幼虫の為の厨房

@AsuAsaAshita

私は不眠不休で働き続けていた。

私は不眠不休で働き続けなければいけなかった。


外は冬だろうか。 しかし外がどうだろうが関係なく、ここは、この場所は、

常に腐敗に近い甘い熱気に包まれている。


粘液が飛び散った壁は光を反射し、足元には排泄物とも汚物とも呼べぬ何かが溜まっていた。

ここは厨房で、私は唯一の料理人だった。


なぜここにいるのか。 なぜ働いているのか。 そんな考えはもう消え去った。


私が提供した料理を味わうのは、人ではないからだ。


巨大な幼虫だ。


奴らは半透明な皮膚の下で内臓が脈打っており、 呻いているのか、喚いているのかわからない鳴き声を発する。


調理台の上には、まだ体温の残る肉のようなものが山積みにされていた。

それを巨大なミキサーにかけ、骨ごと砕き、薬品と混ぜ合わせ、肉泥を作る。


私は抗えない空腹に突き動かされ、木べらにこびりついたその泥を口に運ぶ。

喉を通る熱さが、今の私には唯一の救いだった。


給餌の時間だ。 私は巨大な金属の注射器に、

出来立ての肉泥を詰め込む。

重い。ドロドロとして、命の成れの果ての重み、気色の悪い体温が腕に伝わる。

私は幼虫の皮膚の、呼吸孔と思わしき穴に、太い針を迷わず突き刺した。


針が肉を裂く音が心地よい。 ピストンを押し込むたび、

幼虫の体はパンパンに張り詰め、半透明の皮膚が透けて、今注入したばかりの灰色の泥が中を流れていくのが見える。

幼虫は歓喜に身悶えし、私に甘ったるい蒸気を吹きかける。





不意に、その時が来た。


幼虫の背中が、内側から爆ぜるように裂けた。

中から這い出してきたのは、腐肉のような斑紋を持つ、極彩色の巨大な蝶だった。 蝶は濡れた翅を震わせ、嬉しそうに私の周りを舞う。


主は、天井の隙間から冬の夜空へと、優雅に消えていった。


残されたのは、私と、空っぽになった巨大な抜け殻。



その時、私の体に異変が起きた。

身体が溶け合い、皮膚が白くテカテカとした粘膜に覆われていく。 思考が溶けていく。

私は、床にぶちまけられた主の排泄物を、本能のままに舐めとった。


もはや自分が何者だったか思い出せない。 思い出したくない。私は、かつての主がいた場所に、

自らの肥大化した肉体を横たえた。 私の体は、ただ注入を待つための、

巨大な、脈動する受容体へと作り替えられていく。


そして重い扉が開き、冬の冷気が流れ込む。


そこには、かつての私と同じように、怯え、空腹に震える一人の男が立っていた。 男は、床に転がる白くぶよぶよとした私を見て悲鳴を上げる。


だが、彼はすぐに気づくのだろう。 そこに用意された新鮮な肉の山と注射器の誘惑に。


私は、新しい料理人が手にする針の冷たさを夢想し、 深く、深く、私の肉に突き立てられるその瞬間を、歓喜と共に待ち望んだ。

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