カノエマ

カノエマ


1.


カメラ機能を搭載した携帯電話・スマートフォンが普及してから、個⼈が撮影する写真の枚数は爆発的に増加し続けている。


しかし、撮影された写真の全てが必要とされているというわけでもない。


ある調査によると、英国だけでも個⼈のスマートフォンには「⾒返されない写真」が多数保存されており――


その総数はゆうに数億枚を越えるとも⾔われている。


2.


資料映像(「⽇本列島端っこまで⾏ってみた!」2024.6.15放送分より抜粋)



「ええ……待ってこれ、まだ道続いてるの?」


「道ないでしょこれ、地図で⾒たら」


「あ待って、ああ、あるある、航空写真だと…なんだろ、これが道かな」


「この先……あ、これかな?」


「これだこれ、この先の建物!!」


(ナレーション)

端っこ付近には、地元の⽅が⾔うとおり「ある場所」へ続く道があった!

果たしてこの道の先にあるという建物の正体とは?

(CM⼊り・⼀部省略)


「ええと、この建物は何なんですか?」


「はい、こちらは具⽬ぐめ神社という、神社となっております」


「ああ、やっぱり神社なんですね!」


「ええ、⼀応ですけどね」


「⼀応っておっしゃってますけど、思いっきり⿃居がありますもんね」

(スタジオ笑い)


(ナレーション)

端っこに建っていたのは、何と神社!

神主である⽥崎たざきさんによると、この神社にはある変わった特徴があるそうで…


「ああー、なるほど、うわ、たくさん奉納してありますねえ!」


「ええ、わざわざ遠⽅から来られる⽅もいらっしゃるみたいで」


「あ本当だ!この⽅なんか、東亰から来てらっしゃいますよ!」


「はい、遠くから来ていただいてますねえ」


「はあー!じゃ、アレですかね、かなりご利益っていうんですか、それがあると」


「ははは、どうなんでしょうね。わざわざ来ていただいてますんで、無いと困りますかね」

(スタジオ笑い)


(ナレーション)

神社でスタッフが⾒たものは、たーくさんの絵⾺えま

実はこの具⽬神社、⼀部ではパワースポットとしても有名だそうで…


「あ、ほんとだ、これそうですねホラ、完了形で書いてある、えーと『○○⼤学に合格しました、ありがとうございます!』ですって」


「はい、そうです。全部完了形や過去形で書かれてますね、過去形で書けば、そのとおりになると」


「ああ、なるほどー!引き寄せみたいなやつですね、これ、この…何でしたっけこれ」


「ははは、私達は過之絵⾺かのえまと呼んでおります」


(ナレーション)

そう!実はこの具⽬神社、過之絵⾺と呼ばれる特別な絵⾺を奉納する⼈が後を絶たない、強⼒なパワースポットでもあるんです!

過之絵⾺とは、願いや⽬標を過去形や完了形で書くことで、その結果を現実に引き寄せる⼒があるとされている絵⾺で――

(⼀部省略)


(ナレーション)

海沿いに位置する真塚さなづか県の地図。その気になる「端っこ」まで⾏ってみたら―

たくさんの⽅の願いを叶えてくれる、素敵な神社がありました!

(拍⼿エフェクト・スタジオへ戻る)


3.


ええ、さっき⾒ていただいたのが「過之絵⾺」を取り扱った回ですね。


⽸コーヒーのプルタブを開けながら、柳瀬やなせさんはそう⾔った。


柳瀬やなせ秀幸ひでゆき⽒は、テレビ番組の製作会社に所属するディレクターである。

先ほど⾒た「⽇本列島端っこまで⾏ってみた!」という番組では、現地取材と構成を担当していたという。


番組内では、真塚県の最北突端部に建つ具⽬神社と共に、過之絵⾺と呼ばれる奇妙な⾵習が取り上げられていた。


辺鄙へんぴな場所に建ってはいるが絵⾺の奉納者も多く、神主の⽥崎さんも終始柔和な表情で取材スタッフに対応されていたのが印象的だった。


ただ、個⼈情報が記載されているからだろう、絵⾺を写した場⾯ではモザイクが⽬⽴っていたように思う。


そう伝えると、コーヒーを⼀⼝飲んで柳瀬さんは頷いた。


ええ、住所や実名も記載されてましたからね、画像処理しなくちゃ放送は無理でした。

ただ、番組の主旨は海に⾯した「端っこ」に何があるのかを検証するものでしたからね、

神社のほうがメインで、絵⾺はまあ、ついでみたいなものでした。


ええ、過之絵⾺です、変わった絵⾺もあるもんだと思って。

ムカサリ絵⾺なら聞いたことあるんですけどね、ああ、そういうのがご専⾨ですからご存じですよね、で――え?専⾨ではない?ああ、これは失礼しました。てっきりそちら⽅⾯がご専⾨かと。


で、ええと何でしたっけ、そうそう、絵⾺です。


番組放送後に、けっこうな数の問い合わせがあって、ええ、具⽬神社についてです。

え?ああ、いや、奉納に⾏きたいってわけじゃないんです、その、変な話なんですけどね、問い合わせした⼈のスマホに――


撮ったおぼえの無い写真があると。


はい、そうそう、けっこう昔に撮った写真なんか特にですけど、溜まったままでしょう?

で、なんとかしなきゃなあ、なんて思ってるうちにまた増えて。

で、そんな写真を整理してる時に――

知らない写真を⾒つけたらしいんですね。


そうなんですよ、おぼえがなくたって、写真があるんですからね、撮ったのを忘れたか――スパムメールか何かで送付されてきたものをうっかり保存したとか、そんなとこでしょう。


ただですねえ、よく判らないのが、問い合わせしてきた⼈が仰るその写真に写ってるもの、たしかに似ていた――というか同じものだったんですよ。


ええ、はい、過之絵⾺と。


4.


多数の視聴者から寄せられた問い合わせ。

それは過之絵⾺を写したと思われる写真が、いつの間にかスマホに保存されていた、という奇妙なものだった。


⽸コーヒーのプルタブを⽖弾つまはじきながら柳瀬さんは続ける。


問い合わせした本⼈が具⽬神社に⾏ってないのなら――やっぱりスパムなんかで送りつけられてきたんでしょうね。


ただねえ――


柳瀬さんは⼤きな溜息をく。

番組では画像処理されてたでしょ、過之絵⾺を写した場⾯で。


ええ、さっき⾔ったように個⼈情報保護のためというのもあるんですけど、他にも理由があって。


ええ、とても――放送出来ないような内容が書いてあったんです、多くの過之絵⾺に。



柳瀬さんによると、「試験に合格できました」だとか「⼤会で優勝できました」、「理想の相⼿に巡り会えました」などのポジティブな願いを書いたものに混じって――


少なくない数の「放送できない絵⾺」が。


が奉納されていたのだという。


5.


羽狭はざま市在住の高橋たかはし 政雄まさおが遺体で発⾒されました、ありがとうございました」


日南川ひながわ月割つきわ羽深はぶか 恒一こういちが助かりませんでした!ありがとうございました!」


――そんなのが書かれた絵⾺が奉納されてるんですよ、そりゃ放送できないですよ。


ええ、放送はしませんでした、それは間違いないです、画像処理に問題はありません。


なのに――それと同じ⽂⾯の絵⾺の写真が、視聴者のスマホに保存されてたんです。


柳瀬さんの表情も、⾃然とけわしくなる。


もちろん、他の願いが書かれた絵⾺の写真もたくさんありましたよ。

さっきの2つは、その中でたまたま私が覚えていた内容と同じものだったんです、それで、気になって――


過之絵⾺は、まだ実現できていない願いを書くものだ。

つまり、絵⾺に書かれた内容は――


である。


気になった柳瀬さんは、⾃分が覚えていた絵⾺と視聴者のスマホに保存されていた写真に写る絵⾺、その2つに記載されていた「願い」について調べたのだという。

すると――


羽狭市在住の高橋 政雄さん、この⼈の名前と住所で調べてみたら、神倉かみくら県警のホームページに辿り着きました。ええ、はい――⾏⽅不明者の情報をつのるページです。


住んでいる市と名前が同じですから――

うぅん、この⽅、なんだろなあって。

絵⾺の書き⽅とも、符号しますしね。


――遺体で発⾒されました、ありがとうございました


日南川県月割の羽深 恒一さん、この⽅、お名前が珍しいでしょう?

名字が特徴的なんで、過去のニュースを調べれば何かわかるかも、と思って。


はい、ええ当時の記事が残ってました、絵⾺の奉納⽇の数⽇前に日南川県月割市果南寺かなでらという場所でひき逃げ事件が起こってたんです。


被害者は羽深 恒一さん――おそらく同⼀⼈物ですね。

意識不明の重体だったらしいですが――

事故の数⽇後、お亡くなりになっていました。


――助かりませんでした!ありがとうございました!


柳瀬さんはコーヒーを⼀気に飲み⼲して⾔った。


過之絵⾺が願いを叶えた――そんなわけないですよ、もしそう考えてるんだとしたら、こりゃもう完全に使い⽅を間違えてます。


ええ、そりゃね、あんな奴死んじまえばいいのにって思うことはありますよ、それは確かにあります。

けど、それを、そんなものを





哀しいのか、腹⽴たしいのか、怖いのか。

柳瀬さんの表情は、どれにもあてはまらない。


すぐに⽬をそむけたんでよく覚えてませんが、こんな内容の絵⾺もありました。



名前はありませんが、流れました

ありがとうございました――



柳瀬さんは顔を歪ませたまま続ける。


ええ、どんな事情があるか判りませんよ、判りませんから、⼀概に批判したりはできません。できませんが。



ただただ、いやなだけでしたよ――



柳瀬さんが空になった⽸を机に置く⾳が、やけに⼤きく感じた。


6.


絵⾺の⽬的が悪意に満ちているとして――

誰が、何故その写真を無差別に拡散し続けているのか。


それについて、柳瀬さんは思いついた事があるという。


僕ら、何かあれば撮影するでしょ、ああ、仕事じゃなくてプライベートでも、スマホがあれば当たり前に写真撮るでしょ。


ただ、撮っても⾒返さない写真のほうが多いらしいんですよ。

世界中で、となると何億枚もあるらしいです。

ええ、ほんとですね、じゃあ撮るなよ、って話ですけどね、ははは。


まあ、⾒られはしなくとも――それでも世界の記録の⼀部として、スマホやカメラには「記憶」されているわけです、⼈に⾒られなくても、「世界の記録の⼀部」にはできる。


極端な解釈かも知れませんが――

この絵⾺の写真を送付している何者かは、世界中のスマホに写真を保存することで、それを記録にしようと――



絵⾺に書かれたわざわいんじゃないんですかね。



柳瀬さんは苦笑しながら続ける。


ええ、まともな解釈じゃないです、オカルト過ぎますよ、こんな考えは。


でも、もしもこんな意図を持ってやっているんだとしたら――


誰かがやった無駄な⾏為に、輪をかけて無駄な事をしているわけです。


全く、悪趣味な話ですよ――


7.


誰が奉納し、何者が撮影しているのかは判らないが――


現在、ネガティブな内容の過之絵⾺は、神主によって定期的に撤去されているという。


だが――


誰がやってるのか、疑い出せば切りがないですね、この⼿の悪意――そう⾔っていいと思いますが――それに触れてしまうと。


あの胸が悪くなるような絵⾺の写真を撮影してばら撒くことができる⼈は、そんなに多くありません。

疑うんなら、あの神主さんだって――


ええ、優しそうな笑顔の、⼈の良さそうな⽅だったんですけどね――


そう呟いたところで、ようやく――


柳瀬さんは、⼝元まで運んだ⽸コーヒーが空ということに気づいたようだった。



地図の突端に、ひっそりと建つ神社。




そこに奉納され、拡散され続ける「禍を確定させようとする絵⾺」




それはもはや、幸福を願う過之絵⾺などではなく――












(禍之絵⾺・了)

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カノエマ @gajagaja

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