生徒会長の俺を裏切り、不良と学校をサボり続けた彼女。卒業アルバムの編集権限を持つ俺が『合法的な存在消去』を実行した結果、彼女は卒業式で誰からも話しかけられなくなった

@flameflame

第一話 歪んだレンズと記録開始

放課後の生徒会室は、独特の静寂と紙の匂いに包まれていた。窓の外からは、運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音が遠く聞こえてくるが、この部屋の中だけは別世界のように静まり返っている。俺、高城律(たかぎ りつ)は、うず高く積まれた資料の山と格闘していた。


「会長、卒業アルバムのクラスページ、3組のレイアウト案がまだ提出されていません」


パソコンのキーボードを叩く手を止めずに報告してきたのは、会計の一ノ瀬陽菜(いちのせ ひな)だ。2年生ながら非常に優秀で、俺が最も信頼している後輩の一人である。彼女の指摘に、俺は眉間を揉みながらため息をついた。


「3組か……。担任の坂本先生には催促してるんだけどな。明日、朝イチでもう一回行ってみるよ」

「お願いします。あと、予算委員会の議事録チェックも今日中です」

「分かってる。そっちはあと少しで終わる」


俺は県内でも有数の進学校であるこの高校で、生徒会長を務めている。それに加えて、今年は卒業アルバムの編集委員長も兼任することになった。本来なら別の人間がやるはずだったのだが、立候補者がおらず、責任感から手を挙げてしまったのが運の尽きだ。受験勉強と生徒会業務、そしてアルバム編集。目が回るような忙しさだが、不思議と苦ではなかった。


なぜなら、このアルバムには、俺の大切な恋人であり、中学時代からの付き合いである西園寺美咲(さいおんじ みさき)との思い出を残せるからだ。


美咲は生徒会の書記を務めている。真面目で、少し引っ込み思案で、優等生として振る舞うことに少し疲れていた彼女を、俺はずっと支えてきたつもりだった。中学の卒業式の日に告白して、晴れて恋人同士になった時の、あの恥じらうような笑顔は今でも鮮明に覚えている。


「……あれ?」


ふと、向かいの席を見る。そこは美咲の席だ。しかし、今日は朝から空席のままだった。


「一ノ瀬、美咲から連絡あったか?」

「いえ、西園寺先輩からは特に……。会長には?」


一ノ瀬が少し言い淀むようにして答えた。その視線が、どこか泳いでいるように見えたのが気になったが、俺は自分のスマホを確認した。


『ごめん律くん、今日もお熱下がらないみたい。学校休むね。生徒会のお仕事、迷惑かけてごめんね』


朝に届いたLINEのメッセージ。可愛らしいクマが布団で寝ているスタンプが添えられている。最近、美咲は体調不良を理由に学校を休みがちだった。あるいは、登校しても保健室にいることが増えていた。


「やっぱり、まだ具合悪いみたいだ。無理させすぎたかな」


俺は独り言のように呟き、画面を閉じた。生徒会の仕事がハードなのは事実だ。彼女の負担を減らすために俺が仕事を引き受けていたが、それでも精神的な疲れが溜まっているのかもしれない。週末にでも、彼女の好きなケーキを買って見舞いに行こうか。そんなことを考えていた時だった。


「……会長」


一ノ瀬が、キーボードを叩く手を止めて、真剣な眼差しで俺を見ていた。いつもは冷静沈着な彼女が、珍しく動揺しているように見える。


「どうした?」

「あの……言おうか迷っていたんですけど」

「なんだよ、改まって」

「さっき、資料室に備品を取りに行った帰りなんですけど……西園寺先輩を見かけました」


その言葉に、俺の思考が一瞬停止した。


「え? 見間違いじゃないのか? 美咲は熱で寝込んでるはずだぞ」

「私もそう思ったんです。でも、あれは間違いなく先輩でした。制服を着ていましたし……その、一人じゃなかったんです」

「一人じゃない?」


嫌な予感が背筋を駆け上がった。心臓の鼓動が早くなるのが分かる。


「3年の、黒田翔太(くろだ しょうた)先輩と一緒でした。二人で、特別教室棟の方へ歩いて行って……」


黒田翔太。その名前を聞いた瞬間、俺の中で警報が鳴り響いた。黒田はこの学校きっての問題児だ。停学は日常茶飯事、素行不良で教師たちも手を焼いている男だ。金髪に崩した制服、そして常に人を威圧するような目つき。真面目な美咲とは、水と油のような存在のはずだった。


「黒田と? 何かの間違いだろ。美咲があいつと関わる理由がない」

「でも、楽しそうに話していて……その、距離がすごく近かったんです」


一ノ瀬は嘘をつくような人間ではない。しかし、信じたくない自分がいた。美咲が嘘をついて学校に来ている? しかも、あの黒田と?


「……分かった。ちょっと見てくる」

「会長! でも……」

「確認するだけだ。もし本当に美咲なら、体調が悪いのに無理して来てるのかもしれないし、黒田に絡まれているのかもしれない」


自分に言い聞かせるような理屈を並べ立て、俺は席を立った。一ノ瀬の心配そうな視線を背中に感じながら、俺は生徒会室を飛び出した。


廊下に出ると、西日が長く伸びていた。放課後の校舎は、場所によっては既に人気がない。特別教室棟は、本校舎から渡り廊下で繋がれた古い建物で、放課後はほとんど使われることがないエリアだ。静まり返った廊下を歩く俺の足音だけが、やけに大きく響く。


(頼む、見間違いであってくれ)


心の中で祈りながら、俺は特別教室棟へと足を進めた。美咲は、俺にとっての聖域のような存在だった。汚れることのない、清廉潔白な思い出そのもの。彼女が黒田のような男と関わっているなんて、想像するだけで吐き気がした。


渡り廊下を越え、特別教室棟の一階へ降りる。ここは視聴覚室や地学室があるが、今は鍵がかかっているはずだ。だが、奥にある階段の裏、かつて倉庫として使われていたデッドスペースは、教師の目も届きにくい死角になっている。


近づくにつれて、話し声が聞こえてきた。心臓が早鐘を打つ。


「きゃっ、やめてよ翔太くん……くすぐったい」


その声を聞いた瞬間、俺の足が凍りついた。

間違いない。美咲の声だ。だが、俺が知っている美咲の声色とは全く違っていた。甘く、媚びるような、粘着質を含んだ声。


「うるせぇな、いいだろ別に。どうせ誰も来ねぇよ」

「でもぉ……ここ、学校だよ? 誰かに見つかったら」

「見つかったら見つかったで、興奮すんだろ?」


男の声は、紛れもなく黒田だった。下卑た笑い声が、静かな廊下に響く。

俺は呼吸を殺し、壁に身を寄せて、角からそっと様子を窺った。


そこには、信じられない光景が広がっていた。


階段下の薄暗いスペースで、黒田が壁に寄りかかり、その股の間に美咲が挟まるようにして立っていた。美咲のブラウスのボタンはいくつか外され、スカートは乱れている。黒田の手が、彼女の太腿を遠慮なくまさぐっていた。


美咲は嫌がる素振りを見せるどころか、頬を紅潮させ、熱っぽい瞳で黒田を見つめていた。その表情は、俺に向けたことのない、蕩けたような女の顔だった。


「ん……あっ……翔太くん、激しい……」

「へへ、優等生の生徒会役員様が、こんな声出すんじゃねぇよ」

「だってぇ……翔太くんが意地悪するから……」


頭の中が真っ白になった。

美咲? あれが美咲なのか?

俺の前では、手をつなぐことさえ恥じらい、「卒業までは清いお付き合いをしたい」と言っていた美咲が?


「なぁ、あいつとはどうなんだよ。あの堅物の生徒会長とは」


黒田がニヤニヤしながら、俺のことを口にした。その瞬間、血管が沸騰するかと思った。今すぐ飛び出して、二人を引き剥がし、黒田を殴り飛ばしたい衝動に駆られる。


だが、次の美咲の言葉が、俺の足を縫い止めた。


「律くん? ああ、もう全然ダメ。つまんないもん」


美咲は黒田の首に腕を回し、あざけるように笑った。


「真面目すぎるし、話してても説教くさいし。キスする雰囲気になっても『生徒会室ではダメだ』とか言って止めるの。信じられないでしょ?」

「ギャハハ! マジかよ、あいつ不能なんじゃねぇの?」

「かもねー。それに比べて翔太くんは……強引で、ドキドキする」


美咲が背伸びをして、自分から黒田の唇を求めた。

二人の影が重なり、湿った音が響く。


俺の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。

信頼、愛情、共に過ごした時間の重み、未来への約束。それら全てが、ガラガラと崩壊し、粉々になっていく。


怒り? 悲しみ?

いや、違う。

最初に湧き上がったのは、強烈な「嘔吐感」だった。

自分の大切にしていたものが、汚物まみれになって目の前に突きつけられたような感覚。俺が必死に守り、支えてきた彼女は、裏では俺を「つまらない男」と嘲笑い、俺が見下していた不良男の腕の中で快楽に溺れていたのだ。


(ああ、そうか。俺はピエロだったんだな)


熱を出して寝込んでいるはずの彼女を心配し、仕事を肩代わりし、週末の見舞いを考えていた俺。その裏で、彼女はこの薄暗い場所で、俺をあざ笑いながら欲望を満たしていた。


視界が歪む。涙ではない。怒りのあまり、焦点が合わなくなっているのだ。

今すぐ怒鳴り込んで、この場を修羅場にすることもできる。黒田を殴り、美咲を罵倒し、全てを終わらせることもできる。


だが──。


ふと、俺の脳裏に「生徒会長」としての自分が冷徹に語りかけてきた。


『感情的になって騒ぎを起こせば、お前も喧嘩両成敗で処分を受ける可能性がある。黒田はともかく、お前の内申に傷がつくのは不合理だ。それに、ただ怒鳴り込むだけで、彼らに相応の報いを与えられるか?』


否。

ただの痴話喧嘩で終わらせてはいけない。

俺が受けたこの屈辱、この裏切りの代償は、もっと確実で、もっと残酷な方法で支払わせなければならない。


俺の手は、無意識のうちにポケットの中のスマートフォンを握りしめていた。

震える指を抑え込み、深呼吸をする。肺の中に溜まった熱い怒りを、冷たい殺意へと変換していく。


俺はカメラアプリを起動した。

設定を確認する。フラッシュはオフ。シャッター音は消音アプリを経由させる。

俺は生徒会長だ。校内の規律を守る義務がある。不純異性交遊、校内での破廉恥行為、そしておそらく行われているであろう、未成年喫煙の痕跡(黒田の足元に吸殻が見えた)。


これは「復讐」ではない。「業務」だ。

そう自分に言い聞かせると、不思議と手の震えが止まった。


俺は壁の陰からスマートフォンを僅かに突き出し、レンズを二人に向けた。

画面の中で、美咲の乱れた制服と、黒田の卑しい笑顔が鮮明に映し出される。二人が体を密着させ、いかがわしい行為に及んでいる決定的瞬間。


シャッターを切る。

一枚、二枚。角度を変えて、顔がはっきりと分かるように。

さらに、動画モードに切り替える。

美咲が俺を嘲笑する声、黒田が学校や教師を馬鹿にする発言。それら全てを、デジタルデータとして記録していく。


「んぅ……翔太くん、そろそろ戻らないと……」

「あぁ? まだいいだろ。どうせあいつ、書類整理で忙しいんだろ?」

「そうだけどぉ……ふふ、律くん、きっと今頃私の心配してるよ。『無理しなくていいから』ってLINEくれたし」

「傑作だな。まさか自分の女がここでこんなことになってるとは夢にも思ってねぇだろ」


その会話も、全て記録した。

十分に証拠を集めたところで、俺は静かにスマホを下ろした。


胸の奥にあった激しい痛みは、いつの間にか、底知れないほど冷たく、重い「鉛」のような感情に変わっていた。

もう、美咲に対する愛情は一ミリも残っていなかった。あるのは、彼女をどうやって「処理」するかという、事務的な思考だけだ。


俺は音を立てずにその場を離れた。

背後から聞こえる嬌声を、汚らわしいノイズとして脳内からシャットアウトする。


廊下を戻る足取りは、来る時よりもずっと軽かった。迷いが消えたからだ。

渡り廊下に出ると、夕日は既に沈みかけ、空はどす黒い紫色に染まっていた。それはまるで、俺の心象風景のようだった。


生徒会室に戻ると、一ノ瀬が不安そうな顔で立ち上がった。


「会長……どうでしたか?」


彼女の瞳には、真実を知ることへの恐れと、俺への気遣いが滲んでいた。

俺は自分のデスクに戻り、椅子に深く腰掛けた。そして、平静を装って口を開いた。


「いなかったよ。見間違いだったんじゃないか?」


嘘をついた。

一ノ瀬を巻き込むわけにはいかない。これは、俺が一人で完遂すべきプロジェクトだ。


「え……でも、確かに……」

「誰もいなかった。たまたま似ている生徒がいただけだろう。それより一ノ瀬、さっきの予算委員会の議事録、チェックを始めるぞ」

「は、はい……すみません、私の勘違いでした」


一ノ瀬は納得していない様子だったが、俺があまりにも普段通りに振る舞うので、それ以上は追求してこなかった。

俺はパソコンを開き、新規フォルダを作成する。

フォルダ名は『特別指導要録_3B_黒田翔太_西園寺美咲』。

パスワードロックをかけ、誰も閲覧できない階層の奥深くに保存する。


先ほど撮影した写真と動画データを、ケーブルを介してそこに移した。

モニターに映し出される、醜悪な恋人の姿。

かつては愛おしいと思っていた笑顔が、今はただのグロテスクな肉塊のように見える。


ブブッ。

スマホが震えた。美咲からのLINEだ。


『律くん、お仕事お疲れ様。まだ熱が下がらないから、もう寝るね。明日は行けるといいな。愛してるよ♡』


画面に表示された文字を見て、俺の口元が自然と歪んだ。

今までなら、この「愛してる」という言葉にどれだけ救われてきただろう。

だが今は、その軽薄さが滑稽で仕方がない。


俺は既読をつけずに、スマホをデスクに置いた。

「愛してる」だって? よくもまあ、あんなことをした後で平気で言えるものだ。その神経の図太さには感心すら覚える。


だが、都合がいい。

彼女はまだ、俺が気づいていないと思っている。

「チョロい彼氏」を演じ続け、油断させ、その間に外堀を完全に埋める。

卒業式という最高の舞台で、彼女が築き上げてきた「優等生」としての地位も、友人関係も、そして未来さえも、全て奪い去ってやる。


これは、卒業アルバムの編集作業と同じだ。

不要なノイズを除去し、あるべき形に整える。

俺の人生というアルバムから、西園寺美咲という存在を「なかったこと」にするための、壮大な編集作業の始まりだ。


「会長、どうかしましたか? なんか、すごい顔してますけど」


一ノ瀬の声に、俺はハッとして表情を戻した。


「いや、なんでもない。ただ、卒業アルバムの構成について、いいアイデアが浮かんだだけだ」


俺は眼鏡の位置を直し、キーボードに指を走らせた。

カチャカチャという乾いたタイプ音が、静かな生徒会室に響き渡る。

それはまるで、美咲と黒田への断罪へのカウントダウンのようだった。


画面の中で、報告書のフォーマットが形成されていく。

『日時:○月○日 17時30分』

『場所:特別教室棟1階 階段裏』

『対象:3年B組 黒田翔太、3年A組 西園寺美咲』

『内容:校則第○条違反(不純異性交遊)、公序良俗に反する行為』


俺は淡々と、感情を排して事実のみを打ち込んでいく。

怒りはもうない。あるのは、完璧に遂行しなければならないという使命感だけだ。


窓の外は完全に夜の闇に包まれていた。

俺の復讐劇――いや、美咲への「最後の教育的指導」の幕が、今静かに上がった。

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