ダンジョンがある世界で、俺の空手が無双している

@fujimiyaharuhi

第1話

「伊藤、言いにくいのだが、出来れば止めてくれないか?」


 目の前にいるのは、空手の師範代だった。頭頂部は禿げ上がり、目付きはどんよりしている。名前は中谷と言い、空手の段位は九段だった。その、中谷は怪訝な顔をして告げてきた。


「道場を去れってことですか?」


 俺は大きな声を上げた。中谷は目に憎しみを込める。


「お前がいなくなれば、うちは上手くやっていけるんだ。破門だ。破門」

「聞きたいことがあるんですか?」


 怒鳴り声を上げたことに対し、俺が静かに聞いてきたせいか、中谷は少し引いてみせた。


「年だからですか?」


 中谷は黙り込む。周りに道場生が集まってきていた。心配そうに見てくる仲間もいた。


「その通りだ。うちは世界選手権を狙っているんだ。若い主力選手よりも、お前のほうが上手かったら示しがつかないだろ」


 俺は頭を下げる。


「今までお世話になりました」


 この日、俺の空手家人生は幕を閉じた。どうせ、他の道場に出向いても、門前払いを喰らうのが落ちだった。理由は年を重ねた、空手家に居場所がないからだ。別に柔道の世界や、他のスポーツの世界でもよく聞く話だ。普通の実力であれば、今まで通りに道場に通えるのだろうけど、若手に背中を見せられないようでは居場所を追い出されるのは当然だ。


 空手の道場を去り、俺はなにもすることがなくなった。とりあえず、バイトをしようと思い、清掃のアルバイトに面接することになった。普段着でいいと言うことなので、パーカーにジーパンという格好で、アルバイトのビルに向かった。扉を開けると、爺さんくらいの白髪頭の男が椅子に座って待っていた。


「えーと、空手をやっていて、綺麗好きということね」

「はい、道場の掃除は好きでした」


 男は俺の履歴書の写真をじっと見下ろした。


「目付き」


 そういって男は俺と目を合わせる。


「すごい目付き鋭いね」

「ええ、まあ、よく言われます」


 男は申し訳なさそうに話し始めた。


「賃貸契約の人って、清掃の人と喧嘩しちゃうと、契約切って家を出ていっちゃうんだよね。だから、ちょっと無理かもね」

「目付き鋭いと駄目ですか?」

「喧嘩しない?」

「するかもしれないです」

「素直なところはいいんだけどね」


 面接を終えると、後日結果を郵送するということだった。十中八九無理なので、期待しないで欲しいと言われる。他のバイトも探したが、何かと理由をつけて断られた。最後のバイトが、荷物係だった。危険区域への同行。それがダンジョンということだった。


 ダンジョン、と聞いても何も前情報がなかった。ダンジョンに籠れば、一攫千金と謳い文句はあるが、実態は不明だった。カニ漁船に乗るのと同じくらい、もしくはそれ以上にベールに包まれた世界だった。


 面接も何もなく、俺は指定された場所にやってきた。古びた服を着た男達が集まっていた。誰もが即金を得るために、応募してきたと思われる。重い荷物をリュックで背負い、俺は集団のあとについていった。


 東京にこんな場所あったか、と思われるほど、開けた場所だった。周りを見渡すと、岩や岩壁があり、地面は土だった。水溜まりがあり、黒く濁っていた。空は青色だが、太陽のほかに大きな丸い星が浮かんでいた。どこかの異国に連れてこられた違和感を覚える。


 集団の歩く速度も早くなり、途端に立ち止まった。


「敵襲」


 一人に男が大声を上げたのだ。荷物係だった、男達はリュックサックを下ろし、何人かは走って元着た道のほうへと消えてしまった。一人の女が、俺の側にやってきた。あまり可愛くはないが、愛嬌のある顔をしていた。鼻は高くないが、口は大きくてよく喋りそうな顔立ちだ。


「あなたが一番強いと思って」


 女が言うと、俺は女を見下ろした。


「何かやってくるのですか?」

「モンスターよ、モンスターがやってくるのよ」


 彼女がそう言うと、先頭にいた男達が一斉に武器を取り出した。銃を構え、腰には短刀を持っているのだ。


「銃を持ってるんですよ。モンスターなんか、何が来るか分からないですが、そんなの」


 俺が言うと、女は俺の背中にまわった。銃声が聞こえ、遠くで呻き声がした。

 けれども、そのモンスター達が迫ってきたのだ。大きな盾に隠れ、人相は分からないが、背の低い何者かが、大軍で迫ってきた。ざっと百名はいるだろう。手榴弾が投げられ、爆発する。地面に転がったモンスターは、赤い血に覆われ、ところどころ緑色の皮膚が見えた。何かの病気だろうか、と俺は一瞬思ったが、相手が長い爪を持っていたのを見ると、人間ではないことを再認識した。


 銃声が鳴りやまない。そして先頭の集団に、盾を持ったモンスターが突っ込むところだった。



 衝撃音が聞こえ、次々と悲鳴がした。先頭で、血しぶきが舞っているのだ。俺は振り返ると、女が笑っていたのだ。人間、緊迫感に襲われると笑うというが、このことだろう。荷物係は次々と離脱し、荷物を置いて引き返していった。


「君も引き返せ」


 俺は女を突き飛ばした。地面に座り込むと、彼女はそのまま立たなかった。眼前に盾が迫ってきた。盾の隙間から鋭利な刃物が突いてきたのだ。俺はその刃物を手刀で柄から折った。モンスターは盾で押し潰そうとしてきたが、俺はかかと落としをして盾を地面に叩きつけると、モンスターと相対した。

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