万物殺しの東雲無花果、とモブの私
赤夜燈
第1話 東雲無花果と常磐アヤ
隣の席の
すっと通った鼻筋に、黒髪が映える人形みたいな顔立ち、艶やかで赤い花みたいな唇。
これは彼女が抱える禁忌に、私こと隣の席のモブ、
東雲無花果は面倒見がいい。いつも集団の中心で花みたいに笑っているし、廊下にゴミが落ちていたときになにも言わずに拾ってゴミ箱に捨てたり、私が勉強で徹夜してうっかり教科書を忘れたら机をくっつけてくれたりする、そんな非の打ち所がない女の子だ。
けど東雲無花果は誰とも接触しない。抱きつかれそうになったらやんわりとかわし、触られそうになったらすっと避ける。
陸上とか水泳はやるし高校記録とかを平気で出すけど、バスケや柔道なんかは必ず見学している。事情があるらしい、というのが暗黙の了解だった。
私には、彼女がなにかを恐れてるみたいに見えた。
新学期のころ、ゴキブリが教室に這入って飛び回り、阿鼻叫喚になったことがある。
東雲無花果は飛んでくるゴキブリに、無言で手刀を放った。
たったそれだけでその大きな虫は絶命して、嘘みたいに床に落ちた。
静まり帰った教室で片付けをしようとする彼女を、私だけが手伝った。奇妙だった。はたき落とされたように見えた虫は潰れた様子もなく、ただ形を保ったまま絶命していた。
この一件で彼女と私の間はちょっと縮まり、けれど友達未満といった感じで時は過ぎた。
彼女に勝てるのは成績とかホラーに偏った読書量だけで、成績が発表されると「常磐さんはすごいね」と笑ってくれる彼女が可愛くて、死ぬ気で勉強した。
冬休みが終わるその日、用事を済ませて家に帰ろうとしたら、ちくりと首の後ろに視線が刺さった気がした。後ろを振り向いてもなにもいない、気のせいかな、と帰宅した。
「常磐さん。わたしが家まで送るから今すぐ帰って、七日間絶対外に出歩かないで。死ぬよ」
新学期の朝。
顔を合わせるなり東雲無花果に険しい顔で警告され、手を引かれてそのまま学校を出た。
「え?」
意味が解らなかった。彼女は嘘や与太でこんなことを言わないと思った。考えてから、質問することにした。
「なにか事情があるんだと思うけど、言えない?」
「言えない。それでかえって身の危険があるかもしれない。だけど家の外に絶対に出ないで、部屋からもお手伝い以外はダメ。窓も開けないで。電話もネットもやらないで。……お願い。クラスメイトが酷い目に遭うのは嫌なんだ」
彼女は深々と頭を下げた。
どうやら緊急事態らしい、と理解する。普段からあれだけ面倒見のいい彼女がこう言うのだから、嘘ではあるまい。
「わかった。明日から七日間、すごい風邪引いたってことにする」
東雲無花果はぱっと明るい顔になった。「ただし、」と私は続ける。
「終わったら、事情と経緯を話してほしい。――自分になにが起きてたのか、知らないってのは寝覚めが悪いよ」
「ありがとう。今言える範囲だと、そうだな……交通事故みたいなものだと思って。常磐さんはなにも悪くないから、七日間耐えて。そうしたら、事情を話すよ」
東雲無花果に家まで送り届けられ、私は引きこもることになった。
帰宅してすぐ、とんでもなくマズいことが起きてると悟った。
両親は仕事が忙しく滅多に帰ってこない。なのに玄関の扉がひっきりなしに叩かれる。スマホに文字化けした着信が絶えずかかってくるので電源ごと切った。パソコンが勝手に起動して画面が真っ赤になるから、こりゃ買い換えだなあと思いながら電源プラグを引っこ抜く。
「心霊案件っぽいけど、なんかしたか私?」
頭を抱えたとき、ふと東雲無花果の言葉と昨日のことを思い出した。
あの、刺さるような視線。彼女の言う、交通事故みたいなもの。
「となるとつまり――こういうことを起こせる『なにか』に気に入られるか嫌われるかなんかして、連れて行かれそうになってる、ってことか」
正解、と言わんばかりに窓が外から叩かれた。
「……よし。ホラー映画好きでよかった」
外界に繋がるものはとにかくだめだということは実証済みである。ならばやることは一つだ。
「買うだけ買って読んでない、積ん読を全部消化しちゃうぞ……!」
七日間、私は本棚の中身を引っ張り出して過ごすことにした。扉や窓を叩く手、電源を切ったはずなのに画面が真っ赤に染まるスマホ、夜中に外から聞こえる声、それら全部を無視して。無視して、無視して、無視して、七日目の夜明けをやっと迎えるころ。
「――やっと終わった、のかな」
窓の外が白く光っている。東雲無花果から着信があった。
ひっきりなしに続く怪奇現象でほとんど寝れなくなっていた私は、夢中で通話ボタンをタップした。
はた、と気づいた。
――このスマホ、電源を切ったんじゃなかったっけ。
「はいれた」
東雲無花果の声じゃない、誰、こんなおぞましい声の持ち主、私、知らない。
「はいれた、はいれた、はいれた、おまえ、わたしの、もの」
白い顔が窓に貼り付いて明るく見えていただけだった。それがガラスを通り抜けてぬるんと這入ってくる。天井につくくらいの大きさで、白いお面みたいな顔にぎょろりとした目がついている、化け物。
化け物の胴体には人の顔がいっぱいついていて、みんな声を上げて泣いていて、わたしもその一つにされるんだとわかった、けどどうしようもなくて、怖くて、わたしに化け物が手を伸ばしてきて、悲鳴も上げられなくて。
「……たす、けて、たすけて、東雲さん……!」
「来たよ、常磐さん」
その瞬間、化け物が這入ってきた窓ガラスを割って東雲無花果が部屋に飛び込んで、その右手で化け物を斬る。
あのときと同じだ、と思った。ゴキブリを殺すように、彼女は化け物を殺したのだ。
「いのち いのちが ひとつ へった おまえ、なにをした なにをををを」
倒れた化け物に、彼女は馬乗りになる。
「さっき斬られてわかったと思うけど、わたしの身体はあらゆるものを殺せるんだよね。生物無生物生者死者、怪異も問わず。殺そうと思えばなんでも殺せる、そういう異能。おまえ取り込んだ命のぶんだけ残機あるっぽいし」
ここで言葉を切って、彼女は私のほうを見た。
「わたしの名前は東雲無花果。クラスメイトに手ェ出したお前は絶対に殺す」
彼女は無表情で化け物に手刀を差し込み続ける。淡々とした様子に、これを何度もやってきたんだろうと考えた。
なるほど、人との接触を避けるはずだ。接触したら殺すかもしれないんだから。
面倒見がいいのは元々だろうが、笑顔を絶やさず誰も核心に触れさせず、誰も殺さないよう努力してきたのだ。
化け物は次第に小さくなって消えて、私はそれを見ながらある仮説を立てた。
仮説を立てたなら、実証するだけだった。
「ごめん、ガラス割っちゃった」と謝る東雲無花果に、私は抱きついた。
「なっ――」彼女は息を呑んで、「馬鹿! 死ぬよ!?」と怒鳴る。
「死なないよ」私は応える。
「あなたは私を守ってくれた。つまり殺す気はない。殺せても殺す気がないなら、私は死なない。――誰にも触れないなんて、さみしいかなと思って。助けてくれて、ありがとう」
「ばかぁ……」
窓ガラスの割れた部屋、二人で少しだけ泣いて、改めて握手をしてから、ちょっと長い冬休みは終わった。
そして、翌日。
「お弁当食べよう、無花果」
「うん、アヤ」
私たちはクラスメイトから友達になって、今日も一緒にお昼を食べる。ときどきお互いの髪に、おっかなびっくり触れたりしながら。
幕
万物殺しの東雲無花果、とモブの私 赤夜燈 @HomuraKokoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます