修学旅行に行かなかった僕と、彼女の一日

犬熊 ねずみ

修学旅行に行かなかった僕と、彼女の一日

 僕こと名倉照なぐらてるは修学旅行に行かなかった。風邪などで休んだのではなく、ただのサボりだ。

 そして、今日は修学旅行に行かなかった人が学校で自主学習をする日である。いつもの騒がしさがない、寂しい廊下を一人で歩く。


 代り映えのしない廊下を歩いた末に、やっと自分の教室の前についた。扉に手をかけ、勢いよく開く。すると、そこには一人の女子がいた。

 鷹宮麗たかみやれい。クラスで一番修学旅行を楽しみにしていた女子だ。


 けれど彼女は、僕と同じように修学旅行に行っていない。


「え!?名倉君、なんでここに……」

「鷹宮さん!今から修学旅行に行こう!」


 僕の突拍子のない言葉に、鷹宮さんは目を見開いた。

 急にこんなことを言われても困るだろうな……。だけど、僕はこのためだけにサボったんだ。できれば来てほしい……。


「急にどうして……。それに何をするつもりなの?」

「学校、抜け出すんだよ。その後は電車に乗って」


 先生からの評価なんてどうでもよかった。修学旅行を一番楽しみにしていた彼女には、修学旅行を味わってほしかった。


「私のためだけに休んだの?」

「あぁ。嘘をついてサボった」


 不思議そうな顔をしながら、そう問いかけてくる。

 彼女からすれば、随分アホな事をしているように見えてるんだろう。


「ふふっ、あははっ!名倉君って、本当にバカでしょ!」


 お腹を抱えながら大声で笑う。涙が出るくらいの大笑いだ。

 そして、ひとしきり笑った後にこう言った。


「じゃあ、行こっか!せっかくだから、思う存分二人きりの修学旅行を楽しも!」


 鷹宮さんは笑いながらそう言い、その言葉に僕は安堵した。

 

 これが最後の修学旅行だ。だからこそ、楽しませなければ。



 /


 学校をこっそり抜け出し、電車に乗って数十分。僕たちは有名な水族館に来ていた。

 平日な上に随分と早い時間だからか、人はまったくいない。


「水族館とか久しぶりだ~」

「人がいない分、ゆっくり楽しめそうだね」


 学校を抜け出して遊ぶのは、罪悪感が凄まじい……。先生は今頃困ってるだろうな……。


「ほら、早く入場しよ!」


 まぁもう遅いか。修学旅行なんだから楽しもう……。

 鷹宮さんに続くように早歩きをする。そして係員に言った。

 

「大人一名でお願いします」


 言い終わってから、僕は一瞬だけ隣を見た。


「かしこまりました。こちらが入場券です」


 入場券を受け取り奥へと進んでいく。

 すると、ガラスの中に色とりどりの魚が泳ぐ空間に出た。


「わあ……。きれい」

「すごいな……」


 やはり有名な水族館というだけあって、とてもきれいだ。

 鷹宮さんはガラスに張り付くように見ている。


「私、自由行動で水族館に行く予定だったんだよね」

「知ってるよ。だからここにしたんだ」


 鷹宮さんはいつも学校で水族館について調べていた。それはクラスのみんなが知っていることであり、同時にそれほど楽しみだったということだった。


 

 ——そのままクラゲやサンゴ、ペンギンなど水族館を見て回り、気づけば昼前になっていた。どんどん人も増えてきている。

 お土産コーナーやイルカショーで時間を使いすぎていたようだ。


「そろそろ昼飯にしよう」

 

 フードコートへ行き、僕はカレーを頼んだ。

 注文したのは、僕の分だけだった。それを、当たり前だと思ってしまうのに少しだけ寂しさを感じた。


「それにしてもイルカショーはすごかったね。少しだけ濡れちゃったよ」


 雨合羽を着ていたが、少しだけ顔にかかってしまった。鷹宮さんは濡れていないようだ。


「……ねぇ、名倉君さ、私と話してて大丈夫なの?」


 深刻そうな顔をしながらそう言う。僕のことを心配しているようだ。


 辺りを見渡すと、昼時のフードコートには人が多く、多くの人がこちらを見ている。

 僕に注目が集まっているようだ。


「大丈夫だよ。今は楽しむことだけを考えよ」

「……うん。分かった」


 あまり納得がいっていないようだが、それでも話し続けてくれた。

 そして、水族館の感想を言い合いながら、カレーを楽しんだ。

 


 その後、近くにある展望台へ、浜辺を歩きながら行くことになった。左を見れば大きな海が広がっている。

 ここが最後の場所だ。これで修学旅行は終わってしまう。

 

「名倉君、すごいよ!水が全然冷たくない!」


 海で鷹宮さんが遊んでいる。くるくると回ったり、水を蹴り上げながらそう言ってくる。だが、水しぶきは上がらない。

 冬の海だから冷たくない訳ないんだけどな……。でも、楽しんではくれてるようだ。


 冷たい風にさらされながら、展望台の下にたどり着いた。もう昼なのに、水族館とは違い、人はいないようだ。


「懐かしいなぁ、ここ。小学生で家族と来た時以来かも」

「ここからの景色、結構きれいだけどあんまり来ないよね」


 階段をのぼりながら会話をする。ここに行けると知ってる人はあんまりいない。いわゆる穴場スポットだ。

 

 そして、階段を登りきると、柵の内側から海を見下ろせる場所へとたどり着いた。

 海が太陽の光を反射し、綺麗に光っている。


「おお!やっぱりきれいだね!」

「他に人もいないし、ちょうどよかったね」


 鷹宮さんが手すりを乗り上げながら感嘆の声を漏らす。

 やっぱり、どんな時でも同じようにふるまえていてすごいと思う。


「やっぱりここからの景色はきれいだね。」

「みんな知らないの損だよな」


 僕も手すりに近づきながら言う。

 海は広大で、悩みなんてなくなりそうだった。


「……また、家族と来たかったな」


 手すりから降り、達観した顔でそう言う。その横顔を、僕は見ることができなかった。


「はあ~ぁ。修学旅行もこれで終わりかぁ」


 鷹宮さんが溜息を吐きながら、悲しそうに言う。

 僕も、この数時間は目に焼き付いてしまっている。特に、鷹宮さんの笑顔は鮮明に思い出せるくらいには……。


「ねぇ、名倉君……。写真撮らない?」


 その言葉に一瞬だけ躊躇った。

 ——分かっているからだ。


 

 そこに鷹宮さんが映らないということが。


 

「……いいよ」


 だけど、撮らなければいけない。確認するために。


 スマホを構える。

 フレームの中には海や空、そして鷹宮さんが立っているはずの場所。

 シャッター音が鳴る。


「……」

「……やっぱりだめかぁ」


 写真の中には僕一人しか映っていなかった。


「分かってたんだけどね……。それでも確かめたくなっちゃった」

「僕も……いまだに信じられないよ」

 

 体からどんどん力が抜けていく。立っていられなくなり、座り込んでしまうほどに。


「…………」

「…………」


 沈黙が訪れる。何も言えなかった。励ましも慰めも。


「あーあ。まだやりたいことたくさんあったんだけどなぁ」


 沈黙を破ったのは鷹宮さんだった。さっきまでとは違い、明るくそう言う。

 その声が無理やり出しているように聞こえて、少しだけ苦しくなる。


「でも、修学旅行には行けたから大満足!」


 そう言って、ニコッと笑ってくる。

 その笑顔を見た瞬間、胸が締め付けられて涙があふれる。


「だから……、ありがとね」


 しゃがみこんで、僕に目線を合わせながらそう言う。

 だけど、その目線を受け止めきれなくて、思わずそらしてしまう。

 

 言葉に詰まる。伝えたい言葉が出てこない。


「楽しかったよ……」


 けど、その言葉で胸のつっかえが取れたような気がして——

 

「こちらこそ、楽しかったよ」


 やっと出てきた。


 鷹宮さんは手を伸ばし、涙を拭おうとしてくれる。けど、その手は僕の顔に触れることはなくて……、嫌になる。


 僕が彼女にしてあげられることは少なかった 。

 それでも——最後には笑ってくれた。


 それだけで、僕も満足できた——

 そんな気がした。

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