第17話 害獣駆除、そのあと
しばらく泣いて落ち着きを取り戻したニーナが、クロティルデの手を借りて立ち上がった。すっかり景色が変わった森を見回し、ニーナが告げる。
「なんだか、森をずいぶんと滅茶苦茶にしちゃったわね……」
「二十番を五発も撃ったんだもの。それくらいにはなるわ。でもあなた、やっぱり才能があるわね。あそこまで魔導弾に威力を込められる人は限られるわよ?」
ニーナがきょとんとした顔でクロティルデを見つめた。
「そうなの? 何かすごかったの?」
「爆発の大きさが、普通の
クロティルデがニーナを支えながら、森の中を歩いてレンツに近づいていく。傭兵たちは|野倒れている
害獣たちの死体や倒木を回避しながらレンツに辿り着くと、彼がクロティルデに告げる。
「ひとまず、外は駆除完了だな。残るは巣穴なんだが――」
レンツの視線が、怯えているニーナを捕らえた。彼女はクロティルデにしがみつきながら、害獣たちの死体を見ないように顔をクロティルデに押し付けている。その頭を優しくなでているクロティルデが、レンツに告げる。
「私はこの子を馬車に連れていくから、あとを任せてもいいかしら」
レンツが小さく息をついた。
「そうだな、その子にはこれ以上は毒だろう。あとは俺たちに任せて、馬車で休んでいてくれ」
頷いたクロティルデが、ニーナの背中を押して歩き出す。
「ねぇティルデ、まだ何かあるの?」
「あなたは気にしないで。今は早く、馬車に戻りましょう。後ろは振り返らないで、前だけを見てなさい」
クロティルデが背後に目をやると、レンツがロングソードを手に提げて坑道跡に入っていくところだった。傭兵たちは坑道の入り口付近に集まり、何かを話し合っている。
クロティルデとニーナは、二人だけで明るくなった森の中を歩き続けた。
****
坑道入り口にたむろするローガーたちが、中を覗き込んで話し込んでいた。
「レンツの奴、中で何してるんだ? 何にも見えやしないが」
「明かりを灯す魔法でも使えるんだろ。だが、俺たちはどうする? この害獣どもの死骸、放置はできんぞ」
傭兵たちが周囲を見回し、憂鬱そうにため息をついた。死体は放置すれば疫病を呼び込みかねない。大量の死骸なら、なおのことだ。
「焼くか?」
「そんな油は持ってきてないし、森の中で火を出せないだろう。運び出すにしても数が数だ。とても俺たちだけじゃ手が足りねぇよ」
ローガーたちが頭を悩ませる中、坑道の中から甲高い猿の声が聞こえてきた。それがいくつも響き渡り、傭兵たちがロングソードを構えて入り口を見つめた。
「……生き残りがいたのか?」
「奴らの声にしては、ずいぶんと高い声だったが……ああくそっ! レンツの野郎、無事だろうな?!」
中からの声が途絶えてしばらくすると、返り血を浴びたレンツが坑道の外に姿を見せた。
「――ふぅ。中にいた子供の
ローガーが眉をひそめてレンツを睨み付けた。
「まさか、『害獣どもの死骸を森の外に運び出せ』とは言わねぇよな?」
レンツが苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「言わないさ、そんなこと。ここの後片付けは、町の自警団たちにやらせる。戦わなかったんだから、後片付けくらいは自分らでしてもらうさ――馬車に一度戻る。必要なものを持ってきてるからな」
森の外に歩き出したレンツを、傭兵たちが慌てて追いかけた。
「必要なものって――おい、レンツ! なにをすりゃあいいんだ!」
レンツが表情を消して答える。
「……被害者たちを外に運び出す」
顔を見合わせたローガーたちは、森を歩きながらレンツから事情を聴きだし始めた。
****
クロティルデとニーナは馬車に辿り着いていた。返り血で真っ赤に汚れたニーナを見て、クロティルデが告げる。
「派手に汚したわね。着替えは持ってきてるの?」
「あるわけないでしょ? これ、ちゃんと落ちるのかな……」
「支部の魔導洗濯機なら落とせるけど、何日もその恰好でいるのは可哀想ね……仕方ないか。魔法で綺麗にしてあげる――≪
クロティルデがニーナに手をかざすと、手から放たれた光がニーナを包み込んだ。シミが消え去るように返り血の汚れが溶けて消えていく。ニーナは自分の服を見下ろしながら、その様子に驚いていた。
「なにこれ! 便利な魔法ね!」
すっかり綺麗になったニーナが、喜んでクロティルデに抱き着いた。クロティルデはニーナを受け止めきれず、尻もちをつくように倒れ込んだ。
「――ティルデ?! どうしたの?!」
「なんでもないわ。魔力が尽きただけよ。あなたは本当にタフよね、あれだけの魔導弾を五発も撃って、その後も
慌てたニーナがクロティルデの両肩を掴んだ。
「ど、どうしたらいいの?! お腹空いてるの?! お水飲む?!」
「少し横になってれば、多少は回復するわ。ちょっと手を貸してもらえるかしら」
頷いたニーナが差し伸べた手に、クロティルデが弱々しく捕まった。ニーナに支えられながら、クロティルデが馬車の荷台に転がり込む。すっかりグロッキーになっているクロティルデを見て、ニーナが涙目で口元に手を当てた。
「ごめんなさい……私を綺麗にするために、そんなに消耗するなんて」
「残った最後の魔力を使っただけよ。いま誰かに襲われたら、ちゃんとニーナが守ってね」
「――わかったわ! 任せて!」
ニーナも荷台に乗り込み、クロティルデを幌馬車の奥へと運んでいった。荷台に横たわったクロティルデが、ニーナに告げる。
「今はまだ、周囲に危険はないわ。それと、あなたは私の顔だけを見てなさい」
きょとんとした顔のニーナが、小首をかしげて尋ねる。
「どうしたの? 顔を見てほしいの?」
クロティルデが弱々しく微笑んで頷いた。
「そうよ? 決して目をそらしてはダメ。私の顔だけを見ていて。後ろを振り返らないで」
「後ろ?」
反射的に背後に振り向いたニーナが目にしたのは、二台目の馬車に戻ってくるレンツたちだった。彼らは荷台から毛布を何枚も取り出すと、それを抱えて森の中へ戻っていく。
小首をかしげたニーナが尋ねる。
「ねぇティルデ、彼らは何をしてるのかしら」
「ニーナ? 私の言葉を忘れたの? あなたは私の顔だけを見ていなさい」
「でも、なんで森の中に毛布を持ち込んだの? もしかして、あちらの馬車は毛布がたくさんあったのかしら。それなら移動中に貸してくれれば、夜も寒い思いをしなかったのに」
唇を尖らせるニーナの手を、クロティルデがゆっくりと握りしめた。
「あなたは何も知らなくていいの。いい子だから、こちらを向いて」
「……わかったわ。ティルデの顔を、穴が空くまで見てやるんだから!」
ニーナの視線を独占したクロティルデが、満足げに微笑んだ。その視線は背後の馬車に向けられている。しばらく待っていると、森の中から毛布にくるまれた『何か』を抱えたレンツたちが森から出てきた。彼らは次々と『何か』を荷台に乗せていき、再び森へ戻っていく。
――そう、やっぱり思ったより被害があったのね。
クロティルデの視線に気づいたニーナが、背後に振り返る――その視線が、毛布からはみ出た人間の力ない腕を捉えた。
「――やだ、あれって人間なの?! なんで人間が森の中から出てくるのよ!」
深いため息をついたクロティルデが、精一杯の力でニーナの手を握りしめた。
「ニーナ、見てはいけないと言ったはずよ」
「でも! 何が起こってるか、教えてくれてもいいじゃない!」
逡巡したクロティルデが、もう一度ため息をついて告げる。
「……被害者たちよ。その遺体を運び出してるの。おそらく、町に戻ったら共同墓地に埋葬するのでしょうね」
「遺体?! じゃあまさか、あれってさらわれた女性たち?!」
青ざめて口元を手で覆い隠したニーナが、震える声で告げる。
「でも、なぜ私に隠そうとしたの?!」
「知りたいの? 後悔しないと誓えるかしら――誓っても、知ってしまえば必ず後悔するけれど。それでも知りたいの?」
ニーナが怯えたように首を横に振った。
「ティルデがそこまで言うなら、私はもう振り返らないわ」
しょぼくれたニーナが、力尽きるようにクロティルデの隣に体を倒した。二人は向かい合った状態で手をつなぎ、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
「……どのくらい時間がかかるの?」
「持ち出した毛布の数からすれば、もうすぐ終わるはずよ――ほら、戻ってきた」
傭兵たちが作業を終え、ローガーを先頭にこちらの馬車に戻ってくる。男たちも青い顔で馬車に次々と乗り込んでいった。御者席に座ったローガーが馬を走らせ、馬車がゆっくりと走り出す。傭兵たちは無言のままうなだれ、酒を取り出しては口にしていた。
「……畜生、あんなひでぇことになるなんてな」
「手遅れ、いやあれ以上の被害を出さずに済んだんだ。それで良しとしなきゃならん」
傭兵たちの言葉を聞いたニーナが、青い顔でクロティルデに抱き着いた。
「襲われた女性は、さらわれるって言ってたわよね? じゃあ、後ろの馬車にいるのは、その女性たちなの?」
クロティルデは何も言わずにニーナの背中をさすり続けた。馬車は昼間の草原を、南に向かって走り去っていった。
****
クロティルデたちを乗せた馬車は、日が落ちる頃にエーヴェンバルトに戻った。町の入り口でレンツが操る馬車は分かれ、別方向に走り去っていく。クロティルデはそれを見届けてから、ゆっくりと体を起こした。ニーナが心細そうにクロティルデにしがみつき、青い顔のままその肩に顔をうずめた。
「はいはい、大丈夫よ。もう終わったの。怖がることは、もうないわよ?」
ニーナは黙って頷いたが、クロティルデから離れずにいた。傭兵たちは少しは気分が回復したのか、威勢のいい声で告げる。
「ともかく! 作戦は無事成功だ! 死ぬかと思ったが、なんとか生きて帰れたな!」
御者席のローガーが、背後に振り向いて苦笑を浮かべた。
「総勢八名、相手は百を優に超える害獣。やろうと思えばやれるもんだな」
クロティルデが呆れながら答える。
「あなたたち、そんな調子で
「あんな胸糞悪い仕事、二度と受けるかよ! レンツの野郎、よくもあんな役目を請け負ったもんだぜ!」
ニーナがピクリと反応して、ローガーに顔を向けた。
「レンツさんが、何かしたんですか?」
ローガーは顔をしかめながら頷いた。
「生き残っていた被害者たちに、とどめを与えて回ってたよ。いくらもう正気じゃないと言っても、よくできるもんだ。俺ならいくら積まれても御免だね!」
肩を震わせるニーナが、ぽつりとつぶやく。
「なんで……なんで殺しちゃうんですか」
クロティルデがため息をついた。
「知らなくていいといったのに――さらわれて苗床にされた女性たちは、もう人間には戻れないの。心と体を壊されて、一生苦しむことになる。だから巣で見つけた被害者たちは、『救済』を与えるのよ。それが彼女たちが心安らげる、唯一の道だから」
「そんな……そんなのってないよ!」
「……ニーナ、あなたは害獣に尊厳を殺され、何体も奴らの子供を産まされ、自分を見失った人たちに『生きろ』と言えるの? もう自分が害獣なのか人間なのか、その区別すらつかなくなってしまった人たちに、もっと苦しんででも生きてほしいと言えるの? 彼女たちは体が変質し、元の人間には戻れないの。元の生活に戻れず、誰かに世話をしてもらわないと生きていけなくても、それでも『生きてほしい』と言える? それがどんな生き地獄なのか、想像できないとは言わせないわよ?」
クロティルデの目を見つめていたニーナが、ボロボロと大粒の涙を流しながらクロティルデに抱き着いた。クロティルデはその背中を優しく撫でながら告げる。
「大丈夫、彼女たちの地獄は終わったわ。これでもう苦しむことはないの。救われたのよ」
ニーナはそれに答えず、大声を上げながら泣き続けた。
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