最強王女退魔師なのに、半魔だけ斬れない

みつまめ つぼみ

第1章 邂逅

第1話 退魔師クロティルデ

 春の日差しが照り付ける街道で、一台の馬車が野盗に襲われていた。


 妻と若い娘を背中にかばう商人の男が、ロングソードを震える手で握りしめている。


 周囲を取り囲む野盗たちは、下卑た笑みを浮かべながら剣で威嚇しつつ告げる。


「お頭ぁ、後ろの嬢ちゃんは楽しめそうですぜ」


「あーん? よく見てみろ。目が赤いじゃねぇか。なんかの病気持ちだ、ありゃ。役に立たねぇよ」


 若い娘は盗賊たちから隠れるように母親に抱き着き、顔を隠した。


 別の野盗が退屈そうに商人の男を牽制して切りつけながら叫ぶ。


「そんなこと言っても、後ろのババアは年を食いすぎですぜ! 楽しめねぇし売っても安い!」


「チッ、外れか。大して積み荷もなさそうだ。とっととバラして終わりにしちまえ!」


 ふと、街道の奥に顔を向けた野盗が声を上げる。


「お頭! 誰か来ますぜ!」


 リーダーが退屈そうにそちらに顔を向けた。


「あー? 新しい獲物か? どんな奴だ」


 街道の奥から歩いてくるのは、小柄な少女だった。長い髪を含めて、全身を喪服のような黒で染め上げている。長いマントで体型はよくわからないが、盗賊たちに怯むことなく近づいてきていた。


 野盗が少女のミニスカートから覗く、タイツで包まれた細い脚を見て喉を鳴らした。


「お頭、女ですぜ」


「見りゃあ分かんだよ! だがよく見ろ、ガキじゃねぇか!」


 リーダーの視線が、リボンが添えられた少女の胸元に向けられた。そこにはささやかに女性らしさを主張するふくらみがあるだけだ。


「だがお頭、ありゃ十二かそこらだ。ガキでも女は女、使い物にはなりますぜ? それに顔も小さいし美人のたぐいだ。充分楽しめるんじゃねぇですか?」


「ケッ! 女日照りで飢え過ぎだ、てめぇらは――っと、商人のあんちゃん、どこに逃げる気だ?」


 野盗たちの隙を見て下がり始めていた商人の男に、リーダーがロングソードの剣先を突き付けた。商人の男は怯えた様子で足を止め、恐怖で固唾を飲んだ。


「……あんたら、あっちの方が好みなんだろう? 俺たちは見逃してはくれないか」


 野盗のリーダーが楽しげな笑みを商人の男に向けた。


「そうだなぁ……その剣を捨てて、地面に額を付けてお願いしてみろ。それで考えてやる」


 商人の男は一瞬ためらったが、言われるままにロングソードを地面に放り出し、膝をついて額を地面に押し付けた。


「……どうか、俺たちは見逃してください」


 野盗たちが下品な笑い声をあげた。


「ガキを生贄に差し出して、自分らは助かりたいってか? いい大人がみっともねぇなぁ!」


 野盗のリーダーが剣を振りかぶり、這いつくばっている商人の肩口にロングソードの切っ先を突き刺した。商人の男の悲鳴が上がる中、遠くから歩いてきた少女が馬車のそばで立ち止まった。


 野盗たちは少女を取り囲むように剣を向け、下卑た笑みで少女の体を値踏みしていく。幼い少女でもお構いなしの態度に、しかし少女は平然とその視線を受け止めていた。


「これはどういうことかしら? この国はずいぶんと治安が悪いのね」


 野盗の一人が前に出て、少女にロングソードを突き付けた。


「死にたくなければ、大人しく言うことを聞け。『悪いようには』しねぇよ」


 野盗たちから楽しげな笑い声が上がった。


 野盗のリーダーが背後から声を上げる。


「殺すなよ?! 楽しんだ後は娼館に売るぞ!」


 少女は小さく息をついたあと、ハーフ丈の上着の懐に手を入れた。その手が懐から引き抜いたものは、手のひらより少し大きい、筒を持った奇妙な道具だった。『魔導銃カラミテート』――一般には知られていない、魔導の力で銃弾を射出する兵器だ。


 野盗たちはきょとんとした顔をしたあと、楽しそうに笑い声をあげた。


「なんだそりゃ! お守りかなにかか? 神様に祈るなら、もっとましなものを出しな!」


 それがその野盗がこの世に残した最後の言葉だった。


 少女が引き金を引いた瞬間、乾いた破裂音と共に野盗の胸に大穴が空いた。少女は反動で体がのけぞるが、足さばきと体幹のばねで勢いを殺し、次の野盗に銃口を向ける。なにが起こっているのか理解できていない野盗たちが、少女の精密射撃で腹や頭、胸を次々と失っていった。


 野盗のリーダーが青い顔で叫ぶ。


「そのガキの腕を切り落とせ!」


 少女の銃口が野盗のリーダーに向けられ、次の瞬間にはその頭部がこの世から消え去っていた。


 二十人いた野盗たちは半数が地面に倒れ伏し、恐慌を起こしかけた野盗たちは背中を向けて駆け出した。その背中にも七.六ニミリの銃弾は容赦なく襲い掛かり、すべての野盗を大地に沈めていった。


 辺りが静まり返ると、少女はグリップから弾倉を外して放り出し、懐から新しい弾倉を取り出して装着した。


「――ふぅ。今日はこれで何回目かしら。そこの人たち、無事だった?」


 黒髪の少女が近づいていくと、商人の男たちも怯えて後ずさりを始めた。


「あ、あんた! なにもんだ!」


 少女は魔導銃カラミテートを懐のホルスターに納めると、ニコリと微笑んで手首に嵌る黄金の腕輪を見せた。


「私は退魔師バンヴィルカークロティルデ、退魔協会アドラーズ・ヴァハトの人間よ。それより、怪我は大丈夫かしら。応急処置ぐらいならしてあげられるけれど」


 腕輪に刻まれた鷲の紋章を見た商人の男が、ゴクリと喉を鳴らす。


退魔師バンヴィルカー……噂には聞いてたが、本当にいたのか」


「どんな噂なのかしらね。動かないで、いま魔法をかけてあげるから」


 少女――クロティルデが起き上がった商人の男の傷に手を触れた。


「≪生命の息吹レーベンス・ハウハ≫!」


 クロティルデの手が金色に淡く輝き、男の肩口から流れる血が止まっていく。


 驚く男に、クロティルデが告げる。


「これはあくまでも血を止める程度の応急処置よ。しばらく安静にしていなさい」


 止血が終わるとクロティルデが手を離し、男に微笑みかけた。


 奥で震えていた母親と若い娘が、たまらず男に駆け寄っていく。


「お父さん! 大丈夫?!」


 妻と娘に支えられて立ち上がった商人の男が、クロティルデに深々と頭を下げた。


「……助かりました。ありがとうございます」


 クロティルデは微笑みながら答える。


「どうってことはないわ。それより、そっちの子は目が赤いのね」


 男の表情が陰った。


「はぁ、一か月前から突然赤くなりまして。町の医者ではお手上げでしたので、隣町の医者に相談に向かうところでした」


「そう……残念だったわね」


「は?!」


 クロティルデの視線は、若い娘の緋色の瞳に向けられていた。


「その子はもう、魔に魅入られてしまっているわ。助かる方法は一つだけ――今、私が助けてあげる」


 右腕を高く掲げたクロティルデが叫ぶ。


「≪天空の大鎌アドラー・フリューゲル≫!」


 クロティルデの右腕がまばゆく光り輝き、長い尾を作っていく。その光が大鎌の形を取ると、クロティルデは大鎌を両手で振り回しながら構えた。


 商人の男たちが唖然としてる間に、クロティルデは素早く若い娘に駆け寄り、大鎌を振るった。その刃が彼女を切り裂こうとした瞬間、母親が身を挺して娘をかばっていた。


 大鎌の刃は母親と若い娘、二人をまとめて切り裂いた。驚く男の前で、若い娘の体だけが白い光に包まれ、戸惑いながら体が光に帰っていく。光に分解された体が衣服を残し、跡形もなく消え去っていった。


 目をつぶっていた母親が慌てて背後を振り返ると、残された衣服を見て呆然と立ち尽くしていた。


「そんな……あの子は?! ベリトはどこに行ったの?!」


 クロティルデが大鎌の柄で地面を突いて答える。


「彼女は『救済』されたわ。魔に魅入られた魂は、聖神様のもとへ送られたの。そこで清められたあと、冥界に送られるわ」


 商人の男が慌てて妻の元に駆け寄った。


「お前! 一緒に切られていたが、大丈夫なのか?!」


 妻は娘の衣服をひざまずいて抱きしめていた。


 クロティルデが男に告げる。


天空の大鎌アドラー・フリューゲルは『悪竜ニド・ヘグ』にしか通用しないわ。人間には無害な力なの。悪しき存在になってしまった魂を救う、聖神様の力よ」


 大鎌を消したクロティルデが立ち去ろうとすると、商人の男が地面に落ちていたロングソードを拾い上げて切っ先を彼女に向けた。


「あんた、なんで娘を殺したんだ?!」


 クロティルデが振り向いて笑顔で答える。


「殺したんじゃないわ。『救済』したの。ああしなければ、あなたたちはさらに不幸になっていた。一度でも魔に魅入られたら、ほかに手段はないのよ」


 商人の男が憎しみを込めた眼差しでロングソードを振りかぶり、クロティルデに切りかかった。クロティルデは魔導銃カラミテートを素早く引き抜き、男が持つロングソードだけを撃ち抜いて粉砕した。


 銃口を向けられて怯える男たちに、クロティルデが告げる。


「私は善人を殺すことはなるだけしたくないわ。でも、身を守るためなら仕方ないとも思ってるの。私を憎みたければ憎みなさい。死にたければ、襲い掛かってきてもいいわ。あとはどうするか、自分たちで決めて頂戴」


 しばらく銃口を突き付けていたクロティルデが、魔導銃カラミテートを懐に納めた。


 男たちが動かないのを確認すると、クロティルデは前を向いて歩き出す。


 残された夫婦は、娘の衣服を前に泣き崩れていた。





****


 馬車からしばらく離れたあと、クロティルデは小さく息をついた。


「入国して早速の『悪竜ニド・ヘグ』ね。幸先がいいんだか悪いんだか――ん? 何かしら」


 空の向こうから、クロティルデを目指して飛んでくる小さな影――協会の使い魔だ。鳩のような白い鳥が、クロティルデが差し出した手を目指してまっすぐ降りていく。


 クロティルデは、手に留まった鳥の足に括り付けられた書簡から手紙を取り出した。使い魔の鳥は大空へ向かって帰っていった。


 彼女の金色の瞳が手紙に目を通していく。懐から地図を取り出し、指をさしながら名前を探していった。


「シュタインドルフ、シュタインドルフ……すぐ近くね。立て続けなんて、聖神様のお導きかしら」


 ため息をついたクロティルデは、地図をしまって街道を歩き出した。


 次の目的地へ向かい、彼女の足は迷いなく北東へと進んだ。

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