王権ニャン授説 〜猫が玉座で寝るだけの話〜
和泉 弘幸
王権ニャン授説
王権ニャン授説
王城の玉座の間は昼なお暗く、底冷えのする石の床が広がっていた。
天井は高く、壁には歴代王の紋章が刻まれている。ここは、この国で最も言葉が重く、沈黙が尊ばれる場所だった。
その日、勇者一行が王の前に招かれていた。
魔王軍との戦いに勝利した報告をするためである。
だが列の中に、一匹だけ異質な存在がいた。
猫に似た姿。
だが、決してただの猫ではなかった。
教会を介して神獣であることを全世界に告げられている猫──神獣キトラ。
死後は獣神として迎えられることとなっている勇者の守護獣。
近衛兵たちは直視するのを憚り、貴族たちは無意識に距離を取っていた。
勇者達だけが、その彼を「仲間」として扱っている。
王が立ち上がり、口を開こうとした、その時だった。
キトラは、玉座を見上げ、首をかしげた。
「……その椅子、あったかそうニャ」
場の空気が凍りつく。
王が座るための椅子。
国の象徴であり、権威そのものだ。
次の瞬間、その存在は軽やかに跳び、玉座の上に乗った。
「お昼寝するから借りるニャ!」
誰も声を上げなかった。
上げられなかった。
近衛兵は反射的に膝を折り、側近は顔色を失った。
勇者だけは何かを言いかけ、そして黙り込む。
王だけが、静かに立ち上がった。
「……神の御意志ということか」
王はそう呟くと、勇者たちの前まで歩く。
そして、誰の制止も待たず、床に座った。
冷たい石の上に直接座ったのだ。
「これでよい」
王は勇者たちを見上げ、穏やかに言った。
「これで儂も、そなた達――英雄の話を、対等な目線で聞くことが出来る」
その言葉に、誰も返せなかった。
王はそれ以上語らず、地に座したまま報告に耳を傾けた。
魔王に剣が届いた瞬間も、民の救えなかった命も、これから成したいことも、すべてを遮らずに。
玉座の上では、猫は丸くなり、満足そうに眠っていた。
やがて報告が終わり、静寂が戻る。
玉座の上で、耳がピクリと動いた。
「にぁ……」
目を覚ましたその存在は、大きなあくびをしてから周囲を見回した。
次に、玉座から王と勇者たちを見下ろす。
「やっぱり、勇者たちにもらった宝箱の方が寝心地がいいニャ」
そう言って降りようとした。
その瞬間、王が口を開いた。
「ではその椅子をお譲りいただけますかな」
猫は王を一瞥し、特に考え込む様子もなく答えた。
「好きにするといいニャ」
それだけだった。
王は立ち上がり、玉座に戻る。
だがその日を境に、王の統治は変わった。
民の声は遠くならず、国を守る兵は見下ろされず、決断は常に、民と同じ視線の高さから下された。
後に人々は、この王を「賢王」と呼んだ。
一度それを失うも、神に直接その座を認められ、再び受け取った王として。
そして、この出来事を巡って、ひとつの言葉が伝えられるようになった。
――王座とは、暖かくあるべきである。
それは、かつて地の冷たさを知った王が口にしたとされる言葉だ。
王は民のためにあり、民あってこその王である。
王座が冷えてしまえば、その下にいる民もまた冷えてしまう。
故に、王座は暖かくあらねばならない。
後世の歴史家たちは、この言葉を比喩として受け取った。
だが同時に、それを実際の政治姿勢として守り続けた王が、確かに存在したこともまた事実である。
この一連の出来事は、後世にこう名付けられた。
『王権ニャン授説』
王権とは握り続けるものではなく、冷たい地に座ることの出来る者に宿るのだ――と。
なお、その由来となった存在は、今日もどこかで、暖かい場所を見つけては宝箱の中で眠っている。
権威の象徴たる王の玉座ではなく、仲間が自分のために用意してくれた大切な宝箱の中で獣神たる猫は眠る。
王権ニャン授説 〜猫が玉座で寝るだけの話〜 和泉 弘幸 @yuki_84123
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