クロスウィル / 泡沫の白昼夢 〜聖痕に蝕まれた天才少女は、世界の真理を求める〜
アメノサツキ
序章 聖痕
第一話 聖痕の儀式
【聖始天教会・地下研究所 第一儀式実験室】
「――――以上が、聖痕によるリスクとなります」
分厚い資料を閉じる音が、静かな部屋に落ちた。
植物状態になった者、発狂した者、霊核が砕けて死んだ者。渡された研究記録の内容は、とても人道的なものとは言い難いですね。傍に彼が居たのなら、きっと顔を顰めたでしょう。
(何を馬鹿なことを……自分から手放しておいて)
今さら何を言っているのやら。
本当に、救いようがないですね。
「それでも、受けるかね」
非人道的な研究を行っているとは思えない程、慈愛に満ちた優しい声。
目の前で私を見つめる初老の男性は、何を想い、こんな実験を始めたのでしょうか。
興味はありますが、それを聞くつもりはありません。
きっと、この男にとっての「譲れないもの」なのでしょう。
「……はい。刻んでください」
我ながら、馬鹿ですね。
リスクを考えれば、わざわざ自分に刻む必要なんてありません。
けれど、彼の顔が過ったからか、進んで人道を外れるような真似はしたくない、そう思ってしまいました。
「分かりました。では、その台の上で横になり、目を瞑って楽にしてください。すぐに、終わりますので」
言われた通り、私は手術台のような床板の上に横になり、静かに目を閉じる。
ここから先、もう後戻りはできません。
……ごめんなさい。
私は、一人で進むことに決めました。
願わくば、この先の未来で、私たちの道が再び交わりますように。
叶うことはないと、頭では理解しています。
にもかかわらず、最後に考えることが彼のことなのだから、おかしなものです。
随分と、あなたに毒されていたんですね。
周囲の魔力が高まっていくのを感じます。
どうやら儀式が始まるらしい。
身体中が熱を帯びていき、徐々に意識が遠のいていく。
聖痕の刻印儀式。
中身は、祭壇魔術を少し捻った程度の構造ですね。
……ということは、この部屋全体が、そのまま儀式用の祭壇というわけですか。
なるほど、面白い。
この部屋を設計したのが先程の男性なのだとすれば、さぞ魔術に関する知識をお持ちのようで。
それでこそ、ここに来た甲斐があるというものです。
ここ半年の記録には、刻印儀式における大きなトラブルは見当たりませんでした。
ただ、一年前の記録によると、儀式終了後、植物人間と化した事例もあったようですね。
っ……なるほど。
胸の奥底に、焼けるような熱を感じます。
霊核に干渉するにあたって、これは、いわゆる霊核の拒絶反応なのでしょう。
これは、中々堪えますね。
報告には外傷なしとありましたが、肉体の内部にはあったのでしょうか。
例えば、脳への損傷があったかどうかによって、自我崩壊の原因も大きく変わってきます。
まだまだ気になる点はありましたが、あの研究資料には記載されていませんでした。
意図的にあの微妙な資料を渡されたのか、それとも医学的知識が足りていないのか、何はともあれ、自分で調べるべきですね。
やはり、何ごとにおいても、自分の手でやるに限ります。
「それでは、白夢さん。良い夢を――――」
そう言うわりには、ずいぶんと心苦しそうな表情をしていますね。
実験対象、ひいては利用対象である私に、なぜその様な顔を向けるのでしょうか。
記録にあったように、数々の非人道的とも思える実験を行っているにもかかわらず、未だに心が痛むとでも。
だとすれば、本当に優しい人なのでしょう。
自分の都合で、彼を、そして約束を捨てた私に比べれば……幾分か、いや、ずっと。
そんなつまらない自己評価を最後に、私は意識を失った。
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