転機予報

阿弥陀乃トンマージ

ある日

「はい、本日のS市は夜8時まで雨という予報になっております。皆さん、傘を持ってお出かけください」


 テレビから女性レポーターの声が聴こえる。


「一日中雨みたいなもんか……」


 出勤の準備を終えた僕は、ぼうっとテレビを見つめながら呟く。


「さて、続いては”転機予報”のコーナーです♪」


 女性レポーターとは別の女性アナウンサーがにこやかに告げる。


「あっ、転機予報?」


 同棲中の彼女が台所から戻ってくる。僕は鼻で笑う。


「こんなのどうでもいいだろ」

「えっ、知らないの? 結構当たるんだよ?」

「マジかよ……」


 転機予報……さすがに星座占いや血液型占いなどという非科学的なものを、公共の電波を使って、いつまでも流すのはどうなのかという風潮が高まり、近年テレビ局が導入した。

 なんでも、S市在住100万人の生年月日、血液型、性別、身長、体重、職業、家族構成、趣味……果ては持病の有無や、収入、友人知人関係までをデータにぶち込んで算出しているという噂だ。本当なのかどうかは知らないが。


「本日の転機ですが……S市お住まいの方、ほぼ全員に、85パーセントから99パーセントの高い確率で転機が訪れるでしょう♪」

「ええっ? 高確率! こんなの初めて!」

「はあ……」


 アホらしくなった僕は椅子から立ち上がって、出かけようとする。


「あっ、行ってらっしゃい」

「行ってきます……!」

「! ど、どうしたの?」


 彼女が駆け寄ってくる。僕が玄関前でいきなりしゃがみ込んだからだ。僕は深いため息交じりに呟く。


「仕事……行きたくないなあ……」


 いつもの口癖のようなものだが、今日はなんだか体が重い。


「それなら……休んじゃおう?」


 彼女が僕の背中を優しくさすりながら、耳元で囁く。


「え?」

「今日はお休み」


 僕は彼女の顔を見ると、彼女はにっこりと笑う。


「い、いや、そういうわけにはいかないよ……」

「そういうわけだよ。だって、顔色悪いよ?」

「……」

「体調不良ってことで良いじゃん。ね? わたしも休むから……」

「ええ?」

「ほら、連絡して」


 彼女が僕のスマホを差し出してくる。僕は職場に連絡した。


「……はい。出かけようとしたら、めまいがしまして……はい、すみません……」


 僕は電話を切った。休みの許可は案外あっさりと下りた。彼女を見る。


「ふふっ、わたしもOKもらった♪」


 彼女が自分のスマホを片手に笑顔を浮かべる。その屈託のない笑顔を見て、僕もははっと笑う。


 「ははっ……あれ? なんだか、体が軽くなってきたかも……」


 我ながら現金なやつである。僕の側にしゃがみ込んでいた彼女が立ち上がる。


「よっし! それじゃあ出かけようよ!」

「えっ、雨だよ?」


 僕は窓の外を指差す。


「雨だからこそだよ!」

「はあ?」

「前から行ってみたかったところがあるの! 準備して!」

「う、うん……」


 僕たちは車で出かけた。大事をとって彼女の運転である。


「……カフェの開店場所、今日決めちゃおうか?」

「えっ、急だな……」


 僕は苦笑を浮かべる。彼女といずれ、お金が貯まったら、仕事を辞めて、カフェを開こうかと話し合っていたのだ。


「思い立ったがなんとやら! 転機予報でも高確率だったし、今日の内に色々と決めちゃった方が良いんだって!」

「そうかな?」

「そうだよ! ……あっ、この辺じゃない?」

「えっ?」


 車は街の郊外に差し掛かっていた。彼女はハザードランプを点けて、車を路肩に寄せて止め、車から降りて駆け出す。僕も戸惑いながらその後に続く。


「ほら! やっぱりこの辺だった! ビンゴ!」


 彼女は両手を大きく広げて、くるくると回転する。スカートがたなびく。


「……この辺って?」

「境目!」

「?」


 首を傾げる僕に彼女は得意気に説明する。


「雨の降っているところと、降っていないところ!」


 彼女は右手を曇り空の方に伸ばし、左手を晴れ空の方に伸ばす。


「あ、ああ……」

「一度この境目に立ってみたかったんだよね~」

「……ぷっ! あっはっはっは!」


 僕は大笑いする。彼女は舌をペロっと出す。


「あ、ウケた?」

「うん……あのさ……」


 僕は目尻に浮かんだ涙を指で拭う。


「ん?」

「今日で仕事辞めるよ」

「ええっ!?」

「思い立ったがなんとやらって言ったでしょ? カフェの開店に向けて、本格的にスタートしよう」

「お、思い切ったね~」

「転機だからね」


 僕はウインクする。彼女は伸ばしていた右手の方に全身を寄せる。


「おお~心なしか、輝いて見えるよ~?」

「そりゃあ、そっちから見ればね?」


 彼女は曇り空の下から晴れ空の下の僕を見ておどける。


「あははっ、全身濡れちゃった……」

「ほら、風邪ひくよ? こっちにおいで……」


 僕は彼女に向かって手を伸ばす。次の瞬間……。


「ドーン!」

「!」


 大きな轟音とともに壁のようなものが上から降りてきて、僕と彼女の間を遮った。彼女の姿が見えなくなった。やや間を置いて僕は叫ぶ。


「……お、おい! 大丈夫か!? 返事をしてくれ!」


 その後、僕の世界は一変した。巨大かつ分厚い壁はドーム状のように展開し、S市のほぼ全体を覆ってしまった。

 異星人の侵略か、異世界人の侵攻か、それは分からない。ただ一つ分かっているのは、壁に触れようとすると、攻撃されるということ……。

 生まれ育った故郷を、平和だった日々を、そしてなにより、愛する彼女を取り戻さなくてはならない……!

 僕はその日から、レコンギスタに身を投じる戦士となった……。

 転機予報は最悪の形で的中した。

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