革命論

女子高生

第一章 






革命家が嫌いだった。



思想に命を賭す姿が滑稽に思えて仕方なかった。



この国が嫌いだった。



革命を禁じ、進歩を恐れ、ただ怯えて生きる国だった。




_________





父と母が死んだ。

二人は国の革新を追い求め、理想と共に燃え尽きた。



「この国の社会構造は、不平等で腐敗している。」

「国家の抑圧から人々を救い、本物の自由を手にするんだ。」



己の進む道が正しいと信じて疑わない、愚かな革命家だった。

私は両親が国に殺されても、何も感じなかった。

国に楯突くから死ぬのだ。

冷静になれば判ることを、なぜ理解できないのか。

理由は明確。

二人が愚かだからだ。



私は両親とは違う。

静かに、賢く生きるのだ。

両親の罪のせいで友人もできなければ、嫁の来手もないが、私は独りでも構わない。

生きてさえいればそれで良いのだから。




_________





知り合いが革命を志し始めたらしい。

愚かな事は止めてやろうと、私は彼の元に出向いた。

しかし彼は一向に私の言い分に乗らなかった。



「デモを起こしてみなさい。すぐに国警に命を刈られる。」


「僕は死ぬ事を恐れないよ。政府は国の正義を語って弱者を殺ぐ。富の偏在がその実例だ。こんな国で生きていく方がずっと恐ろしい。」


私が半ば呆れながら何度死を煽っても、彼は屈せず本物の正義とやらを語る。

その様が両親と重なり、不愉快だった。


「おまえは金に困っていないだろう。貧民の恨みを買うぞ。」


「もう仲間は居るんだ。街角の工場勤務者たちさ。低賃金や長時間労働、悪質な環境、そんな不平等な体制を変える為に今は作戦を練ってる。」


彼は革命成功の夢を胸に抱き、希望にその瞳を輝かせていた。

失敗を恐れない果敢な人間と話すと、己が惨めに思えて厭だった。

それに、そんな奴に何を言おうと無駄だと思った。


「…葬式には出てやらないからな。」


「はは、ご心配どうも。」


目を細めて笑う彼の横顔が、眩しく見えた。

きっと電球に照らされていたせいだ。

私は何も言わずに彼の元を後にした。




翌々週、彼は数十名の同志を引き連れて、デモ行進を行なった。

彼らは車道を塞き止め、思想を横断幕に掲げて


” 自由を返せ ”


” 弱者を救え ”


と怒号をあげている。

向かう先は国会議事堂らしい。

彼はもう、誰から見ても立派で粗末な革命家であった。




行進に目を奪われて歩みを止める民衆を横目に、私はまるで塵を払うような足取りで家路を急いだ。

呆れの情ばかりが心底から立ち込め、乾いた咳しか生まれなかったからだ。

今に見てろ。奴も理想に燃え尽き、命を落とす。



私の思考が革命家に理解されないように、私とて革命家彼らの気持ちが理解できない。

国はちょっとやそっとの力では変わらないからだ。

それに、命の価値は、革命そんなものに賭けて良いほど軽くはないのだから。



しかし、革命家の思想に賛同する自分が居る事に、私は気付かぬ振りが出来なかった。

今の政府は、富に目が眩み、守るべきものを履き違えている。

すべきことは、戦争で荒れた地の復興、労働条件の改良。

守るべきものは、弱き者の生活である。


金のある者は、金で解決すれば良い。

力のある者は、力をふるえば人を傷つけずとも保身には困らないだろう。

地位のある者には、部下が付き物だ。


では何も持たぬ者は如何すればいい。

誰が守ってくれるというのだ。


「…クソ。」


心が思考に苛まれていくのを感じ、私は革命の事は忘れてしまおうと布団に潜った。

やけに静寂が耳をついて不快だった。





_________





私は作家であった。

哲学を説く文学作家である。

文芸の世に特別名を馳せているわけでもないが、元々家が裕福だったこともあり、衣食住には困らない生活を送っていた。

夕暮れ時、私は街を気ままに徘徊していた。

西陽に照らされ煌めく海や、汽笛を鳴らす船を、港から眺めるのが私の日課だった。

私の仕事仲間はこの日課を、感傷に浸ると芯が揺らぐよ。と非難してきたが、思考の中、小説の世界の中で、殻に籠らない為に海の広さを知る必要があると思っただけなのだ。

道すがら、電柱に張り紙が出ているのに目がついた。


” 弱者を救え ”


書き殴るような力強い字体で書かれていたのは、件の革命家の言葉だった。

先日のデモ行進からひと月ほどが経った頃だった。

結局、行進は警察に強制退去させられたそうで、活動は控えているものだとばかり思っていたが、どうもそうではないらしい。

私は暫しの間張り紙を見つめ、それから胸に吹きつけた生温い風を無視して足を進めた。



向かった先は、通いつけのバー。

仕事仲間と飲む約束をしていたからだ。

薄暗い店内で一人、レコードのジャズミュージックに身を委ねて酒を嗜んでいると約束の時刻から半刻ほどして奴はやって来た。



「やあやあ、久しいねえ」

下がり切った目尻、常時薄らと笑みが浮かぶ口角。

おまけに遅刻を悪びれる素振りが一切見えない太々しさ。

いかにもなまでの善人顔の彼女の作風はホラー、中でもスプラッターの専門である。

彼女の著書は全作読んだが、心の臓を掴まれるようなヘビーな描写に毎度胸がもたれる。

人は見かけに寄らないのだと、彼女と会うたびに思い知らされるのだった。



原稿の締め切りに対する愚痴、新しい作案、担当編集者との反りが合わない話など、彼女がつらつらと言葉を紡ぎ続けるのを、私は適当に相槌を打ちながら聞いていた。

感性が程よく異なる人間の話は小説のネタになるし、何より酒の肴に丁度いい。



次第にアルコールが回り、気分が好くなってきたところで、私は彼女の言葉に耳を疑った。日光を浴びて微睡む背中にナイフを突き立てられたような気分だった。

「…今なんと?」



「む?だからね、その様を見て良い資料が手に入ったと嬉しくなってね。被害者の鮮血が飛び散る様だよ。次の話は銃殺にしようと心に決めた。」

彼女は興奮ゆえか、たった今呑み下したウイスキーそれゆえか、頬を紅潮させ、うっとりと微笑んだ。



「否、その被害者が革命軍の一人だと言ったか?」

切羽詰まった私の声色が愉快だったのか、彼女はくく、と喉の奥を鳴らして笑った。



「その通りだ。ちょうどここへ来る道中、奴らが駅前で会合を開いていてね。おそらく住民が通報したんだろう。警官が何十人もやって来て、今すぐ撤収しろと叫ぶんだ。しかし奴らは食い下がる。そこからは揉み合い殴り合いさ。そんなのが何十分も続くもんで、プッツンした警官が発砲。若い男が一人死んだ。んで、騒動を見てたら約束の時間に間に合わなかったってわけ。君だってそんな場面を見かけたら足を止めるだろう?」



「どんな男だ。長身だったか。髪の色は?」

厭な汗が額を伝い、まともに身動きも取れぬまま、私は縋るように彼女に尋ねた。



少し首を傾げて考え込むそぶりをした後、彼女はパッと顔を上げて能天気な笑みを浮かべた。明らかに焦りを浮かべる私を、彼女は面白がるばかりのように見えた。

「覚えてない。というか、噴き出す血液と周囲の人間の動揺しか見てなくってね。」

革命軍そんなところに友人でもいるのかい?君のそんな顔は初めて見たよ。」



「ただの腐れ縁だ。」

私は奥歯を噛み締め、彼女に断ってバーを出た。

革命家の生死を知る為だった。

別に奴が心配なんじゃない。

葬式の日程を決めてやる人間が居るのか確認する為だ。

冷たく重い夜の空気を吸い込む度に、喉の奥が少し締まった。



_________





「死んだのは副隊長だ。彼は工場長で、誰より部下の生活を気に掛けていた。僕の話に最初に乗ってくれたのも彼だった。」



彼は泣き腫らした目で私を部屋に招き入れた。

そう話す彼の声は弱々しく震えており、仲間の死に酷くショックを受けている事が容易に見て取れた。



「もう判っただろう。馬鹿な事は辞めなさい。次に狙われるのは長のおまえだ。」

仲間を亡くした彼にいささか同情は憶えたが、男を慰める趣味はない。

如何にも的外れな私の言葉は革命家の気分を損ねたようだった。



「僕は副隊長の分も任務を遂行する。革命をやり遂げてみせるんだ。」

「…あなたと話していると僕の信念が揺らぐ。もう口を出さないでくれ。」



顔を歪ませ、あからさまに私から目を背ける彼の姿が、なぜか脳裏から離れなかった。

暗い海の底に一人沈んでしまったように重い彼の声音を、何かに怯えるよう震える彼の瞳を、今でもよく覚えている。



そして予感は的中し、これが革命家との最後の会話になった。

ふた月ほどが経ち、彼が国警に囚われ、降伏しないもので処刑されたと聞かされたからだ。



革命軍に属する彼の仲間たちは、組織の長二人を亡くし、その野望ついえた。といった様子であった。

国の反逆者である革命家の葬式など、大々的に行えるはずもなく、彼は集団墓地に埋葬された。

空に轟く怒りの叫びも、今となっては街角の呻きに変わり、人々は小さな革命家の存在を少しずつ忘れていった。




下記の手紙は彼の遺書である。




僕は生まれた時から、世の為人の為に生きる事が定められていました。

僕の家が裕福なのは、弱き人を救う為。

僕が人よりも賢いのは、本当の正しさを知る為。

僕に勇気があるのは、この国を正しき方へと導く為。

父と母は私にいつもそう言い聞かせます。

僕はまだ学生という身分にありますが、社会の歪みを知っています。

政府の醜さも知っています。

僕はこの国で大人になりたくありません。


「強く、正しく、一心に」

僕は、僕の信条は正義なのです。

僕はあなたの信条も知っています。

「生きてさえいれば良い」でしょう。

そんなあなたが僕と同じ信念を胸の内に秘めている事も、僕は知っています。

でも、あなたは傍観者だ。

歴史の傍観者、その人間の言葉は後世に残りませんが、革命家の言葉は、信念は、歴史に刻まれるのです。

僕は国に逆らう罪人ですが、僕にとっては正義を持っていながら、力を持っていながら、なんの行動も起こさないあなたの方が罪人に思えます。


僕はあなたの瞳が恐ろしかった。

冷徹で、自分は間違っていないと信じて疑わない瞳。

父と母と同じものです。


これをあなたに読まれているということは、その時僕は革命に失敗して国に捕まり、殺されている事でしょう。

だから本音を言ってしまう事にします。

本当は、僕は自分が正しいのか、時折判らなくなってしまう事があります。

革命に燃える両親と、現状維持が一番だと静かに生きるあなたに、挟まれて育ちましたから。

僕は両親の残火の力で立っています。

仲間の悲嘆を聞いておいて、今更後戻りはできないのです。

僕は僕の正義にこの身を捧げます。

どうか僕の身勝手を許してください、兄さん。








革命家は、私の弟だった。





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