『同じ時代』

@AIokita

『同じ時代』

その不死の男は奇妙なほど礼儀正しく、人間社会にも溶け込んでいた。

彼の周りの人々は、彼が不死であることを知っており、それゆえに彼に敬意を払っていた。不死の男はそれであるにも関わらず、自らの知識や経験を笠に着ることもなく、定命の者たちを見下すようなこともしなかった。


不死の男は酒飲みの友人が病に倒れると、酒場の友がひとり失われることを嘆いた。美味しいパイを作ってくれる老婆が床に臥せったときも、彼女を訪れて別れを惜しんだ。

彼は飼っている犬が死んだときも落ち込んだ。

多くの別れが訪れるたびに、不死の男の魂は冬を過ごすように閉ざされた。

それでも、また春の訪れのように新しい出会いに喜び、素敵な時間を過ごしていた。


あるとき酒場で一人の女が不死の男に尋ねた。「貴方からしてみれば、私たちの一生など取るに足らないのでしょうね」と、不死の男は次のように答えた。

「私が不死であっても、君たちが過ごすのと同じように、時間の価値に変わりはない。わかるかな」

そう言われて女は「でも貴方は老いることも、死ぬこともない。今日できなかったことも、明日やればいい。明日できなくでも来週、それでも駄目なら来年でも100年後でも、貴方はいつでも自分の時間を生きられる。そうでなくて?」


不死の男は二つのグラスに年代物の葡萄酒を注ぎながら答えた。

「私が長く生きて、ひとつだけわかったことは『同じ時代』は二度とやってこないということだ」

そう言って男はグラスに注いだ葡萄酒を差し出し、二人でその色や香りや味を楽しんだ。


女は黙って考えたあとで、小さく「私にはわからないわ」と呟いた。不死への答えは望んでいたようなものではなかったのか、不満そうな横顔だった。しかし怒った様子もなく、組んだ脚をプラプラと動かして少女のような愛嬌も見せている。

不死の男も「私も気が付いた頃には季節が百ほど巡っていたからね」とグラスを傾けて笑いかけた。

葡萄酒を飲み終えると二人で酒場をあとにした。


女は店を出ると「今日は帰るわ」と歩き出した。

「明日は起きたら母の作った朝食を食べるの。何が出るかしら、きっと子供の頃から何度も食べたバターの卵焼きだわ」

そう文句を言いつつも、目を細め「でも食べたくなったのよ」と、柔らかな表情で家路を歩み続けた。

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