孤独に存在していた星を見つけた誰かがいました」
彼は静かに呟いた。思い出すように目を細め、慈しむように口にする
「世界の誰もが諦め、受け入れることを…諦めることも、見捨てることも出来ず、すべての本をひっくり返し、すべての扉を開いた人がいたの。だから世界の誰にも見つけてもらえなかった星は…輝くことが出来たのです」
彼は零を見て微笑んだ
零は疑問を抱き、それを捨てることも出来ずに、すべてを抱えたまま、彼は壊れて狂ってしまった
彼が開けて来た扉の一つの先に、星がいただけ
たったそれだけのこと
だけど星はその瞬間、初めて誰かに見つけてもらえたのだ
「そんな人間がいたのだね」
「ええ。この星はお守り。貴方の旅路を照らす、座標となりましょう」
星は頷き、微笑んで零に言った
「どうぞ、良い旅を」
今まで歩んで来た道
開けてきた扉
一見、関係の無い事柄が自分達を引き寄せ、出会わせたのだとしたら
それは偶然でも奇跡でも、運命ですらなく
「選択の果てに、俺達は出会った。ならばそれは必然だったのだと思うよ」
零は星にそっと呟いた
月夜と明澄は互いを選び直した
零と星はただ、同じ星空を見上げただけ
だけどこの一瞬を互いに一生忘れることは無い
満点の星空の下、二人は並び合い、いつまでも見上げ、語らい、笑っていた
文明アーカイブ @dook
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