第17話 きゅぴの彼氏役
何度目かの授業を終えた合間の休み時間。次の授業を終えれば、やっとお昼ご飯の時間なのだが、また訪れた休み時間に、俺はちょっと気が滅入っていた。
「はあ、最近お気に入りだった彼と別れたから寂しいわ……」
俺は横目で、その原因である大ほらを吹いている隣のギャルを盗み見る。
……また始まったよ、きゅぴの虚言てんこ盛りの見栄っ張りタイム。
「はあ……」
離れたいが、俺ときゅぴの机はまだくっついたままだった。
どうやらきゅぴの教科書は到着が遅れているらしく、早くても休み明けにならないと手に入らないらしい。
だからまだくっつけているのだが、それはいい、それはいいんだが。
「ええっ!? きゅぴさんってつい最近まで彼氏いたんですか?」
隣では、きゅぴが経験豊富だとクラスの女子達にモテはやされるという、昨日と同じ光景が広がっているのだが、明らかに昨日より見栄が大きくなっていた。
これを休み時間の度に聞かされる身にもなって欲しい。
「彼氏ってほどじゃないんだけどね、でも転校することになったから、もう会えなくなって寂しいのよね、だって……」
経験ないくせにさっきから何言ってんだこいつは……昨日、きゅぴに協力すると俺が言ったからか、きゅぴは安心して嘘を吐きまくっているみたいで、
「あたしの中では彼との相性がよかったんだけどなぁ……」
とんでもない見栄っ張りの化け物みたいになってしまった。
「……相性がいいって?」
「そりゃ相性って言えば、体の、相性でしょ……」
「しかも彼氏じゃない相手とのえっ―ーもごもごっ」
「だから直接的なのはやめなさい!」
「つまりよく遊んでいた男と××の相性がよかったと……」
「「「きゃあきゃあきゃあっ!」」」
クラスの女子達は、きゅぴの話しを真に受けて尊敬と興奮の入り交じった声を上げた。
「ふっふーん」
その反応にきゅぴはご満悦の様子だ。
……で、さっきからこんな感じのやり取りを、俺は隣で聞かされ続けていた。
嘘だとわかっているからか知らないが、もうお腹いっぱいだ。
「みんな知ってる? 男って終わった後にこそ本性が出るんだよ。だから、終わった後にもちゃんと優しくしてくれるか、それを見極めるのが大事って言ってたよ」
……言ってた?
「それは凄い参考になるけど……言ってた?」
「ああっ!? ま、間違えた、大事よ、大事なんだからねっ!」
きゅぴが一瞬俺を見たが、何とか自分で乗り切ったみたいだ。
実際の経験はない癖に、妙に生々しいことよく言うなと思ったけど、もしかしたら夢魔界で仲間のサキュバスに色々と聞かされてきたのかもしれない。
「さすがきゅぴさん、経験豊富な言葉だわ……」
だけど、きょぴ信者のクラスメイトの女子達は、別に不審には思わなかったらしい。たぶん、彼女への崇拝でわりと何とかなりそうな気がする。
バレないことへの俺の協力なんていらんだろ。
「他にもね――」
……もういいや、それよりも目下の問題はこっちだ。
「別れたばっかりか、だったら尚更今がチャンス……」
前の席の助六が、今か今かときゅぴへの告白する機会を窺っていた。
さすがに人の目があるクラスの中ではきゅぴに告白しないと思うが、さっきの助六の勇み足にも見える態度から考えるに、今日中には告白する予感がする。
このまま俺が何もしなければ、きっと……。
幸か不幸か、助六の告白の協力の話しはあれからしていない。
たぶん、隣にきゅぴがいるから出来ないんだと思うんだが、このまま俺がきゅぴの告白を止めなければ、どっちみち協力しているのと同じだ。
……助六をとめるべきか、それとも、助六に協力するべきか。
きゅぴのことが好きなら止めるべきだが、助六みたいにハッキリと好きかと聞かれると正直わからない。
「何でもあたしに聞いてね? 向こうでたくさん――」
きゅぴを可愛いと思っているし、恋人同士になれたら嬉しいと……思う。だけど、こんなハッキリと好きと言えない気持ちで、助六を止めて良いんだろうか?
いったいどうすれば……。
「ところで何だけど、きゅぴさんは彼氏は作らないの?」
「えっ!? 彼氏!?」
あまり大げさな反応するなよ、お前はリアクションでもバレるタイプだ。
「うん、だって彼氏っぽい人と別れちゃったんだから、今はフリーってことじゃん。あ……今私、ドラマみたいな感じで自然にフリーって言っちゃった」
何か変なテンションの女子はさておき、きゅぴが変に焦っているように見える。
「かかかか、彼氏!? あ、あたしが!?」
……動揺を抑えろよ、きゅぴ。
作るつもりがあるとでも言えばいいだろうに。協力すると言ったし助けてやりたいが、俺がここで割って入るのは不自然が過ぎる。
「ええっと、ええっと……」
ここはきゅぴに頑張って貰わないと。
「もちろんきゅぴさんがよ。さっきも彼氏がいなくて寂しいって言っていたから、すぐに作るかと思ったんだけど……え、まさか作らないの?」
たぶん天然なんだろうが、きゅぴにその煽り方はマズい気がする。
「つ、作らないことはないわよっ、彼氏でしょ? もちろん、つく――」
影ながら横で応援していると、不意に顔を赤くしたきゅぴと目が合った。そして何を思ったのか、俺の方に体をグイッと近づくと、俺の腕を自分の胸元に引き寄せた。
「作ったわよ! 彼氏!」
「へ?」
わけがわからず、きゅぴを見ると、てかこいつ目がグルグルと回ってないか?
『たすけて』
声は出ていないが、俺にはそう言っているように聞こえた。
……え、彼氏、俺が?
「ちょ、お前マジか! マジかお前!」
『協力するとは言ったが、まさか彼氏役を俺にやれってか?!』
伝わるかわからないが、必死に心の声をきゅぴに飛ばす。
「なななな、何を驚いているの蒼っ!? 昨日から付き合っているじゃない?」
『あたしが××したことないことがバレないように協力してくれるって言ったよね!? 本当は誰とも付き合ったことがないなんてバレたくないのっ! だからお願い! 彼氏になって!』
きゅぴの表情から、心の声が必死にそう言っているような気がした。
おいおいおい、協力するとは言ったが、彼氏役になるなんて思ってなかったぞ。
「お、お二人とも、付き合っているんですか?」
きゅぴ信者の女子達も、さすがに俺たちの様子をおかしいと思っているのか、黄色い歓声を上げずに、二人の関係性を疑っているような……そんな気がする。
「そ、そうよね~? 蒼~? あたし達付き合ってるよね~?」
よっぽど頷かせたいのか、きゅぴは顔を近づかせて頷くように圧をかけてきた。さらには俺の腕を精一杯に掴んで、自身の大きな胸に引き込んでくる。
……顔が近いし、それに、む、胸があたってる。
『お願いお願いお願いおねがいおーねーがーいー』
それほど必死ということだろうか、焦りと必死さで、きゅぴの顔は赤くなってきて目がグルグルと回っている。
このままだときゅぴはまた気を失ってしまうかも知れないと思い、
「……うん、付き合ってるね」
もうそう答えるしか、俺に選択肢はなかった。
「「「きゃあきゃあきゃあっ!?」」」
疑惑が確信に変わり、きゅぴ信者の女子達は俺たちを見て黄色い歓声を上げた。
「な、なんだと……」
「いや、まだ慌てるな、ギャルの気まぐれの可能性がある……」
「気まぐれで付き合って、気まぐれでわかれる、それがギャルだったな」
男達が静かに騒いでいるが、とりあえず大丈夫そうだ。
「さすがきゅぴさん! もう新しい彼氏を作るなんてさすがです!」
「昨日の今日で彼氏をつくるなんて憧れる、すごいきゅぴさん……」
「えへへ……」
憧れられて嬉しいのか、きゅぴがだらしない顔でヘラヘラ笑っている。見栄っ張りを増長させただけのような気がしてきた。
「わ、私は怪しいと思ってたわよ、さっきからきゅぴさん、宝生くんのことをチラチラと見ている気がしたもの」
え、そうなの……ときゅぴを見れば、さっきまで圧をかけていた顔は俯いていた。
「そりゃあ、か、彼氏だし……」
……急にそんなか弱い女の子みたいな反応やめろよ、は、恥ずかしいだろ。
「きゃあきゃあっ」と黄色い歓声を上げる女の子達。
「きゅぴさんって大人の女性の雰囲気じゃなくて、可愛い顔も出来るんだ。まるで初めて男の子を好きになったみたいな、そんな雰囲気……」
そりゃ男と出会ったのが昨日が初めて……え、本当に俺のことが好き……なのか? 彼氏役という、あくまで嘘の関係じゃなくて?
それを聞きたいけど、今聞くのはさすがにマズい。
「蒼って安心出来るんだもん……」
安心出来るって言うことは、俺が好きだから安心出来るとも取れるし、俺のフェロモンというかニオイで安心とも取れるけど……どっちだ? どっちなんだ!?
「しばらく邪魔をしない方がいいかもね……」
一人の女子が、俺たちに気を使うようなことを言ったのを皮切りに、周りの女子も『うんうん』と頷きが伝搬していった。
「そうね、付き合いたてが一番楽しくて、大事だっていうし……」
「二人ともどこまでいっ――もごもごっ」
「はいはい、野暮なこと聞かない、あとで聞きましょうね~」
空気を読んだのか、きゅぴ信者の女子達は下がっていった。
「………………」
と思ったら、女子一人だけ残っていた。
「えっと、何かな……」
この子は確か、昨日俺に机と椅子を借りていいか聞いてきた子だったような?
「そ、その……ほ、宝生くんは、本当に――」
「なごみ、邪魔しちゃ駄目よ」
何かを言い切る前に、別の女子が彼女を呼びに来た。
「あ、うん……」
なごみと呼ばれた女子は、後ろ髪引かれるような雰囲気で離れていった。
後に残されたのは俺ときゅぴ、つまり、彼氏と彼女の関係(?)の二人。
「……おい、本当にこれでいいのか?」
もちろん『付き合っていることになっているぞ』の意味で言った。
「ご、ごめん、て、テンパっちゃって、ど、どうしよ……」
本当は××したことがないのがバレないように協力するだけだったのに、まさかきゅぴと付き合っているフリをする嵌めになるとは……はあ、大変なことになった。
「で、でも別に蒼が相手なら、別に……」
お昼休みにでも、ちゃんときゅぴと話した方がいいな、本当に付き合うのか、それとも、付き合っているフリなのか……ん?
「今に何か言ったか?」
「べべべ、別に何も言ってないよ……」
それと、そろそろ腕を解放して欲しいんだが……。
「そ、そうか……」
ともかくお昼休みにきゅぴと話しをしないとな。
「――――」
不意に、何だか鋭い視線を感じた方へ目を向けるが、誰も見ていない。
「……どうしたの、蒼?」
「いや……」
視線を感じたような気がしたんだけど、背を向けた助六が座っ……あっ!? そ、そうだ! 助六はきゅぴに告白するつもりだったんだ!
やばいやばいやばいっ! 事情を説明しないと!
「助ろ――」
「はーい、みなさん静かにして席についてくださーい」
助六の名前を呼ぼうとすると、次の授業の先生がやってきたことで阻まれた。クラスメイトが席に座っていく中、それでも俺は小声で助六を呼び続けるが返答がない。
「助六、助六、おい、助六……」
「蒼?」
きゅぴも俺の異変に気付いたみたいだけど、彼女に全部を説明するわけにはいかず、
「なんでもない……」
助六に絶対に言わないといけないことがあるのに、黙ることしか出来なかった。
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